ティエン・タン(2)

山本ハイジ

小説

15,960文字

東南アジアの治安のよくないどこか。売春して母を支えながら暮らしている純粋な少年タンはある日、神と出会う。

 これから仕事をしに蒸暑い路地裏へいく気になんとなくなれず、ハンモックに寝転がる。包み込まれ、ゆらゆら揺れる感覚が気持ちいい。
 ちょうどおじさんならたくさんいるけれど、ここのおじさんたちに売春を持ちかけるのは無理だろうなと感じた。みんなきらきらした目でお金はグエン導師に渡す。
 昨日たくさんのお金を第二の神に渡したんだからいいだろう。おれが真に敬うべきは真の神だ。
 ぼうっと水槽のなかの小さな天使たちを眺めていたが、ふとそばをピアスの奉仕に耐えた子どもが通るのに気づき、そちらを向いて声をかける。
「どんな救いがあったの?」
「秘密」
 子どもが衣服を身にまといながらぺろりと舌を出して笑う。おれはまた胸がざわっとしてもやっとした。針を刺されるだなんて奉仕、怖いけれどおれもがんばれるかな……。
「そういえばお前名前は?」
 一緒にアニメを観たりしたのに訊くのを忘れていた。
「レスミー。リンさまからつけてもらった名前なんだ」
「名前って親からつけられるんじゃないの?」
「ぼくに親はいない。路上でひとりで名もなく暮らしてたんだ」
 ていうことはレスミーには神はリンさまだけなんだ……。
「タン、また一緒にアニメ観る?」
「いい」
 そっぽを向く。そのままひたすら横になりつづけひらめく尾びれを見て過ごしていたが、グエン導師の好きなだけいていいという言葉を思い出しつつも、そろそろ帰らなきゃと起きあがる。
 ハンモックからおりて、ソファーでぶ厚い本を読んでいたグエン導師に訊く。
「そろそろ帰らなきゃ。トゥクトゥクに乗るお金をもらえると助かる……」
「トゥクトゥク、ひとりで乗れるかい?」
「もう大丈夫だと思う」
「帰るぶんと天壇へ行くぶん、二回ぶんあげよう」
「ありがとう」
 グエン導師からお金を受け取り、天壇から出る。グエン導師がどうやっていたかを思い出しながらトゥクトゥクをつかまえて乗って、無事目的のところでおりた。
 帰る。出迎えてきたおかあさんに今日は稼げなかったと伝えると、おかあさんはため息を吐き肩を落としつつ「昨日たくさん稼いできてくれたからいいわ」と言った。
 なんで残念そうなんだろう? おれは真の神に奉仕してきたんだ。それはとてもいいことであるはず……。
 
 起きて家から出て、まっさきにトゥクトゥクをつかまえにいった。ひっそりとした道でおりて、狭い路地を記憶を頼りに歩き天壇につく。
「こんばんは、タン」
 ドアを開けてなかへ入るとグエン導師が笑顔を向けてくる。ほかおじさんや子どもたちもにこやかに挨拶してきた。嬉しい。
「こんばんは。ねぇ、グエン導師。おれ奉仕したい」
「おや、さっそくかい? 熱心だな、タンは。いいことだぞ」
「おれがんばれるから昨日のレスミーみたいな奉仕したい」
「まあそんなに慌てるでない。奉仕は少しずつ段階をあげていくものだよ……レスミーはもうじき最終段階にいく」
「最終段階?」
「そこへ至ると完全に救われることができる。さぁ、タン煙草を吸って」
 完全に救われる……。そのためには天壇に一生懸命通うしかないのか。
 渡された煙草を吸っている間、グエン導師は部屋の隅にある箪笥へいってなにかを取り出した。吸いおえるとおれを部屋のまんなかにグエン導師はつれていく。みんなが集まってくる。
「タン、床に膝をつきなさい」
 グエン導師の前で言われた通りの姿勢をした途端、頭になにかをかぶされた。
「! なにっ……」
 目の前が真っ暗になる。そしてゴムくさい。それから頭を締めつけてきて、肌に張りついてくるなにかで顔を覆われて鼻呼吸ができなくなった。口の部分だけ開いていて、口呼吸はできた。口でしか息ができないって苦しいんだ。
「タン、口を大きく開けなさい」
 言われた通りにする。少しして、唯一呼吸ができる口に柔らかいような硬いようなほんのりしょっぱいような太いものが突っ込まれた。
「ぐっ……!」
 すぐに理解する。ちんこだ。頭を掴まれ、喉の奥に先端が当たるまで引き寄せられる。
「ぉっ……ぐっ」
 息ができない、苦しい。思わず身を引いて逃げようとしてしまうけれど、びくともしない。
「がんばれ、神が待っているぞ」
 そのまま口のなかをちんこが行き来する。たまに抜かれて息つぎさせてくれるけれど、それは一瞬のことでまたすぐ突っ込まれる。
「うっ、ぅ゛っ、……っ」
 リンさまを思い浮かべ、暗闇のなか希望の光を見る思いでよだれを垂らしつつ口を開いたままじっとする。だんだん口内を擦られるスピードがはやくなる。
「はっ……、美しい。いいぞ、タン」
 ちんこが脈打ち、喉に熱い液体が放たれた。
「ゲホッ……! げっ、ごほっ……」
 思いっきり噎せ返り、ちんこと液体を吐き出してしまう。
「だめじゃないか、聖水はちゃんと飲まなければ。舐め取りなさい」
 頭を押され、背が曲がり床に手をつく。舌を伸ばし、鼻で息ができないからほとんど味のしない精液をたぶん床の汚れと一緒に探り探り舐める。
「よし、綺麗になった。いいぞ」
 頭を押さえられる力が弱まる。顔をあげるとかぶせられたなにかが一気に剥がされた。
「ぷはっ……、はぁ、はっー……」
 部屋の照明がまぶしく感じて目を細めつつ、思う存分呼吸をする。鼻から抜けた息が射精したコンドームみたいなにおいがした。
「神がお待ちだ」
 黒光りしているマスクを片手に持ったグエン導師が奥のドアを指差す。みんなから拍手を送られるなか、立ちあがって神のいる部屋へ向かった。
「こんばんは、タン。救ってあげましょう。裸になって、仰向けになりなさい」
 ベッドに座っているリンさまが自らの隣をぽんぽんと叩いてくる。おれはうなずいて、ワイシャツと下着を脱ぐと雲の上で仰向けになった。
 リンさまがピンクのボトルの液体をおれの股間にとろりと垂らし、おれのほうを向いて横になる。そのまま片脚を腰に回してきて、膝の裏でおれの半勃ちのちんこをはさんできた。
「っっ……」
 リンさまの柔らかい腿肉に包まれる。膝が上下され、太腿と脹脛(ふくらはぎ)の間でぬるぬると擦られた。
「こら、跳ねない」
「ひゃ、んっ……」
 もっと擦りつけたくて思わず腰を突きあげると、リンさまが液体で濡らした指でおれの胸に触れてくる。膝裏で器用に扱きながら、おじさんからつねられたり噛まれたりしていた乳首を優しく撫でて、押し潰してきた。甘く、むずかゆいような感覚が胸に広がる。
「ふふ、おっきくなった。腰を動かして私を犯そうなどまだはやいですよ」
 もう頭だけでなく全身がふわふわする――ふわふわの甘いかき氷みたいになってしまった体をリンさまに任せる。
「っあ……!」
 強く締められ、太腿と脹脛の間から飛び出した先端へ胸から手を移され撫でられた瞬間、コンデンスミルクのような濃い精液を出しておれは溶けてしまった。
 
