きれいだった白い肌が黒ずんだ。
赤い宝石みたいだった目がうにょうにょした虫に覆われた。
鼻や口から液体が流れ出ている。
おれがいつも立っていた路地裏も生塵(なまごみ)が腐ったようなにおいがしていたけれど、それを何万倍にもしたにおいがして吐きそうになる。
「なんだ……神なんていなかったんだな」
おれは不思議とすっきりした気持ちになって、微笑んだ。
◇◆◇◆◇
生ぬるく、湿っていてまとわりつくような夜風が生塵のにおいを運んでくる。
赤いランタンが軒に吊り下げられた路地裏でおれは立っていた。おれだけじゃない。ほかにも子どもたちがぽつぽつと立っている。
そこにおじさんが何人も通りかかり、子どもの手を引いていく。
おれの前でおじさんのひとりが立ちどまり、おれをじっと見つめてきた。ランタンの光に照らされても暗い目だった。
おじさんはなにも言わないまま、お札を何枚か取り出しておれの半ズボンのポケットに突っ込むとおれの手を掴んだ。
そのまま近くの宿へ引っぱられる。
あまりひどいことする客じゃなければいいな、とおれは願った。
カウンターで煙草を吸っていた宿主のおばあちゃんにおじさんは空き部屋があるか訊く。おばあちゃんは煙草をくわえたまま近くのドアを顎でしゃくった。そのとき示された部屋の隣の部屋から子どもの悲鳴が響いた。
おじさんがおばあちゃんにお金を払い、ベッドしかない部屋に通る。おれは仕事をするとき、ベッドで寝れるのが楽しみだった。
しかしおじさんはすぐにおれをつれて浴室に入り、蛇口をひねって湯を狭い浴槽にためはじめる。まず風呂に入る客か、めずらしいな。すぐにベッドに押し倒してくる客ばっかだからな。風呂も気持ちいいから好きだ……と思いながらおれはおじさんの後ろでぼうっとしていた。
湯がたまるとおじさんは振り返り、おれの頭を掴んで浴槽へ突っ込ませた。
「がふっ……!」
湯だと思っていたら冷水だった。水が思いっきり鼻と口に流れ込んでくる。苦しくて痛くて暴れようとしたけれど、おれを押さえつけるおじさんの力は強くてびくともしなかった。
このまま死んじゃうのかな。
ぼーっとして、浴槽の底が見えなくなってきたところで引きあげられる。
「げっ……! ぇ、ごほっ! ぉ」
ようやく吸えた空気に噎せ返っているうちにおじさんはおれをタイルに転がし、濡れたブラウスと半ズボンを下着ごと剥ぎ取った。
おじさんの指が穴に触れるとおれはやりやすいように脚を開く。おじさんはズボンのポケットから油の入った小瓶を取り出し、中身を穴に塗りつけて指でちょっとだけ穴をほぐす。
おじさんはすぐにズボンと下着を脱いで、おれのなかへ入ってきた。
「ぁあっ、いたっ……!」
太いちんこが穴をめりめりと無理やり押し広げていくのがわかる。まだ全然ほぐしが足りていなかった。
おじさんは構わずちんこをすべて入れてしまうと、はぁはぁと息を乱しながら腰を打ちつけはじめる。
「ぐっ、ぁっ……」
ひたすら痛みに耐えながら揺らされる。途中、おじさんはおれの首に手をかけてきた。
「ぇっ……」
力が込められる。視界がかすみ、頭がぼーっとしてくる。口が開きよだれが垂れてくる。
「はぁはぁはぁはぁあはぁ」
息の乱れを強めつつおじさんはおれのよだれを舐め取り、そのまま口づけてきた。ぐちゅぐちゅと口内を掻き回され、舌を吸われる。
「……」
またなにも見えなくなってきた。遠くなっていく意識のなか、自分がおしっこを漏らしていることはわかった。
死んじゃうのかなとまた思ったところで手と口を離される。
「げほっ……! ごほっ、ごほ」
おじさんはおれのおしっこなんて気にせず、噎せるおれを揺らすスピードをはやめた。そのうちなかで射精される感覚を覚える。
うなり声をあげておじさんは再びおれの首に手をかけた。
気がつくとおじさんは消えていた。
