あなたの近所の秋葉原

合評会2018年11月応募作品

春風亭どれみ

エセー

1,701文字

2018年度11月度合評会『平成歌謡大全集』応募作品です。勝手もよくわからないままですが、初挑戦してみました。

『サトームセンの歌』(初出 おそらく1990年 平成2年)

「確かめよう 見つけよう 素敵なsomething come on!」

 

 秋葉原駅前の一等地にある分、やけに細長い箱で構えるヤマダ電機LABI秋葉原パソコン館の3階から、最も相応しくない音楽が鳴り響いた。

 

 今話題のUSBジャックにデータをぶちこんだりしなくても犯行自体は容易だ。YOU TUBEなどというオトナ帝国よろしくのタイムスリップ装置は皆の共有財産。手軽に持ち運べるノスタルジーだ。だが、そんなことは問題ではない。誰も彼も、その犯行を気にも留めなかったのだ。誰にナンパをするのか考えながら彷徨っている店員まで含めて、だ。

 

 あれからもう11年が経つ。

 

誰が「それ」を不謹慎な行為であると咎めようものか。林檎のパソコンに不発の爆弾を忍ばせた犯人は、虚ろな目をした法被の人間にそっと目配せをしてエスカレーターを降りていった。

 

「やったか?」

 

「やったは、やった。しかし、なんともはや……ですね」

 

 犯人の手ごたえのない顔に共犯者である「惣流・アスカ・ブルーバードシルフィ」は片眉をあげながら、困ったように微笑した。

 

長寿アニメのヒロインの名前を模したハンドルネームしか知らないので、犯行者はその人物をそう呼ぶしかなかったが、立派なおっさんである。顔こそミキハウスのセーターが似合いそうな未編集の赤ら顔をしているが、髪はまだらに抜け落ちて、髭はみだらに散らかしている。あまり共感されることのない苦労を重ねてきたのだろう。

 

 口を開けば、東浩紀みたいなサブカルチャーを政治に絡めた蘊蓄を語りだしそうな気もするし、そうでもない気もする。

 

「1階のソフバンショップでは、若鷹軍団流れてましたよ」

 

「ちょうど、下剋上日本一をしたばっかやからなあ。そういう生き延び方もあるっちゅうこっちゃ」

 

 二人が顔を見上げると、瞳の大きい女の子のキャラクターが右手を上げて、朗らかに観光客に笑顔を振りまいていた。

 

多分、そっちの世界の売れっ子アイドルか何かなのだろう。瞳とチャーミングな八重歯ばかりが目について、文字が読めない。最初から彼女を知っている人に向けてのメッセージなのだから、そもそもその必要性もないのだろう。今にもこちらの世界に身を乗り出してきそうだ。

 

「それにしても活気があらへん。ビックもヨドバシもや。今は何でもネット、ネットやからな。無いように見えるのはうちらだけかもわからん。見る奴が見れば、精気に満ち満ちている。けれども、うちらにはわからん。恐ろしいこっちゃ」

 

 犯行者は背中の筋をすっとなぞられたように身震いした。企業のネオンに乏しく、表情の固まったイラストばかりが目につくこの街もすっかり寂れてしまったと感じていたからだ。彼はかつて、電話回線がビジーになるずっと前から、http:の世界には精通していると買い被っていた法被の男だったーー。

 

「もうすぐDD大のやつがくるで」

 

「……というと?」

 

「ダイクマ、勤めてたやっちゃ。アイツは盛大にやるでえ。ラブライブ!……?のオタクがアニメの曲でオタ芸打つ前で、ダイナミックダイクマの創作ダンスで対抗するんやで」

 

「……それは、あまり関わり合いたくないですね」

 

 彼らは、今は亡き企業にかつて籍を置いていた名もない社員、店員、販売員で構成された「アンデット・カンパニー・ミュージック・シャッフル」の一員だ。

 

 ゲリラ的に現存する店舗や会場の前で歴史の泡沫に消えたかつての所属先のテーマや社歌、CMソングを流しては消えていく。薄くのびる影のような集団だ。

 

昭和の世界で無数の殺戮、闘争が行われた末に訪れた平成の世は短い30年のうちに星の数ほどの言葉が生まれ、濫費され、用済みになれば殺処分されていった時代だった。口ずさまれる歌の余命も驚くほど儚いこともある。

 

 固有名詞が肩をいからす広告塔とネオンが消えた街には何が生まれ、誰に囁きかけるのだろうかーー。

2018年11月18日公開

© 2018 春風亭どれみ

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"あなたの近所の秋葉原"へのコメント 7

  • 編集者 | 2018-11-21 17:47

    とても個性的な文章だと思います。
    ただ僕には少し難解でしたし、東浩紀氏ファンなので今回は低評価になってしまいました。

  • 投稿者 | 2018-11-22 01:39

    東浩紀が強烈だが、ラストは美しく締めている。ただし、どんな内容も東浩紀のインパクトには敵わない。視覚的な描写がいちいち的確で細かく、共犯者の姿かたちや立ち居振る舞いがはっきりと浮かんで笑えた。

    私がオタク文化に疎いせいか、それとも東浩紀の顔ばかり思い浮かべていたせいか、犯行の内容が最後までよく分からなかった。もう少し詳しい説明があると分かりやすいと感じたが、あるいは意図的に煙に巻いているのかもしれない。

  • 投稿者 | 2018-11-22 14:55

    癖のある文体、固有名等を用いた比喩表現などはかっこいいなと思う反面、少々わかりにくく感じました。もう少し詳しく、あるいは長く読んでみたかったです。
    時代とともに忘れられ消えてゆく歌について考えていることに共感しました。大量に生産されて、消費され、一瞬で消えることへの抵抗はかっこいいもののやはり虚しく、平成の最後感が出ていると思いました。

  • 投稿者 | 2018-11-23 22:34

    思わずサトームセンの顛末を調べてしまいました。なんとヤマダ電機に吸収されていたとは。ちなみに秋葉原のヤマダ電機には私のせがれが勤務しております、
    エドウィン、サンヨー電気、シャープ、キンカ堂、山一証券、リッカー……どれほどの有名企業が消えていったことでしょう。「アンデッド・カンパニー・ミュージック・シャッフル」の活躍の場が広がるばかりです。
    着目点は良いのですがすぐにイメージが浮かびませんでした。もっと有名な企業の方がよかったのかもしれません。来年あたり東芝が使えるかもです。「光ーる、光る東芝、回ーる、回る東芝・・・・・・・みんなみんな東芝、東芝のマーク!」
    えっ、知らないって? とほほ。

  • 編集者 | 2018-11-25 04:59

    石丸電気、さくらや、あと何かあったかな…ラオーークッスなんて当分聞いてないな…ソフマップは延々とあの曲だし…

    アンデッド音楽軍団が懐古趣味に陥らず想像的な活動を続けてくれることを願いたい。寡占や忘却に対するプロテスタントなのだと読んだ。

  • 編集長 | 2018-11-25 09:48

    梶井基次郎「檸檬」のオタク版だろうか。オタクに対する悪意ある描写はゼロ年代的な感性ともいえる。
    登場人物の紹介で本編が終わった感あり。

  • 投稿者 | 2018-11-25 13:34

    東浩紀の顔だけが浮かんで消えて言った……。
    これは小説なのだろうか。なんなのだろうか……。

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