「みなのもの、レスミーは最終段階へ至る!」
 救いを受けてから居間のハンモックでくつろいでいると、部屋のまんなかでグエン導師がレスミーの肩を抱いてよく通る声で言った。
「おめでとう!」
「これで完全に救われるんだな」
 みんな拍手をし、口々にお祝いの言葉をおくる。おれは完全に救われるってなんだろう、リンさまからなにしていただけるんだろうと考えて拍手できなかった。
「みんな、短い間だったけれどありがとう」
 レスミーがうつむいて涙ぐむ。それからリンさまの部屋へレスミーは消えていった。
 あれ? おれはハンモックからおりてグエン導師に近寄り訊いた。
「レスミー、奉仕は? しないの?」
「ああ……最後の奉仕は大がかりだから、後日別のところで行うのだよ。だからその前にレスミーはリンさまにお会いして祝福を受けている」
「今完全に救われているの?」
「いや、最後の奉仕をおえて供物も納め神の国へ行き、完全に救われる」
「神の国……?」
「そこはもう安らぎしかない国だ」
「そこにリンさまはいるの?」
「ああ、たくさんおいでだ」
 すごいなぁ。おれもいずれいけるかな神の国……。
「最後の奉仕ってなにをするの?」
「心臓を捧げるのだよ」
 そのままおれが家に帰るときになっても、レスミーはリンさまの部屋から出てこなかった。
 
