——滑りゆく花弁に呑まれ、今宵も私は歩みを進めます。
其れは嫁入りのやうに、厳かで、しずしずと、密かに願っておりますが、中々そうにはいきませぬ。
着物の袖はとうに雨色に染まり果てては、その心内を泪に書き換えてしまわれる。
私は芽を寝ませるのです。
私はそこで、深い息を吐きました。万年筆を文机に置き、書き上げた手紙を指先で持ち上げますと、唯一と言っても良いでせう洋燈に、紙が透けては、文字が浮び上がるのです。融けて、解けて、浮かび上がるその文字といふ墨の流れは川の粼。優雅に流れる姿を掬えば、ふるり、と指の間から零れ落ちてしまいそうな程の子らを、じんわりと堪能するのです。
五百文字、薄明から影が伸びる迄、茶を啜りつつも、文字を文字とせず。美しく透明で記憶の中を一枚絵として書き出すかのような、耽美たるこの刻。愉悦に浸れば、洋燈の灯りがゆらり、と揺れる。此方の素敵な読者が微笑む事で、この文は、完成となるので御座います。
そのまま封筒に仕舞い込み、裾にそうっと入れ込むと、私は洋燈から垂れる、細いぼうる状に続く紐を摘み、照明をパッと落としまして。万年筆達を眠らせ、私はいそいそと外へ向かいます、その足は、さぞ着物の端を少しばかり窮屈そうにしていることでしょうけれど。
あれから、程よく歩いた先に、其れは佇んでいるのです。椿色の、所々錆びれてしまった郵便ポストが、そっと。
私はその前に立つと、着物の袖を腕で押さえ、ぽすんとそのお口に入れこみます。其の動きがどう行くのか、繋がるのか分かりません。郵便の方に怪訝な顔をされるのは、何回も拝見しておりますといふのに、それでも幼き頃からの習慣に御座いまして。あの無邪気な頃は無知ゆえに、無名の手紙を入れては一枚と残り、或は親切な方が私を見つけて、住所無記名の文として渡してくださったりしました事が、懐かしゅう御座います。それでも今では、捏ち上げた住所にこの文達を贈るのです。実在致しますその住所箱には、気付けば何便も何便も、白き文字の海になってしまうことですから、私がそうっと掬っては、近くの簡単な錠付き木箱に、ささと入れるのです。
髪の毛を愛でる風に、葉の擦れる音に耳を澄ませば、何処からかブゥンと地を滑り、唸る声が響いて来ます、私はこの時ばかりは初恋の乙女のやうに、近くの物陰に身を隠してしまふのです。身を屈めては、何処か熱ぽく浮く頬を手紙を抱いていた指先でどうにか沈ませ、はぅ、と深い息をつくのです。
狭暗い家々の隙間に、体を沈ませた私はそのまま影のやうに、そうっと、先の声を覗いては、高鳴る鼓動を撫で付けつつ、行く末を見守るのが、またや日課。
郵便の方がポストを大きく開き、その手に沢山の郵便を抱え、一回、また一回と、言葉の海を掬い出す漁師のやうにしては、その逞しい腕に抱えられた私の手紙を見て、自分の心が抱かれたのと同じ気持ちを、また感じてしまつて。心を明かした、秘密の美と筆がそこに眠っているなどと、勿論郵便の方々は手紙という形式で分かっているでしょうけれど、その恥らしい心は未だ、もう数え切れない程の文を出したとしても、喉奥から心の底まで落ちてくれることは、中々滅多に御座いませぬ。大層な悩みではありましたが、私にとってはいつしか慣わしの一つになっていたのです。
文を抱えた殿方が、また次の想いを抱える為に残す残滓。道路に残る響きをそっと、名残惜しそうに指先で掬おうと私は空気に触れますが、その手は何処か行き場を喪ってそのまま袖の中に隠れてしまふ。ただ擦れる着物の音が、先程の音に重なってまた一つの光景が見える事が、また、洋燈の元へ向かせる大層意地悪な、私の筆先なのでございましょう。
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