メニュー

父親の修正癖

ピッコロ三世

幼い頃から私の言葉を塗り替えてきた父の「修正癖」その無自覚な暴力が、私に精神疾患という重りを背負わせた。

タグ: #エセー #独白 #精神疾患

エセー

1,154文字

私の父には悪癖がある。

人の意見、考え方を自分の意見に塗り替え、修正する。

それを無自覚で行っている。

私はこの無自覚の暴力を、子供の頃から浴びせられている。

おかげで、私と姉は自分の意見を自発的に発言する自信を奪われ、自己肯定感の低い大人に育った。

私は社会不安障害に陥り、姉はストレスを溜め込むと体が石のように固まり、何も言えなくなってしまうようになった。

あのおぞましい修正癖の傷痕だ。

姉はすでに病気で他界しているが、もちろん父は今も無自覚のままだ。

自称インテリ、プライドの塊、そして救いようがないほど鈍感な男。私の父親だ。

 

この男は、驚くことに神道を熱心に信仰している。

毎日、神様への感謝の呪文を長々と唱え、そうすることで心が成長し、先祖霊に守られるのだと信じきっている。

だが、その背中で彼は、私のクレジットカードを勝手に使い込み、私を自己破産へと追い込んだ。

その際も、謝罪の一言すらなかった。

毎日神様に感謝を捧げているが、彼は人に謝罪をするということをまったくしない。

自分を見つめ直す、反省するとういう概念そのものが欠如しているのだ。

宗教とは、これほどまでに無力で、時に人を傲慢にさせるものなのかと絶望している。

彼が唱える「感謝」は、自分の弱さと向き合うことから逃げるためのカモフラージュに過ぎない。

本当の心の成長とは、地獄の底から血反吐を吐きながら、見たくない己の醜さを凝視し、そこから這い上がろうとする足掻きの中から生まれる。私はそう確信している。

神に祈るだけで無条件で成長できるほど、人生は甘くない。彼の心の「コア」の部分は、この数十年、一ミリも成長していない。神に守られているという慢心が、彼から「本当の成長」の機会を奪い続けているのだ。

 

やがて私は耐えられなくなり、父へ反発するようになった。

父の失礼な言動へ怒りをぶつけると、かならず彼は開き直る。

そして、最終的に弱ったフリをし、被害者を装う。

これを私は「第二形態」と呼んでいる。

これもすべては臆病さの裏返しだ。

私から見える父は、もはや「聡明なインテリ」などではない。ただの「哀れな臆病な老人」だ。

 

精神科の主治医は言った。「父の正解は、君の正解ではない。君は君の正解を作ればいい」と。

私は子供の頃から、父親の言う事がすべて正しい、正解だと思っていた。

父親の言うことを聞いていれば間違いないんだと。

私は、父という名の絶対的正解に、自分を無理やり当てはめようとして壊れた。

だが、もうそんな必要はない。

 

私は、私を解放する。

「哀れな臆病な老人」を無理やりリスペクトするのはもうやめだ。

彼の「修正」を拒絶し、この不恰好のまま、傷だらけで歩き出すことを、ここに宣言する。

 

 

 

 

© 2026 ピッコロ三世 ( 2026年5月10日公開

読み終えたらレビューしてください

みんなの評価

0.0点(0件の評価)

ログインすると、星の数によって冷酷な評価を突きつけることができます。

  0
  0
  0
  0
  0
ログインするとレビュー感想をつけられるようになります。 ログインする

著者

「父親の修正癖」をリストに追加

リスト機能とは、気になる作品をまとめておける機能です。公開と非公開が選べますので、 あなたのアンソロジーとして共有したり、お気に入りのリストとしてこっそり楽しむこともできます。


リスト機能を利用するにはログインする必要があります。

"父親の修正癖"へのコメント 0

コメントがありません。 寂しいので、ぜひコメントを残してください。

コメントを残してください

コメントをするにはユーザー登録をした上で ログインする必要があります。

作品に戻る