おれは身を起こし、慌てて半ズボンのポケットを確認した。やや濡れてしまったお札が入っていてほっとする。
あのおじさんはいい人だ。殴ったりしてお金を取り返してくる客も多いから。
体を流して拭いて、濡れた服をしぼって着る。浴室を出て、どれくらい時間がたったのかわからないからベッドで寝るのはあきらめて宿から外へ出るともう明るくなりつつあった。
相変わらず生あたたかい風が吹いていて、服が濡れているのも相まって気持ちが悪い。はやく帰ろうと脚の間が痛むのを我慢して歩く。
路地裏を抜けて、まばらな数のバイクが行き交っている道路を渡る。屋台が並ぶ通りに入る。まだほとんどの屋台は閉まっていたが、一軒朝食を提供している屋台は開いていた。
つい見つめてしまい、大きな鍋のなかの粥を掻き回していたおばさんが睨むような視線を返してくる。ポケットのなかのお札をぎゅっと握り、おれは歩みをはやめた。はやく帰らなきゃ。
屋台通りを過ぎてしばらくいくと蔦(つた)に覆われたビルが見えてくる。前住んでいたところを警察からこの辺一帯クリーン化するからと追い出されて、おかあさんと路上で寝起きしつつ放浪したすえ見つけた、最近住みはじめた家だ。
ビルに入り、さびた階段をのぼる。階段にまで張っている蔦を踏みながら三階までのぼり、住んでる部屋のドアを強くノックした。
「おかあさん、おれだよ。タンだよ。開けて」
おかあさん、まだ起きてるかな。寝ていたらドアの前で延々と待たなきゃいけなくなる。一回そういうことがあった。
ややあって無事ドアが開く。
「おかえり、タン。どうしたの? びしょびしょじゃない。大丈夫?」
「うん」
白髪のまじったばさばさした頭を掻き、頭垢(ふけ)を落としながらおかあさんがおれを部屋に入れ、ドアに鍵をかける。前の家はベニヤ板でできていて、ところどころひびはあるがそれに比べたらしっかりしたコンクリートでできた部屋。
おれはポケットからお札を取り出しておかあさんに差し出した。
「これだけ?」
「うん」
受け取ったお札を見つめ、それから小さくて細くてしわしわのおかあさんはおれを隈(くま)の目立つ目で見あげる。
「お疲れさま。ご飯あげるわ」
おかあさんは机につんだ缶詰をひとつおれに渡して、綿の飛び出たソファーで寝た。おれは濡れた服を脱いで机にかけてから、しみだらけの絨毯に座って缶詰を開ける。机やソファーは元々あったものだが絨毯は拾ってきたものだ。
缶詰のなかの油に漬けられた小魚をつまんですべて食べ、絨毯に横になる。
親は神なのよ、とおかあさんは言った。
よくわからないけれど神はとても尊いものらしい。
だからおれはおれの神のために働くらしい。
目を覚まして身を起こす。机に置いたランタンの明かりのみの薄暗いなか、おかあさんはソファーに座ってウォッカのボトルに口をつけていた。
おれはそろそろ仕事へいこうと服を着た。まだ湿気っていた。
「いってらっしゃい。気をつけてね」
「うん」
小さく手を振ってくるおかあさんに手を振り返し、ドアの鍵を開けて外へ出る。
真っ暗な階段を転ばないように気をつけながらおりる。ふとおれ以外の足音がして、ほかの住人が横を通り過ぎていった。
ビルを出て暗い道を進み、煌々としてたくさんの人で賑わいいろんな料理のにおいが漂う屋台通りを過ぎ、おびただしい数のバイクの間を縫うようにして道路を渡って路地裏へ入った。
軒に吊り下げられたランタンの下で立つ。しばらくしていかついおじさんが立ちどまり、おれのポケットにお金を突っ込んで手を掴んできた。宿へ引っぱられる。
煙草を吸っている宿主とおじさんがやり取りをし、部屋へ通される。煙草、久々に吸いたいな。おかあさん買ってくれるかな。
帰ったらねだってみようと考えていたら、おじさんがベッドの縁に脚を開いて座った。
「俺の前で四つん這いになれ」
「はい」
言われた通りの姿勢になると、おじさんがズボンの前を開きちんこを取り出した。
