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青空の続きを ②

青空の続きを(第2話)

Hinanochi

「青空の続きを ①」の続きです!
https://hametuha.com/novel/117431/

タグ: #AI #リアリズム文学 #処女作 #恋愛

小説

10,069文字

二.
陽麻里とは、月に一度のペースで会っている。

月に一度会いましょうと約束した覚えはないが、なぜかこの頻度が定着している。というより、このペースで会わないと、心が持たないのだ。

互いに友人が多い方ではないから、良いことも悪いことも、すべての良き吐き出し口として、互いを必要としていた。

今日も、昼過ぎに集合し、SNSで見かけて気になっていたカフェをはしごして、とにかく話しをしまくる予定だ。
今回のメイントークテーマは、最近陽麻里が重い腰を上げて始めたマッチングアプリの進捗共有である。
注文を済ませて席につくなり、早速話を振る。

 

「で、どうなの!」
「いやいや、まぁね」

 

 これは何かある。それも、良い意味での何かだ。
陽麻里は、特に進捗がないときは、すぐに何もないと答える。一方、聞いてほしいことがあるときは、答えを濁す傾向にある。今日の陽麻里は、少し照れたように笑みを浮かべた。

 

「ちょっと何よ、いいことあったんだ?」「いや。いいことってほどでもないんだけど、なんていうか、久しぶりにいいかもって思える人見つけたんだ」

 

やっぱり! 陽麻里の頬がみるみる紅潮していく。

 

「え! 超いいじゃん! どんな人なの? 歳は?」

「うーん、どんな人……。優しいけど、優しすぎないの。私ってグイグイ来られるの嫌いだし、温度差で冷めるけど、この人は優しさがちょうどいいんだよね。歳は一つ上だよ」

 

陽麻里は、右手でパタパタと顔を仰ぐような仕草をしながら答える。席についてから、陽麻里と目が合っていない。こういう話題のときに限っては、目が合わなければ合わないだけ、良い兆候と言える。

彼女の言う、優しいが優しすぎない、一つ歳上の男を想像してみる。情報が少なすぎて、ぼんやりとしか思い浮かばないが、白い丸首のTシャツを着た、人畜無害そうで、実年齢より年上に見られていそうな見た目の男性が浮かび上がってきた。

 

「距離感が適度ってことね! 一個上とか丁度いいじゃん」
「うん、そうそう」

 

みるみるうちに、陽麻里の口角が上がり、瞳に光が帯びていく。彼女の様子から、敢えて控えめな表現をしているだけで、実際はかなり気に入っているのだろうことが汲み取れる。

陽麻里は恋愛に対しては奥手なところがあるが、一方で強引なアプローチを嫌う。自分が本当にいいと思った人としか、恋愛ができないのだ。

元来、皆そうであるべきなのだろう。しかし、年齢を重ねるうちに妥協の心が生まれる。そして、一旦付き合ってみる、ということをし始める。このパターンの方が、変に拘りすぎるよりも案外上手くいくとの意見もあるし、言わんとすることは分かる。それでもやはり、彼女の真っ直ぐさは眩しい。

 

基本的なプロフィールと、アプリ内でアイコンにしている後ろ姿の写真を見せてもらった。これだけでは何とも断定し難いが、聞く限り彼におかしな点はないようだった。これからに期待はできそうだ。
陽麻里は終始照れくさそうに、時々俯きながら言葉を濁した。

 

陽麻里が俯いたり顔をあげたりを繰り返すたびに、胸の辺りまで伸びた黒くてさらりとした直毛が品やかにうねる。なんともいえない女性らしい色っぽさがある。

ふと、高校時代に付き合っていた男に、色気がないとはっきり言われたことを思い出した。そしてその記憶は、高校時代に女友達数人が輪を作って話していたある話を思い出させた。

彼女たちは、好きでもない男から向けられる、好意という名の性的な目線の気持ち悪さを口々に語った。私はその場にいながら、会話に入ることができなかった。彼女たちの言っていることの意味が理解できなかったのだ。

そこで感じた違和感やなんとも言えない恥ずかしさが、吐き気を催すようにぶり返してきた。
自分に色気がないことは言われなくてもとっくに分かっていたが、小柄で童顔である見た目を言い訳に、努力をしてこなかった。

