女体山夢幻観音開帳縁起・下

大猫

小説

6,521文字

秘仏・夢幻観音菩薩御開帳の大法会。「童貞千人斬り」を達成した春香尼と青柳氏との因縁が今明かされる。千年の古刹に繰り広げられる狂乱の性宴。青柳氏の運命は? 上下二回のうちの下です。
麗しい観音菩薩のイラストはTwitter相撲部の友人・羊猫さんに描いていただきました。

上はこちら

https://hametuha.com/novel/28104/

(上から続く)

 

 

 

其の肆

 

「この真言をものの十秒ほどで彫れるようにならないといけないの」

桜子は左手の指を開いて青柳氏に見せた。指の間にぎっしりと観音菩薩を現す梵語の文字が彫ってある。自分の肌を使って練習をしたのだろう。桜子も次期観音として習練にたゆみがないと見える。

「だってあそこに彫るんだろ? 痛いだろう」

「すごく細い針で彫るからそれほどでもないみたい。あたしは一番鈍感なところで練習しているんだけど、春香尼さまはすごいの。おちんちんの先っちょに彫っちゃうんだから」

「なんて読むんだい、それで」

「オーン・マータグーラ・タワワ」

桜子は指の股を見ながら真言を念じた。下の方の股は青柳氏の顔の上である。

「君も春香尼の後を継いで、童貞斬りをするのかい?」

青柳氏は桜子の股の下で不自由な口を開いた。桜子は身をよじらせて笑った。

「あん、くすぐったい。そうよ。あたしには素質があるから十年も修行すれば独り立ちできるだろうって。それまでは春香尼さまのアシスタントをするの」

「てことは春香尼はまだ十年も現役を続けるつもりなのか!」

「あのお方なら百歳まで現役ができるって」

「童貞なんてそんなにいいものなのかなあ」

「若さを保つには童子の精を貰うのが一番なんですって。春香尼さまの肌がいつまでも衰えないのは若い男の精気が染みついているからなんですってよ。あたしは個人的にはテクニシャンのおじさまの方がいいけどな」

言いながら桜子は上体をかがませて、青柳氏のジッパーを下ろした。

「はぁい、ボク、お久しぶりね。覚えてまちゅかあ、ママでちゅよ」

「店を辞めたと聞いた時はショックだった。もう二度と逢えないかと思った」

「ごめんなさいね~、ママ、ご用があったのよん」

「ママぁ~、もうどこへも行かないでね、置いてかないでね、あ~ん、あ~ん!」

「よしよし、お利口さんだから泣かないでね、ママがいいことしてあげまちゅよ」

「うん、ボクもう泣かない」

青柳氏の涙を桜子が乳房で優しく拭き取ったその時、頭上で桜子を呼ぶ声がした。

「あら、いけない、もう時間みたい。御開帳の準備に行かなくちゃ。続きはまた後でね。おいたしちゃダメよ」

桜子は身軽に本堂の床下をスルスル抜け出した。取り残された青柳氏は一人べそをかいた。

 

 

其の伍

 

いよいよ御開帳大法要が始まる時刻だ。山門には「御開帳」の大提灯を明々と点し、本堂までの参道を着飾った百人の稚児が五色の旗や幟を掲げて練り歩く。境内中、地元の善男善女に溢れている。

ここにいる男はほぼ全員、観世音菩薩と深い結縁で結ばれている。女はその男と結ばれるわけだから、結局、観音様とも結ばれるというわけ。時刻到来を告げる太鼓が厳かに響き渡り、薄暗かった大本堂が、一斉に点った百目ろうそくで黄金色に輝いた。

 

青柳氏は来賓兼記録係として、本堂内陣に控えていた。壮麗な儀式に圧倒されて顔は青ざめ手はぶるぶる震えているが、それでもなんとか役目を果たそうと取材ノートにペンを走らせている。

 

太鼓の音と共に、稚児にかしずかれた厳岩和尚げんがんわじょうが荘重に入場し、御開帳の読経が始まった。秘仏を安置した巨大な厨子は黄金造で高さが三mもある。輪型の取っ手に五色の紐が何本も結んであり、稚児の中から特に選ばれた者が紐の端を持ち、栄えある御開帳の任務を務める。

朗々とよどみない厳岩和尚の読経が終わると、稚児全員による観音讃が唱えられた。

 

帰命頂礼、南無観世音大菩薩、

あまりの大慈大悲ゆえ、末法濁世に来臨し、

遍く衆生を救いたもう。

我らは観世音の童子にて、菩薩の結縁種子宿す、

請願降臨、玉体開帳、即身成仏、涅槃寂光土、

極楽浄土は疑いなし、極楽浄土は疑いなし。

 

