遅読派のための遅い小説と早い小説

破滅派第17号原稿募集「小説の速度」応募作品

河野沢雉

評論

9,699文字

どうしても本を早く読めない人のための、早く読める本を探すためのヒント。

■ネタバレ注意

本稿には、説明の都合により以下の作品のネタバレを含みますのでご注意ください。

  • 『涼宮ハルヒの憂鬱』 谷川流
  • 『ソードアート・オンライン アインクラッド』 川原礫
  • 『宇宙の戦士』 ロバート・A・ハインライン
  • 『夏への扉』 ロバート・A・ハインライン

■序説

私は自他共に認める遅読である。いや、他には認めてもらったことがないので自称遅読である。

だが客観的な事実から帰納すると、やはり遅読であることを否定するのは難しいだろう。

  • 図書館で借りた本を、返却期限までに数ページしか読めない。
  • 図書館で借りた本を、一ページも読めずに返却することがある。
  • 一冊の本を読み終えるまでに一年くらいかかることがある。
  • 一冊の本を読み終えるまでにかかった時間の最長記録はたぶん五年くらい。
  • 右記の記録は十年以上読み終わっていない本があるので未だ更新中である。

読者の中には、あるいは頸椎を痛めるくらい激しく頷き同意される方もあるかも知れない。解っていただける方がいらっしゃれば、嬉しい限りである。遅読仲間である。本稿では特にこの遅読仲間を遅読派と呼ぼう。

しかし仮にも創作をしようという身で遅読というのはかなり致命的だ。なにも古今東西の文献をすべて渉猟しなければならないという決まりはないが、良い作品を書こうと思えば沢山の本を読んでおいた方がいいというのは間違いないだろう。読書量と作品の質が完全に比例するとは思わないけれど、いわゆる「名作」と呼ばれる部類の小説くらいは、読破しておかないとまずいと思う。日本語で文学をやるのに、漱石を一冊も読んでないというのでは、人格さえ疑われても仕方ない。ただ、いわゆる「名作」だけでも相当な量がある。遅読派にとって、恥ずかしいくらい小説を読んでいないというのはなかなか深刻な問題なのだ。

そんな私だが、どんな小説でも読むのに時間がかかるかというと、そういうわけでもない。一年くらいかかる小説があるかと思えば、わずか数日で読み終わってしまう場合もある。二者の違いは何だろう。

好みの小説は早く読め、嫌いな小説は時間がかかる、という体感時間による私個人の集中力の問題であるとするなら、それで話は終わりである。私も最初はそう思っていた。だが、同じジャンルで同じようなテーマで、似たような文体の小説でも明らかに差はある。だとすれば、二者を分けるのはそれ以外の要素ということになる。私の感覚からすると、読むのに時間がかかる小説は速度が遅く、早く読める小説は速度が早いという特徴があると思う。

この遅い早いというのはそもそも何なのか。本稿では私が遅い/早いと感じた小説を例にとって、どんな要素が小説の速度を決定しているのかを解き明かしていきたい。またこれにより、遅読派のより良い遅読ライフに資することができれば幸いである。

■比較その一

遅い小説:『涼宮ハルヒの憂鬱』

早い小説:『ソードアート・オンライン アインクラッド』

 

いわゆるラノベである。何故ラノベを比較素材に選んだかというと、私の少ない読書経験の中で、端的に遅い小説と早い小説が印象に残っていたからである。

ラノベなんて早いに決まってるだろう、と思われるかも知れないが、意外や意外、ラノベにも遅い小説は存在する。事実、『涼宮ハルヒの憂鬱』(以下ハルヒ)は読むのに一ヵ月以上かかり、『ソードアート・オンライン アインクラッド』(以下SAO)は数日で読破した。

なお、比較をできるだけ公正に行うため、二つの作品は「ほぼ同年代に刊行され」、「分量的に同じくらいであり」、「人気作となり売れに売れた」という共通項をもつラノベの中から選んだ。

さて小説の「速度」とは一体何だろうと考えると、いくつかの要素を思いつく。ただし小説の物理的な分量とジャンル、作家の筆力はほぼ同じだと仮定する。

 

1.展開の早さ(ストーリー)

2.物語の密度(プロット)

3.文章の冗長さ(描写)

4.その他の要素

 

一般論を述べても面白くも何ともないので、ここではあくまで遅読派を対象に、早く読める小説の条件みたいなものを探ってみるとしよう。

 

遅読派が読書に時間をかける最大の理由は、文章を丁寧に読み過ぎることである。一字一句、取りこぼさぬよう全神経を集中させて読む。読んでいるときに家人に雑用を仰せつかったり、電話が鳴ったり、隣の席のおっさんがくしゃみをしたりすれば途端に集中は切れ、数行前に戻って読み直しである。

実のところ、それだけ丁寧に読んだところで何も変わらない。あなたは何年も前に読んだ小説のある場面でどんな語彙や言い回しが選択されていたか、いちいち覚えているだろうか。よほど印象に残ったシーンでない限り、正確には記憶していないのではないだろうか。書き手の苦労の割に、読者はそれほど文章を読んではいないのである。

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2022年5月9日公開

© 2022 河野沢雉

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