恥ずかしさを覚えた日以来、友人や芸能人を参考にして、周囲は成長とともに自然と身につけたであろう大人っぽさを、必死になって会得しようとした。

多少の加齢もあるだろうが、今となっては努力の甲斐あってか、実年齢から大きく年下に見られることは無くなった。ところが、元来持っている素質としての色っぽさには、どうしても敵わないのが現実だ。

陽麻里の揺れる髪を見て、ふとあの時と同じ羞恥心と悔しさを再び感じた。

話に一区切りがついたところで、

 

「それで、沙子はどうなの。大丈夫なの?」

 

陽麻里が顔を覗き込むようにして様子を伺って来た。祐樹と別れて、もう少しで一ヶ月が経とうとしている。

 

「うん? 案外大丈夫。まぁね、何やってんだろって思うし、普通に結婚したいって思えない自分が嫌にもなるよ」

 

陽麻里の不安気な瞳に促されるように、素直な心境を吐露する。

 

「我慢してでも結婚して、世間で言う普通を手に入れるべきだったのかな、今回がその最後のチャンスだったんじゃないかなって考えたりもする。けど、冷静に考えると、ただでさえ結婚願望ないのに我慢してするなんて、狂ってるしあり得ないよね。今のところ後悔と思い直しの繰り返しかな。でも仕方がないって割り切ってる」
「分かる、その気持ちすっごく分かる。なんかさ、本当に何やってるんだろって思うよね。うちらいい歳してこんなこと言ってていいのかなって思うけど、でも納得できないものはできないし」

 

陽麻里はブラックのアイスコーヒーをストローでかき混ぜながら俯く。カラカラと氷がぶつかる音と、流行りのポップソングが調和して狭い店内に響く。

 

「そうそう。私たちもいつかは結婚したい、子どもがほしいって思うのかな」

 

ふと、遠く離れた場所に暮らす母の顔が思い浮かぶ。

 

「どうだろうね。特に子どもは明確じゃないけど、年齢制限みたいなものがあるよね。ほしいと思った時にはもう手遅れかもね」

 

手遅れ。強く胸を突き刺す言葉だ。分かっている。頭の中では、十分すぎるほどによく分かっている。

 

「ほんとそう。私は両親に結婚願望ないって言ったことあるけど、多分冗談だと思ってる」
「へぇ、言ったんだ。確かに、沙子ママはすんなり納得してくれなさそうだね」
「うん。パパもね」

 

母に続いて、父の顔も頭に浮かぶ。なぜか、両親とも笑顔の横顔だ。

 

「沙子のパパとママに限らずさ、私たちの親世代って、結婚しないって考えに本当に理解がないよね。私は親に自分の気持ちを言ったことないけど、言っても理解されないと思う。私たちって、やっぱり親不孝なのかな……」
「でも陽麻里はさ、結婚絶対嫌ってわけじゃないんでしょ?」

 

二人の席を覆う空気だけがどんよりと濁っているような気がして、救いを見出すように、敢えて明るい声で聞いた。

 

「いや、嫌だよ。したいと思ったことはない。けど、親の期待には応えたいし、結婚が親孝行になるなら、するしかないのかなって」
「やっぱり親か……。うーんやっぱり親不孝だよなぁ」
「そろそろお店変える? 沙子が言ってたとこ、この近くなんだっけ?」

 

陽麻里も、この濁った空気を感じ取っていたようだった。会う前に事前に打ち合わせしたカフェに場所を移すことを提案してくれた。種類豊富なカヌレが美味しいらしい。

 

「一駅くらい先だけど、歩いて十五分くらいだった気がする。出ようか」

 

沿道には桜が咲き始めている。五分咲きといったところだろうか。吹く風はやや冷たい。夜はもっと冷えそうだ。もう一枚薄手のカーディガンを持ってくればよかった。

しかし今は、私たちの纏った空気を、すっとかき消してくれるようで有難かった。


 友人が少なく、恋人もいなければ趣味すらない。おまけにお金もないので、必要以上の外出をしたくない休日は、ベッドで一日中スマホを触ってしまう。特に発信することがあるわけでもないのに、複数のSNSをぐるぐると巡回している。

