庭鳥以前之事
煮油釜湯阿弥は、子どもの頃から体も大きく、力も強く、極めて丈夫で、度胸も据わっていた。年上の悪童も、隣町の餓鬼大将も、片っぱしから子分にし、仲間をぞろぞろ引き連れて、天下の往来を闊歩していた。
大人になった湯阿弥は、ますます男っぷりを上げていた。同時に、大木のような彼には、誰よりも多くの弱者・少数者・不適合者が寄生していた。
彼はかつてのいじめられっ子をドライバーに雇っていた。行き場のない乱暴者をボディーガードにしていた。打ち捨てられた女たちを住まわせて、面倒を見ていた。
そんなある日、ドライバーの男が、自立したいと言う。これまでお世話になりました。それを湯阿弥は、全力で阻止しようとした。けれども、ドライバーは遂におのが人生へと帰って行った。
ボディーガードの男も、深々と頭を下げ、感謝の涙を拭いつつ、いつまでも兄ィにすがっちゃいられねえ。
女たちもそれぞれアテを見つけ、おのおのの人生に引き上げた。
サナダムシまで出て行った。湯阿弥は追いすがったけれど、ふり払われた。かくなる上はまた新しいのを仕入れようと思うけれど、このご時世、なかなかサナダムシにやられるような機会は少ない。
湯阿弥は必死で次なる寄生者を探し回った。
もともと彼の強靭な人格は、自分自身に対する圧倒的な自信から来る。無思慮ゆえの自信ではない。過思慮ゆえの自信である。
自意識やら自我やらというものに、湯阿弥は子どもの頃から、人一倍固執していた。記憶を失うのなら生まれ変わりたくないし、性格を変えてまで浄土に行きたいとも思わない。
自分だ。最も大事なのは自分だ。そこで寄生者というものは、宿主から奪うばかりではなく、むしろ宿主こそ、彼らから甚大な影響を受け、よしなに生かしめられているというのが湯阿弥の説だ。
そういう自分であることを、早くから是認しおおせた、天下に並ぶ者なき自分だ。
大量の寄生者こそ自我の盤石。一人で大国のごとき安泰。自己は寄生者に依存する。去られることは自己の変質につながる。命を懸けても避けねばならぬ。
そういうわけで、寄生者はいずこ、寄生者はいずこと、湯阿弥は諸国をさすらった。
流れ流れて、その村落に行き着いた。
そこには湯阿弥と同じ境遇の住民たちがいた。寄生者を失った人々。強靭なヒーローにして、大木のごとき主人公ども。うつろな声を合わせて、数え歌を歌っている。
〽一つ皮肉な貢ぎコツジキ
二つふと見りゃ虱もおらぬ
三つ未来は過去へと消えた
四つ寄る辺の無さに祟られ
いつの間に住み慣れしごみ山
六つ無常は三寒四温
七つ奈落もいつかは終わる
八つ掃き溜めも住めば都
ここのつらさはつらさが無さよ
とうの昔に狂い申した
湯阿弥は聞くともなしに聞きながら、誰とも口を利かず、ふらふらと歩いて行った。すると村落の奥隅に、ぼろぼろの神殿があった。
中には一人の屎神がいらっしゃった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
聖無精卵性双生児
○月×日
ベランダからは海も見渡せる、閑静な、結構なマンションなのである。はばかりながら。
それが、駅とのちょうど真ん中あたりに、タワーマンションを建てている、冗談のような騒音なのであった。
あんまりうるさいから日記を始める。もんじにして残してやるために。こういう事実がありますよと、神々へ届けるために。どうですか。御覧でありますか。わたくし近ごろたいへんな騒音に悩まされております!
何を悪いことしましたか。いいえ、この恨みがましさがすでに罪であり、つみびとであること自体がすでに罰せられているということなのでもありましょう。
嗚呼うるさい! 振動も! ちゃぶ台に飯を並べて、独りもそもそと食らい、食べ終わるころには皿から何から最初の場所にじっとしているものは一つとしてないのである。ごはんからおかずから、こぼれる量と来たら、私が食べるよりも、元々乗っていたよりさえ多いのである。
それにしてもイヤな工事だ。騒音や振動や粉塵その他の害悪の克服せられた建築法と謳われていたのが実際にやってみれば開けて悔しき玉手箱。
まず土台を作る。すなわち正確に真反対を計算して、つまりウルグアイ沖あたりの海底をガンガンへこまして、こちらを隆起させる。それから、あんじょう切り崩してかたちを整え、やすりをかけて、最後は住居をくり抜いて行くだけという夢の建築法が実際は開けて悔しき玉手箱!