「しゃぶれ」
「はい」
口づけようと顔を近づけた途端、腐ったイカのような悪臭がした。躊躇してしまうとおじさんが自らのズボンのベルトを抜く。
空を切る音がして、背中に切られるような痛みが走った。
「いっ……!」
「はやくしろ」
急いで口に含み、皮を剥いていくと口内にぽろぽろとした恥垢の感触を覚える。吐きそうになるのをこらえて鼻が白い塵の絡む陰毛に触れるまでちんこを口に埋め、それから頭を引いていくのを繰り返す。
勃起してくるとおじさんが息を荒げる音とまた空を切る音がして、肌を打つ音と同時に背中に激痛が走る。
「ふぐっ……!」
動きをとめるとまた背中を打たれる。それから何度も打たれた。痛みと衝撃を覚えるたび歯を立てないように気をつけつつ、はやく射精をさせればいいのかと思い恥垢が舌になすりつけられ唾液と一緒に飲み込んでしまうのを我慢して、舐めて口をすぼめて吸って一生懸命フェラチオをした。
おじさんが低く短いうなり声をあげる。ちんこが脈打ち、意外とそんなに味はしないけれどどろどろしたゼリーのような精液が流し込まれた。喉に絡みつくそれをそうしなければ怒られるであろうと思って、どうにか飲みくだす。
「全部飲んだか? 口開けろ」
「はい」
萎えたちんこを抜かれ、言われた通りにする。
「よし、そのままにしてろ」
おれの開いた口へ向けられたちんこの先端からおしっこが出た。
「! ……ん゛っ」
「汚さないようにちゃんと飲めよ」
ベッドを汚したら宿主から怒られる。おしっこならかけられたり飲んだりすることがあるけれど、このおじさんのは変わっていて果物のような甘いにおいがした。めったに飲めないジュースを思い出しつつ、ごくごくと生ぬるくしょっぱいような苦いような甘いような液体を飲む。
「げふっ……」
げっぷが出てしまう。口の端から垂れたおしっこがシーツにしみを作ってしまっている。完全に汚さないのは無理だ。
「よしよし、いい子だ」
それでもおじさんはおれの頭をぽんぽんと撫でて、褒めてくれた。いい人だ。
仕事をおえて夜が明けたばかりの空の下を歩いてビルに帰り、階段を一階ぶんのぼったところで気持ち悪くなり立ちどまる。背を曲げて膝に手をつき休む。
そのとき足音がして、階段をのぼってきた男がおれの横でとまった。おれの腕を強く掴み、引っぱる。
「わっ……! なにっ」
ぐいぐいと男に近くのドアまで引っぱられ、ドアを開けた男から室内へ突き飛ばされる。転げたおれに男はのしかかってくる。男は何日も風呂に入っていないみたいでくさかった。
「やめろっ……ぐっ!」
男を手で押そうとしたら、男の拳が気持ち悪かった胃の辺りにめりこんだ。
「げほっ……! ぅ、おぇぇぇ」
一気に逆流してきたものが口から吹き出す。男はどろどろと胃液と精液と尿がまざったものを吐くおれを気にせず、おれの服と下着を剥ぐ。
男は自らのズボンと下着をおろし、勃起したちんこをおれのかわいた穴にあてがってきた。おじさんはフェラチオだけで満足して、おれの穴はほぐされていなかった。
「いっ、ぃぃぃっ……」
裂かれる痛みとともに男がなかへ入ってくる。そのままおれはげろにまみれながら犯された。
幸いにもそう時間はかからずなかへ射精される。男はふぅ、と息を吐きちんこを抜いた。
「顔は綺麗だが、汚くてくせぇガキだ」
男は笑いながらそう言うと、おれを乱暴に起こしドアを開けて廊下へ放り出す。
「待って……服返して!」
半ズボンのポケットのなかにはお金が入っている。ドアをノックして叫んだが応答はない。あきらめて階段へ向かう。
悪い人だ。くさくて汚くてお金取って……あれ? こう言うとおれも悪い人みたいだな。ひりひりする穴から精液が漏れ出て内腿に伝うのを感じながら階段をのぼり、家のドアへ向かってノックをした。
「おかあさん、開けて。レイプされた」