どういう仕組みかは分からないが、投稿が表示される順番は、必ずしも投稿日順というわけではないようだ。
更新をし続けていると、突然数日前の投稿が出てきたりする。

 

〈【ご報告】 私事ですが、大好きな彼と婚約しました 夢だった100本のバラと夜景 世界で一番幸せな夜だったなぁ こんな私ですが、これからもよろしくお願いします!〉

 

 指輪、薔薇、赤いハートの絵文字が句点変わりに打たれている文章。投稿主は、同じ大学に通っていた友人だ。

とはいえ、講義がいくつか被っていた程度で、一緒に食事をしたこともなければ、まともに会話した記憶すらない。遡って考えてみても、何がきっかけで知り合ったのか、なぜ互いにSNSをフォローしているのかさえ思い出せない。

 

投稿日は一日前。陽麻里と世の中の結婚観について愚痴を溢していた頃、彼女は愛する人からのプロポーズを受けていた。


「結婚するんだってね」
「……え?」

 

給湯室に入るなり声をかけてきたのは、職場で良くしてもらっている契約社員の後藤さんだ。知り合いの葬式でフリーズドライのみそ汁セットをもらったらしく、ここ最近は毎日給湯室で顔を合わせている。

 

「ちょっと、またコンビニ弁当なの? そのパスタ好きね」
「はい、なんかハマっちゃって」
「息子と一緒。うちの次男も一つ好きなものができるともうそればっかり。こっちは仕事もしてるなか、栄養バランス考えて料理してるってのにね」

 

朝十時半に来て十五時に上がるのに、仕事しているなかと言われても、と思ったが飲み込んだ。後藤さんは、公私ともになにかと気にかけてくれる善良な女性だ。
大学生と高校生の息子がいるが、娘がほしかったという彼女は、部内で唯一の二十代の私のことを娘のように可愛がってくれている。

 

「一回ハマっちゃうと、もうそれが食べたくてお腹が空くんですよ。ただお腹が減るんじゃなくて、このパスタ食べたいって思って初めて空腹を感じるというか」
「ほえぇ。よく分からないけど、野菜とかもちゃんと摂らないとね!」

 

当たり障りのない気の抜けた返事が返ってきた。

 

「はい、気を付けます。あ、それで誰が結婚するんですか?」

 

給湯室を出て行こうとする後藤さんを引き留める。

 

「あぁ、福原さん……だっけ? あの結婚しないって言われてた地味な子」
「え?」
「ね、びっくりでしょ? 詳しくは聞いてないけど、できちゃった婚みたいよ。室長と人事の人とで、産休の相談をしてるのを聞いた人がいるんだって」

 

思考が完全に停止して、咄嗟に言葉が出てこない。

 

「ふふ、人生分からないわね」

 

後藤さんは湯気で眼鏡の下半分を曇らせながら笑った。

 

福原という女性は、お世辞にも綺麗とは言えない身なりだ。いつも似たような地味な色の服で、化粧に至っては、しているかさえ分からない。かといって顔のパーツが整っているわけでもないのが正直なところ。性格も明るくなく、積極的なコミュニケーションを好まないようで、いつも孤立している印象だ。

それでも仕事ができないわけではないので、特別嫌われていることもない、言ってしまえば空気のような存在だ。

そんな彼女が結婚する。いかにも普通の人生を送ることに成功している大学の同級生の結婚報告とは、少しわけが違う気がした。

勝手に油断していたのだ。彼女はこちら側だと。

 

「中川ちゃんは? 結婚とかどうなのよ」

 

後藤さんに脇腹を突かれ、思考が現実に引き戻される。

 

「え。あぁ、どうですかね」

 

どうですかね、という単調で他人事のような返事の仕方は、結婚について聞かれる機会が増えたここ数年で身につけた。聞く人間に期待を抱かせず、かといって気まずい空気にもさせない、今の所の最適解だ。

 

「なぁによ、気の抜けた返事しちゃって。まぁ焦らなくって大丈夫よ。中川ちゃん美人さんなんだから!」

 

