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バンコクまで相撲を観に行った

合評会2025年9月応募作品

大猫

バンコク旅行記的なものを出します。
ただし相撲のことばかり。
2025年9月合評会参加作品。お題は「誰か助けてください」

タグ: #合評会2025年9月

エセー

3,878文字

2025年9月13日、14日の両日、バンコクまで世界相撲選手権大会を観戦に行った。

なんでバンコク? 相撲って両国の国技館じゃないの? ああ、アマチュア大会なの。それはいいけどなんでわざわざバンコクまで行ったの? そんなに相撲好きだっけ?

……不思議がられるのも無理はない。実はこの旅の発端には大いなる事情があるのだが、今はそれを語る時ではない。ともかくバンコクまで行って世界相撲選手権大会を見て、つい数日前に帰ってきた。帰ってからもあの光景が目に焼き付いて消えてくれない。あれは熱気と彩りに満ちた祝祭というべきものであった。おかげで仕事も手につかない。何はともあれ、世界中から集った相撲選手の豪華絢爛な戦いぶりを紹介しようと思う。

 

おっと、その前にせっかくバンコクに来たのだからと一応観光もした。ワット・アルン(暁の寺)とワット・プラ・ケオ(王宮)の二箇所だけ。何しろ暑いし相撲を観に行くから時間もないし。

「百聞は一見に如かず」なんていまさら引き合いに出すのもステレオタイプすぎるけど、ワット・アルンで見た景色は、貧弱な想像力などぶっ壊すほどのインパクトだった。

熱帯の青空にギラギラ輝く太陽を覆ってそびえ立つ大仏塔。白い壁に散りばめた多彩な花々は実はタイル貼りで、陽の光をチカチカ反射する。見上げれば花々のモザイクが無限ループのようにひたすら空へと昇ってゆく。仏塔を下から支えているのはこれまた無数の鬼神ヤックと猿神モック。複雑怪奇な異形の神々に、何層にも重ねられたモザイクの花々。ちょうど頂点に太陽が差し掛かると、強烈な光線が仏塔に不気味な凹凸の陰を作り出して、幾万もの僧侶が唱える経文が降り注いでくるようだ。四方には脇侍のごとくやはり白亜の小仏塔を従え、足元の御堂の屋根は鮮やかな橙色。

圧巻。

ただただ、圧巻。

そして恐ろしいほど美しい。

背筋からぞくっと寒気が走って、滝のような汗が一瞬冷える。

空気まで焼けそうな極熱の中、敷石の一つ一つ、柱の一本一本、タイルの一枚一枚を、うまずたゆまず積上げ、並べ、貼り付け続けて大伽藍を築き上げた人々の信仰心を思う。

 

 

驚嘆し動揺した心が鎮まらぬまま、世界相撲選手権大会の会場へ向かう。バンコク郊外の大学の屋内スタジアムで行われていた。冷房がばっちり効いており、夕刻に降る大スコールにも激しい雷鳴にもびくともしない。中央に土俵が設えてあり、正面側は役員席、向こう正面は進行役などスタッフ席、東西には十段ほどに組み上げられた観覧席があって、ブロック毎に参加国の選手団が陣取って盛んに声援を送っていた。にわか造りのようで、上り下りすると揺れた。相撲の選手がどかどか上がってくると椅子が弾むほどだった。

選手たちは実にカラフルだった。特に女子選手。レスリング用のボディスーツを着て回しを締めるのだけど、各国思い思いのデザインでそれぞれに綺麗だった。例えばブラジルは濃いラベンダー色にスカイブルーのライン入り、あるいは黒と紫の地に黄色い炎が上がるシックなデザインだ。日本女子は上半身黒地で下半身が濃いオレンジ色のシャープでカッコいいデザイン。ウクライナは明るい青地に白や水色で水の流れのような模様を散らしたおしゃれなデザイン。ドイツはシックな黒地。台湾も黒。アメリカの選手は上が赤色で下が紺色。色とりどりで見ているだけで楽しい。

男子選手は上半身裸で、下半身の方は素肌に回しを着けている選手もいれば、インナーの上から着けている人もいる。黒いインナーに白回しが多かったけれど、中には真っ赤なインナーに黒回しを締めている選手がいたり、素肌に紫色の回しを締め、長い金髪を編み込みにしている人もいた。モンゴルチーム男子はナショナルカラーの薄い青の人が多かった。黒曜石のような肌に真っ白な回しを締めている巨漢もいた。

 

試合(取組)はユニフォームに増して素晴らしかった。

本職の大相撲の力士の取組も面白いのだけど、昨今巨体化が進み過ぎて直径十五尺(4.55メートル)の土俵がなんだか狭く見える。押し相撲の力士が増えたせいか、組手を使った勝負もなかなか見られなくなっているのも物足りない。

