大相撲純日本化計画ーーメイク・大相撲・グレート・アゲイン 

第40回文学フリマ東京原稿募集応募作品

大猫

小説

15,466文字

大相撲を日本人の手に取り戻せ!
「大相撲純日本化計画」にのっとり、外国人力士を粛々と追い出す六角理事長の涙の奮闘記。
※この作品はフィクションであり実在の組織とは一切関係ありません。が、実情を多少は映し出しているかもしれません。

バーン! と音を立てて、イワノフは教室の机に突っ伏した。大きな体を揺らしてわんわん泣いている。
「甘えてんじゃねえ! おら」

教官が襟首を引っ掴んでむんずと引き起こすと、イワノフの顔が真っ黒だ。硯がひっくり返って机が墨汁塗れになっている。
「できない、ダメだよ」

筆を放り出して泣きじゃくるイワノフの、墨交じりの涙が白い浴衣をどす黒く汚していく。
「できないなら落第だ。落第したら相撲教習所は卒業できないぞ」
「もういい!」

イワノフはガバッと立ち上がった。二百キロ超えの巨体が揺れ、あたりの机がガラガラ音を立てて倒れた。
「習字なんか日本人だってできない奴はいっぱいいるのに、俺たち外国人だけ強制して、学校落第させて追い出そうとしてるんだ!」

真っ黒な顔のまま咆哮するイワノフだが、母国語で喋っているので周りの者には何を言っているのか分からない。
「俺は字が書けないんだよ! ロシア語だって書けないのに日本語で習字なんかできるわけないだろう。こんな仕打ちをするんなら、なんで入門させたんだよ! 外国人は禁止って言ってくれればよかったんだ。俺は相撲が大好きなのに、なんでだよ! なんでだよ!」

泣きながら教官に掴みかかったイワノフを、周囲の人々が力づくで止めた。何しろ全員が相撲取りだ。二百キロのイワノフがたちまち取り押さえられた。
「はい、一丁上がり」

教官は口元をゆがめて呟いた。イワノフの頭突きを食らってワイシャツが墨だらけだ。

 

 

「本日、引退届を出したのは一名。羽黒山部屋の羽高山(はだかやま)モンゴル出身、それと懲戒解雇が一名、大岩戸部屋の岩野府(イワノフ)ロシア出身」
「おお、ご苦労さん!」

電話のスピーカーが壊れそうな元気声が響き渡る。
「ま、六角ろっかくさんには苦労をかけるが、これも純日本化っちゅう大事業のためじゃからして、これからも外人を完全駆逐するまで気張っちょってな」

そのまま電話を切られそうになるのを、六角理事長は引き止める。
「それで、九十九つくもさん、外国人力士だけじゃなくて、肝心の日本人の子もどんどん辞めていくんです。今どきの若い子は堪え性がなくて困ります。そっちから柔道や剣道やってる若い衆を回してくれる話はどうなってます?」

六角の焦り声に「わかっちょる!」と、耳をつんざくバカ声は、「日本皇国会議」代表の九十九一造だ。八十八歳の年寄りとも思えない。それもそのはず、江戸時代から続く総合商社「九十九商会」の現役会長で、「全日本武道家連盟」の会長でもある。
「まあいましばらく待て。いいのを見繕ってやるから、な」

そうして一方的に電話を切られた。ともかく今日の報告は完了だ。

六角理事長は軽くため息をつき、デスクから立ち上がって室内をうろうろ歩き回る。

 

六角三郎、六十三歳。日本大相撲協会理事長を務めて丸十年。一時は国内人気やインバウンドで盛り上がり、歴代最高の収益を上げた大相撲だったが、観光産業の衰退とともに観客はめっきり減って、今では日本中に吹き荒れる「外人排除」の総本山となっている。

日本古来の神事であり、ゆかしき悠久の伝統を継承・発展させる使命を担った大相撲に、外国人が参入するのはよろしくないと、保守系文化人や右翼団体等から前々から言われてきてはいたが、何と言っても実力がすべての世界、アメリカ人が横綱になろうが、モンゴル人が大関になろうが、大きな問題になることはなかった。