讃が「極楽浄土」に至ると、稚児たちが五色の紐を一斉に引き、厨子の金色の扉は音もなく開き始めた。サッと芳香が流れてきて、あっという間に広い本堂内に充ち充ちた。百合の花芯のようでもあり、白檀のようでもあり、清々しさと同時に妖しい甘さを伴ったその香りは、見守る人々の期待と興奮をいやがおうにも煽り立てる。

 

厨子が開いた。人々がどよめく。

「観音さまだ!」

レンタル会社から借りてきた幾つものナイター用照明に、目も眩むばかりにライトアップされた金色の厨子の中に現れ出たのは、純白の羅紗を纏い、左手に翡翠の腕輪をはめ、右手には緑の浄瓶を持った等身大の観音菩薩立像。風もないのに裳裾がひらひら翻るのは、金の蓮台の下に業務用扇風機を置いてあるからだ。芳香の源もそこらしい。

蓮台の左右には観音の脇士が控えている。珍しいことに十二単の小野小町と中国風の衣装の楊貴妃である。なぜそんなことが分かったのかというと、わざわざ名を書いた札が両人の足元に立てかけてあったからだ。

「観音さまだ! あのお顔は十年前に我が家に御降臨遊ばされた時そのままだ」

と若い男が叫ぶ。

「俺んちには一月前においでになったけれど、たしかにあのお姿だった」

とまだあどけない少年も叫ぶ。

「はて、ワシの時はもっとふっくらなさってたようじゃがの」

と老人がいぶかしむが、周囲の若者にそれはもうろくしたせいだと決め付けられて、そうかもしれんと首を傾げた。ともかく生きた観音様を拝めたというので、老若男女揃って歓喜の涙である。

 

青柳氏はそんな騒ぎを不思議な気持ちで見つめていた。どう見ても厨子の中の観音はカツラをかぶった春香尼だし、楊貴妃はプッシー・キャットで、小野小町はおふくなのだ。ここらの村落は千年前から観音信仰を守り続けていると言うが、今でも本気で信仰しているようだ。外界から隔絶された土地とは言え、純朴にもほどがある。それにしてもおふくに手伝ってほしいと言われた役目はこれだったのか。ずいぶん大役を仰せつかったものだ。すごい厚化粧だな。

そんなことを考えていると、本堂が急に静まり返った。観音菩薩が説法を始めるようだ。なぜそれが分かったのかというと、厳岩和尚愛用のカラオケセットのマイクとスピーカーが厨子内に運び込まれたからである。

 

善哉よきかな、善哉、三世十方の仏縁深くして今宵ここに集いし女体山の善男善女よ、我こそは霊峰女体山の夢幻無毛観世音菩薩である。今こそ我が言葉を聞け」

カラオケマイクを持って、春香尼の観音は弁舌よどみがない。

「そもそも一切衆生、有情、非情、草木国土に至るまで、すべては陰陽の二気、機縁に応じて仮に発現したるものなり。人もまた同じ。陽の気が強き時、男子となり、陰の気に優れば女子となる。娑婆世界の人の子はあるいは陰に傾き、あるいは陽に引かされて、愚痴煩悩の汚濁にさまようも、御仏は本来陰陽和合なり。この陰陽和合の境地こそ迷いを去り、悟りに至る唯一無二の道なり。されば善男善女よ、陰をはらむものは陽に交わり、陽を持つ者は陰と交わるべし。朝に夕にいよいよ励むべし。この陰陽和合の境地こそ「性禅一如」とは申すなり。性の極限の法悦境こそ仏光遍く極楽浄土、西方極楽浄土と呼ぶものなり」

そう言って、菩薩は身に纏った薄絹の衣装を脱ぎ捨てた。すると衣装よりも白い輝く裸体が現れた。

 

「観音様! 有り難き御説法、我ら深く肝に銘じておきまする!」

厳岩和尚は信徒を代表して観音を見上げながら叫んだ。

「男が女を欲し、女が男を求める理由、これで得心がゆきました。しかし愚僧のような両刀使いはどうしたらよいのでしょう。男も女も同じように愛しいのです。また衆道の稚児どもはいかがすればよいのでしょう。婦人同士の例もありますが」

温顔に笑みを湛えて観音が答える。

「善哉、善哉。陰極まれば陽に転じ、陽極まれば陰に転じる。男にも陰の気あり、女にも陽の気あり。本来陰陽二行は定まりなきもの。総じて申せば同じことなり。迷うなかれ。男女偏愛なく勤めるは、御仏も嘉し給うべし」

