むつきの容姿について。彼女のそれはあらゆる点において主張が激しかった。女子にしては背が高かったし、骨太で肉づきもよかったし、ショートボブの髪もピンクに染めていたし、でおまけに顔のパーツも前述した鼻だけじゃなく目も口も耳もそれからおでこだっておしなべてどこか好戦的だった。むつきの外見が非主体的だったなら――あるいは彼女が終日ひかえめにうつむき加減でいてくれたのなら僕はむつきに対してやさしい態度をとれていただろうさ、いくばくかは。
「あんただってちゃんと確認するべきだよ亜男。①の裏が⑦のサイコロだってあるんだから」
こころに絶縁体のカバーをかけていた僕のそれに気づいたのか、むつきはそう言ってかけていた眼鏡をとり僕にそいつをかけるよううながした。僕は普通の眼鏡だと思っていた。だから正直言ってめんどくさいと思ったのだけれど、でもめんどくさいって言うのもめんどくさかったから僕はむつきにすすめられるまま眼鏡をかけてあげた。で、言った。
「むつき、いつからドールハウスに住んでるんだい?」
おどろいたよ。何が作りもので何が作りものでないかそんな限定的概念の話はさておき、とにかくすべてが作りものに見えたんだ。むつきもマリオネットに見えて僕はあやつり糸をさがしてしまったよ。困惑する僕をよそにそのマリオネットは眼鏡の名称とか、どういう理屈でそう見えているのかいちいち説明してくれたんだけどさ、人形に説明されて内容が頭に入ってくるわけないじゃん。なになに、レンズの水平方向/垂直方向がどうとか、アオリ撮影がどうとか、そのアオリ撮影とやらのピントやパースとかいうやつをずらすとかなんとか――なんにせよ、フレームの右こめかみ部分にボタンがあり、それを押すとティルト・シフトする。オフだと特筆すべきことのない黒縁の伊達眼鏡。やや重量があったかな。
「むつき、その眼鏡をかけたら暗闇の色を具体的に説明できる?」とキッチンから居間にやってきたうづきおばさんがむつきにそう訊いて僕にホットレモンティーを出してくれた。うづきおばさんはむつきの母親で僕のパパの妹さ。うづきおばさんとむつきは髪色を除いて外見がほんとそっくり。
「さしのべていた手をひっこめる。暗闇とはそういう色よ。私にマウントとらせないで、ママ」
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