26.
法然の観想念仏否定の立場は、日本的美意識の所謂侘びの理念につながる、と考える。宗教的概念が美的概念へと転化されるのである。
単純化して言えば、法然は、雑念多く集中力を欠く凡夫には観想念仏を通して仏や仏の世界を想像することはできない、と考えて称名念仏一本に絞った。仏と仏の世界は念仏者には見えないが、愚かなる凡夫においてはそれが当然なのであり、しかも「悪人なほもて往生す」とすら言うのであるから、愚夫の愚かなる所以こそが救済の源泉となるのである。つまり、ある観点からすれば、人間は救われるためには仏とその世界をよく見られるのではなくて、よく見られないほうがよいのであり、すなわち、はっきりと見える仏とその世界よりも、よくは見えぬ仏とその世界のほうがよし、とされているのである。付言すれば、仏と仏の世界は死して後に見られる世界であるので、念仏者は心中それを期待するのであり、従って浄土は期待美の対象となっているのである。
この仏教的観念を美意識に転化すれば、わびの理念に連なる。利休がわび茶の理念に合致する和歌としてよく引用したのが以下の藤原家隆の作品である。
花をのみ待つらん人に山里の雪間の草の春を見せばや
利休の美意識においては、花の咲き乱れる春よりも、その春がよくは見えない現状のほうがよしとされているのであり、そして花咲き誇る春は期待の対象であり、期待美とも言えるのである。これは「徒然草」においても雄弁に述べられている。
花はさかりに、月はくまなきをのみ見るものかは。雨に向かひて月を恋ひ、たれこめて春の行方知らぬのも、なほあはれに情ふかし。咲きぬべきほどの梢、散りしをれたる庭などこそ見所多けれ。(137段)
花ははっきりと見えないほうがよく、花が咲き誇る前や、散った後のほうが花の美しさはよりいっそう際立つのである(そういえば、村田珠光も『禅鳳雑談』で「月も雲間のなきは嫌にて候」と述べ、心敬の『心敬僧都庭訓』でも「雲間の月を見る如くなる句がおもしろく候。…八月十五夜の月のようなるは、好ましからず候」と書かれている。いずれもはっきりと見えないほうがよいのである)。
ここで主役を演じるのは想像力であろう。想像力が現前の不完全なる対象を完成へと導くのである。美の世界は眼前にはっきりとは見えないほうがよい、というのも想像力の翼を使えば、見る人は十分に美しい対象へと到るからである。仮に想像力によって理想美が見られないとしても、そうやって想像力を行使すること自体が人間の精神を向上させるのである。
ここには想像力の二義性がある。一つは、想像力を使って対象像を十全に把捉することであり、もう一つは、例え想像力に限界があって対象像の十全たる把捉が得られないにしても、そうやって想像力を行使すること自体が人間の精神向上に寄与するということである(こうやって想像力を使い続けることによって、やがては対象像の十全たる補足にも至る可能性があるのである)。
しかし、こうやって考えると奇妙な点に気づく。このような侘びの理念は、1)対象の不完全さを求めるという点で非観想念仏的であるが(観想念仏は仏と仏の世界をはっきりと見ようとするから)、しかし同時に、2)想像力の機能を要するという点では観想念仏的なのだから(観想念仏は想像力の発揮を要求するので)。では、次のようにかんがえてみたらどうであろうか。完全には見られぬ美を私は想像力の翼によって把捉しようとする。然るに、不完全なる私にはその全体像は決して見られぬ。そこで私は完全なる美の対象の不完全なる姿に甘んじ、自らの不完全を憐れみ、この過程全体に対する自己意識をこそ美とみなすのである、と。そしてこの過程を通して私の想像力は向上するのであり、これが私の人間としての性質を高めるのである、と。
27.