ドアを開け、裸でげろまみれのおれを見ておかあさんは口元を手で押さえる。
「お客さんからやられたの?」
「ちがう。ここの住人から」
「稼ぎは?」
「取られた」
「そう……」
おかあさんは深くため息を吐きつつ、おれを部屋に入れると隅に置いてあるポリタンクの水で薄汚れたタオルを濡らし、差し出してくれた。
「市場に行ってくるわ。起きててね」
顔や体を念入りに拭いていると、おかあさんがあくびをし目脂(めやに)だらけの目を擦りながら声をかけてくる。
お金を取られてしまったから煙草はねだれない。残念に思いつつおれはうなずいて、おかあさんが部屋を出ていったあとドアに鍵をかけて立って待つことにした。
体調は悪いし疲れてもいるけれど、横になったら絶対に眠ってしまう。
おれという存在を産んで、生活させてくれている神のために今日の夜こそはお金を持ち帰らなきゃ。
いちばん安かったからとおかあさんが買ってきてくれた大きな黒のワイシャツを着て、下着をはき部屋を出た。ズボンはない。
できるかぎり誰ともそばを通りすがらないよう、かけ足で階段をおりてビルを出る。コンクリートでできたせっかくの住み処をかんたんに変えることはできない。
なんとなく路地裏までもはや足で向かって、ランタンの下で立つ。行き交うおじさんたちを見つめた。
そのときひらひら、ひらひらときれいな服――男の人が着る用のアオザイだ、の裾をひらめかせながら歩いている変わったおじさんを見つけた。
そのおじさんを思わずとくに見つめていると、おじさんと目があう。おじさんは眼鏡をかけていて、目元に入った深いしわもかっこよく映るような整った顔立ちをしていた。
おじさんが立ちどまり、おれに近寄ってくる。木でできた大きな十字架のネックレスをしていて、黒の詰襟のアオザイと似合って神父さんみたいに見える。生あたたかい空気のなか長袖を着ているというのに、おじさんは汗のひとつもかいていなかった。
「君は?」
「ここで売春してる」
「じゃなくて、名前だよ」
名前なんか訊いてくるおじさんは初めてだ。
「タン」
「私はグエン。君を買おう」
おじさん――グエンさんがズボンのポケットから革の財布を取り出して、おれにたくさんのお札を渡してくる。
「どうしたんだい?」
「え、こんなにたくさん……。ありがとう」
驚いてすぐに受け取れなかった。厚みのあるお札を掴み、曲げてワイシャツの胸ポケットに入れる。
グエンさんが優しくおれの手を握り、宿までつれていく。宿主もグエンさんをものめずらしげに凝視していた。
どんなプレイをさせられるんだろうと思いながら通された部屋に入り、ベッドに腰かけたグエンさんを見た。
「硬いベッドだな……。タン、私の膝の上に座りなさい」
グエンさんが自分の膝を軽く叩く。おれは言われた通りにグエンさんに背中を向けて膝に座った。そっと抱きしめられる。すると青くさいような甘ったるいようなにおいがした。
前住んでいたところや道ばたとか、客からよく嗅いだことのあるにおいだ。特別に見えるグエンさんのにおいはほかと変わらないんだな。
そんな発見は太腿を撫であげられワイシャツの裾をまくられ、下着からちんこを取り出されて優しく手で包まれるとどうでもよくなった。
「んっ……」
そのまま血管の目立つ手が上下する。強く握られたり引っぱられたり、乱暴に擦られたりしてばかりだからか変な感じがした。
「すまないね、こんな年寄りの手で。なにかエッチな想像でもしてなさい」
「えっちな想像……?」
なにがえっちなのかがわからなくて頭になにも浮かばない。そんな想像しなくても変な感じは強まっていってちんこはふくらみ、先端が濡れて光った。
「グエンさんの手、好きだよ」
「はは、上手だねぇ。ありがとう」
なにが上手なんだろう? グエンさんがおれの耳を舐めてきて、くちゅくちゅと音がして背筋が震える。
「っ……変な感じがするっ」