そういうわけでこの震動は現場に近いからなのではなく、遥かに深い所から来るものなのであり、それがため地殻がだんだんナニしていて年末にはハワイが小笠原諸島に並ぶとか。それはまあいいけれども。
しかし大気が乱視になったことで、月が二つに見えるのである。今夜は――片方だけ新月で、ウインクしてるみたいになっているけれども。
……まあ、だいたいそれらのおかげで私もこのたび、仕事にありついたわけではあるけれども。
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3
ここいらの風物、初めて見る人は驚くそうだ。夫もずいぶん驚いていた。
我が家は、祖父が若い頃に建てた小屋。わたしが相続すると決まって、祖父は亡くなる直前まで修繕をしてくれた。
その我が家から見えている、わたしの愛する海にもまた、夫は驚いて、ほかの事々と同様、わたしにはそれまで認識出来ていなかった属性を、見つけて来るのであった。
夫いわく、おだやかなる澄みやかなる我がふるさとの海は、「朝は昆布の出汁が利いていて、夜は鰹の出汁が利いている」のだそうな。
同じ見聞を広げることでも、よその世界を見て回るより、よその人から見て回られるほうが、あるいは開拓だな。
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○月×日
今日も一日働いて来ました。ちべたいビールが美味う御座んす。
何と言っても文科省直属の仕事だ。かなり下っ端になるけれども、直属は直属であろう。
公務員ではないけれども、遡れば上司は確かに官公庁だ。採用通知書には「地震調査研究推進本部」と書かれてあるし。
ググれば略称「地震本部」、ちゃんと「文部科学省の機関」とあるし。
採用通知書は額縁に入れて洗面所の壁に飾ってある。毎日歯を磨きながら眺めている。返す返す、おふくろにも見せてやりたかった。
我々の中の花形は何と言っても東京湾の活断層への注油だが、それには飽和潜水技術が必要なのであって、すでに志願して社内スクールにも通っているが、まあ人気の部署なので過度な期待はしないようにとのこと。
(トラフや海溝へ向かう部隊は、それこそ国家公務員の人たちで、我ら断層注油人足ふぜいとは、直接はつながっていないとのこと。残念。)
今は簡単な注油作業に駆り出されるばかりである。作業は注油口(地中深く掘られた井戸のようなもの)にただ延々と潤滑油を流し込むばかりのことだけれども、何しろ移動が多い。そして能率が悪い。
自然相手だから仕様がないけれども、朝早く飛行機で山形へ向かい、昼までに注油を終えて熊本へ飛び、注油を終えたら即座に新潟へ向かう。山形→新潟→熊本でやってくれたらもっとゆとりが出来ようものを。そのぶん浮いた交通費をボーナスに足してくれたらよかろうものを。
いや、今日はとくにヒドかったまでだ。あんまり仕事の悪口言いよったら口が腐るぞ。
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11
熱は、いつの間にやら、ほとんど持病のようになっている。
八度と九度を行ったり来たりする高熱が出て、夫の帰りが遅かったりすると、ひどく寂しい。まるで世界が終わりつつあるかのような。
それにしても寂し過ぎやしないか。ちょっと頭がオカシクなりそうですらある。たぶん、このところ極端に人と会わないから。なぜ? たぶん新婚ということや、よそ者の夫ということが、色々と思考停止にさせて来ていたのではなかろうか。
気持ちを紛らわすためにピアノを弾く。
ところが、熱のためか指が思うように動かず、音も、左耳が何だか膜が張ったようにくぐもって、チューニングも微妙に狂って聞こえ、気持ち悪くなって逆効果であった。
最後の頼みの綱と、窓から海を眺めれば、肥大化し過ぎた何かのバクテリアが一人ばしゃばしゃ溺れていた。
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○月×日
朝、テレビをつけた一発目で天災のたぐいはドキッとする。そういう、最後の世代であろう。せいぜい三つか四つも若くなると急に平気で、ぜんぜん動じないのだそうだ。
蛞蝓富士が噴火していた。小学生時分に遠足で行ったので他人事ではない。登頂記念にもらった御朱印もまだどこかにあるはずだ。もう登れぬ山になるかと思えば貴重な御朱印であった。
またヒュッテのような神社には、玉砂利阿闍梨という天狗が祀られていて、おどろおどろしい掛け軸の絵が好きだったけれども、天狗さまはご無事であろうか。
その蛞蝓富士の真上に巨大ドローンが重なって、噴煙を宇宙へ逃がしていた。空に換気扇がつく日が来ようとは、子どものころには夢にも思わなんだ。
(今日も飯はちゃぶ台の上を駆け回り、茶碗と湯飲みが紙相撲に興じていた。)
チャンネルを回せば、天災もイヤだが小さなものもあまりアップにされると怖い。とくに気持ち悪いものが映る時は、事前に覚悟の猶予を与えて欲しいものである。
確かに今年の青虫の紅葉は見事だ。それは認めよう。しかし色がいくらきれいでも、かたちと動きがグロすぎる。アップにした時の顔は……自然界にその大きさでもともと居なかったのは、アップにするべきではないからだろうに。
網膜を洗うために窓を開けて空を見る。大気の乱視のために太陽は少々充血しているようだけれども。それとも地球側の逆まつ毛であろうか?