「ああ、菩薩様!」

厳岩和尚は感涙にむせびながら厨子へと駆け上がった。

「菩薩様のお慈悲のおかげで愚僧、今宵ようやく大悟いたしました。この上は実践をもってお応えするのみじゃ」

言いながら和尚はおふくの小野小町を捉えてぐいと引き寄せ、かさ張る衣装を肩からするりと脱がしてしまった。

「あっ、何をなさいます」

「黙らっしゃい、おふく、我らは率先して菩薩様の教えを実践するのじゃ」

上半身裸で下は緋の袴のみとなった小野小町を和尚は蓮台の下へ押し倒し、自分も例の巨大マツタケを引っ張り出した。かくて本堂中の人々が見守る中、菩薩のお膝元で和尚とおふくはあえぐ声も高らかにおっぱじめたのであった。

 

「あ、あ、おふく…」

青柳氏の目の前で和尚の巨大マツタケがおふくの秘所へメリメリ分け入って行く。小癪にもおふくはこれまでついぞ見せたことのない乱れ方である。

悔し涙を流す間もなく、本堂はポップコーンを炒ったフライパンのような騒ぎとなった。和尚とおふくの先駆けに勇気づけられた人々が、我も我もと老いも若きも男も女も次々に服を脱ぎ、相手構わずの大乱交状態となったのである。本堂だけではない。入り切れずに石段にいた人たちは石段の上で、参道にいた人は参道でそれぞれに事を始めた。

 

本堂前の大香炉に入りこんで灰まみれになってやる人々もいれば、鐘楼で鐘をゴンゴン打ち鳴らしながら、自分の撞木をも大鐘のような女の尻に撞きたてている人もいる。尻と尻とを数珠繋ぎ状態にして練り歩くのは衆道専門の稚児たちであった。女の尻の下で窒息している男だの、男の性器を喉に詰まらせた女だの、蝋燭責めを始める老人だの、すでに収拾のつかない状態であった。

楊貴妃のプッシー・キャットも早速衣装を脱ぎ捨てプリプリの裸身となり、須弥壇から飛び降りると、日頃目をつけていた眉目秀麗な稚児にこの時とばかり次々に馬乗りになった。

あえぐ声、喚く声、叫ぶ声、うめく声が本堂の天井にわんわんこだまし、目の前にはひたすらに振り続ける大量の尻と尻。そしてすべての男根には観音菩薩の印が。青柳氏は呆然を通り越してめまいがした。

 

「青柳さん」

いつの間にか全裸の観音菩薩がすぐ背後に立っていた。

「ようやく宿願の日が参りました」

春香尼の涼しげな目元は今や悦びに燃え盛っており、白皙の肌は興奮のため上気している。

「春香尼さま、いったい私に何の用が?」

「覚えがないとは言わせまへん」

春香尼はキッと厳しい表情になった。

「忘れもいたしません、十年前、まだお若い学生さんの青柳さんは、小説修行とやらの途中でこの寺へお立ち寄りにならはった。あんさんの体からは若くて世を知らぬ男特有の若草のような香りがムンムンしておりました。これも観音さまのお引合わせやろ思て、さっそくその夜、私はあなたの寝所へ参りました。村人を導く時と同じ、観音菩薩の扮装をしてな…ところが、青柳さん、あなたは…」

尼の目が怒りでギラギラと光った。

「立たへんかった! この私のフェロモンたきしめた玉の肌を前に、立たん男がおった。衆道でもなく老人でもあらへんのに立たんとは」

尼の手がブルブル震えている。青柳氏はみるみるうちに真っ青になった。

「だ、だって、いきなり夜中に真っ白な女が現れたから、てっきり幽霊かと…」

「とうとうあなたを導けんかった情けなさと悔しさ。私は観音さまに我が身の不徳をお詫びし、修行に修行を積んで、千人の童貞さんを奪ってみせますとお誓い申し上げました。それから十年、どこぞの村に若い衆がいると聞けば、雨の日も風の日も雪の日もこの険しい山道を徒歩で下りて導きに赴いたのどす。先日、ようやく千人目のお人と交わり、今宵めでたく願ほどきと相成りました。願ほどきのお相手は…青柳さん」

 