「変な感じ? 普段ひとりでしたりしないのかい?」
「ひとりで……?」
「こんなふうに自分でちんちん擦ることだよ」
グエンさんのもう片手の手のひらで濡れた先端を撫で回される。強い刺激を覚えた。
「っっ……それなら、たまに。この変な感じがしたくて」
「それは気持ちいいということだ。とても幸せな感覚で、人生を豊かにするものだよ」
「あっ……!」
風呂に入ったりベッドで寝たりするのとはちがう気がするけれど気持ちいい――その感覚が限界までくるとどくんとちんこが脈打って、そのあと脱力感に襲われた。
グエンさんが手のひらで受けとめたものを自分の顔に近づける。
「濃いねぇ……」
このあとまだレイプでひりひりしている穴を犯されるのだろうと思っていたら、グエンさんは手のひらをやや見つめてから言った。
「よし、風呂に入ってから屋台通りにいって食事にしよう」
風呂あがりだと生あたたかい夜風も気持ちよく感じた。きらめく屋台の一軒にグエンさんと手をつないで向かう。
フォーを注文して、屋台のおじさんがスープと麺を注いだボウルをグエンさんと受け取りそばのテーブルにつく。
おかあさんがごくたまに食べさせてくれる屋台の食べものだ。牛肉ののったフォーを夢中ですする。おいしい。
「うまいかい?」
「うん。ありがとう、お金くれてこんなごちそうも食べさせてくれて」
つるっとした麺を飲み込んでからうなずく。グエンさんはとてもいい人だ。
「屋台の飯がごちそうなのか。普段なに食べているんだい?」
「缶詰とかスナック菓子とか」
「タン、神に会わせてあげようか?」
グエンさんが唐突に言う。フォーを食べる手を一旦とめた。
「神なら会ってるよ」
「ほう、それは誰だい?」
「おかあさん」
「親が神か。それも敬虔でいいがね……親は神の代理人だよ」
「だいりにん?」
「我々人類の真の親は神だ。神から授かった子を神のかわりに育て、教え導くのが親。だから第二の神とも言える。そんな親を敬うことは真の神を敬うことにつながるから、えらいぞタン」
「そうなの?」
おれの本当の親は、神は真の神……?
「ああ、そうだ。敬虔深いタンに神による救いと幸せをぜひ与えてやりたい。君にはそれが必要だ」
救い……? 幸せ……? よくわからないけれど。
「おれ、神に会いたい」
フォーのスープを飲みきる。ちんこを扱かれただけだからまだまだ時間はある。
「よし、さっそく行こうか。その前にデザートもどうだい?」
「デザート……! ありがとう、グエンさん」
「これから私のことはグエン導師と呼ぶように」
「うん、グエン導師」
甘いものだなんて数年間食べていない。フォーのボウルを片づけて、グエン導師とデザートの屋台へ向かった。導師ってなんなのかわからなかったけれど訊くのを忘れる。
ココナッツミルクをかけたかき氷を食べると頭がきーんじゃなくてふわっとした。グエン導師が「久々の糖分に脳が幸せになっているのだろう」と言った。
そのあとバイクの行き交う道路へ向かって、トゥクトゥクをつかまえてグエン導師と乗る。乗り物に乗ることもめったにない。ぎらぎらしたいろんな色のネオンが流れていくのを眺める。
やがてネオンは途切れ、ひっそりとした道でトゥクトゥクをおりた。グエン導師に手を引かれて建物の入り組んだ路地を少し歩く。
軒に赤いランタンを吊り下げたピンク色の家の前でグエン導師は立ちどまった。ドアを開けてなかへ入っていくグエン導師についていくと、青くさいような甘ったるいようなにおいが濃く感じられた。
広い居間には隅のほうにソファーやハンモックが置かれていて、子どもやおじさんがくつろいでいる。子どものひとりがハンモックから身を起こし、声をかけてきた。
「おかえりなさい、グエン導師」
「ああ、ただいま。天壇(てんだん)にまた迷い子をつれてきた。タン、挨拶しなさい。……タン?」