――青虫の残像が取れない。更生した異常気象により町のみるみる山に囲まれて涼しいのは結構であるが、この風景の彩色も何ぼか青虫の色味だと思うと遠目にもキモい。
今日はこれから奈良へ赴き、終日注油で、その後は社内スクールへ。任意の研修に残業手当がつくのはかなりありがたいことである。
それだけが目当ての不熱心な生徒が邪魔だが。
私はいつかかならず東京湾に潜る。
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14
わたしの宝物な揺り椅子は祖母の形見。祖母はいい発音でrocking chairと言っていた。
日がな一日揺り椅子に座って、七色の毛糸で以て曼荼羅を編む。昨年末から従事しているこの内職《インスタント・ペネロペイア》の単調さ。目の酷使や、ずっと座ったままの姿勢から来る節々のダメージはもはや立派な肉体労働であった。
気晴らしのためと言うには過酷過ぎる。
小旅行だとか、はるばる本物の鮎を食べに行くとか、そういうちょっと張り込んだ人生の楽しみのためにやっているのだと言うには報酬が安過ぎる。
作品という永遠の命を残しているのだと言うには商品が短命過ぎる。
(この曼荼羅を買った奥さまがたは、夫婦円満のまじないで以て、夜になるとスッカリほどいてしまうので。)
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○月×日
神々よ御覧でありますか。三日坊主の壁は越え申したぞ。
相変わらず騒音はひどいし振動もするけれど、大人になってから出会った同い年の同性というものはどうしてかくも懐かしいものであろうか。
蒙埼昧阿弥という男、人呼んでモウマイ。いつの間にやら私のマンションに足しげく通っている。ディスコで飲んだくれていて、絡み過ぎて、一緒くたにつまみ出されたのが出会いであった。
彼、ごく普通のサラリーマンだが、本当はラッパーなのだと言い張る。まだレコードも出さないし、テレビにもラジオにも出ないが、このまま行けばいつかは出ているはずであり、もうその道は始動しているのであるから、すでにラッパーなのだと言う。
それはそれとして、私はどこまでも価値観が合うことのラクさにドンドコ招じ入れているわけだけれども、こう付き合っていると、モウマイ氏の影響で子どものころから染みついていたみかんの剥き方も変わったし、ノリというかクダリというか、そういうもののために語彙も曲がったし、かえってかなり変化をきたしたようでもあるけれども。
ともあれ一緒にテレビを見ながら、不平不満も同じであった。近ごろのスポーツは技術が発達し過ぎて好かん。ホームランキャッチするピッチャーばっかりでつまらん云々。
肴を按排しているとケータイが鳴り、見ると社内報であった。いわく、柿麿のおやっさんが解雇になったそうな。注油中に喫煙していて一発アウトとのこと。
――……よく働くし、気が利くし、新人にも優しいし、一番いい人かもしれないくらいだったけれども。
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15
懺悔。
自傷行為は、多面的にも、幾重にも、罪でありましょう。
わたしは女学生時分に、右耳の軟骨にピアスをあけました。いわゆる悪ノリというもので、友だちの部屋にあった安全ピンを、殺菌も消毒もせず、その場でぐりぐりと二本、突き刺したのでありました。
今では発熱時に、その古傷へ劇痛が走ります。高熱による尋常な全身の痛み、筋肉痛・関節痛・内臓痛などとともに現れては、最も豪儀に賑わいます。
グサリ! グサリグサリ! と。ギャン! ギャンギャンギャンギャン! と。
忘れた頃に不意討ちで来たり、休ませてくれない連続攻撃であったり、拷問の効果を維持せんがため、慣れさせないよう、時には「おい、釈放だとよ」と嘘をついたりしながら。
身心はみるみる消耗し、ある限度を超えると、誰でもいいから助けを呼ぶべく外へ駆け出したくなったり、遂に全身の力が抜けて次々と突き刺されるまま目ばかり充血した無表情な植物状態となったり致します。
本日申し上げたいのは、先々月に起きました、ちょっとした事件について。
発熱して三日目くらいだったでしょうか、痛みで眠れず、夜が明けるか明けないかの頃、どうしてもりんごおろしが食べたくて――子どもの頃、熱を出せば母親が作ってくれたものでした――御台所へ立ちましたが、耳が痛いし、体じゅう重くてダルくて、けっきょく冷蔵庫にあったカップ入りの水ようかんを食べたのでした。
それでも、非常においしかったのでした。お中元はやっぱりありがたいなと思いました。思えば半日ぶりに口に入れた食べ物でした。ああ、おいしい、と思いました。幸せでした。
そこに襲い来るグサリ! グサリグサリ! ギャン! ギャンギャンギャンギャン!――……
ひさかたぶりに親子が再会し、感涙にむせびつつよかったねよかったねと言っているところへ、靴の裏で顔を蹴られたような気分でした。
何て天才的なぶち壊し。アッパレ。そういうわけで、わたしは右耳を半ば近く切り取ったのでした。恒星のように燃える超個人的な自意識の片すみで、我ながらたいへんな怪力でありました。
結論から申し上げますと、軟骨の古傷に走る痛みは、発熱のたびに、今も変わらず賑やかです。もはや古傷が物質的に痛むのではなく、その記憶を刻み込まれた脳が精神的に痛むのです。
切り落とした患部は、すぐに手当てしていただいたおかげで、異形になったばかりのことで、それほど痛みません。難なく髪の毛に隠し得、お医者さまと夫のほかには知る人もおりません。
けっきょく古傷ばかりが痛むのです。当の部位さえ残存していれば、そこを何か治療することであるいは鎮静し得た痛みでありました。