後藤さんは、私の右肩に分厚い手を置いて、二回叩く。思っていたより強い力で、思わず「グッ」とカエルのような情けない声が漏れる。

福原がいる部署に仕事の用事があったが、今日は近寄らないでおこう。


 珍しく、陽麻里が会いたいと連絡してきた。マッチングアプリで出会った例の彼と、進捗があったようだ。

食事にでも行ったのだろうか。そこで、理想の高い彼女は彼に幻滅してしまったか。どうかその逆であってほしいと祈る。

 

「早速本題いい?」

 

急遽決まったので、何度か訪れたことのあるカフェレストランで集合し、席に着くなり、メニューすら見ずに話を切り出される。こちらも、上着を脱ぐ手を思わず止める。

 

「お。いいよ、なに!」
「この前会ったときに話した人いるじゃん?」

 

陽麻里は座高の低い一人掛けのソファに腰を沈め、前のめりの体勢になる。

 

「うん。優しいけど優しすぎない人ね? なに、食事でも行った?」

 

陽麻里と対になるように、私も同じ体勢になる。側から見たら、内緒話でもしているかのような距離感になっていることだろう。

 

「そうそう。食事に三回くらい行って、四回目に告白された」

 

反射的に息を飲み、両手で口を押さえる。

 

「え! ……てことは?」
「彼氏になった!」

 

瞬間、全身がふわっと温かくなるのを感じる。陽麻里にとって、実に三年ぶりの彼氏誕生だ。

嬉しい気持ちが、どこに隠れていたのかと不思議に思うほど次々と際限なく飛び出てきて、容量いっぱいに溢れ出すようだ。この場で飛び跳ねたい気持ちになったが、さすがに店内の空気がそれを許さなかった。

 

「えー! やったじゃん、よかったね! てか、四回も会ってたなんて聞いてないんだけど!」
「へへ、ごめんごめん。でもね、正直、彼のこといいなって思えたわけじゃないの」

 

陽麻里は、私に平静を促すように苦い顔をして口を強く結ぶ。

 

「どういうこと? 陽麻里的にはピンとこなかったってこと?」

 

またしても前傾姿勢になる。

 

「うーん、そんな感じ。好きだなって思った瞬間はないかな。でもね、すごくいい人だし、大事にしてくれそうだし、見た目も悪くないし」

 

陽麻里は口を結んで、左上を見上げる。言葉を選んでいるようだ。

 

「告白されたときにね、喜んでって言うことはできなかったけど、逆に断る理由もないなって思ったの」
「なるほどね、確かに断る理由がないっていうのも、決めるうえで理由の一つになるかも」
「うん。好きな気持ちがないのに付き合うのって悪いなと思ったんだけど、それが案外合っているというか」

 

陽麻里は交際を打ち明けてから、手足をずっと軟体動物のようにモゾモゾとさせている。分かりやすい照れ隠しの仕方が微笑ましい。

 

「合ってる?」
「うん。あんまり良くないんだけど、罪悪感というか、申し訳なさから彼に対して色々な場面で優しくなれるの」
「なるほどね」
「うん。あと過度な期待もないし、精神的に楽なんだよね」

 

陽麻里は新しい価値観を見つけたようだった。
話しの中で、何度も彼のことが好きではないと言ったが、口角は上がりっぱなしで、後半は照れ隠しの嘘にさえ思えた。
拘りの強い陽麻里が意外な人を選んだものだと思ったが、どんな形であれ彼女が幸せを感じることができるなら、親友としてはなんだってよかった。

 

「今度ね、お花見行こうって話してるんだ」
「いいね。デートって感じじゃん」

 

交際を打ち明けてから二時間も経った頃には、陽麻里は照れ隠しをやめ、自然と彼氏の話をするようになっていた。

 

「でしょ! それで私がお弁当を作っていくことになったの。ちょっとめんどいけど、胃袋ガッツリ掴むんだー! んじゃ、ちょっとトイレ」

 

陽麻里は一方的に話を済ませると、スキップするかのような軽い足取りで店外のトイレに立った。彼女の多幸感溢れる背中を見つめながら、いつもの癖でSNSを開く。

 