おれはそれよりも壁一面の棚に並べられた小さな水槽のなかの白い魚に気を取られていた。
ひらひら、ひらひらと光沢のあるきれいな布のような尾びれをひるがえして泳いでいる。
「ベタが気になるかね?」
「ベタ? ベタって用水路とかにいる小さなナマズみたいな魚だよね? こんなのじゃないよ」
「この子たちはそんな野生のベタを品種改良したものだよ」
品種改良ってなんだろう? 訊く前に子どもが口をはさんできた。
「天使みたいできれいだよね。現人神のリンさまに似てる」
「そうだ、タン。神に会う前にこれを吸ってリラックスしなさい」
グエン導師がポケットから小箱を取り出し、なかから煙草を一本抜いて渡してくる。
「煙草、ちょうど吸いたかった。グエン導師はおれがほしいものくれる」
「神はもっとくださるよ」
受け取ってくわえるとグエン導師がマッチも取り出して火を点けてくれる。吸い込んだ途端、青くさいような甘ったるいようなにおいが口のなかいっぱいに広がった。
至るところでしたにおいの正体はこれか。あまりおいしい煙草じゃない。でもココナッツミルクを口にしたときみたいに頭がふわふわとした。
「よし、神を呼んでこよう」
吸いおわると、グエン導師が奥にあるドアの向こうへ消えていく。
「いいなあ、はじめは奉仕や供物なしで神に会わせていただけるんだよ」
おれより背の低い子どもがきらきらした目で見あげてくる。こんな目をした子どもは見たことがない。おじさんたちと同じく、ランタンの光の下にいても暗い目をしていた。
ややあってドアが開きまずグエン導師が出てきて、それから――神が現れた。
子どもなのに髪が白かった。でも白いベタの尾びれみたいな髪をしていて、老人のばさばさした黄ばんだ白髪とは全然ちがう。
肌も白い。内側から白く発光しているみたいにみえる。なにもかも真っ白ななか、目は赤い宝石のようにきらめいていた。こんなにきれいな人間がいるわけがない。神さまだ。
神はみんなに姿をよく見せようとしているかのように、部屋のまんなかでゆっくりと回ってみせた。
花の刺繍がされた袖のない赤いブラウスとおそろいの丈の短いズボンを神は着ていて、ブラウスの背中は大きく開いている。
神の両肩には羽根と、背筋には十字架の刺青があった。
「リンさま、この迷い子タンに救いと幸せをお与えください」
グエン導師がおれを指し示し、はっとした。まわりの子どもやおじさんもはっとしおれを見つめてくる。
リンさまと呼ばれた神がおれにそっと近づいてきて言った。鈴が鳴ったみたいな声だった。
「ついてきなさい」
おれはうなずいて、奥のドアへ向かうリンさまについていった。
この部屋も壁一面に並べられた水槽のなかで白いベタが泳いでいる。
部屋のほとんどのスペースを占めている大きな赤いベッドにリンさまは腰かけた。
「隣に座りなさい」
言われた通り隣に腰をおろすと尻が柔らかく沈む。ベッドってこんなに柔らかかったっけ? リンさまがおれの太腿を撫でてきたけれど、おれはベッドに感動して思わず呟く。
「やわらかい……」
「寝てもいいですよ」
言葉に甘えて倒れてみる。まるで雲の上だ。
腿を撫でられる感触に視線を天井からそこに移す。リンさまが腿を撫でる手でそのままおれのワイシャツをまくり、下着からちんこを取り出した。
リンさまが身を乗り出し、なにかを手にすぐ戻ってくる。ヘッドボードにでも置いていたのであろうピンク色のボトル。なかの液体をとろりとリンさまは片手に垂らし、おれのちんこを握ってきた。
「んっ……」
ぬるぬると液体を擦りつけられると、じわじわちんこが熱くなってくる。リンさまのきれいな手のなかでふくらみ、硬くなっていく。十分液体で濡れたちんこを擦る手をリンさまはとめない。
雲の上で、水槽のなかの天使たちから見られながら神にちんこを扱かれる。変な感じ――気持ちいいという感覚が強い。これが幸せ?