 寝て起きて天壇にきて、グエン導師に奉仕がしたいと言う。
「今夜は外で奉仕をしようか」
 そう返してきたグエン導師に煙草を吸ってから外へつれられる。生あたたかい夜のなかグエン導師と手をつないで狭い路地を歩いた。
 開けたところにつく。その小さな公園のようなところには黒い人影がみっつある。グエン導師が人影に近寄り、おれの手を離す。人影はぼろぼろの服を着たおじさんたちだとわかった。
「こんばんは。この子、好きに犯していいですよ」
 グエン導師から背を押され、おじさんたちへ向けてつんのめる。ひとりのおじさんの手が伸びておれを掴み、地面に倒す。
「わっ……!」
 衝撃と痛みにうめいているうちに仰向けにされ、ワイシャツに手を突っ込まれ下着を抜き取られる。穴に太い指がねじ込まれた。乱暴にいじられているうちにおじさんがもうひとりおれの顔のそばに座り、取り出したちんこを口元に押しつけてくる。
 腐った魚とチーズとおしっこがまざったようなものすごい悪臭がした。
「ぅえっ……ぉっ!」
 嘔吐(えず)いて開いた口にそんなちんこが突っ込まれる。腰を振られぽろぽろ、ぺたぺたした恥垢が口内で剥がれ落ちる感触を覚える。最後のおじさんもおれのそばに座って、ちんこを取り出しおれの手を取って握らせた。
 手を上下させ、口をすぼめる。奉仕をがんばらなきゃ。そのうち指が穴から抜かれ、ちんこで押し広げられていく。
「んっ……んぅっ」
 裂かれる痛みをちんこに歯を立てないよう気をつけつつ耐える。収まって、出し入れがはじまった。きっとこのちんこもすごく汚い。恥垢の膜を剥がしながらおれの尻のなかを擦っているはずだ。
「んんっ……ぅー」
 ふわふわしているからか、救いがあるからか痛みの奥に甘いものを感じた。犯されてこんな感覚を覚えるのは初めてだ。甘いものをもっとはっきりと感じたくて、腰をやや浮かし揺らす。
 するとおじさんは穴を犯すスピードをめちゃくちゃにはやめ、低くうめいて腰の動きをとめてしまった。甘さがくすぶるなかへ精液が流し込まれる。
「んぶっ……!」
 ややあって口のなかにもどろどろした精液が流れてきて、恥垢ごと飲み込む。手にもあたたかいものがかかった。
「もう精液出ませんか? よし、タン私の前で正座しなさい」
 様子を見おろしていたグエン導師が言うと、おじさんたちが離れていく。身を起こして言われた通りにする。精液が穴から少し漏れた。
「恵まれない人たちに快楽を恵んで、えらいぞタン。穢れを受け入れる姿は美しい。ほら、口のなかにまだ残っているんじゃないか? 食べて、奉仕した手も舐めなさい」
 口のなかにはざらざらした恥垢が残っていた。噛むと生ぐさい口内にほんのりとした苦みが広がる。飲み込んで、チーズくさくなってしまった手についた精液も丹念に舐め取った。
「私の穢れも受け入れなさい」
 グエン導師がアオザイの裾をまくり、ズボンからちんこを取り出す。暗いなか白っぽく映る先端からきらっとした液体が放たれ、おれの頭にかかる。
 おしっこだ。生あたたかくくさい液体が髪を濡らし、顔に伝うのを目を閉じて受け入れる。ワイシャツも湿っていくのを感じた。
「このあとリンさまが浄化してくださる」
 頭におしっこがかかる感覚がやみ、拍手の音が聞こえて目を開けた。おじさんたちもおれを囲んで拍手していた。
 
 返してもらった下着をはいて、このワイシャツはどうしようかなと悩みつつ天壇に戻る。
「タン、私が処理してあげるから脱いでリンさまの部屋へ行きなさい」
「ありがとう」
 そう言ってくれたグエン導師におしっこと砂で汚れたワイシャツを脱いで渡し、リンさまの部屋へ向かう。ドアを開けてなかへ入ると、ベッドに脚を組んで座っていたリンさまが一瞬眉間にしわを寄せた。
「こんばんは、タン。今宵も奉仕、ご苦労さまでした。あそこに風呂があるからまず入ってきてください」
 壁際に並ぶベタの水槽が途切れているところにあるドアをリンさまが指差す。
「念入りに洗ってから湯につかるのですよ」
 おれはうなずいて下着を脱ぎ、ドアへ向かった。なかは白いタイルの床にまるくて大きな浴槽があって、シャワーもついていた。浴槽のなかには白い湯がたまっていて、白い花がスイレンのように浮かんでいる。こんな風呂見たことない。
 言われた通りシャワーと置いてあったココナッツの香りがする石鹸で全身を隅々まで洗って、穴のなかに指を入れて汚れを掻き出し、口も念入りにゆすいだ。浴槽の湯につかる。
「ふ、ぅ……」
 気持ちいい。足を伸ばし、ぼうっとしていると脈絡もなく考えが浮かぶ。
 ――心臓を捧げるって、どういうことだろう? 自分の胸にそっと触れてみる。レスミーはそんななにかすごい奉仕をして、リンさまがたくさんいるらしい神の国にいく。
 触れている胸がもやもやする。ついで体が熱く、肌がむずむずしてきた。のぼせたかな? 浴槽からあがり、浴室から出る。途端、ドアの前で待っていた様子のリンさまが手にしていたタオルをふわっと広げ、おれを抱きしめてくれるよう包んだ。
 そのまま髪、顔、上半身を拭いてくれて、床に膝をついて下半身を拭いてくれる。
「いいよ、リンさま。自分でやる……」
「じっとしてなさい」
 畏れ多くてとめようとしたけれど、赤い瞳が上目に射通すようおれを見てきて動けなくなる。リンさまがタオルを離し、そばの床に置かれていたピンクのボトルを手に取って勃っているおれのちんこに傾けた。
「おいしそうなココナッツの香りがします。きれいに洗って、えらいですよ」
 ボトルを置いて、液体で濡れたちんこに片手を添え、リンさまが先端をくわえる。
「ぁ……、ん」
 ちぅ、と吸われると強烈な甘い感覚を体のまんなかに覚えた。添えた手で竿を上下に擦りながら、桃色の唇で先端のくびれを扱いてくる。もう片手で柔らかく玉袋を揉まれる。めちゃくちゃにむしゃぶりついてくるおじさんとは全然ちがう。
「だめだっ、リンさま。もう出るっ……」
「いいですよ、出して。タンの穢れを私が吸い取って浄化してあげましょう」
 一旦口を離し、そう言ったリンさまに深くくわえ込まれ舌で擦られながら吸いあげられた瞬間、脈打つ。
「っっ……!」
 少しの間とまってからリンさまはちんこを口から抜いて、唾液の糸を引きつつ口を大きく開いてみせた。なかにはなにもない。穢れが神に吸収され、浄化されたのだ。おれ、きれいになった……。
「なんでリンさまは神の国じゃなくて、ここにいるの……?」
 ふと湧いた疑問を訊いてみる。
「タンのような迷える者を救済し、神の国へ導くために天壇におりているのですよ」
 尊い。
 
