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VS「山の中で小学生を育てていたら神になってしまった」

タグ: #第41回文学フリマ東京原稿募集

小説

9,470文字

わたしのランドセルは濡れたアマガエルみたいにつやつやとしていて、お兄ちゃんのランドセルは枯れたアジサイの葉っぱみたいに汚かった。

お兄ちゃんはあまり活発な子じゃないのに、変なの。でも、前に汚いランドセルをわらったらすごく怖い顔をしてきたので、それきり触れないようにしていた。前歯が一本ないのも、わたしみたいに生え変わってくるんだと思っていたけれど、お兄ちゃんの前歯はずっと一本ないままだった。

お兄ちゃんはクラスに友達がいないみたいで、わたしの学年の子たちと仲良くしていた。一年生とばかり遊んでいる四年生だった。帰る時も一年生の中に混ざっていた。皆と分かれた後、わたしとお兄ちゃんは二人で歩いていた。お兄ちゃんの給食袋がしっぽみたいにぶんぶん揺られている。お兄ちゃんはいつも怪我をしている。膝小僧にいつも絆創膏がついてるし、ひじや腕にも擦り傷がいっぱいある。お兄ちゃんが乱暴をしているところなんて見たことはないけれど、わたしの知らないところでは意外とやんちゃなのかもしれない、なんて想像もしてみたけれど、うまく想像ができなかった。お兄ちゃんは優しいし、大人しくて、あまり大きな声も出さない。わたしはお兄ちゃんのことが大好きだ。わたしは落ちていた木の棒を魔法のステッキに見立てて、それっぽい呪文を唱えながら歩いていた。わたしたちは山の中へ入っていく。山の中、と言っても住宅街のすぐ近くなのだけど。山を切り開いて作った住宅街だから、端に森があったりする。その中にポツンと建つ一軒家がある。クラスの友達は「神様の家」なんて呼んでいる。神社が近くにあるから、神様が住んでるんだなんて言っていた。神様なんかじゃないのにね。

「ただいま」

呼び鈴を鳴らすと、すぐにお母さんが鍵を開けて出てくる。

「おかえりなさい」

きっといつもお母さんは家の中からわたしたちがやってくるのを待っていたのだと思う。お兄ちゃんはお母さんの前ではおしゃべりになる。その日あった嬉しかった話を見せびらかすみたいに一つ一つ聞かせていく。お母さんはそれをすごく嬉しそうにニコニコ頷きながら聞いてくれる。お兄ちゃんの話はいつも大したことがない話なのだけど、わたしの自慢話もしてくれるから、わたしは隣で得意げな顔をしているだけで良かった。わたしは威張りながらぽたぽた焼きとか、ホワイトロリータとかを食べていた。おやつを食べてから、宿題をする。そのうちに、美味しそうな晩御飯の匂いがしてくる。音読の宿題はお母さんに聞いてもらわないといけないから、台所までいって、お母さんの邪魔をしていつも聞いてもらった。お兄ちゃんとどっちが先に聞いてもらうか喧嘩することもあったけど、そういう時はいつもお母さんがすぐに割って入ってきて、ジャンケンで決めなさい、なんて言って、それでわたしもお兄ちゃんもコロッと「三本勝負だ」とか乗り気になっちゃう。そこから脱線して、宿題を放り出して二人で遊びだすと「宿題終わった人しか晩御飯食べられないからね」とお母さんに注意をされちゃったり。それで、わたしたちはしぶしぶ宿題に戻るのだ。終わらせる頃にはお風呂がわかしてあって、わたしとお兄ちゃんは二人で、ちょっと熱いくらいの深い湯船に浸かって、シャンプーの泡で角を作ったりして、遊びながらお風呂に入る。たまにお母さんも一緒に入ることもあった。お風呂の壁には英語のお風呂ポスターが貼ってあって、湯船に浸かる時間は英語で三十まで数え終わるまで。皆で入る時は三人で一緒に数を数える。わからなくなったらお母さんがヒントを出してくれる。お兄ちゃんもお母さんも笑っていた。