潮目が変わったのが二〇XX年のアメリカの大統領選挙以降だ。自由でオープンな国だったはずのアメリカから、自国第一主義、排外主張が逆輸入され、世界の最新トレンドとして巷に大流行した。「日本皇国会議」などの右翼団体がそれをうまく取り入れて、国粋主義的な思想に糾合して「純日本人第一主義」を大々的にぶち上げた。表立っては無視されたその思想を、熱狂的に受け入れた政財界の一部の人々によって、半ば公然と具体策が提言され実施に移された。その第一号が「大相撲純日本化計画」だ。

数年前まで外国出身力士は力士総数六百名の一割以上七十名ほどもいたが、今日、羽高山とイワノフが辞めて十一名になった。ありとあらゆる手段を使って協会から出ていくように仕向けてきたのだ。

入りたての者にはちょっと稽古を厳しくしてやればよい。稽古を苦にしない者は違う方面から攻める。イワノフのように苦手な習字をやらせたり、生魚や納豆やしょっつる鍋ばかり食わせたり、逆らったら正座で長時間座らせたり。たいていの者は入門して数日で辞めていった。

言葉や食事を乗り越えた者でも、番付が下で出世ができない者は比較的簡単だ。親方に「お前は見込みがない」と言わせ、将来どうするんだ、ともっともらしく心配をさせてみせる。異国で年齢を重ねて将来に不安を抱いている外国人力士のことで、最後は帰国を選ぶ。

問題は出世した力士たちだ。厳しい稽古を乗り越え、日本語をマスターし、文化風習の壁にもめげずに、実力を付けて十両や幕の内に上がった者、特に大関、横綱まで昇り詰めた連中の精神力は並外れている。
「残った外国人は十一人。そのうち横綱一人、大関一人、関脇一人、幕の内一人、十両二人。こいつらを追い出さなければなんにもならない。これからが正念場だ。どうしたものか……」

六角が一人思い悩んでいると、電話が鳴って外線着信を告げられた。七海ななみ衆議院議員だと言う。
「もしもし、サブちゃん? 忙しいところごめんね。ちょっと頼みがあってさ」

大相撲協会の理事長たるものを「サブちゃん」呼ばわりするこの国会議員は、長年の六角のタニマチだ。
「あのね、理事長の秘書の子が辞めたって聞いたからさ、代わりが要るでしょ?」
「いや、別に秘書なんかいなくても問題は……」

七海は返事を聞いていない。
「僕の姪っ子はどうかなって思ってね。割と気が利くし、本人にも社会勉強させたいしさ、サブちゃんのとこなら安心だし、一つ頼んだよ、あ、それから」

口を挟む隙も与えず、せかせかと話が続く。
「来週の寄り合いに三人ほど若い衆よこしてくんないかな。ガッチリ型とアンコとソップ、三タイプ揃っているといいな。じゃ、よろしく!」

一方的に電話を切られた。
「やれやれ」

六角はまたため息をつく。

 

依頼は二件。姪を秘書に押し付けられた。これはまだいい、協会の職員はほとんどがこういうコネ採用だ。面倒なのは男色相手の力士を三名もリクエストされたことだ。

七海は文部大臣や国土交通大臣を務めたほどの大物政治家だ。世間にはひた隠しに隠しているが、名うての男色家で若い男の子に目がない。筋金入りのデブ専で力士は好物中の大好物である。六角が所属していた八重山やえやま部屋の長年の後援者であり、巨額の金を寄付してくれていた。その代償として好みの力士を選び放題、という関係が成立している。

幸い六角自身は彼の好みではなかったようで純粋に力士として応援をしてもらい、現役時代から何くれと世話になったのだが、今や大相撲協会の理事長としてすべての力士の供給元と見なされている節がある。

昔の力士は「男芸者」と言われ、金持ちの色事の相手をするのは横綱大関クラスであっても当然とされていた。が、今の時代はそうはいかない。ただでさえ力士のなり手が少ないのに、若い力士にそんなことをさせたら親元へ逃げ帰ってしまうし下手をしたら訴えられる。