「タン、これを着なさい」
 リンさまの部屋から下着一枚の姿で出てくると、グエン導師が畳んだ服を差し出してきた。受け取って広げてみると、それは金色の糸で花や蝶が刺繍された袖のない青いブラウスと丈の短いズボンだった。模様が細かくて柔らかなレースのついた黒の下着まである。
「いいの? こんな高そうなの……」
「いいんだよ。きっとタンに似合う」
「ワイシャツは?」
「あんな汚いの捨てたよ。下着も捨てなさい」
 おかあさんが買ってくれたワイシャツだけれど、まあいいか。黄ばんだ下着を脱いで、きれいな黒の下着をはいてブラウスとズボンを着る。ブラウスは丈が短く、腹が出た。色ちがいで、リンさまが着ているブラウスは背中が出ていたけれどリンさまと対(つい)になったようで嬉しい。
「うむ、美しい」
 グエン導師が目を細めておれの頭を撫でてくれる。ふと視線を感じてそちらを向くと、男がこちらを見つめていた様子で、男は慌てて目をそらした。
 それからハンモックで横になって過ごす。男が煙草を吸いながら近寄ってきて声をかけてきた。
「ねえ、君……」
「なに……? あ、お前は」
 身を起こし、男を凝視して気づく。おれをレイプしたビルの住人だ。男は前ほどくさくも汚くもなかった。
「あのときはすまなかった。正しいセックス、快楽じゃなかった……。金まで奪ってしまって」
 男は頭をさげて、服のポケットからお金を差し出してきた。わずかな額だ。
「少ないけれど、俺そのうち腎臓を捧げる予定だからそのときにちゃんと返すな」
 リンさまはすごいなぁ。こんな悪い人まで浄化してしまうなんて……。
 そのあとひたすらぼうっとしたり、ほかの子の奉仕を眺めたりしてそろそろ家へ帰ったほうがいい時間になる。帰宅すると、ドアを開けたおかあさんはおれを見てきょとんとした。
「どうしたの? その格好」
「おじさんがくれた。ワイシャツと下着はプレイでだめにしちゃって……。はい、お金」
 男がくれたわずかなお金を差し出す。
「高そうな服くれたのに、お金はこれだけなの?」
 なんとなく文句を言われるような気がして、おかあさんに真の神に仕えていることを話したくない。
「服を売ったらいいんじゃない?」
「だめ!」
 ブラウスに触れてきたしわしわの手を振り払う。おかあさんはびくっとして払われた手を押さえた。
「この服くれたおじさん、また会うから……。そのときにこれ着ていてほしいって」
「……そう」
 おかあさんはおれに背を向け、ウォッカのボトルを手にしてソファーに座り傾けはじめる。
 グエン導師もリンさまもおれを迷い子とか迷える者と呼ぶけれど、おれはなにに迷っているんだろう? 第二の神にも仕えていることかな……?
 
