藤は天井まで伸びて、家も電信柱も包み込もうとしていた。沈んで行くもの。藤に抱かれて、ノッポな二階建ての家は地下深くまで、これから沈んでいくようにも見えた。両親からの頼みで縁も薄い親戚の家を訪れたのは五月の半ば、その年初めて、昼間の熱気が夕暮れ過ぎまで残った夜のことだった。七十を過ぎてもカクシャクとしている叔母(遠い親戚の呼び方がわからないので、そういう風に呼ばせてもらった。)はまあまあよく来たね、と僕を二階の居間に迎え入れた。紫に染められた小紋の暖簾をくぐって入った居間は、なんとも不思議な空間だった。例えていうなら、カビ臭く古い、学生達から人気の無い大学の研究室といったところだろうか。中が透けて見えるアップライトのピアノに、キーボードが三台、端にはミキサーまで見える。襖を取り払って一間にした奥の方には大きなマッサージチェアに積まれたたくさんの洗濯物。壁一面に、きっと後から建て付けたのだろう、びっしりと作られた本棚には楽譜が隙間無く並んでいた。居間の脇に作られたキッチンの中も雑然とした印象を受けたけれど、不潔な印象はなかった。不潔というのは、動物の命に対して使う言葉だ。まだ生きているはずのもの。生きているものから、発せられたばかりのもの。生物たちの住処。息子たちも出て行って叔母が一人で住む家はもう、動物の住処では無くなってしまったのかもしれなかった。叔父(これもまた遠い親戚となるがそう呼ばせてもらう。)の仏壇は部屋の入り口を入ってすぐそばにあった。うちはナンンミョウホレンゲキョウだから、線香は横に置いて、とラピスラズリのアイシャドウを引いた、もう七十を超えている叔母が静かに言った。背筋のピンと伸びたきれいな人だけれど、苦労しているのだろう、服装は簡素なものだ。
「お茶でいいかしら。」
と叔母は狭くなってしまっている部屋の中を忙しく動き回っている。奥に見えるキッチンのテーブルにも、モノがたくさん積まれていたけれど、コンロに取り付けた油除けのアルミはピカピカと光っていて妙に真新しい。揚げ物なんかも、ほとんどしなくなったんだろうな、となんとなく想像すると、じわりと悲しみが染み出すようだった。それでも叔母はコンロの油除けをせっせと取り替えるし、新しいコップを買ったり、テーブルクロスを掛け替えたりする。いなくなった人の周りの、習慣だけがいつまでも残るのだ。中身の抜けてしまった習慣はそれでも、風船のように空へ高く、舞い上がって行きはしない。
叔母はいつも、笑うときでさえも、眉間にしわを寄せて悲しむような表情をしていた。くしゃっと目を細める度に、やや高めの位置に引かれたラピスラズリのアイシャドウが瞼の上に現れて、鮮やかだった。雑然と荷物が積まれたベランダから、二匹の猫がこちらを覗いていた。黒猫と、毛の長い茶虎の猫。ミャーンと一度鳴いて物欲しそうにしていたが、叔母が窓を閉めるとやがていなくなってしまった。
「聞かせたことはなかったわね。」
と言って、叔母は自動演奏のピアノの電源をつけてくれた。これも全部ね、あの人がやってくれたの、こういうのが好きな人でね。とつぶやきながら自動演奏をセットした。数ヶ月前に叔母が自分で弾いたという『さくらさくら』がピアノから流れ始めた。自動で動く鍵盤にあわせて、透けて見えるハンマーが弦をたたく。右上には楽曲のナンバーが表示されるディスプレイと、黄緑色に光るLEDの明かりが見える。ペダルの動きは記録されていないのかもしれない。二人だけの空間にややつたなく聞こえるピアノの音がじんじんと、鳴り響いた。記録された事実は、いくらか形を変えて再生される。情報のサンプリング周波数の狭間に抜け落ちた事実の中にたくさんの小さな悲しみや苦しみがある。ピアノのペダルをぐっと踏み込むように、心の中に押しつぶしてしまった苦しみや、悲しみたち。都内に戸建てを持ってはいるけれど、車は古い型式の七人乗りのセレナのまま、手入れのされない部屋の中にも苦労の後がところどころに見えていた。寄る辺ない夫婦の暮らしに、二人の子供たちもいつか離れていってしまった。叔母は町内会で頼まれて老人施設への慰労やママさんグループの伴奏を掛け持ちする忙しい日々を送っていると言っていた。
「もう一つね、この曲が大好きなの。」
そういって聞かせてくれた曲は、『てのひらのうえのかなしみ』と言った。悲しみも苦しみも、手のひらのうえ程の大きさになってしまえば、すべて愛おしむべきものに変わっていく。楽譜の合間にずらりと並んだ宗教団体の広報誌。マッサージチェアの上で重なる洗濯カゴと洗濯物。昨年のカレンダー。骨壺、ビニールのテーブルクロスは鍵盤柄。叔父が残していったピアノは、強弱も、解放も忘れたメロディだけを記憶する。複雑な連続性を失った音符の群は手のひらのうえほどのシンプルで小さな音楽になる。もの悲しいメロディが流れている。鍵盤は独りでに弦を叩く。つたないメロディは、人であった頃の記憶をこぼしながら、こぼしながら弾く死者の演奏のようだった。柔らかく暖かい、死者の指が見えた。てのひらのうえのかなしみ。猫がまたどこからかやってきて、餌をせびる。叔母がはいはい、あとでね、と言って少しだけ開け放していたベランダの窓とキッチンの小窓を閉める。複雑な空間にまたメロディが反射して充満する。死者の指につつまれた悲しみ。生きるということは本当に、何かに記憶されるということだと思った。ポロン、ポロンと演奏が終わって、ほうじ茶を飲み終わった僕はお暇を告げて立ち上がった。また連絡してね、という叔母の目には涙も潤みもなく、しぼめられた瞼の上にラピスラズリのアイシャドウが目立った。入った際には気づかなかったが、玄関の脇にはどうしてかオフィス用の巨大なコピー機が置かれていた。楽譜や何やらを印刷するのだろうか。
叔母の家を出て、どんづまりの路地を抜けて振り返ると、ツタに覆われた家。電線まで伸びたツタをまた行政の指導にしたがって切り落とすにも金がかかる。蓄えはあまり、無さそうなことを言っていた。てのひらのうえのかなしみ。かなしみ。ポロン、ポロン、と、叔母のものとも、自動演奏とも知れないピアノの音が、狭い路地に漂っていた。
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