対象がなくなってしまったせいで、かえって倒しようがなくなった、言うなればこれは、痛みの亡霊なのでございます。
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○月×日
水曜日なのでダイエットをした。近ごろ流行りの方法で。
すなわちこのポッコリおなかの原因は、何と言っても若き日の過ぎた「おかわり」に起因するのであるから、ひたすら空っぽのお茶碗を飲み込めばいい、というものである。
飲んだお茶碗の摘出法は人によりけりだけれども、私の場合は盲腸の手術痕から引っこ抜く。この施術のはずみにハリガネムシが見つかっていたけれども、おそらく遺伝的なものでもあろうし、無理に出してはいけないとのことで、様子見であった。
ハリガネムシの害は今のところ、時おり変な寝言を言うくらいのことであるし。実際元カノに指摘されたこともあった。
いわく、読経でもしているかのように、ごにょごにょ言っているので耳を澄ましたら、どうも私の語彙にはないようなことまで言っている。ある日彼女は聞き取れた所だけ書き留めておいてくれた。起きてから見ると、我ながら、えらいシュールだった。
未だに覚えているのは、「マダニが阿弥陀に無駄に身悶え/ルビを振られたラビにもフラれ/耶蘇耶蘇と泣いておりましたらば/嗚呼面倒だと優しくされて/夢想だにせぬ大人の弥勒に/菩薩と突っ立っていましたとさ」……。
――こう見ればモウマイ氏のラップに似ているが、あるいは奴さんもハリガネムシのクチだったのではなかろうか。すると我々、ハリガネムシの気が合ったのであろうか。虫が好いたというやつか。
さて私が通っているクリニックの、院長であらせられるハーフの女医さんは、カボチアーノ馬車子先生といって、早い話が、そうとうの美人。立てば芍薬、座れば牡丹、歩くすがたは百合の花。
我がダイエットの目的は先生にあった。それは、最初は純粋なダイエットのために行ったのではあろうが、今から正しい順序を遡ってももはや迷宮である。今や先生に気に入られんがためにだけお茶碗を飲んでいる。
その先生にお茶碗を引っこ抜かれる情けなさ。返す返す、痩せてからお会いしたかった。
しかしまあ、因果の前後よりもまず、馬車子先生の左手の薬指にはまっている指輪が、根本的な「今ではない」を述べ立てている限りは同じことだ。
どの道、すでに遅過ぎたか、まだ早過ぎるのである。
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22
熱で寝込んでいる時の、理想的な過ごし方。
なるべく無理をせず、安静にして、自然治癒力にお任せすること。水分を取り、消化のよいものを食べて。熱は体が菌と戦っている証拠なのだから、心配しないで寝ていること。
そうしていればある時、にわかに滝のような汗をかいて寝具を水浸しにし、パジャマを何着も洗濯機送りにして、熱は下がる。戦い終わった白血球の死骸がどろっとした鼻水や痰で出てゆく。
そうして治るのが何よりである。
それなのにどうしても解熱鎮痛剤を飲んでしまって、あんのじょう治りがぐずぐず遅くなるのは、無理に下げた熱がウイルスを殺し切っていなかったからなのか、熱と痛みが遮断されているあいだについ無理をしてしまうからなのか。
何せあちこちの痛みが嘘のように消えるというその一事だけで魔法のような妙薬・霊薬なのである。ちっぽけな錠剤を飲んでほんの三十分もすれば地獄の責め苦はスッと去る。
あんなに悶え苦しんで我慢していたのが馬鹿みたいに思えて来る。
胃の不快感や、舌苔にともなう味覚異常、そして大いなる下痢などの副作用もあるけれど、屁みたいなものであった。
痛みが去ると海岸を散歩する。そんなことをしていたら熱がぶり返したり悪化したりするかもしれないというような現実的な問題は、ここを歩いている限り消える。
色々な宝物が打ち上げられている波打ち際に沿うて、ぺたぺたとゆく。
ふと見やれば、向こうに漁師小屋が五軒、遊女屋が一軒。
(この遊女屋には幼なじみの奥床式部が勤めていて、今や女将さんにまでなっていた。頼ればいつでも面倒を見てくれる約束がある。)
代々腕のいい漁師さんたちで、ここいら名産のオニビラメ、クマザメ、エンマウオ、ワニウツボ、マオウダイなど、がっぽがっぽと獲りまくる。
漁の時期には観光客が駅前を賑わす。
我がふるさとの漁法もまた、初めて見る人は驚くそうだ。
しかしこちらから言わせてもらえば、観光客たちの姿かたちだって、信じられないような人も少なくないのである。詳細不明のまま通り過ぎて行くのがほとんどで、そんな人たちにそんなに、驚かれても。
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○月×日
御覧でありますか。スッカリ不定期になりましたけれども。
しかし、ここに至って急に、どうお考えなのでしょう。神々よと言われても、お前など知らぬと仰りでしょうか。仮にそうでも、我々ももはや神に創られたとは思うておりませぬ上は、我々が神を創ったのだと思うております上は、我々も知らぬ間に、どこかの誰かから創られて、神々よと呼びかけられているという可能性もなきにしもあらずで、いや、お察し申し上げます。
さて仕事もズイブン慣れた。たいがい身で覚えた。一番つらい時期は越えたと、先輩に言ってもらえたけれども、しかし今度は単調さの魔がいつ来るか。
単調さというものが心身に積もらすものの怖さ。あるいはそれを相殺せんがための移動過多なのであるかもしれぬ。然らばよく考えられているものだ。ありがたいことである。
注油口に注油ノズルや注油ガン(同じ。地方によって呼び名が違うだけのこと。)を突っ込み、じっと持っておくだけ。潤滑油は自動で止まる。五分ごとに指差し確認をする。