この家はお母さんが作ったらしい。もともとはボロボロの古い家だったのを、お母さんが一人で今の状態にしたんだって言う。作ってないじゃん、って言ったら、似たようなもんよ、って。「そんな大がかりなの、どうやって。工事でもしたの」って聞いたら魔法だって言う。魔法なんてないって言っても「このお家は綺麗で楽しいでしょ。それが何よりの証拠」なんて言われて、仕方なく私が折れるしかなかった。お母さんは力持ちだし、器用だし、きっといろんな場所からいろんな物を集めて自分でやったんだろう、ってことは簡単に想像できた。細かい部分は分からないけれど、工事みたいなことをお母さんがしたんだろう。でぃーあいわい、みたいな。でも「魔法」といたずらっ子みたいに笑うお母さんは悪くなかった。ううん。良かった。つられて笑ってしまう不思議な力があった。わたしからすれば、そっちの方が魔法みたいに思えた。

家の庭にはお母さん自慢の小さな畑もあった。一緒に苗や種を植えたり、育てたり、収穫したりもした。夏はナスやきゅうりやトマトができて、スーパーでは見たことのない変な形をしているものもあって、面白かった。ここにはいくらいても飽きない。楽しかった。本当に楽しかった。お兄ちゃんとお母さんも楽しそうだった。だから、余計にわたしも嬉しくなって、笑ってしまう。

楽しければ楽しいほど、わたしたちの家に帰るのは嫌になった。帰りたくなんてなかった。こっちの家が本物で、わたしたちの家が偽物であって欲しかった。でも、お母さんは帰りなさいと言う。電気が止まった時はさすがに泊めてくれたけれど、そういうよっぽどのことがないと、なかなか泊めてくれない。わたしとお兄ちゃんは家ではしゃいでいたのが嘘みたいに黙りこくって、手を繋いで帰路につく。明るい道に出るまではお母さんが送ってくれるけど、それより向こうはわたしたちだけ。人通りはある。駅の近くだけあって、何人も歩いてる。でもわたしたちだけだった。みんな知らない人。知らない大人。わたしたちの家は、静かで、冷たくて、狭くて、汚かった。小さなアパートの中の一つ。わたしとお兄ちゃん以外誰もいなかった。たまにママがいるのだけど、それは本当にたまに。

「ただいま」

「おかえり」

いつもわたしとお兄ちゃんで言い合う。郵便受けに溜まったチラシを捨てて、ママの名前が書いてあるものだけ台所のテーブルの上に置く。ママの名前の漢字は読める。他はまだ読めない。自分の名前の漢字もわからない。

冷凍パスタはもうとっくになくなっていた。ママが置いていった食べ物は一週間ももたない。カップ麺、パックご飯、冷凍食品、菓子パン。あとは少しのお金。わたしのピカピカのランドセルは知らないおじさんが買ってくれた。ママの彼氏らしい。もう何人目か忘れた。「良かったね」とママは笑っていたけれど、わたしもお兄ちゃんもビクビクしていた。ママは悪い人じゃないけれど、ママの彼氏の中には悪い人もいた。お兄ちゃんや私に大きな声を出して怒ったり、ぶったりするような人もいた。私は怖がって隠れたり泣いたりしてたけど、お兄ちゃんは笑っていた。なんで笑ってるのか聞いたら「笑ってる方がぶたれないから、笑いたくないけど笑ってるだけ」とお兄ちゃんは言った。つい笑っちゃう以外の笑いがあるんだ、とその時はじめて知った。わたしたちの家は、夏は暑いし冬は寒い。エアコンをつけるとママに怒られるからつけられない。電気代が高いって言われるから。電気は何かするのによく見えない時だけつけて、それ以外は消している。水道代やガス代も節約しなさいって言われる。だから、水を出す時もお湯にしないようにする。お風呂も夏は水で入ってた。今はお母さんのところで入ってるからそんな気を遣わなくて良いのだけど。トイレもお兄ちゃんと行きたい時がかぶったら、一緒に行って、一緒に流す。ママと一緒に笑ったのっていつだっけ。わたしは気が付いたらこの家にいた。お兄ちゃんは、この家に来る前のことを覚えてるらしい。わたしはまだ赤ちゃんだったけど。その時はパパもいて、もっと大きなお家に住んでたって言ってた。楽しかった? って聞いたら、首をかしげてたから、楽しくなかったんだと思う。家の近くのスーパーに行くと目立つからって、ちょっと遠いスーパーとかコンビニとか場所を変えて行くようにしてた。ママがそうしなさいって言うから。お兄ちゃんはよく謝ってた。わたしはママからよく「かわいいね」って頭を撫でてもらってたけど、お兄ちゃんはいつも怒られて謝ってた。ママがいる時は、お兄ちゃんは悪い子なんだ、って思うのだけど、ママがいないとお兄ちゃんの何が悪いのか分からなくなる。お兄ちゃんはパンをわけっこする時、いつも大きい方や具がたくさん入っている方をわたしにくれる。お兄ちゃんが悪い子なのか分からなくなる。それにお母さんと一緒にいる時のお兄ちゃんはちっとも悪い子には思えない。でも、ママといる時のお兄ちゃんは悪い子になる。ママを睨んだり、「帰ってこないくせに」と嫌味を言ったりする。わたしは言わない。わたしはママのことも好きだし、早く帰ってきてほしいから。わたしはママとも、ニコニコ笑顔で過ごしたいと思ってる。謝るくらいなら悪いことなんてしなければいいのに。お兄ちゃんのことは好きだけど、ママの方が好きだから、ママがお兄ちゃんを怒っている時は、お兄ちゃんの味方にはなれない。