〈長い海外生活で改めて実感したけど、やっぱり日本人女性は異常。
どうして進んで夫やパートナーのママになろうとするわけ?
飯炊き奴隷に成り下がってるって気が付けてない人があまりに多くて怖いんだけど〉

 

 二千件以上ものいいねが付いている。リプライは五百件くらい。わざわざ見ずとも、議論が加熱していることが分かる。こういう投稿に噛みついてくるのは、案外女性が多かったりする。
飯炊き奴隷ってちょっと表現が大袈裟すぎるけど、でも本当にその通りだ。頼むから陽麻里には、そんな女になってほしくない。


 三ヶ月が過ぎた。陽麻里と例の彼は相変わらずで、加えて私はその彼とも仲良くなった。

良い意味で癖や特徴がなく、誰とでも仲良くなれるタイプの男性で、人見知りをしやすい私でも、打ち解けるのに時間は要しなかった。

三人で何度か食事をし、水族館やテーマパークにも行った。
初めはデートの邪魔をしている気がして申し訳なく思ったが、いまでは三人で予定を立てるのが日常になりつつあった。

 

「ほんと仲いいね」

 

友達のようにじゃれ合う二人の姿に思わず声が漏れる。

 

「あ、そういえば沙子さんは? アプリやろうかなって言ってなかった?」
「将希(まさき)さん、余計な事ばっかり覚えてるよね」

 

陽麻里の彼氏は、年上にもかかわらず私のことをさん付けで呼ぶ。その方が陽麻里が安心すると思っているのだろう。

陽麻里と私は好きな男性のタイプがまるで違うので、例え世界がひっくり返っても同じ相手を選ぶことは考えられない。お互いそれは重々理解しているが、将希さんが陽麻里を想ってする行動を尊重したかった。そのため私も彼をさん付けで呼んでいる。

 

「そうだよ、この前言ってたじゃん! まだ始めてないの?」

 

陽麻里が妙にテンション高く口を挟む。

 

「うん、やってない。だってどれやったらいいか選べないし、どうせやってもまたアプリ疲れするだけだし」
「分かんないじゃん、案外いい人いるかもよ!
ほら沙子が今こうしている間にもさ、数少ないマトモな人がアプリで知り合った人とデートしてるかもよ。早くしないと乗り遅れるよ!」

 

陽麻里が眼前でリズムを取るように手を叩く。

 

「そんなブームみたいな言い方しないでよ。でもたしかにね、それはあるかも」

 

スマホでマッチングアプリを検索する。その多くに、アンインストールをした形跡がある。
大学時代、祐樹と付き合うことになるなど想像すらしていなかった頃、アプリで恋人探しをして玉砕した苦い過去がある。

〈毎月〇〇組のカップルが誕生!〉
〈満足度No.1!〉

 

嘘くさい広告と、顔を寄せ合って笑うカップルの写真が目に入る。耳には、目の前にいる本物のカップルの幸せそうにはしゃぐ声が聞こえる。

 

「分かった。始める」
「……え、アプリ?」

 

自分から勧めておいて、信じられないといったような声で聞き返す陽麻里が可笑しい。

 

「うん。でも、途中で投げ出したくなると思うから、今ここで登録する」
「いいじゃん!」

 

陽麻里の明るい声がファミレスに響き渡る。仲睦まじいカップルに見守られ、登録を進める。

二人にああだこうだと口出しされていると、不思議と今回はこのアプリを通じて彼氏ができる気がしてきた。願掛けのようなものだ。

 

理由はよく分からないが、なぜか毎回恥ずかしい気持ちになるチュートリアル画面もクリアし、いよいよ本格的にスタートした。いやにむず痒い、新鮮な気持ちになる。

しかし、ここでがっついてスワイプ画面に行くのは危険だ。タイプではない男性たちが連続して出てくると、せっかくのやる気が一気に削がれるからだ。一先ず、向こうからの反応を待つ。

 

登録して数日の間は、プロフィール画面に黄色と緑の初心者マークが付く。長いことアプリをやっている人もいるので、そんな人たちにとって初心者は貴重だ。最初のうちは短時間でたくさんの反応が来るので、こちらからアクションを起こさなくても相手に困ることはない。

 