まんいち不具合が起きた時のために、危険物取扱者がいるけれども。詰所のパソコンで何ぞ見ているか、近くにいてもパイプ椅子に座って漫画を読んでいるかゴルフのスイングをしているかで、基本そんなに話さない。
彼らのほうがラクで高給だけれども、我らに比べて極端に移動が少ない。こちとらは、もうそういうものとカンネンしてしまえば、飛行機や新幹線に乗り放題の気楽な稼業だと言えよう。
実際には、移動中、眠っているばかりだけれども。
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23(上)
数週間も平熱だと、世界中に病気なんぞないかのようだ。じつに薄情なことだけれども、わたし自身苦しみの渦中にある時も、外部からの救済云々に対して、わたしは何らの期待もしなかったどころか、そもそも外部・救済というものについて、何を考えてみることもしなかったからには、自分に対しても薄情なことだな。
テレビを見ていると、何やら一人の僧侶に津々浦々の女たちがぞろぞろ続いてコンカラコンカラ進んでゆく踊念仏。
テロップにいわく、先頭の僧侶こそは、兵庫県神戸市兵庫区真光寺より盗み出された遺骨から、おそらく某国でクローン再生された一遍上人とやら。
〽あるがままに涙流しながら眠りな
並の民のためのナムのアミのダブのツ
とりわけ顔面をドアップにされる女たちは、やっぱりべっぴんを選んで映されているのであろうか。
誰も彼も幸せそうに。もうみんな、音も動きも合ってないのに。
――馬鹿じゃねえのか。
…………懺悔。
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○月×日
去年のマラソン大会に出て、まだゴール出来ていない人が、今週はずっと近くの国道にいたのだが、今朝がた、ウーバー配達員と接触して、搬送されたそうな。さいわい怪我は大したこともなかったそうなが、完走したかったろうに、可哀相なことである。
自転車の後部に折りたたんだテントをくくりつけた老人、通称「まん爺さん」(名前の由来は不明)。「日本中どこへでも行けるんや」と言いながら、いつも近所を行ったり来たりしている。からかって来る子どもを追い回しては、自動車やバイクに轢かれている天性の当たり屋。
まだ名物にはなっていない妊婦さん。すでに半年は臨月で、よく出没する。信号待ちで隣になったので、荷物を持ってあげると、そこの公園までお願いと言う。
公園のベンチに座ると、
「おなか、触りますか」
私は隣に座って、触らせてもらった。ぶよぶよだった。手を引っ込めた私を彼女はにやりと見つめて、
「にせものなの。こうしてるとみんな優しくしてくれるから」
ところで信号待ちの時から、計六回ほど、ようやく歩けるくらいの幼児とすれ違ったのだけれども、みんな彼女のことを、執拗に見ていた。何かこう、睨むというふうであった。
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40
また役場に誰か職員の親戚の子が遊びに来ているらしく、イタズラでデタラメな防災放送が流れた。停電をともなうゲリラ熱波。ただちに近くの爽涼地へ避難してください。
けれどもこの悪童、どこの易者も学者も予想だにしなかった天災をバッチリ当てた実績があるものだから、叱ることも出来ないばかりか、今回も従順に荷物をまとめる。
彼方にそびえる大陸富士を見やりつつ、林の中の滝壺へ向かった。夫は勤務中なので、一人、貴重品だの思い出の品だのささやかな家宝だの背負ってのろのろとゆく。
このケッタイな新風習の不毛さに耐えんがための発達であろうか。どれほど遠くまで避難出来るかは、我がふるさとにおいて、もはや新たな階級になりつつあった。
わたしもいつか、いっそ大陸富士まで避難出来る日が来ることを夢見つつ、上り坂をえっちらおっちら歩いていると、ちょうど通りかかった茂みから、孔雀色した雉が飛び立ったのを、つい目で追ってしまった。
朝から熱っぽく、眼球がひどく痛んでいたのにもかかわらず。
だいぶ振り切ってしまったために、この痛み、おそらく熱が下がるまで治らないだろう。
ここまでに至った目の痛みは、世界の色味を動揺させ、二日も経てば神経の消耗と相交わって、そこにないものも見え出す。さらに消耗が進めば、触れられさえする。さらに進めば会話も叶う。
あるいはわたしの優しい夫は、その時になってようやく帰って来るのかもしれぬなんて考えてみたりして。
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○月×日
呪わしきタワマンもかなりせり上がったが、まだ乳歯だから一度は抜けるのである。すなわちまだ折り返し地点にも達していないと思えば気が重いけれど、いざ折り返したらあとは早いものでもあろう。
この大工事に何もかも持って行かれているような口ぶりであったけれども、私も私で、我が家のエアコン修理を頼んだのである。ちょっと、前の業者がズボラしたために、ナニがアレして何とかで、それを直してもらうために少々騒音と振動を撒き散らしているのである。
こんな小さな修理でも、あの大いなるタワマンの工事より、このマンションに限って言えば、あるいは上回るくらいなのである。近隣にはまことに申しわけない。お詫びに配るとすれば、何がよかろうか。あとで検討のこと。
ところで修理中、見習いの若者が、見習うこともせずにボンヤリしていた。昼には私とちゃぶ台に向き合って飯を食い、世間話をした。親方は黙々と作業をしておられた。
男かと思えば女の子なのであった。しかし腕力では負けないと言う。スポーツジムに通っていると言う。
話の流れから、ぱっと立ち上がり、作業服のズボンを下げて向こう向きに立ち、パンツをグイっと上げてしまって、お尻の筋肉を見せて来た。グッと力むと筋肉の筋が見えた。確かに女性でこれは凄い。男でもそうそうお目にはかかれない。