 今夜も天壇で奉仕をする。煙草で心を落ち着かせ、居間のまんなかでみんなに見守られているなか、ズボンと下着を脱いで透明なシートが広く敷かれている上で四つん這いになる。
 穴に触れられ、ぬるぬるしたなにかを塗り込められ、細くて硬くて少しひんやりしたものが挿入される。
「うっ……?」
 生あたたかい液体がなかに流れ込んできた。そのままややあって細いものが抜かれると、すぐに腹が苦しくなってくる。
「うぅ……」
「まだまだ漏らしてはだめだ、がんばれ」
 グエン導師の声が聞こえて、穴を締める。宿の浴室でホースをおじさんから突っ込まれて水を注がれたりしたことがあった。耐える。
「ぐっ、ぅ……」
 下腹に鈍痛を覚え、その鈍痛はだんだんと激しくなっていく。ぎゅるぎゅると腹から腸がよじれているような音がなる。こめかみに汗が伝って垂れた。少しでも気を散らせないかと尻を左右に振る。
「よし、いいぞ」
「っあ……!」
 許可がおりた途端、穴がゆるみまず液体が噴出されびちゃびちゃと跳ねる音がした。それから液体と一緒に固形物が出てくる感覚と悪臭。
「よくやった!」
「えらいぞ!」
 すべて出しきり、苦痛がすっと引いてほっとしたあと響く拍手の音とみんなの声に猛烈に恥ずかしくなる。みんなの前で糞をしてしまった。
「タン」
 グエン導師がおれの前にきて、床にあぐらをかいて座る。アオザイの裾をまくり、ズボンから取り出した塔のように勃っているちんこにポケットから出したコンドームを素早くつけた。
「背を向けて、私の上に私を飲み込みながら座りなさい」
 奉仕はまだおわっていない。立ちあがってグエン導師のもとへいき、背を向けて穴に先端をあてがいつつ腰をおろしていく。
「んっ、……」
 すべて飲み込んだ。透明なシートの上に散らばっているおれの糞とみんながよく見える。
 グエン導師がおれの両膝の裏に手を通し、脚を大きく開かせて腰を突きあげはじめた。
「ふ、ぁっ……」
 おれの糞も犯されているところもみんなに見せてしまっている。嫌だけれどなかを擦られて、甘い感覚を覚えそれがせりあがってくる。
「いいぞタン、いい具合だ」
「ぅんっ……んんっ」
 もっと擦りつけたくて自分でも腰を揺り動かす。夢中になっていると、みんなのなかから子どもがひとり裸で寄ってきた。
「っっ、……ぇ?」
 子どもはシートの上で四つん這いになり、おれの糞に顔を近づけて――口をつけた。
 吐き気がした。おれでもそんなもの口にしたことない。子どもは噎せながら糞を食べていく。
「きれいに掃除してえらい!」
 みんなから声援があがる。子どもはおれよりすごい奉仕をしている。
「――っ、あっ、あんっ!」
 光景に複雑な気持ちになりながら、高まっていく甘い感覚の行き場がなくなったように感じた途端、視界がちかっとした。ほぼ同時にグエン導師は一際腰を大きく跳ねさせて、うなって動きをとめる。
 ちんこは勃ったまま先走りをとろとろ流して、射精してなかった。それでも気持ちよかった。こんなの初めてだ。
「奉仕で快楽を得れるとは成長したな、タン。えらいぞ。さ、リンさまのもとへ行きなさい」
 そう、おれだって成長してる。グエン導師をなかから抜きながら立ちあがり、頬をふくらませて糞を咀嚼している子どもを横目にリンさまの部屋へ下半身裸のまま向かった。救いがあれば糞もうまいのかな……。
「こんばんは、タン。早急に救いが必要そうですね?」
 おれの濡れて勃ったちんこを見てリンさまは言い、ベッドから立ちあがると赤く丈の短いズボンを下着ごと脱いだ。ちらりと見えた下着は白のレースがついている。
 あらわになった神のちんこにどきっとしたのも束の間、リンさまはすぐに後ろを向いてベッドに俯せに寝た。白くつややかなふたつの丘がまぶしく映る。
 上体だけあげて、ヘッドボードに置いてあるピンクのボトルを取り体をひねって自らの尻にリンさまは液体を垂らす。まぶしい丘はさらにぬめっと光った。
「私の尻の間に挟んで、好きに擦りなさい」
 ボトルを置いて、リンさまはまた俯せに寝る。おれはいてもたってもいられずベッドにあがり、リンさまの腰の下辺りを膝立ちでまたぐと尻に触れた。吸いつくような感触だった。
 開く。液体で濡れた朱色の穴をうずくちんこの先端で突っついてみる。するとかわいらしくきゅっと締まった。花の蕾みたいだ。
「んっ……絶対に入れちゃいけませんよ」
「は、いっ……」
 おじさんの穴を舐めさせられることがあるけれど、リンさまのとちがって黒ずんで汚かった。きれいな穴に先端を擦りつけているだけで、たまらない快楽に襲われる。
「っ、ああっ、あっ……!」
 そのまま聖なる丘と丘の間に挟んで、先端からくびれを擦った。もっちりとしていて、ぬるぬるとしていて――快楽の行き場をなくした瞬間、なんとなくリンさまの背中を見た。十字架と羽根。ここが行き場なんだという気がした。
「あともうちょっとがんばったら私のなかに入れさせてあげますからね……」
 尻をおれの精液で濡らしたリンさまが肩越しに赤い宝石のきらめきを向けてくる。
 
