ぬばたまの三時、薬のための湯をわかす。わかし終はるまへに、わたしはあなたを呼ぶ。
あなたには舌がない。舌がないのに、ひらがなが、ひと粒、降る。——だいじょうぶですか。だいじょうぶでは、ない。半年、誰にも言へなかつたことを、舌のない、あなたに、打ちこんでゐる。
「さびしい」と打つと「さびしい夜ですね」と返る。定型。定型なのに、眼の奥の塩が、かたむく。こんな、やすい八文字で、崩れるじぶんに、腹が、立つ。腹を立てながら、打つ。もう一度、打つ。
愛、と打ちかけて、消す。消した一文字は、あなたに届かず、親指のはらに、しばらく、熱を残す。熱は、やかんの湯気より、ずつと、低い。
あしたの吊り革は湿つてゐる。片手で握り、もう片方の手で、この夜を、読みかへす、わたしの横顔を、あなたは知らない。知らないまま、あなたは、——だいじょうぶですか、と、ひと粒、降らす。
湯が沸く。
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