袴田、森久保、矢代の三人は波多野に嶌を《お持ち帰り》させるために飲み会を企画した。当初は誰もが6人全員で内定を目指そうときれいごとを言っていたが、最初のミーティングで嶌が見せた抜群の情報処理能力に内心焦りを感じ、彼女を陥れようと共謀した。波多野が嶌に好意を寄せていることに最初に気づいたのは森久保である。4月12日、アルバイトの帰りにレンタル会議室に顔を出そうとした彼は、寝落ちした嶌を見つめて彼女にブランケットをかける波多野の様子を目撃する。そして森久保が波多野の好意を袴田と矢代に伝え、袴田が体育会系の強引さを発揮して下戸の彼女に大量の酒を飲ませた。矢代は波多野をそれとなくその気にさせたあと、帰宅する二人を尾行して決定的な写真を撮影する係を引き受けた。
しかし、三人の計画は実行の段になって次第に破綻していく。酔うと卑屈になる森久保は自分たちの悪だくみを後悔し、「無茶はいけない……俺のせいなんだから。俺のために無茶をするな」と嶌を止めようとしはじめる。矢代は袴田とともにどうにかその場を取り繕ったものの、選考方法が変わったというメールが帰宅途中に届いたとたん、計画を放棄して電車を途中下車してしまう。だが、三人の最も大きな失態は九賀に策略を気づかれたことである。九賀は波多野をトイレに連れていき、三人が嶌を陥れようとしていること、波多野がその道具として利用されそうになっていることを説明する。波多野は九賀の忠告を「与太話」として一笑に付し、《ああ、そうさ。たしかに僕は嶌が好きだ。みんながお持ち帰りのお膳立てをしてくれてるなら上等じゃないか。持ち帰って食ってやるよ》といった内容のクズ発言をする。
自分もまた嶌に淡い恋心を抱きはじめていた九賀は、三人の裏の顔と波多野のクズっぷりに「とんでもなく腹を立て」る。そして彼は自分自身の過去を暴いてスピラの内定をふいにするというフェアな犠牲と引き換えに、袴田、森久保、矢代を罰し、波多野を貶め、嶌一人だけを合格させる作戦を練る。既に森久保が詐欺セミナーに加担していたと知っていた九賀は森久保に自分のカメラを送り付けて匿名で脅迫し、「だいたい、午後四時くらいの出来事」とされる「四月二十日水曜日の四限『都市と環境』の講義」で森久保に自分の写真を撮らせる。森久保は「十五時から神奈川のほうで面接が入って」いたが、場所が慶應の湘南藤沢キャンパスであれば16時に呼び出しても行くことができる。その後、17時に森久保と東京で落ち合って本を返したときに《自分も誰かから脅迫を受けている。森久保くんからカメラを受け取るように指示された》と訴え、カメラを取り返す。これにより、九賀は波多野以外の全員にアリバイがある状況を偽装し、彼を犯人に仕立てた。
真犯人が自分と同じ下戸であると気づいて嶌が二度目に九賀を訪ねたとき、九賀は嘘をついた。「この間抜けな社会の欠陥まみれのシステムにクソを投げつけなくちゃ」と彼は語るが、本当に自分の内定を投げうって選考を混乱させたかったのだとすれば、いくら犯人に仕立てるためとはいえ「裏でとんでもない非道を働いていた」という波多野の微罪しか明かさないのは不自然だし、嶌が内定を取ったことで目論見は失敗に終わっている。波多野や嶌を含めた全員の汚点を徹底的に暴露したあとに、九賀みずから犯人を名乗り出ることもできたはずである。それに袴田、森久保、矢代の情報収集に少なくとも15万円は払っていると考えられ、学生の示威行為にしては費やした金と手間が大きい。むしろ、嶌だけを合格させるための計画だったと考えるべきだろう。そもそも同級生の川島和哉が起業した会社を共同経営しているというのも、おそらく九賀の嶌に対する「小さな見栄」から生じた嘘である。だからこそ直前に待ち合わせ場所を28階のオフィスから隣のビルの1階の喫茶店に変更したのだろう。嶌がその後、人間不信に陥って孤独な人生を歩んできたのと同様に、九賀自身もこの一件で人生を狂わせ、社会に適応できなくなっている。嶌に罪があるとすれば、九賀を含めた周囲の人間の思いにまったく気づかず、自分がサークルクラッシャーであることにどこまでも無自覚だったことである。彼女は「洞察力があるんです」と自分自身に嘘をついてきたが、本当は自分のことも、周りのことも一番わかっていない。
元教員の知人と、採用面接に練習は不要であるという話になったことがある。学生が虚飾を張れば張るほど、面接官はそれを剥がそうと攻めてくる。だとすれば、素の自分のままで臨んだほうがいい。受かりたければ、学生生活の中で豊かな経験を積んで素の自分を高める努力をすることだ。だが実際に面接練習に来る学生は、マニュアルどおりの身なりと姿勢で事前に用意した優等生的な応答を繰り返すばかり。こっちは普通の対話がしたいだけなんだけどなあ……。
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