簡潔に以下の公式が成立するように思われる。完全と不完全とを対比して、完全を賛美すれば西洋的美意識であり、不完全に憐憫の情を垂れれば日本的美意識となる。完全を賛美するのは、例えばプラトンでありシェリーであるが、ここでは不完全に対する憐憫について以下の和歌を手掛かりに述べようと思う。
見渡せば花も紅葉もなかりけり浦の苫屋の秋の夕暮れ
三夕の一つ、藤原定家の歌である。侘しい現実世界と華麗なる想像の世界とを対比させている。ここで「現実はこんなつまらぬ世界であるのに対して、想像上ながらも花と紅葉の乱れ咲く世界の何と美しいことよ」として、完全なる美しき情景を賛嘆すれば西洋的である。対して、「花や紅葉が咲き乱れていればさぞかし美しいであろうが、現実は寂しい海辺の貧しい小屋が見えるだけだなんて、なんと侘しいことよ」とすれば不完全なる情景とそこにいるわが身とを憐れんでおり、日本的である。この精神がわびさびに至るのである。
28.日本的美意識の大乗性
西洋人はプラトン的エロスにより完全美を飽くことなく求める。日本人は凡夫意識により完全美は我が手に余ると考えてその追求を放棄し、不完全なるものに不完全的凡夫たる自己を投影し、これに憐憫の情を垂れ、これが純芸術化されてわび・さびなどの境地に到った。私は凡夫であり、対象像の完全なる把捉はお手上げであり、それをただ夢に垣間見るだけなのである。これは凡夫が観想念仏を放棄して、自ら死して後にこそ浄土を拝めるのであろうと期待している様と並行的である。故に、私見によれば、日本的美意識は、ある点では禅宗ならぬ浄土宗の産物なのである。鈴木大拙も岡倉天心も禅と日本的美意識の親近性を自明視するが、事はそう単純ではないと考える。
29.プラトン美学
プラトン美学とは、人間の有するエロスにより完全美を求める求道精神である。プラトンの『饗宴』(28)(久保勉訳)における所謂「ディオティマの階梯」は、理想的に構成された普遍美求道の過程である。ディオティマはソクラテスに語る。
この目的に向って正しい道を進もうとする者は、若い時から美しい肉体の追求を始めねばなりません、それも、指導者の指導が宜しきを得たならば、まず最初に一つの美しい肉体を愛し、またその中に美しい思想を産みつけなければなりません。次にはしかし、いずれか一つの肉体の美はいずれか一つの他の肉体の美に対して姉妹関係を持っていること、また、姿の上の美を追求すべき時が来た場合、あらゆる肉体の美が同一不二であることを看取せぬのは愚の骨頂であることを彼は悟らねばならぬのです。が、またこの事を悟った以上は、その愛をあらゆる美しい肉体に及ぼし、そうしてある一人に対するあまりに熱烈な情熱をばむしろ見下すべきもの、取るに足らぬものと見て、これを冷ますようにせねばなりません。その次には彼は心霊上の美をば肉体上の美よりも価値の高いものと考えるようになることが必要です。またその結果彼は、心霊さえ立派であれば、たといあまり愛敬のない人でも、満足してこれを愛し、これがために心配し、青年を向上させるような言説を産み出しまた探し求めるようになるでしょう。
こうして美の求道者は、ついには美のイデアに至る。(29)
それは常住に在るもの、生ずることもなく、滅することもなく、増すこともなく、減ずることもなく、次には、一方から見れば美しく、他方から見れば醜いというようなものでもなく、時としては美しく時としては醜いということもなく、またこれと較べれば美しく彼と較べれば醜いというのでもなく、またある者には美しく見え他の者には醜く見えるというように、ここで美しくそこで醜いというようなものでもない。
そしてディオティマはまとめる。
…地上の個々の美しきものから出発して、かの最後美を目指して絶えずいよいよ高く昇り行くこと、ちょうど梯子の階段を昇るようにし、一つの美しき肉体から二つのへ、二つのからあらゆる美しき肉体へ、美しき肉体から美しき職業活動へ、次には美しき職業活動から美しき学問へと進み、さらにそれからの学問から出発してついにはかの美そのものの学問に外ならぬ学問に到達して、結局美の本質を認識するまでになることを意味する。
…美そのものを観るに至ってこそ、人生は生甲斐があるのです。
英国の詩人シェリーの『理想美を讃える歌』の詩は、普遍美探求の苦闘の記録であり、また『あるひとに』の一節「蛾の 星へのあこがれを/夜の 朝へのねがいを」には、完全美を求める不完全者自身もまた美であることが暗示されている。完全美もそれを追求する不完全者も、ともに美しき賛美の対象なのである。
理想美を讃える歌(第2連、上田和夫訳)
ひとの思いやすがたを すべて
あなたは照らし出し あなたの色できよめる
「美の精」よーーあなたはどこへ行ったか?