「おれ、今救われているの?」
「ええ、神の手で救われているのですよ」
「リンさまが本当の神で、おれの本当のおかあさん?」
「え? ……ええ、そうですよ」
グエン導師から言われたことを思い出し訊くとリンさまが一瞬手の動きをとめた。再開され、リンさまがときたま親指と人差し指でわっかを作り先端のくびれに引っかけてくるたび強い刺激を覚え、気持ちのよさが限界になる。
「んっ……!」
脈打って吐き出した精液をリンさまが片手のひらで受けとめてくれた。その手をおれの顔に近づけて、指の間で糸を引く白濁したものを見せてくる。
「これが本当の快楽です。親に仕え、客に身を捧げてきたタンが得るべきものです」
グエン導師からされたものとも、たまにひとりでしたときとも全然ちがう。快楽をくれて、救って、幸せにしてくれる――とても尊い神さまだ。
「これ以上の救いを求めるのならばグエンを通して奉仕をするのですよ」
「もっとくれるの? おれ、奉仕? する……」
もっと救われたい、幸せになりたい。おれはうなずいた。
部屋を出ると、おじさんがぶ厚いお札をグエン導師に渡しているところが目に入った。おれと入れかわりおじさんがリンさまのいる部屋へ入っていく。
「タン! 一緒にアニメ観よう」
「アニメ?」
ソファーに座っている子どもから声をかけられ、隣に座る。ソファーも柔らかかった。前には市場や屋台や町角に置いてあるぼろぼろのテレビとはちがう、きれいで薄いテレビが置いてある。
「天壇にいれば快適にテレビが観られるよ」
蒸暑い外で大勢の人々が群がるテレビをじっくりと観たことはない。いろいろな色が映り音がして、町の壁の落書きで見たことのあるキャラクターがまるで生きているかのように愉快な動きをする。
楽しい。画面のなかに吸い込まれるような感じだったけれど、母親のキャラクターが息子のキャラクターを叱るシーンではっとする。神の代理人、第二の神にお金を渡さなきゃ。
「おれそろそろ帰らなきゃ」
ソファーから立ちあがるとグエン導師が言った。
「トゥクトゥクを一緒につかまえにいってあげよう」
ひとりじゃ不安のあることだった。グエン導師と天壇を出ようとすると一緒にアニメを観ていた子どもが手を振ってくる。
「またね」
手を振り返す。そう、またこなきゃ。
天壇を出て、ひっそりとした道へ向かい少し待って通ったトゥクトゥクをグエン導師がつかまえてくれる。運転手にお金も渡し、目的地も伝えてくれた。
「またあの通りで君を探そう。それか来れそうなら天壇においで。好きなときに来て、好きなだけいてよいからね」
トゥクトゥクが走り出す直前、グエン導師が微笑んで言う。白みはじめた景色が流れ、途中もうネオンは消えていたけれど不思議ときらきらして見えた。
バイクがまばらに行き交う道路でトゥクトゥクをおりて、ビルへ向かう今は閑散とした道もなんだかきれいに見える。薄明るい空の下だからかな? 何度もこの時間に通っているのだけれど。
そんなことを考えながらビルに入り部屋へ向かい、ドアをノックする。おかあさんが目脂を擦りながら出てきた。おかあさんが真の神にくらべてきれいじゃないのは第二の神だからか。
「どうしたの? タン。目が変よ」
「え?」
「ひどいことされた?」
「ううん、幸せだったよ」
ワイシャツの胸ポケットから厚いお札を取り出して渡すと、おかあさんは汚い目をまるくした。お札の枚数を枯れ枝のような指で数え、それからにちゃっと笑う。
「いいこね」
