暫く僕は彼女の安らかな、天使の様な寝顔を見て、水槽の泡が弾ける音を聞いていた。すると、うーんと声を出して、彼女が目を覚ました。
「……おはよう、おにいさん。ちょっと寝ちゃってた」
「……いや、大丈夫だよ」
僕は彼女の頭を撫で、背中を押してゆっくりと立ち上がらせた。彼女はソファに座り直すと、目を擦りながら、スマホをポケットから取り出した。
「……あ、そうだおにいさん。LINE交換しようよ。後、インスタも」
「……LINEはいいけど……僕はInstagramは持ってないんだよ」
「今ダウンロードしたらいいよ。……どうしても見てもらいたくて」
そう強く言われたので、僕はLINEを交換するのと同時に、ここのWiFiを使ってInstagramをスマホに入れ、彼女のアカウントが見れる状態にした。
帰り際、僕は注意深く物々しい玄関の扉を開けて、近くに通行人が居ないかを確認していた。
沢山の衝撃的な出来事から解放されて、ようやく休める事が出来る。……だがその精神の余裕が、逆に僕の考える力を活性化させた。……後ろめたくなったのだ。
僕は先程まで社会に反した行為をしていた……これがバレたら会社もクビだろう。社会的地位も失い……僕は再起不能だ。……それが怖くなったのだ。……やはり今ここで言おう。僕は君と付き合えない……と……。
僕は彼女の方に振り向いた。……彼女は……目を細めて、悲しんでいた。
「……ねえ、おにいさん。また会おうね」
……儚げで幼気で……。……無垢な少女の姿をしていた。
……ああなんて事だ。……彼女から手を離すのが辛い。……何故だ? 僕は何を迷っている? 彼女に手を出してみろ、お前は犯罪者だ、一生まともな人生は歩めない。
……けれど彼女の親はまともに子供の事を考えていなくて、孤独で……。……彼女に手を差し伸べてあげられるのは僕だけだ。……僕が彼女を救わなくては……。
そんな狭間に葛藤して……。僕は善人なのか悪人なのか、それさえも分からなくなる。
……いや、相手は幼き一つの命だ……。僕が……僕が彼女の行く末を見守ってやらなきゃいけない。間違った道は間違っていると教える為に。
僕はそう決意して……彼女に向かって優しく微笑んだ。
「……また会えるよ」
……僕はそうやって、彼女の保護役という名目……いや、免罪符を使って、彼女と関係を持った。
自宅に戻り、僕は落ち着かない気持ちを沈めようと、滅多に飲まないビールに口を付けていた。……やはり僕には酒は合わなくて、缶一本でソファに寝転がってしまったのだが。……すると、聞き慣れない通知音が聞こえた。……彼女のInstagramが更新されたのだ。
アプリを開くと、そこには……僕が浴槽内で苦しんでいる写真が載せられていた。それに短い文章が添えられている。
「ボク達がいつか天国に行けます様に」
それだけだった。……また何とも言えない、不快でも無ければ快でもない気持ちに押し潰されそうになって、スマホの電源を切ると、僕は冷蔵庫の中の二本目のビールに手を付けようと、冷蔵庫の扉を開けた。さっと人工的な冷たい空気が押し寄せて、僕の熱い手を冷ましていた。その感覚にじっと耐えて……僕はまたアルコールを身体に入れて、現実と彼女から逃げていた。
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