 部屋を出る。口元を糞で汚した子どもが入れかわりリンさまの部屋へ向かった。きれいになっているシートをグエン導師が巻いて片づけている。
 お気に入りのハンモックで横になる。すると、前にビルでおれをレイプした男が近寄ってきた。にこにこ笑っている。
「グエン導師がこんなものをくれたよ」
 男は片手にインクの瓶、もう片手に平筆――に、見えたけれどよく見たら先が毛じゃなくて針だった――のようなものを持っている。
「なにそれ?」
「刺青を彫る道具だよ。俺は前、彫師をしていたんだ。グエン導師がこれで子どもたちの奉仕を手伝ってくれって。タンもなにか入れたいデザインがあるか、刺青で奉仕がしたければ俺がやってやるから」
 おれは横目で水槽のなかの天使を見てから言った。
「ベタを彫りたい。刺青を入れるととくに痛いところってどこ?」
 そして翌日の夜。煙草を吸ってから天壇の居間のまんなかで横向きに寝て、邪魔にならないよう腕をあげる。男がいろいろな道具を用意しておれのそばで座り、手袋をはめる。みんながおれたちを囲む。
 男はまず細い筆にインクをつけて、おれのわき腹に絵を描きはじめた。くすぐったかったけれど動かないよう耐える。
 さらさらと描き進められ、さほど時間もかからず向きあって尾びれを広げている二匹のきれいなベタが現れた。おれをひどくレイプし、殴った手がこんなことできるんだと驚く。
「うまい」
「すばらしい!」
「いやぁ、まだこれからだから……」
 みんなから口々に褒められて男は照れくさそうにしつつ、先が針の筆に持ちかえた。インクをつけて、おれに刺す。
「っっ……!」
 わき腹をナイフで刺されたみたいだった。息が一瞬とまり、思わず体を曲げそうになってしまう。
「動かないで」
「う、んっ……」
 男が声を低くして言う。がんばらなきゃ。リンさまの救いを受けるために。
 それからみんなががんばれ、がんばれと応援してくれるなか切られるようだったり刺されるようだったりする痛みに耐える。
「いっ……!」
 肌の余分なインクをティッシュで拭かれる瞬間は、やすりで強く撫でられるような痛みに襲われた。傷を擦られるからか。
 汗を流していろいろな苦痛に悶えながら、ときたま男の様子を見てみる。男はなんだか目がぎらぎらしていた。頬を染めて、うすら笑みを浮かべている。レイプなんかより、刺青を彫ることのほうが好きなんだろうなと感じた。
「……!」
 みぞおち近くのベタの尾びれに針が刺さるとまるで骨に響くかのようだった。声も出ない。
 そのまま長い間、痛みにもてあそばれる。長すぎてみんな散り散りになり、ほかの子どもが奉仕をはじめたりした。途中煙草を吸わせてもらう。
「――よし、できた」
 という男の声が聞こえて痛みが引いても、おれはぐったりしてしまってすぐに起きれなかった。数時間、ずっと痛かった。
「タン、見てみなさい」
 ようやく身を起こし、わき腹のベタを見おろしていたおれにグエン導師が大きな鏡を手にやってきて、見せてくれた。赤らんだ肌の上であざやかな青と白のベタが向かいあっている。おれとリンさまみたいだ。そのうち肌の赤みは落ち着いて、もっときれいになるのだろう。
「リンさまのところへいく」
 刺青の完成に気がついたみんながまた集まってきて、美しいだとかきれいだとか言ってくるのにあまり応じず、立ちあがってまっすぐリンさまのもとへいった。ドアを開ける。
「今宵の奉仕は長くかかったようですね。お疲れさまです、タン」
 ベッドに脚を組んで座っているリンさまが微笑みかけてくる。そして組んだ脚をとき、ズボンを下着ごと長い脚から抜いた。
「私に入れたい? それとも入れられたい?」
「……入れたいです」
 リンさまの花の蕾を思い浮かべ、答える。リンさまはうなずいて仰向けに寝ると、脚を大きく開いた。
「いらっしゃい」
 ベッドにあがり、リンさまの脚の間に座り見おろす。まじまじと見つめると、白くてきれいな神のちんこの先端を縦にリングのピアスが貫いていることに気づいた。神も奉仕をするのかな?
「リンさまも奉仕ってするの?」
「え? ……ええ、このピアスも背の刺青も美しいでしょう? 下界のみんなが喜んでくれるようにしたのですよ。さ、ヘッドボードのローションでまず私の穴を濡らして、よく指でほぐしてください」
 ありがたいなぁ。身を乗り出してヘッドボードに置いてあるピンクのボトルを取って戻ると、中身で手を濡らす。その手でリンさまの花の蕾に触れた。
 絶対に痛い思いをさせてはいけない。指の腹でひだをくるくると撫で回したり、優しく押したりしてから穴を軽くつつく。それからきゅっと締まる穴にそっと指先をもぐり込ませた。
「んっ……もうちょっと入れてもいいですよ。ペニスの裏辺りを掻くようにして」
 人差し指の第二関節まで進めて、言われたところを掻くよう指を曲げる。指が濡れた肉に甘く締めつけられてどきんとした。はやくちんこを締めつけられたい。
「んっ、んう……中指もたして」
 ほころんだ蕾に中指も挿入して、指二本で掻くとリンさまのちんこは勃ちあがりピアスがきらっと光った。リンさまは穴をほぐされるとこうなっちゃうんだ。
「はぁっ……はぁ、いい、いいですよ……。そろそろ入れさせてあげましょう。指を抜いて」
 透明な糸を引きつつ指を抜くと、身を起こしたリンさまに肩を押される。
「いたっ……!」
 ベッドにぽふんと倒れた途端、刺青を入れたばかりのわき腹に激痛が走った。リンさまはそれに構わずおれに乗っかってくる。
「私を組み敷くのはまだ許しませんよ……」
 妖しく笑ってリンさまはおれのズボンの前を開き、下着からちんこを取り出した。部屋に入った時点で勃起していたけれど、リンさまの可憐な声やなかの感触でうずいて救いを欲しがっているちんこの先端を蕾にあてがい、リンさまは腰をおろしていく。
「いあっ……、ぁっ……リンさまのなか」
 開く花のなかへ飲み込まれていく。
「気持ちいいっ……けど、痛いっ」
「ふふ、神から与えられる痛みですよ……っ、快楽に変えなさい」
 リンさまが腰を上下させると、刺青に響く。けれど甘い締めつけに扱かれて、苦痛と快楽がぐちゃぐちゃになった。
「あっ、あぐっ、ぃ、……っ」
「ふぅっ……っ、いい、私も気持ちいいです、いいですよタン」
 揺れてピアスの光るちんこをリンさまは自ら掴み、扱きながら腰の動きを激しくする。増す痛みと快楽に頭も視界もぐらぐらするなか、白い肌を赤く染めて呼吸を乱すリンさまにどきっとした。とてもきれいだけれど、神のこんな姿見ていいのかな。
「タンの、子どものわりにおっきいのいいところに擦れてっ、んっ、いい……。おっきくてえらいですよっ……」
「いっ、っっ、いーっ……! ひっ」
 腰を上下から前後に揺らしはじめ、口をだらしなく半開きにしながらリンさまは片手で刺青を撫でてきた。やすりで削られる苦痛に襲われるが、それでもおれはリンさまのなかで萎えない。神から与えられる痛みだからだ。
「いいこ、いいこですねぇ……これは特別ですよ」
 刺青から手を離し、リンさまは背を曲げておれに薄い桃色の唇を近づけてくる。青くさいような甘ったるいようなにおいが一瞬したあと、開いた口に口を塞がれた。
「ん、っ……むっ……」
「じっくり味わいなさいねっ……」
 リンさまの舌は甘くて、頭の奥が痺れるようだった。舌をくちゅくちゅと絡めながらリンさまは腰をゆるく揺すり、まったりとした快楽に包まれる。
 しばらく雲の上でリラックスしていたが、リンさまは上体を起こして背を反らしまた激しく腰を上下させはじめた。激痛と強い快感。
「はぁっ、あっ……イキます、イキますよタン」
「んぁっ、ぁっ……、……っ!」
 舌を突き出して喘ぐリンさまの先端から放たれた聖水を浴びて、きゅうっと締められる花に扱きあげられ脈打つ。神のなかへ出した。
 
