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建築と都市とフタ

パウレタ

地方新聞社の依頼で、私は建築家と共にある地方都市の建物を巡る。最後に案内された塔の屋上から目撃したのは、空を覆う巨大なフタだった。

タグ: #SF #純文学

小説

1,741文字

私はある地方新聞社の知人編集者から、地元の建築を巡り、それらを題材にした短編小説を書いてほしいと頼まれました。私は建築を見るのが好きでしたし、何よりも原稿料がはずむともいわれたので、断る理由がないかなと。それで引き受けることにしました。

 

案内役は、地元で著名な建築家でした。取材当日、彼は私の希望をふまえながら、様々な建築を紹介いただきました。彼の案内した建築はどれも素晴らしく、執筆のうえで参考になりました。彼には感謝しています。その中でとても印象に残った建築がありました。いや、建築がというより、それをとおして都市の見方が変わった体験をしたのです。

 

 

その建築は、彼が最後に案内した場所でした。建物は鉄筋コンクリート造で、塔のような形をしていました。意匠的な螺旋階段から屋上に上がると、眼前に都市の全景が広がっていました。ビルが立ち並ぶ街、その先には住宅地、そして田畑がひろがり、奥に大きな山々。しかしそんな風景と反対に、空がどこか平面的でした。よく見ると空が、巨大なフタで覆われていたのです。私の驚いた様子と裏腹に、建築家は淡々と、

「この都市の地形は盆地となっていて、大きなフタがされています」

と答えました。続けて彼は話しました。

「フタにより、線状降水帯による被害がなくなりました。あと、雪の多い地域でしたが、雪害も今はありません。しかしながら夏が暑く、毎年のように最高気温が更新されます。月並みな表現ですが、その暑さは鍋で蒸されるようです」

と。

 

そして彼は私にこう言いました。

「フタ、触ってみますか?」

と。
「はい」

私は即答しました。

私は梯子を上り、フタに触れました。冬で表面は冷たく、朝寒に握る車のハンドルのよう。私は手を離したくとも離すことができません。顔は下に自然と向きます。体温の低下は心を壊す力をもっていますから。

 

そんな私の様子を見て、建築家が梯子の下から、
「温めてみましょうか?」
と言いました。

「お願いします」

しばらくすると、フタが熱を発し、温かくなってきたのです。

「どうですか?これが私たちの太陽ですよ」

彼の口調は穏やかで、誇らしげでした。

先ほどまでふるえていた私の体は、すっかり暖かくなっていました。

「そろそろよろしいですか?」

と建築家に言われ、私は梯子を下りました。

「フタが開くことはないのですか?」
私は建築家に聞きました。彼は苦笑しながら、
「ないでしょうね」
と言いました。この都市のフタはいつも閉じられたままなのです。

 

 

取材見学後、私は建築家と歓楽街を歩きました。行き交う人々は私以外誰も空を見上げません。1人でも空を見上げる人がいたら、誰かしら気になって同じ行動をとるのではないでしょうか。建築家は私に言いました。

 

「見上げることなんてないですよ。フタがされているのですから。何も起きないから、私たちは空を見上げません」

「雨や雪はもう降らないのですか」

「ええ、そのかわり、今は地面からたまに水が湧き出ます。だから住民は、空より地面を気にして下を向いているのだと思います」

彼はそういいながら道に落ちたチラシを拾いました。

 

 

それから私は最後に訪れた建築をとりあげ、ひとつの短編小説をまとめました。フタのことは小説に書いていません。

原稿料が振り込まれた日、私は彼に手紙を書きました。手紙には先日のお礼と小説の新聞掲載日、そして最後の建物がとても印象に残り、小説の題材に使わせてもらったことを書きました。フタについては一切触れず、手紙を投函しました。

 

 

数週間後、私に葉書が届きました。差出人は建築家でした。葉書には、最後に見学した建築が見上げで撮影され、印刷されていました。背景の空は灰色で、そこに彼からのメッセージが書かれていました。

『今度何か所か、試みとして、フタの一部をくりぬいて開口をもうけることになりました。この建築の屋上でもセレモニーが行われます』

私はメッセージが書かれた空の箇所をカッターで切り抜き、葉書を空にかざしました。今、切り取った開口からは、澄んだ青空が見えています。太陽の光、そして雨や雪も入ってくるでしょう。

© 2025 パウレタ ( 2025年11月17日公開

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