お母さんの家にいると、そういうことも忘れてしまう。ママには悪いけど、ママのことを忘れて、お母さんもお兄ちゃんも大好きだと思う。ママともそういう風になれたらいいのにな。家に帰ってくると思う。お兄ちゃんは寝る時の位置も、暑い日は涼しい場所をわたしに譲ってくれるし、寒い日は温かい場所や布団の大部分を私に譲ってくれる。お兄ちゃんは優しい。でも、そういう優しさが嫌だった。うざかった。お兄ちゃんは私をぶつことも怒鳴ることもなくて、いつも優しい。それはいつも変わらないのだけど、お母さんの家にいるお兄ちゃんは、私に何かを譲ったりはしない。お母さんといる時は何も気にしなくて良い。おかずだってわたしととりあう。「こっちの方が大きい」とかそういう言い合いだってする。だから私に譲ってばかりいる時のお兄ちゃんはなんか嫌だった。気持ち悪かった。どっちのお兄ちゃんが本当なんだろう。お母さんがいる時、わたしは何も心配しなくて良い。お兄ちゃんと喧嘩だってできる。今だって、お兄ちゃんの方が大きい体のくせに、わたしにお布団を広く譲るお兄ちゃんが嫌だ。

「お母さん」

部屋の中より外のあかりの方が明るい。お兄ちゃんもまだ寝てない。わたしの声は聞こえているだろうけど、何も反応しない。それがさみしくて、でも安心した。お母さん、ともう一度口の中で言った。お母さん、ってなんで呼んだんだろう。お母さんが一緒にいてくれてたら良いのに、なんて思ってしまって、でもそれは良くないことだって分かってた。お母さんはママじゃないから。この家はママの家。お母さんの家はお母さんの家。

「お母さん」という言葉が「ママ」と同じ意味だって知ったのは学校に行ってからだった。それまではずっと家にいたから、わたしは「ママ」しか知らなかった。それに「ママ」っていう人はみんなの家に一人ずついるんだって知った。「ママ」はママだけだと思ってたから驚いた。だから、家がもうひとつあったら、もう一人ママがいるんじゃないかって思った。ずっと思ってた。お母さんがわたしたちのことを家にあげてくれた時から。お兄ちゃんが風邪をひいちゃって、帰り道、雨の中で急にしゃがみこんじゃって、私はおろおろしていた。あの時、お母さんは魔法みたいに現れた。いくらキョロキョロしても誰も通らない、誰も来てくれないって思っていたのに、お母さんは気付いたら目の前にいた。魔法みたいだった。雨に濡れたわたしたちをお風呂に入れてくれて、お兄ちゃんを布団で寝かしてくれた。その間にわたしは初めてお母さんにご飯を食べさせてもらった。お肉もごはんも山盛りで給食をもっと豪華にしたみたいなもので、すごくびっくりした。しかも、給食の何倍もおいしい。こんな料理があるんだって思った。お母さんは名前も教えてくれなかったから、なんて呼んだら良いかわからなかった。「おばちゃん」って一回呼んでみたら、お兄ちゃんに「おばちゃんは失礼だろ」って言われたから、やめた。じゃあなんて呼べば良いんだろうって思ってた。お母さんは何でも持っていた。やっぱり本当は魔法使いなのかな。いつの間にか、わたしたちが乗るような大きさの自転車を用意してきて、広い庭で一緒に自転車に乗る練習もした。お兄ちゃんはすぐに乗れるようになった。やっぱりお兄ちゃんってやんちゃなのかも。普段から運動をいっぱいしてるんだと思う。だから怪我だらけなのかも。でも、わたしはなかなか乗れなくて、お母さんに押してもらいながら乗る練習を何度もした。

「お母さん!」

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© 2025 曾根崎十三 ( 2025年11月4日公開

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