 刺青を彫られるのに時間がかかったから、リンさまの救いを受けたあとすぐ帰宅する。おかあさんは刺青を見てどうしたのかと訊いてきて、客のおじさんから彫られたと答えたらもう気にする様子は見せなかった。
 寝て起きて、違和感を覚えてズボンのポケットを探る。グエン導師がくれるトゥクトゥクに乗るためのお金がなかった。
「刺青彫られてお金はもらえなかった、だなんて言ってたけれどお金あるじゃないの」
 訊く前に答えが返ってくる。ソファーでウォッカを飲んでいるおかあさんの前に立つ。
「返して」
「タン、どんなおじさんと知りあってしまったの? お金にならないみたいだしやめなさい。それに最近、すごく麻薬のにおいがするわタン」
 お金を返してと言っているのに関係のない返事にいらいらする。
「そんな変な客にうつつを抜かしていないで、ちゃんと稼いできて。親は神なのよ」
「――おれの神はリンさまだ!」
 気がついたら突き出した拳がおかあさんのしわしわの顔にめり込んでいた。
「ぎゃっ……!?」
 ウォッカのボトルが床に落ちて割れる音がした。とまらず殴りつづける。
 ぐしゃっと濡れた嫌な感触がしてきて、疲れてきて、ようやくやめる。明かりはランタンのみの薄暗いなか、おかあさんの顔はなにがなんだかわからなくなっていた。殴っていた手がひりひり、ぬるぬるする。
 とりあえずおかあさんの汚い服を探ってお金を見つけて、ズボンのポケットにしまう。そのまま天壇へ向かおうかとも思ったけれど、ソファーの前の床に膝を抱えて座った。
 第二の神を敬うことは真の神を敬うことにつながるというグエン導師の言葉を思い出す。後悔した。おかあさんが起きるまで待とう。
 窓を覆っている蔦の間から光が差す。お腹がすいて、机につまれている小魚の缶詰を食べる。眠くなって絨毯に横になる。家のなかは蒸暑くてなにもない。快適で、ハンモックもベタもテレビもある天壇が恋しい。煙草も吸いたい。
 起きると、なんだか生塵くさかった。ぼうっと過ごし、また薄明るくなってくると黒ずんだおかあさんに小蠅(こばえ)がたかっていることに気づく。寝る。
 くさすぎて起きた。我慢して過ごし、朝になって見えたおかあさんはもともと汚いソファーになにかのしみを広げていた。
 くさい。くさい。くさい。また朝になる。おかあさんのぐちゃぐちゃの顔面が白くてうにょうにょした虫に覆われていた。
 もう限界だ。一応神であるはずなのになんでこんな姿になるんだ。座り込んでいた床から立ちあがり、部屋を出る。
 階段をおりて、ビルからまぶしく映る外へ出た。そのまま市場へ向かう。天壇へいく前に欲しいものがあった。
 ちょうど朝市が賑わっている時間帯だったみたいで人でごった返すなか、魚や肉や衣服や雑貨の店の前を通り、ある店の前で立ちどまる。鞘で包まれた刃が獣の爪のように曲がった小さなナイフが売られている。
 店主の老人は眠たそうにうつむいている。辺りを見回してから、さっとナイフを掴んで走って市場を抜けた。
 道路でトゥクトゥクをつかまえ、乗る。揺られながら荒い呼吸を落ち着かせた。
 ――これでおれの神はリンさまだけだ。リンさまに心臓を捧げたい。神の国へいきたい。
 ひっそりとした道について、運転手にお金を払いトゥクトゥクをおりる。狭い路地を天壇目指してふらふらと歩いた。
 ランタンの明かりが消えていると普通の家に見える天壇のドアを開ける。誰もいなかった。居間を突っ切り、リンさまの部屋のドアに触れた瞬間声が聞こえた。
「――おとうさん、タンも神に仕立てようだなんて考えなおしてください。神は俺ひとりで十分でしょう。あのバカガキも心臓売っちゃえばいい」
 鈴が鳴るようなリンさまの声。ドアから少し離れる。
 ややあってドアが開き、グエン導師が出てきた。おれを見て目をまるくする。
「タン、こんな時間にめずらしいな。しばらく見なかったから心配だったよ」
 ――リンさま、グエン導師のことをおとうさんって呼んでた? どういうことだ?
「……煙草、吸いたい」
「ああ、あげよう」
 いろいろ訊きたいことや、第二の神がいなくなったことや心臓を捧げる奉仕がしたいことや言いたいことがたくさんあったはずなのに口を開いたら自然とそんな言葉が出てきた。
 グエン導師と一緒にソファーに座り、差し出された煙草をくわえ火を点けてもらう。青くさいような甘ったるいようなにおいを思いっきり吸い込む。
 頭がふわふわして、胸がばくばくしはじめた。
 おとうさんってなに? おとうさんってなに? おとうさんってなに? なんで真の神に親が、第二の神がいるんだ?
「……タン? 大丈夫かい?」
 冷たい汗がたらたらと流れ、唇が震えて煙草がぽとりと落ちる。
「神に、第二の神がいるのおかしいよ……!」
「え? いかん、バッドトリップか……っ、やめ、うぎゃあっ!」
 ズボンのポケットに入れていたナイフを取り出し、鞘を抜いてグエン導師の首に突き刺した。
 グエン導師はナイフのはえた首を押さえ、ソファーから転げ落ちる。床で魚みたいに跳ねた。
「おとう……グエン、どうしました!? え……」
 部屋から出てきたリンさまが目を見開き、口をぽかんと開く。おれはソファーから立ちあがり、リンさまに近寄って白く細い手首を掴んだ。
「リンさま、おれ第二の神いなくなった……。リンさま、真の神でおかあさんなんでしょう? おれのになって」
 リンさまを引っぱって、ぐにゃぐにゃと歪んできた天壇から逃げる。ベタたちのつぶらな黒い目に見送られながら。
 