その勢いで背中まで見せて来た。向こう向きに首までまくり上げ、ブラを外し、カッと力めばこちらも筋肉の筋が走るのであった。
――……あんまり懐いて来るものだと思ったから、それに、たいそう無邪気だし、ほんとに冗談で、「バカじゃないの」で終わるつもりで、どれ、前は? と言ってしまったのがいけなかった。一瞬で、思った以上に怒ってしまった。
それ以降一言もしゃべらなくなり、お茶を出しても、口もつけなかった。
親方は黙々と作業をしておられた。
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46
思えば幼い頃から発熱に弱かった。成長するにつれてだんだん強くなり、いったんは克服するかとさえ思われたけれど、いざ成人したらまた戻っていた。
発熱時はまったくの役立たずで、とにかく今だけは天災よ来ないで、両親よ危篤とかにならないでと祈り倒す。
能動的に治す方法としてしばしば用いるのが、イメージである。
テキトーな坐禅を組んで、全身でイメージする。身中の悪い物を殺す。念力で。怒りで。おのが血液を沸騰させて。
やっちまえ。逃がすな。コロセコロセコロセ――。
たいがい効果は皆無だけれど、時として、高熱による意識朦朧から来るトランス状態とでも言えようか、チャクラが開いたというのか、ほろほろほろと呆気なく治ることがある。
しかしその場合、二日ほどぼうっとするのだった。この二日間、ほぼ記憶がないとすら言えた。
あるいは、あのイメージで滅却し得た「悪い物」の中には、わたしという自我も含まれているのかもしれぬ。あとで再生するけれども。
こうして記憶は継続しているし、周囲の人たちも何ら変わらず接し続けてくれるし。
まあ、あんがい毎度他人になっているのかもしれないけれども。その場合、今のわたしなんかはせいぜい生後数ヶ月に過ぎないのかもしれないけれども。
記憶がなくなるなら生まれ変わっても無意味だと思っていたけれど、生きているあいだもこんなものなら無意味も糞も。
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○月×日
卵を割ったら三回連続で中身は小さなニワトリの死骸であった。どれくらいの確率なのか、文系電卓に尋ねたら、流れ星を二秒以内に連続で八十回見る程度と出た。何だそれぐらいなら話のネタにもならんな。
今日、馬車子先生の薬指に指輪がなかった。遂に何か動くものが動いたのかもしれなかったけれど、そんな日に限ってお茶碗が、盲腸の手術痕に出て来ず、えらく難儀したために、それどころではなかった。
けっきょく、百年の恋も冷めるような摘出となって、トボトボ帰れば、モウマイ氏が遊びに来ていた。彼、近ごろ神経を弱らしていて、ちょっとやつれていた。
タワマンの音と振動がさらにキツイらしく、あまり長居はしなかった。最後には、家じゅうのタオルが湿っていると言って、カップ麺をぜんぶ食べて帰った。それまでのあいだ、一緒にテレビを見ていたが、今日に限ってコマーシャルばかりだった。
しかし家電も発達したものだ。洗濯機で洗える洗濯機や、電子レンジで加熱出来る電子レンジなど、重ね重ね、おふくろにも使わせてやりたかった。
そんな悲しみに暮れつつも、ドライヤーインタオルドライインすすぎインリンスインシャンプーで以て、風呂の時短を大いに満喫している薄情さ。
そんな心に刺さるのが調味料「おふくろの味」。各地の田舎のおばあちゃんの手のひらの細菌や垢やおしゃべりの飛沫を集めて精製した粉末。コンビニで売っているそうなので買いの方向で。
ふと政党要件を満たさない政治団体によるゲリラ政見放送が割り込む。
織庫党の政策。
441万ヘクタールに及ぶスギ人工林に抗ヒスタミン剤とステロイド点鼻薬を投与し、花粉の飛散を抑制する。(九州を超える面積に投与するコストの見積り。)ゆくゆくはヨーグルトやキノコ類、ナッツ類、ブロッコリー、背の青い魚、ハチミツなどをバランスよく投与して根本的な体質改善をはかる。
愚羅丹生党の政策。
社会復帰を希望する引きこもりや精神疾患等の人々(無資格・無実績・低学歴・長期のブランク等を優先)の支援。最寄りの定年退職者への依頼。数人でチームを作り、社会復帰希望者に応じた職場の探索・紹介と、毎日の職場への送り迎え、在宅で出来る作業の自宅への配送等。報酬は勲章・メダルの授与、施設入所・終末医療の優遇等検討中。
――何はなくとも徳を積むことだと、私とモウマイ氏は、dボタンで以て二百円ずつそれぞれ寄付をした。
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77
懺悔。
薄れて行く意識の中で覚えているのは、
「――それでもまだシラ切りよったら、もうええ、思い出すのん手伝ったれ。自動修復にしたったらええんや。そしたら強制的に思い出しよる」
「せやけどこいつ型が古うて、どうも勝手が違うんすわ」
「長押しや長押し。困った時はいったん長押し」……
そうして大量の解熱鎮痛剤をムリヤリ口の中に詰め込まれた。
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○月×日
夢を見た。完成したタワマンに、昔のツレたちが、みんな住んでいて、みんな子どものままで、私も子どもで、中を探検した。大型クルーズ船みたいに、どこまでも広がっていて、何でもあって、そのまま死にたいくらい幸せだった。
近所に越して来たユーチューバーの兄ちゃんは、撮影さえ許可したら何をしてもよいということで。先日も買い物帰り、何やらカメラを回して、中坊から殴られているのを見た。
夢にせよユーチューバーの兄ちゃんにせよ、そのような運気なのであろうか、中学時代のツレが、職場の誰ぞと何ぞ揉めて、タイマンするから、ギャラリーで来てくれとのこと。
