vol.10

自分について(第10話)

ryoryoryoryo123

エセー

3,351文字

vol.10です

大学2年、新しい季節。新しい自分。久しく忘れていた虚像の自分、人からかっこいいと思われて当然だという自分、かっこよくない・可愛くない周りの人を自分とは地位が違うと見下す傲慢な自分、自分が見下されるとすぐに相手の地位を容姿とは別の学力なり努力なりで否定する自分、そして自分が人から果たして見上げられる・尊重される・男として魅力的だと思われるか不安で仕方がない自分。それまでは高校3年、浪人、大学1年とかっこつける自分を振りはらい、一歩一歩着実に、そして懸命に歩みを進めてきた。その中ではかっこつけるべき自分は振り払われた。そんな虚像の自分は必要なかったのかもしれない。高校3年、浪人、確かにあの頃は誰かに見下させることを恐れはしなかった。どこかに心の安息があった。自然、人に見下された時にきっと頭の中に湧いてくるあの批判、自己の正当化は湧いてこなかった。大学1年。人との地位を測ることが多くなっていた。入学早々、サークル内で格差を感じた。頭の中では俺を心の中で見下す彼らへの批判がいくつも湧いた。「本当の努力をしたことがないくせに」「バカのくせに」「なんとなく生きてきただけのくせに」「理系科目がわからないくせに」そんな批判を数えながらも、どこかに懸命さがあった。批判は湧いたが、あの忌まわしい虚像は俺から離れていた。意志か何かの力が、俺をつかんで離さない、あの果実の味を忘れさせたのか。払ってはまとわりつき、気を許すとますますつけ込んでくるあの憎々しい虚像を振り払っていたのか。大学一年、春、夏、秋。夏休み明けの秋。俺は孤独のあまり一人喫茶店で考えことをしていた。何が足らないのか、何が欲しいのか。自分の心をノートに書き出した。1週間ほどかかったろうか。毎日毎日同じ席でノートに向かった。ようやく一つの地図を描いた。そこにはきっとその時なりの理想図が、俺が本来求めている人とのつながりが、十九歳が当然求めるべき青春が描き出されていただろう。一人きりだった荒野の中で、自分で描いた地図を広げた。地図には俺自身が書かれていた。確かにそれは理想であったろう。しかしそれは紛れもなく俺自身でもあったろう。等身大の自分自身だったろう。自然に地図には愛着がわいた。自分なりに、誠心誠意向かい合った。その印に、ここに旗を立てておこう。一人きりのこの荒野のこの場所に、描いた地図をはためかせておこう。旗は地面に刺さった。心に刺さった。俺は今、この荒野のこの目印の所まで帰ってきた。3年以上前に刺したこの旗のもとに戻ってきた。自分の過去を歩き回った。自分の心を眺めまわした。そうしてこの旗にたどり着いた。あの時と変わらず、地図ははたはた揺れていた。地図には友達が書かれていた。一人っきりの荒野の中で、友達たちと遊ぶ自分がはためいていた。俺はやはり友達が欲しかった。スキーに行った雪の中で、5、6人の同級生で円を描いて寝転がっていた。それぞれが鎖で繋がっていた。それぞれの鎖で引っ張り合っていた。引っ張ってみるときっと引っ張り返された。腕も体も引っ張られた。この手応えが欲しかったのだ。この暖かさが欲しかったのだ。当時の俺は旗を刺した。一人で荒野を歩くことにした。行く先は自ずと決まっていた。後ろを振り返ることはしなかった。不毛な土地はやがて緑を讃え、一つの集落に行き着いた。芝生があった。人々がいた。頭の中で地図を思い浮かべた。理想を目の前の集落に重ねた。ゆっくりと、しかし確信を持って輪の中に入った。古典ギターサークルは半年ぶりの参加だった。入学時に知り合った懐かしい顔が出迎えた。暖かい歓迎もあった。特に気にもとめない無関心もあった。概ね良好だった。たくさんの女子も所属していた。きっと、きっと理想は現実になるだろう。師匠がついた、それまで知らなかった同級生とも仲良くなった。部室にはよく顔を出した。そこでは理想がそのまま現実になるはずであった。毎週師匠とのレッスンがあった。部員数名も同じ部屋にいた。狭い部室だから、いつでも部屋は窮屈だった。窮屈であるほど心が暖かくなった。男子部員たちはあまり人を見下したりしなかった。