こういう時のため、普段からゲイの気のある力士をチェックしてある。外国籍の者でも追い出し工作をされずに残っている者が何人かいるが、それは男色相手のストックだ。所属部屋の世話人に連絡を取り、頼み込み、「接待」という名目で「ストック力士」に片っ端から声をかける。
「悪いな、一人五万円ほど手当を出すからな」

 

やっとの思いで夜のお相手の手配が終わった。おかげで普段の仕事が全然できていない。仕事にとりかかろうとデスクに座った途端、今度はノックの音がした。
「どうぞ」

返事も待たずに勢いよくドアが開き、腰を抜かしそうにド派手な格好の女が入ってきた。

「こんにちは! 初めまして、あなたがサブちゃんね?」

ノースリーブの真っ赤なワンピースに、二十センチもありそうなハイヒール、ワンレングスの黒髪に歌舞伎役者も逃げ出しそうな厚化粧の女が、ズカズカ入り込んできて、サッと右手を差し出した。香水の匂いがぷんとする。その迫力に思わず右手を返して握手をしてしまった。

「あたし七海万里、よろしくね、マリって呼んでいいわよ」

その名を六角はめまいがする思いで聞いた。七海だと? この女が七海千吉の姪なのか? この女を秘書にしろと?

女は理事長室をぐるりと見渡して、
「ワオ! ゴージャスなお部屋ねえ。あたしのデスク、ここでいいかしら?」

女はソファー横に置いたサイドテーブルの前に勝手に座り込むと、大げさに両腕を広げて天を仰いだ。
「オー、ノウー、ジーザスクライスト! このデスク、ノー、ドロワー。ドロワーって何だっけ、ええと駆け出しじゃなくて、剥き出しじゃなくて、引き出し?」
「あ、あの、七海さん、仕事の話なら総務へ行ってもらって……」
「だからマリでいいってば、オー、マイガー! ラップトップのスペースもないじゃない。いっぱい仕事する気で来たのに、これじゃダメじゃーん。ねえ、サブちゃん、今お仕事大変なんでしょ? 伯父ちゃんが言ってたよ。偉い人の命令で外国の子たちを追い出さないといけないんだって。でもそういうのってどうなの? 外国人差別はダメだよ。レイシストって一番恥ずかしいことだと思うの。あっ、もちろんこれはあたしの個人的な考えよ。お仕事と個人的感情は区別するけど。でもこういうの人としてどうなのかなって悩んじゃうのよね。ここに来る前にもずいぶん迷ったんだから。七海さんの姪御さんならぜひ来てくださいってズラを下げて頼まれたって言うじゃない。伯父ちゃんの顔面潰すわけにいかないし。ちょうど少し尻を据えて仕事したいって思ってたし、ほら、石頭にも三年って言うじゃない。善は急がば回れとも言うし、そんなわけで五十歩百歩譲って来てあげたってわけ。今日からよろしくね!」

喋りまくりつつ、マリは付け睫毛が吹っ飛ぶ勢いでウィンクをした。六角は呆れかえって何も言い返せなかった。

 

総務部から人を呼んで「職場説明」と称してやっとの思いでマリを連れ出してもらった。

この作品の続きは外部にて読むことができます。

2025年4月27日公開

© 2025 大猫

これはの応募作品です。
他の作品ともどもレビューお願いします。

この作品のタグ

著者

この作者の他の作品

この作者の人気作

リストに追加する

リスト機能とは、気になる作品をまとめておける機能です。公開と非公開が選べますので、 短編集として公開したり、お気に入りのリストとしてこっそり楽しむこともできます。


リスト機能を利用するにはログインする必要があります。

あなたの反応

ログインすると、星の数によって冷酷な評価を突きつけることができます。

作品の知性

作品の完成度

作品の構成

作品から得た感情

作品を読んで

作者の印象


この作品にはまだレビューがありません。ぜひレビューを残してください。

破滅チャートとは

"大相撲純日本化計画ーーメイク・大相撲・グレート・アゲイン "へのコメント 0

コメントがありません。 寂しいので、ぜひコメントを残してください。

コメントを残してください

コメントをするにはユーザー登録をした上で ログインする必要があります。

作品に戻る