もうおっさんやぞ、それにタイマンなんぞ、お前は学生時分にもしやんかったのにと言えば、立派な社会人やからこそや。糞面白くもないからや。学生時分なんか、ただただ楽しかったんやから逆にタイマンなんぞしやんでよかったんじゃ。
そやけどお前、家族もおるやないかと言えば、そやねん、そこがややこしいとこやねん。実際は満ち足りとるからよ。ほんま言うたらタイマンする奴のことなんぞ、ワリカシどうでもええんやけどな。せやけどそんなこっちゃあ、あのころの自分に悪いやろ。侮辱されても何や余裕こいてニコニコしとる、そんな大人には、なりとうなかったやんか。
でもなァ……と口ごもる私に、いやもうほんま、来てさえくれりゃええから、数集めときたいだけやから。そうやあのラッパーの卵の、昧阿弥クンか、あれも誘といてくれ。
これには、適当に答えておいたが、心が痛むのであって。
モウマイ氏は、とうとう先日、国立だか星立だかの大きな精神病院に入ってしまったのである。見舞いに行ったら、もうマッタク違う人のようで、年齢から体格から人種から違うようだなと思えば、当人も、前の自分はこの世界にはいないと言っていた。
ともあれ、私はケンカを見に行くことになった。
私としては、遠くのタイマンよりも近くのタワマンのほうが、問題なのだけれども言うて。
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78
夫がわたしを見る目が悲しい。申しわけない。寂しい。ツラい。――腹立たしい。おこがましい。汚らわしい。呪わしい。
夫はわたしに「出て行け」と言わせようとしている。こいつは「出て行け」と言われるのを待っている。
――その手には乗らない。それだけは、絶対に言ってやらない。
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○月×日
けっきょくしっちゃかめっちゃかの乱闘になり、十数年ぶりに顔面をグーで殴られて、我がの血の味の芬々たる中、久方ぶりに爽快なアドレナリンであった。いい大人がぞろぞろと留置場へ連れて行かれて、敵も味方もなく雑魚寝したのも結構であった。
さて、ネット上で、我々の仕事を、政府のパフォーマンスだと言う輩がいるのである。
いわく、「けっきょくすべてのゴミが燃やされているように、またリサイクルには莫大な環境破壊が伴うように、断層への注油もまったくの嘘か、何かしら同程度のマイナスを隠しているに違いない。しょせんは雰囲気だけの正義、人を馬鹿にした、役にも立たない偽善、言うなれば『暗闇で光る点字』のようなもの」と、こう言うわけである。
だいたいそういうことが、近ごろとみに言われているそうなが、これへの反撃もすでに為されているのであって、「どこかで宣うておざる陰謀論者たちは図らずも、おどれらが断罪したその空疎なパフォーマンスこそが、これまで人類を生かしめて来たという厳然たる事実を浮き彫りにして、逆説的に敗北宣言をしたのに他ならぬ。まことに救いがたきは、陰謀論者たちの、信じて疑わぬ頑なさ」とか何とか。
かように、知らぬ間に攻撃されていて、知らぬ間に反撃も為されていたが、この反撃は、味方というわけではないようだ。
ユーチューバーの兄ちゃんが、カメラを回し、半裸になって四つん這いで道端の犬の糞にお経を唱えていた。
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79
何が何やら、誰が誰やらわからない。
どっちがわたしなのか、あちらなのかこちらなのか、わたしがあちらであったのか。
誰かの見ている夢なのか。その誰かからしたら、夢が先かわたしが先か。
わたしが先なら、夢に見られたほうが、見たほうよりも存在を先んずるなら、自我を持つ全ての人は誰しも、いつ乗っ取られるやらわからないぞ!
いつ訪れるかは知らないけれど、いざ訪れたら時すでに遅し、あとから存在を追い抜かれて、何もかもが仕舞いぞ!…………
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○月×日
せっかくの休日にやることがなくて、左様な人類最大の危機を回避せんがためちょっとググってみれば、目下建設中のタワマンにまつわる求人は既にたくさんあった。私の経歴で引っかかる最高給は、管理人の管理人であった。住み込みの管理人だけで数十世帯となる、彼ら専用の管理人の募集であり、住み込みOKとあった。
以下、人生で一度はやってみたかったけれど、いつの間にか諦めていたこと。
一、アフリカ一周。――猿人時代の記憶を思い出すまで。
一、コアラと腕相撲。――たぶん意外にいい勝負。
一、宇宙空間で昼寝。――あるいは二度寝。
一、カンペキな女装。――一日バレずに乗り切る。
一、やくざにクラクション鳴らす。――あるいは当たり屋を思いっ切り轢く。
一、シイラを釣る。――その場で刺身で食べる。
一、現地妻を持つ。――あるいは現地夫にされる。
一、スカイダイビング。――速攻でパラシュートをひらいて一生浮かぶ。
一、日記をつける。――死ぬまで続ける。
……云々。
まあ、死ぬまで続くかはわからないけれど、気づけば一つ、出来ている幸せを無下にしないこと。
最後に和歌を一句。
『梅がカニ桜がタニシ桃がエビ』
意味は、桜エビが、磯のアワビの片思い状態であるということ。
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80
解熱鎮痛剤が効いていて地球上の一切の問題が解決し、海辺をぶらぶら散歩する。
内陸のほうを見やれば彼方に大陸富士が霞み、避難したまま帰って来なかった人々を抱擁していた。
