超短編小説「猫角家の人々」その37
ジャンキーたちは、裏社会組織に入会する際に「入会すれば、何故、シャブをやっても捕まらないか?」を組織から懇切丁寧に説明される。その説明から、日本の本当の支配構造を知る。「こりゃ、絶対、捕まらないや。」そして、100%の自信を持って、悪事に励むようになるのだ。絶対権力。未来永劫、失権することの無い、間違いない権力。その末端の席に自分が座ることで、薬物はやり放題、汚い金は掴み放題の世界にどっぷり浸ることができる。居心地の良い悪の殿堂である。介護現場の3K職場で月15万円の薄給のために働かないでいい。高飛車なパワハラ上司にペコペコしないでいい。昼まで寝て、楽をして、毎日、クスリで夢見心地でいられる。今まで、自分を思いっきり馬鹿にした連中を、上から目線で蔑視することができる。これは、快感だ。
最初は誰もがそう思う。裏社会の「給与」も、最初はふんだんに支給される。だが、この桃源郷に長く生息するには、それなりの仕事をこなさなければならない。上から与えられるテーマを果たさなければ、美味しいオクスリもあぶく銭も回してはもらえない。その一方で、上層部の覚えめでたい構成員には、破格の待遇が与えられる。組織は、構成員同士の「競争」を煽り、功を競わせる。戦国時代の雑兵の使い方のようなものだ。自分の信条とは無関係に、与えられた攻撃目標に向かって、罵詈雑言を浴びせかける。これも、シャブを手に入れるためだ。
シャブが自由に手に入ると、消費量も倍増する。期間が長くなると、シャブの効きが悪くなってくる。一回の使用量が増えてくる。副作用が急激に進む。歯がボロボロになるくらいなら、まだ、何とか対処の方法がある。個人差はあるが、突如、全身の激痛に襲われることがある。仰向けに倒れ、体をのけぞらせて、痛みに耐える。いつ、発作はやってくるかわからない。これが耐え難い苦しみとなる。だが、シャブは止められない。発作に怯えながら、二の腕にシャブの注射針を突き刺す毎日だ。人前で発作が出たらまずい。外に出るのが、人と会うのが苦痛になってくる。
シャブ中は、一種独特の体臭を放つ。臭いにおいの場合もあれば、甘い匂いの場合もある。臭いでシャブ中を察知されるのを恐れて、大の男が香水を使ったりする。もしくは、臭いをかがれることを恐れて、人に近づくことを忌避する。少し離れた場所から会話をしようとする。
中毒が進んでくると、酷い猜疑心に襲われる。被害妄想の塊となって、周囲に当たり散らす。皮膚にも異常が出てくる。黒い斑点。面相が全く変わってくる。シャブ顔。お笑いの代田というジャンキーの顔かたちの変化が、その見本である。食欲がなくなる。一日中何も食べなくてもお腹が減らない。半端なく痩せる。急激に痩せるので、皮膚が余って、全身のあちこちに皮膚のエプロンがぶら下がる。
シャブ中の「最期」は、一般的には「死」である。打ち過ぎ、つまり、オーバードースで、ジャンキーは簡単に死ぬ。男とラブホテルで一夜を過ごし、シャブで盛り上がった翌朝、38歳の女はベッドの上で冷たくなっている。そういえば、バンコクで死んだ台湾人の有名歌手もそんな死に方だった。
一緒にシャブを打っていた友人が、突如、取り乱し、暴れ狂う。自分もシャブを打っていたので助けをを求めにも行けず様子を見ていた。気が付いたら、友人は、目を開けたまま息を引き取っていた。
被害妄想。警察に見張られているという幻想。恐怖に駆られて逃げまどい、車道に飛び出してしまって車にひかれ死亡。シャブで自信過剰になり、何でもできると思い込んでしまう。高いところから飛び立てると錯覚して、飛び降り。シャブ中は、結局は自分をすり減らして、自分を地獄に誘う結果となる。それ以外の選択肢はない。シャブ中に幸福などありえない。(続く)
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