よくいえばおっとりしていた。悪く言えば野蛮さ、活発さがなかった。しかし俺は素で接することができた。確かに俺は元からの傲慢な、何かしてもらって当たり前だという性格のせいで、また人よりも目立つことを優先するあまり、周りからの注意を集めることに夢中になるあまり、同じ部員たちへの配慮を忘れた。それでも部員は大目に見てくれた。面白いと思ってくれれば、笑ってくれれば大抵のことは見逃してくれた。東京女子大の生徒もこっちのキャンパスに通ってきていた。部室にも来ていた。こっち来るんだと特に気にとめなかった。逆にこちらから東京女子大に出向くことがあった。いつも通り下北沢まで行き、本来は渋谷方面に5分かからないところを、余計な交通費も払いながら逆方向に終点の吉祥寺まで15分かけて行かなければならなかった。さらに駅からキャンパスまでは30分近く歩く距離だった。何で俺がこんなめんどくさいことしないといけないんだよ。あいつらがこっちに来いよ。今考えるとめちゃくちゃなことだが、傲慢な俺はこんなことを考えても結構平気だった。サークルに参加し始めて1ヶ月ほど経った時、発表会があった。入って間もない俺にはまだ見たことのないたくさんの部員の顔を見た。特に女子大の女の子たちには新しい顔がたくさんあった。何となく浮き足立った。ちらちら向こうの様子を伺っていた。この日の俺は少しカッコよかったと思う。どこを歩いていても少しだけ顔をちらちら見られた。当然悪い気はしなかった。何となく昔感じたあの胸のざわめきが蘇ってきた。懐かしい感情を味わった。味わってしまった。長らく忘れていたこの感情、舌先で少し味わってそれで終わるものではないこの優越感。一度味わったが最後、脳に、記憶に、心に刻み込まれ、ふと気を許すが最後自分を丸ごと飲み込んでしまうような自己肯定感、それも他者を見下すことによってのみ得られる肯定感。俺はここに白状しなければならない。あの時描いた理想の地図は、理想とした自分は、果たして本当に等身大の自分自身か?雪原の上に寝転がる5、6人の輪、飾りない自分で接し、飾りない自分を受け入れてもらえるその輪の中、無数の鎖で繋がれ、互いに手応えを交換し合うその居場所。確かに俺はありのままの自分でそこに仰向けになっているはずだった。地図を頭に、理想を重ねながら集落に入った。人々と交流した。女もそこにいた。無論5、6人の絵の中には女も混じっていた。同じように彼女たちにも理想を重ねた。彼女たちは俺を受け入れるだろうか。お互いを鎖でつなぐだろうか。発表会の日、確かに俺は少しだけカッコよかった。いつもよりもなぜがカッコよかった。女子のうちの何人かは俺を男として魅力的に感じたらしい視線を向けてきた。受け入れられたと思った。尊重されたと思った。しかしまた何人かは俺を無視した。男として無視したのである。あなたには興味がないですよと、目線で告げられるのである。決まって俺の胸はシクシクした。俺は受け入れられないのかと悲しくなった。知らぬうちに、影が心に絡みついた。優越感に浸ったり反対に自信をなくしたりして不安定な心に忍び寄った。地図は頭から離れなかった。5人なり6人なりは変わらずにそこに寝転がっていた。心は、何回も何回も視線に、女からの視線によって浮いたり沈んだりした。受け入れられなければならなかった。寂しかった。誰とも鎖をつなげていなかった。鎖をつなげたかった。そのためには受け入れられなければ、尊重されなければならなかった。影は俺を捕らえた。逆らう術はどこにもなかった。カッコ良くなければ、顔がカッコ良くなければ受け入れられない、尊重されない。俺は地図を頭に、出会う人出会う人に理想を重ねながら歩いた。気付けなかった。すでに影は俺を捕らえていた。すり替わっていた、ありのままで受け入れられることと、受け入れられるためにカッコ良くならなければならないことが。自信は感じられた、しかし常に人を見下すことが土台になっていた。

2020年11月4日公開

作品集『自分について』第10話 (全15話)

© 2020 ryoryoryoryo123

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