色々な宝物が打ち上げられている波打ち際に沿うてぺたぺたとゆく。ふと見やれば向こうに漁師小屋が五軒、遊女屋が一軒。
(それにしても女将さんをしている幼なじみの奥床式部は――)
何か聞こえる。
……だんだん近づいて来る。
――……嗚呼、あれは、まごうかたなき円照大師御一行! 先頭におわすは濁世末法に復活なされた一遍上人のおんすがた‼
〽あるがままに涙流しながら眠りな
並の民のためのナムのアミのダブのツ
わたしは何もかもを投げ捨てた。世界は狂い死にする蛇のごとき聖なる大行列の最後尾へと優しく吸い込まれて行った。
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○月×日
ユーチューバーの兄ちゃんがカメラを回し、塀の落書きを一所懸命消していた。
さて、大変なことだ。
タワマンの乳歯が反対側に倒れてくれたのはありがたいことであったが、被害に遭った人たちのことを思うと、悪党になった気分だ。
偶然生き残っているというのは、人の分まで盗って食っているかのようだ。
ニュースはまだ続いているけれども、テレビを消す。
さて、明日から遠征であるからして、今日は早く寝なければならない。サロベツ原野の、ある注油口が閉塞したために、新しいのを掘りに行くのである。
言うまでもなく、これまでよりもワンランク上の仕事だ。社内スクールに通い続けた甲斐があった。飽和潜水技術は関係ないけれど、出世の道とはそういうものなのでもあろう。
ランクアップしたぶん、危険も増すけれども、気をつけてさえいればいい。兼好法師も書いている。とある植木屋の話。いわく、弟子に木を剪定させていて、高い所にいるあいだは何も言わなんだところが、だいぶ低い所まで下りて来た時に、「気をつけろ」と声をかけた。
何となれば、高い所では誰でも、放っておいても注意するが、安全になると気がゆるむ。それで怪我をする。だから声をかけたという話。
さあ明日の用意は済んだ。あとは寝るだけだ。
生還したら馬車子先生を映画に誘おう。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
豚之腸詰以後之事
煮油釜湯阿弥は、村落の奥隅の、ぼろぼろの神殿に入った。中には一人の屎神がいらっしゃった。
「新入りか。苦しゅうない、近う寄れ」
湯阿弥は神前にぬかづいて、挨拶をした。
それから酒を酌み交わしつつ、湯阿弥は屎神の身の上を聞いた。無神論への盲信、信仰心の俗化、卑下と慢心のくんずほぐれつ。
「わかります、わかります」と骨ばった背中をさすりつつ、酒を注いだ。
屎神は涙と鼻水を拭き拭きしつつ、「では汝、我にすがるか?」
「いや、それは致しかねますけれども」
「それ見ろ。そういうこったよ。――……嗚呼! いっそ今度は我らが寄生したいものだな。おのれを持たず、一切を宿主に押しつけて暮らしてけつかる寄生者ども。あるいはちょこちょこと、住みよいように整えながら。さぞや気楽でよかろうな」
「御尤も、御尤も。しかし、」
そんな道がありましょうかしらと、歎じていると、一人の老人が神殿へ入って来た。村落の長にして、名を乙霧里冴座衛門といった。
昔去られたアル中を呼び戻さんがため、ぐびぐびと空しく飲み干して、
「こんな方法はどうで御座ろうな」と言う。
湯阿弥と屎神は前のめりになって耳を傾けた。冴座衛門はもう一杯あおって、続けた。
「つまり我らは、煩悩の巣窟にして不浄の肉塊たる身体を捨て、純粋存在たる電波と化し、人の頭に寄生する。この人というのが肝心」
「それとは?」
と、湯阿弥と屎神。冴座衛門は頷いて、
「物書きで御座る。先方は自分で閃いたと信じ込み、文章として我らを書く。それが多くの人に読まれる。我らは無数の読者の網膜に寄生し、言語中枢に寄生し、記憶に刻まれ、快にせよ不快にせよ心を動かし、人格の形成に関わり、魂の一部となるによって、気楽に無責任に、大勢の人生を遊べると、こういう次第に御座候」
湯阿弥は落胆のため息をつくと、前にのめっていた体を戻し、盃の残りを飲み干した。そんな彼に、冴座衛門はまあまあまあと掌を見せて、
「むろん駄法螺で御座る。人に為し得る業ではない。しかしここには神様がおられる」
そうして屎神に目をやった。湯阿弥も見た。屎神は腕を組み、眉をひそめて考え込んだ。
冴座衛門は居住まいを正し、屎神の前にぬかづいて、
「どうぞ屎神様、御神力をばお貸しいただけぬか。誰ぞ物書きの、それもなるたけ読者の多い、高名な物書きのドタマに我らを飛ばしてたもれ」
湯阿弥も並んで頭を下げた。屎神は腕組みしたまま、
「まあ、やってはみるが、期待はするなよ」
その頃には、神殿の前に、村落の住民たちが集まって、聞き耳を立てていた。この運びに、どやどやと入って来て、
「屎神様、我らも連れて行ってはくれませぬか!」
屎神は頷いて、
「手間は一緒じゃ」
住民たちは狂喜した。みんなで屎神を抱え上げ、外へと担ぎ出すと、カァミサマ! カァミサマ! 声を揃えて胴上げにした。
屎神は、久々の栄光に嬉し涙を流しつつ、天を仰いで宣うた。
「――そこなおかたァ。そういう次第じゃによって、我らが身の上を書かれよかし。そしてその書をば、多くの読者に読ましめ、どうか我らを末永く、生かしめたまえェェ……!」
人々は屎神を胴上げしながら、いつもの数え歌を歌い出す。
〽一つ皮肉な貢ぎコツジキ
二つふと見りゃ虱もおらぬ
三つ未来は過去へと消えた
四つ寄る辺の無さに祟られ
いつの間に住み慣れしごみ山
六つ無常は三寒四温
七つ奈落もいつかは終わる
八つ掃き溜めも住めば都
ここのつらさはつらさが無さよ
とうの昔に狂い申した
どんちゃん騒ぎの村落は、やわらかな光に包まれて、そのままじわじわ消えてしもうたのだと。
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