実際、その後二人と一時間半程度食事をして解散し、さらに三十分かけて帰宅してからアプリを開くと、五十件程度のいいねが来ていた。この五十件のうち、何件が本気のいいねなのかは分からないが、兎にも角にも最初のうちは放っておいてもこれくらいの反応は得られるのだ。

 

鶏の雛のオスとメスを仕分けるかのような手捌きで、相手のプロフィールと写真を見ては左右にスワイプする。
例えば、年齢が離れすぎている人は問答無用で却下だ。私はオジ専ではないし、かといって極端な年下も好まない。彼らに関しては、真剣に恋人探しをしているように思えないのだ。いいねをもらえること自体は有難いが、彼らと話すことは何もない。

さらに、同世代でも実家暮らしの人はできれば避けたい。人としての最低限の生活力に欠ける人は、経験則から思うに、なんというか少し世間の常識とズレた感覚を持ち合わせていることが多い。
このように何かしらの言い訳を並べて却下を繰り返していると、五十件ほどあったいいねが、気が付くと残り二十件程度になっている。さらにその中から、顔の好みや趣味嗜好、酒やたばこの嗜み具合に応じて選り分ける。

そうしてやっとのことで選んだ人から、必ずメッセージが来るとも限らないし、来たとしても話してみたら思っていた人と違った、などということも茶飯事だ。
こうしてアプリで恋人を探す現代人の新たな悩みの種「アプリ疲れ」が誕生したのだろう。

そもそも、顔もプロフィールも、相手が任意で設定したものであって、すべてが真実とは限らない。それでも限られた情報の中で、良し悪しを審査しなければならない。
審査する立場であると同時に、自分も審査される立場であることも、忘れてはならないのだ。

 

常に互いを審査し合っているという、微妙な緊張感が漂うメッセージ画面上で仲良くなり、気を許し、好きになることがどれだけ奇跡的なことであるかを、アプリをやってみると、実感する。


 勢いに任せてアプリを始めてから今日で二ヶ月半。とっくに初心者マークは消え、スワイプ相手に見覚えのある顔が何人か出てくるようになった。これまで五人と電話をし、うち四人はアプリからそのほかのメッセージツールに会話の場所を移した。
さらにうち二人と実際に会ってみたが、一人は男尊女卑的な発言が目立ち気色が悪く、メッセージや電話での様子が優しかった分、モラハラ気質を感じて怖くなった。もう一人は、単純に身体目的だった。
残り二人に関しては、一日にワンターンずつ会話があれば良い程度のテンポで話す、惰性の相手と成り下がっている。恐らくこの状態から会うまでに発展することはないだろう。

 

アプリ内でも引き続き数人とやり取りを続けているが、どれも似たような会話で、誰と何の話をしたのか、サッカーが趣味なのは誰で、バスケが趣味なのは誰だったか、相手のプロフィールがごちゃごちゃになっている。

 

ここでもやはり問題になったのは「結婚」に対する価値観の相違だった。アプリのプロフィール欄に、任意で結婚に対する意思表示ができる項目がある。
当然「結婚の意思はない」わけだが、それでは第一印象として、思想が強いなどと思われそうなので、「まだ分からない」を選択している。

ところがそうすると、結局会話の途中で、どちらなのかと聞かれてしまう。その質問には毎度怯むが、ここで嘘をつくのは違う気がし、「実はあまり考えられないんです」と正直に答える。

そうすると男たちはまず、笑うか、ため息を吐くかどちらかの反応を示した。

そして次に、「じゃ遊び相手探しか」と言う。否定をしても、一度そう思われてしまったら終わりのようだ。以降、私のことを心から信じてくれる人は現れなかった。

たまに曖昧な返事で、分かった風を装う男もいたが、結局他愛もない会話の最中に、突然返信が来なくなり、そのままフェードアウトしていった。

 

分かっている。結婚願望を持てない私が異常であることなど、とっくに分かっている。しかし、結婚を望まないだけでこうもさまざまな形で拒否反応を示されると、さすがに堪える。

結婚願望の持てない女は、恋愛の最終候補にすら、成り得ないのだ。


③へ続くー。

© 2026 Hinanochi ( 2026年7月30日公開
※初出 note(Nanochi2)

作品集『青空の続きを』第2話 (全3話)

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