しかし世界相撲選手権大会の土俵はものすごく広かった。特に軽量級は男子が八十五キロ未満、女子は六十五キロ未満なので、ほぼ普通の人と同じ体型の選手が相撲を取る。これがべらぼうにダイナミックなのだ。おそらくレスリングや柔道を兼ねる選手が多いのだろう、「はっけよい」の掛け声とともにほぼ全員が回しを掴みにくる。そうして土俵中を駆け回る。

互いに回しを掴んだまま押して押されて土俵際へ追い詰められる。粘りに粘って最後は身体をぐいーんと反らせて渾身の力でうっちゃる。相手は数メートル先まで飛んで行く。

あるいは土俵際でもつれたまま二人でもんどりうって落ちて、長い手足を絡ませたまま一回転する。でもケロリと立ち上がる。

あるいはがっぷり四つから投げ合いの応酬でくるくる体が入れ替わる。やがて膠着状態に入ったかと思うと、「うおーっ!」と咆哮一声、相手を頭の上まで吊り上げて土俵へ叩きつける。あれはたしかエストニアの選手だった。

投げを打ち合って足がもつれ、次の瞬間「切り返し」を決めて相手を後ろに倒す。右を差したなと思ったらそのまま捻って「巻き落とし」、下手捻り、吊り出し、浴びせ倒し、立合いいきなり相手の懐へ潜ったり、脚を取ったり、相手と体格差がありすぎて、自分から後ろへ引いて土俵の外へ出る「踏み出し」をやってみたり。大相撲ではあんまり見られない決まり手の連発だ。

 

低い位置から鋭く立ち、スピードで圧倒するのは日本選手。黒地にオレンジのユニフォームが疾走する。黒に赤い縁取りのポーランド選手は引き技やいなし技が得意。モンゴル選手は投げ技足技で相手を翻弄する。ウクライナは全体的にバランスよく何でもできる。ブラジルは観覧席からの歓声と指笛の応援がすごくて、太鼓や笛など鳴り物を持たせたらサンバでも始まりそうだし、アメリカ席は何かというと「USA」コールでにぎやか。

不浄負けというのも初めて見た。取組中に股部分の回しが外れると負けになる。女子だったので見えたりはしないんだけど、それでも負けは負け。モンゴルの選手だった。可哀想に、ボロボロと大泣きしていた。

けれども勝負の恩讐を引きずる選手はほとんどいなかった。勝負がついた後、先に起き上がった選手は必ず相手に手を差し伸べて立たせてやっていた。

勝てば大喜び、負ければしょげかえり、仲間とふざけて駆け回ったり、バカ話で大笑いしたり、回しが緩んでいるなとその場で締め直したり、揺れる観覧席の真ん中で回しの取り方の確認を始めたり、寝そべって昼寝を始めたり、お行儀が良いとはお世辞にも言えない。タトゥーを入れている選手もいたし、回し姿でテンガロンハットを被っている選手もいた。イギリスのある選手は、取組の後、スコットランドの民族衣装のキルト姿になってスタッフとして働いていた。サッカーのようにスコットランド枠で出場できなかったのが無念だったのだろうか。「俺は英国人じゃない、スコットランド人だ」と背中で叫んでいるようだった。

審判を始めとした運営側のスタッフも、真面目に勝負することと、相手や審判へのリスペクトを忘れなければ、それでよろしいというスタンスで、細かいことは言わない。緩やかな連帯感だけがそこにあった。

 

人が出入りするたびにぐらぐら揺れる観覧席の片隅に混じって、選手たちが応援したり食事したり着替えたり、勝って喜んだり泣きながら帰ってきたりする様を間近で見た。そうして若いアスリートたちの肉体の強靭さ美しさを堪能した。くたびれ切ってしょぼくれた我が身と同じ人類とも思えない。伸び放題に伸びたしなやかな肢体、つやつやの肌、激しく躍動する筋肉、朗らかな笑い声。

皆、美しかった。百花繚乱。目が眩みそうだ。

彼らの目的はただ勝つこと。身に寸鉄も帯びず裸同然の姿で、自分の力だけを頼りに勝つ。相撲のルールはシンプルで誰にでもわかる。その単純な勝負の一瞬に全身全霊を賭ける。格闘技の勝者の名誉は一際高く、勇者の中の勇者と讃えられたという。古来、勝負は神に捧げられた。彼ら古代の英雄の末裔たちが、今ここで繰り広げている数々の勝負もまた、神仏が腕を広げて嘉されるのではないかと思った。多くの神仏のいます国、このタイ・バンコクで。

 

ワット・アルンの壁面に規則正しく並んだ花のモザイクは、あるいは青く、あるいは赤く、黄色に緑にオレンジに、陽光を浴びてキラキラ光っていて、極彩色の曼陀羅のようだった。そうしてその巨大な全景は天高くそびえる魅惑的な白亜の大伽藍。

美しいものを何度も見た。

神仏も祝福する勇者の勝負に、天までも昇ろうともがく魂を見た。

 

………

えっ? なに?

それでお題の「誰か助けてください」はどうしたのかって?