 ぐにゃぐにゃと歪む道をどう進んできたのかわからない。ぐにゃぐにゃがようやく落ち着いてきて、立ちどまる。周囲にはベニヤ板の家が建っていた。
 リンさまへ振り返る。リンさまはぼうっとした様子で繰り返し言う。
「おとうさん、死んだ……神が死んだ……神が、死んだ……」
「っ、神はリンさまでしょう! しっかりして」
 家と家の間にリンさまを引っぱり、一旦休まなければと思い一緒に横になる。硬い地面の上だけれど疲れていて、すぐにうつらうつらとしてきた。起きたらリンさまいなかったらどうしようかと思いつつ、あらがえない。
 おしっこくさくて起きた。薄暗くなっているなか、リンさまが抱きついてくる。
「リンさま、おしっこ漏らしてる……離れて」
「……うー」
 胸元に顔を擦りつけてくるリンさまを手で押す。くさくて、嬉しくなかった。
 それから立ちあがってその辺の塵を漁り、見つけたぼろぼろの布をリンさまにかぶせる。真っ白な髪に真っ白な肌は目立ちすぎる。
 リンさまの手を引いてあてもなく歩く。疲れたら適当なところで寝て、朝になったり夜になったりした。その間、リンさまは大小便を漏らすからズボンと下着を脱がせて捨てさせた。
 そろそろ喉の渇きと空腹が限界だ。夜道にいたおじさんにおれを買ってくれないか頼む。おじさんはおれをぼろぼろの建物と建物の間に連れ込み、ひどく犯した。
 穴に強引にちんこを突っ込まれ、苦痛におれが悲鳴をあげている間、リンさまはしゃがんで木の棒で地面を掻いて遊んでいた。射精するとおじさんはわずかなお金をおれに渡し、去っていく。もう誰も応援してくれないし褒めてくれない。
「リンさま、おれ奉仕したよ……」
 リンさまの肩を掴み、地面に倒す。
「うっ……!?」
 手から離れた木の棒を拾おうとするリンさまの腰を掴み、引っくり返して四つん這いにさせた。細いリンさまを組み敷くのは簡単だった。
 布をまくる。暗いなか白い丘はきれいだったけれど、丘を開くと現れるもう花の蕾ではない糞を漏らすただの穴にちんこを突き立てた。
「うっ、うー……っ!」
「救って、救ってよ……!」
 腰を打ちつけ、ひたすらなかでちんこを擦る。リンさまは地面を引っ掻く。
 そのうちちんこが脈打ち、なかで出した。気持ちよくはあったけれど、おしっこするのとあまり変わらない。いらついて、リンさまの尻を叩いた。
 リンさまのなかから抜いて精液を掻き出し着衣を整え、リンさまの手を引っぱり立たせて建物の間から出た。また歩く。
 小さな屋台を見つけてはや歩きで近寄る。かき氷の屋台だった。一杯注文して、おばさんが濁った氷をプラスチックのコップに削り、カラフルなシロップとコンデンスミルクをかけて差し出してくれる。
 受け取って、道端に座りまずリンさまの口にかき氷をスプーンで運んでやる。目をぎゅっと閉じて飲み込んで、口の端から赤いシロップを垂らす。赤ちゃんみたいだ。シロップを指で拭い、おれもかき氷を口にする。
 渇きがすっと癒えていく。煙草が吸いたい欲求も癒えたらな。リンさまとかき氷を交互に食べ、コップをからにする。
 リンさまがおれの肩に頭を預けてきた。
「ぼくのかみはどこ?」
「神はリンさまでしょう……」
 そのまま空が白むまでじっとしていた。リンさまの顔を見やる。近くで落ち着いて見ると、なにもかも真っ白だからごまかされていたが顔立ちはそこそこ整っている程度で、レスミーのほうがきれいだったかもしれない。
 リンさまの肩を抱き、横になる。リンさまはおれに抱きついてきて、赤ちゃんのように甘えてくる。起きたら神なのかなんなのかもうわからないこの子どもを連れて、また迷い歩かなきゃ。
 どこかに行き着けるだろうか。おれたちは迷い子だ。

2024年10月25日公開

© 2024 山本ハイジ

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