春香尼の燃える目を前に、青柳氏は意気地のないことにワッと泣き出してしまった。

「お、お許しください。春香尼さま、あの時はどうしてもできなかったんです。だって、あなたは私の死んだ母に瓜二つで」

「なんと?」

「本当なんです。あの時は母を亡くした直後で、どうしてもできませんでした」

青柳氏は涙を拭おうともせず大泣きに泣いた。涙と鼻水でぐちょぐちょになったその顔を、春香尼は優しく胸に抱きしめた。

「ほうやったんか、可哀相に。では青柳さん、今はどないどす? やっぱりダメか?」

 

春香尼の柔らかな乳房の中で青柳氏は夢心地である。ジッパーを下ろされたのにも気付かなかった。今朝からおふくには拒まれ、プッシー・キャットには逃げられで、鬱屈していたところへ春香尼の強烈フェロモンである。下半身が待ったなしの狂い咲きを始め、強暴な力に突き動かされて、青柳氏は小柄な尼をその場に抑えつけて真っ白な脚を開かせた。未明の青白い空に曙が広がるように、春香尼の無毛の一本線がゆるゆると開いて薄紅色に濡れそぼった肉襞が現れた。

「ああ、観音さま! こ、これが千人の男を食ったのか…」

十年前はビビって抱けなかったというのに、今は鼻血を噴き出さんばかりに興奮した青柳氏は、とにかく遮二無二に腰を動かしていた。あまりの快感に錯乱してなぜだか「特上紅トロ天然近海もの」とか「松坂牛極上フィレ牛刺しグラム八千円」などと叫んでいた。

 

「先生、いけません、それでは早過ぎます」

壇上からおふくの声がした。厳岩和尚に責めたてられて息も絶え絶えとなりながらも、青柳氏を見ると健気に助言をせずにはいられないのである。

「イキそうになったら一息入れて、腕を上げて深呼吸をするのですよ」

「うん、わかった、おふく」

といいつつ、もう青柳氏は止まらない。

「おふく、おふく…ああ、おふくろさん、春香尼さま、観音さま、おっかさん、おっかさーん!」

「南無観世音菩薩大願成就!」

春香尼が感極まって叫んだと同時に青柳氏も果ててしまった。

 

「ウフフ、次はあたしの番よ」

息つくひまもなく、プッシー・キャットの肉感的な裸体が青柳氏に迫る。

「さあ、ボク、いらっしゃい」

「ママ、ママ! ああ、プッシー・キャット、君ってなんてママにそっくりなんだ」

「なんやそれ、さっきはうちが死んだお母さんに瓜二つや言うたくせに」

「先生は誰でも母親にしてしまいますんでね。ああ、違います、先生ったら、そうじゃないでしょう、もっと腰を入れて!」

それでも昔馴染みのソープ嬢の強みで無事に合体を果たしたところで、厳岩和尚のドラ声が後ろから轟いた。

「よし、でかした桜子、そのまま逃がすでないぞ」

「オーケー、お父様。こうすれば逃げられないわ」

途端にプッシー・キャットの性器が信じられないほどの力で青柳氏のそれを締め上げた。

「いて、いてててて! 締め過ぎだあ!」

「あたしだって伊達に苦界にいたわけじゃないのよ。さ、お父様、どうぞ」

「よしよし、さて、青柳さん、ひとつワシにもご賞味させていただきますかな」

言うなり厳岩和尚は青柳氏の尻に蝋燭を塗りたくり、そこへ巨大マツタケをあてがったのである。

「ぎゃああああああ!」

苦痛に泣き叫ぶ青柳氏に、和尚は油ぎった笑みを浮かべたまま、
「ほほう、おぬし、こっちは初めてじゃな。よしよし、しばらく我慢をするのじゃ。安心せい、青柳さん、極楽じゃ、極楽が待っておるぞ」

「助けてくれ!」

「ホホホホホ、青柳さん、今夜は生きて帰しまへんえ」

「先生、しっかり! こうなったらこの道も極めておしまいなさいよ」

「さあ、ボク、いい子ね。ママにもいいことしてちょうだい」

「あーん、あーん、ママー!」

「ほれほれ、極楽じゃ、極楽が待っておるぞ…」

……………

 

というわけで、その後の青柳氏の運命は誰も知らない。

氏がこの試練を乗り越えて更なる性界への飛翔を果たしたのか、それとも因覚寺の裏庭の露と消えたのかは定かではないが、御開帳儀式の次第が事細かに今日に伝わっているところを見ると、その後も生きながらえて健筆をふるったのではと推察されている。

千年続く不思議な女体山観音降臨伝説は、二十一世紀の今日まで脈々と生き続けているという。

2018年6月9日公開

© 2018 大猫

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