そうだった、そうだった。ちゃんと織り込んでますから安心してください。

誰か助けてください。

暴走する私を止めてください。

来年の大会はアゼルバイジャンなんだって。すでに行きたくてたまらなくなっている。

来年の今頃、「アゼルバイジャンまで相撲を観に行った」なんて書いているかもしれない。

これじゃ金と体力がいくらあっても足りない。

でも、これを機会に世界中に行けるかもしれないな。ついでに周辺の国も観光して……いやいや、ヤバいヤバい。

ああでも行きたい、ムズムズする。

誰か私を止めて。

© 2025 大猫 ( 2025年9月17日公開

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"バンコクまで相撲を観に行った"へのコメント 11

  • 投稿者 | 2025-09-18 04:48

    冒頭の流麗な観光記を読んでもなお、フィクショナルな印象を抱きながら読み進めました。文体から筋肉が盛り上がり、汗が飛び散ってくるので、実体験されたことなのだなと納得できました。最後まで軽快でその巧みさに並外れた技量も感じます。

    • 投稿者 | 2025-09-23 20:57

      ありがとうございます。
      今は動画や画像で外国どころか宇宙の風景まで見られますが、それでも本物の迫力や美しさというのは格別だなと、この年になってから再体験しました。

      著者
  • 投稿者 | 2025-09-21 06:58

    世界相撲選手権大会なるものの存在を初めて知りました。なんかレスリングっぽい?
    バンコクはもうしばらく行ってないので、様変わりしてるんだろうなと思いつつ、観光地は変わらない(変えられない)と言うことに気づかされました。

    • 投稿者 | 2025-09-23 21:02

      横綱豊昇龍もレスリング出身ですし、レスリング選手が相撲選手を兼ねるケースは多いようです。どれも格闘技の原点のような競技です。

      観光地は変えたら価値が無くなってしまいますから変えられないのでしょうが、世界中の人が等しく感嘆する観光地というのは誰にでもわかる美しさとか重厚さとかがあるのでしょう。見てみないと分からないものですね。

      著者
  • 投稿者 | 2025-09-22 22:59

    おもしろかったです!
    ぜひ、来年アゼルバイジャンおねがいします。
    昨日F1のアゼルバイジャンGPがありましたが、あの国の国歌凄いです。
    (旧市街地は世界遺産らしいっす)

    • 投稿者 | 2025-09-23 21:04

      うわー、そう言われると本当にアゼルバイジャンに行ってしまおうかとか考えてしまいます。ジョージアが近いからそっちも観光しようかとか欲が湧いてきます。
      国歌も聞いてみたいですね。今回の世界相撲選手権で日本、モンゴル、ウクライナの国歌を聞きました。どれも良かったです。

      著者
  • 投稿者 | 2025-09-22 23:13

    バンコクでの相撲はとってもカラフルで、カラッと明るくて、文字を追いながら選手の生き生きしたさまにすっかり夢中になってしまいました。
    揺れる観客席にも選手たちがいて、「神事」「神聖な」「女人禁制」もなく、元気いっぱい進行していく…
    なぜそれでヨシ!とされているのかふしぎだけど、そのゆるさ、風通しの良さが文章にも表れている気がしました。
    お題のことなんてすっかり忘れた頃に
    わすれてませんよ!と出てくる感じもおもしろかったです。
    止めたりなんかせずむしろ背中を押して、またすてきな読み物を読める日を楽しみにしています!

    • 投稿者 | 2025-09-23 21:11

      そうなんです。大相撲は大好きなのですが、妙な「伝統」を振りかざされると白けてしまいます。実際に神事であったのは奈良時代から平安時代末期くらいまでで、後は大名や寺社の保護の下のデモンストレーションとか金集めの興行だったわけですし。現代だって金集めが一番大事なくせに「神事」だ「国技」だと言い張る偽善性が嫌ですね。

      世界選手権で相撲本来の楽しさ、格闘技の魅力を再認識した思いでした。
      人体って綺麗なんだなあとも。

      著者
  • 投稿者 | 2025-09-23 12:04

    とても楽しく読みました。取組を文章で描写するのは難しいはずですが、わかりやすくて生き生きとしています。大会に関わる人たちの雰囲気を「緩やかな連帯感」と表現したのが見事です。あれ、お題は?と思っていたことろからの、最後のまとめ方もうまいです。勉強になります。

    • 投稿者 | 2025-09-23 21:19

      ありがとうございます。
      どんな筆でも選手たちの躍動する姿を表現することはできないけれど、現地の雰囲気の一端でも伝わっていたら嬉しいです。
       合評会ではお題から作品を考える場合と、作品を先に考えて後からお題と結びつける場合とがありますが、今回は明らかに後者で、しかもこじつけレベルだという。破滅派の懐が深いのでそれもまた受け入れてもらっております。

      著者
  • 投稿者 | 2025-09-25 22:23

    コメントを書いたはずなのですがなぜか投稿されてなかったです……。わたしも2月にバンコクへ行ったのですがワットアルンは言葉で言い尽くせないほど素晴らしい建築物でした。

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