なぜ あなたは消えてしまい 私らの世界 この
おぼろなひろい涙の谷を うつろにわびしくするのか?
なぜ 陽光がいつまでも あの
谷川のうえに 虹を織らないののか?
なぜ かつて映えたものが色あせるのか?
なぜ 恐怖と 夢と 死と 生誕とが
このまひるの大地に このようなかげを
投げかけるのか?——なぜ ひとが
愛と憎しみ 絶望と希望のなかにゆらぐのか?
(「あなた」「美の精」は理想美を表す。人間はこの理想美を現世に探し求めるが、人間が見るものといえばすべて束の間のものであって、理想美であるとは言えず、それで人間は弱り果てるのであるが、それでも人間の求道は止まないのである。)
あるひとに(上田和夫訳)
愛という言葉は わたしが使おうにも
あまりに濫用されている、
崇拝という感情は あなたが軽蔑しようにも
あまりに軽蔑されている
ひとつの希望が あまりにも絶望に似て
分別も もみ消す必要はない、
あなたからの憐れみこそ
だれのものより さらに貴い。
世に愛とよばれるものを わたしはささげられない、
でも 心が高くかかげ
「天」もこばまぬ崇拝を
あなたは受けて下さいませんか——
蛾の 星へのねがいを
夜の 朝へのねがいを
わたしらの悲しみの世界から
遠いはるかなものへの献身を。
(星と朝は完全美を、そして蛾と夜は不完全者を象徴する。この詩に表される不完全者の完全美に対する求道それ自体が美であるからこそ、その営みは詩となり美しく表現されるのである。)
30.わび・さび・幽玄
わびとは不足美である。物がない簡素な在り方に美的満足を見出すことである。武野紹鴎の「正直に慎み深くおごらぬ様」「一年のうちにも十月こそ侘なれ」という言葉である。さらに華麗なるものと対照してわびのわびたる所以はいっそうしみじみと感じられる。藤原定家の「見渡せば花も紅葉もなかりけり浦の苫屋の秋の夕暮れ」がそうである。
さびとは人や物に現れ出た経年劣化の印である。この印を華やかなるものと対照させることで、わびのわびたる所以がいっそう引き立ち、いっそうしみじみと体感される。「花守や白き頭をつき合はせ」の句こそ、まさしくわびの句である。わびが「不足の美」ならば、さびは「劣化の美」である。ここでいう「劣化」とは、本来備わっていた機能なり属性なり形状が喪失されたことを言う。
幽玄とは、特にこれといった物音はしないし、物も見えないが、それでも故なく心を悲しみが襲う様をいう。三夕の歌でいえば、「さびしさはその色としもなかりけりまき立つ山の秋の夕暮れ」がその典型となろう。これといった理由もなく悲しみが襲うのである。この意味で幽玄は「曖昧の美」ともいえそうである。ヴェルレーヌの「都に雨の降るごとく」(鈴木信太郎訳)という詩に、この幽玄と近しいものがある。
都に雨の降るごとく
わが心にも涙ふる。
心の底ににじみいる
この侘しさは何ならむ。
大地に雨に降りしきる
雨のひびきのしめやかさ。
うらさびわたる心には
おお 雨の音 雨の歌。
かなしみうれふるこの心
いはれもなくて涙ふる。
うらみの思あらばこそ。
ゆゑだもあらぬこのなげき。
恋も憎もあらずして
いかなるゆゑにわが心
かくも悩むか知らぬこそ
悩のうちのなやみなれ。
ヴェルレーヌのこの詩の第三連には、「かなしみうれふるこの心/いはれもなくて涙ふる」とあり、詩人はこれといった理由もなく悲しみに襲われているのであり、その意味で幽玄の概念と一脈通じるものがありそうである。ヴェルレーヌが幽玄であるとは言わぬが、少なくともヴェルレーヌの精神を構成するものの一要素が幽玄である、と言えそうに思う。
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