おかあさんが頭を撫でてくれる。リンさまの手で頭を撫でられている想像が浮かぶ。
寝て起きてからおかあさんに市場へつれていかれた。おかあさんはおれにチョコレートを買ってくれて、屋台通りで食事にも誘ってくれたけれどはやく路地裏に立ちたくて断る。
「たくさん稼いできてくれたからいいのに。おかあさんのために、ありがとうね」
そう、真の神を敬うことはきっとおかあさんのためにもなるはずだ。おかあさんは真の神の代理人で、第二の神なんだから。
大量に買ったウォッカを家へ運ぶのを手伝ってから路地裏へ向かって走った。チョコレートの甘さで頭がふわふわしていた。
路地裏のランタンの下で立つ。行き交うおじさんに掴まれたくなくて、目をあわせないよううつむいた。
そんなにせず、アオザイのひらひらした裾が視界に入り顔をあげる。
「こんばんは、タン。天壇へ行こう」
グエン導師が優しくおれの手を掴み、引いた。
「さっそく?」
「今夜は君を買いにきたわけではないし、この辺の宿のベッドは硬いからね。来たくなければいいが」
「ううん、行く! リンさまに会いたい」
「リンさまから救いと幸せを与えられたければ、供物か奉仕を捧げるのだよ」
「供物ってなに?」
「金銭になる」
「おれ今お金ないよ。第二の神に全部渡したから」
「なら奉仕だ」
「奉仕ってなにするの?」
「行けばわかる」
そんなやりとりをしながら道路でトゥクトゥクに乗って、おりて建物の入り組んだ狭い路地を少し歩き、天壇に入る。
「こんばんは、タン」
「こんばんは」
ソファーにいる子どもが挨拶してきたから返す。おかあさんとおじさん以外で話したりすることなんてなかったからなんだか嬉しい。
「さぁ、タンこれを吸って」
グエン導師が渡してきたあまりおいしくないけれどふわふわする煙草を吸う。それからグエン導師が言った。
「さぁ、奉仕だ。部屋のまんなかへ行き、ワイシャツを脱いで、私に背中を向けて四つん這いになりなさい」
言われた通り部屋の開けたまんなかでワイシャツを脱いで下着だけになると、背後に立ったグエン導師に尻を向けて四つん這いになる。まわりの子どもとおじさんたちの視線が注がれるのがわかる。ちょっと恥ずかしい。
ややあって空気を切る音がして、すさまじい衝撃を尻に覚えた。
「いっ……!?」
「奉仕を耐え抜くのだ、タン。そうすれば神から救いと幸せが与えられる」
おじさんから手のひらやベルトで叩かれるのとわけがちがう。また空気が切られ、一瞬の恐怖のあとすごい音と同時に激痛という言葉じゃ軽すぎるような痛みに襲われる。
「いああっ!」
おれの尻、ずたずたに引き裂かれているんじゃないか? これが奉仕? 耐えられるのかな……。
「がんばれ、がんばれ」
「乗り越えれば救いが待っているぞ」
子どもたちとおじさんたちが声をかけてくる。救い……幸せ……それを考えると頭のふわふわが強くなってきた。
壁に並ぶ水槽のなかの白いベタをなんとなく見つめる。リンさまに似ている。
「うああっ!」
そうしていたら打たれた。悲鳴をあげたあと、ひらひらと羽根のように舞う尾びれを見ながら歯を食いしばる。がんばる。
「よし、最後の一発だ。奉仕に耐えるタンは美しい……」
「っっ……!」
グエン導師のややうわずった声が聞こえ、最後の一発を受けると四つん這いを維持できず崩れた。
「よくがんばった!」
「えらい!」
子どもたちとおじさんたちの拍手が響く。
「さぁ、神の待つ奥の部屋へ行きなさい」
グエン導師から促され、リンさまのもとへすぐいきたかったが尻が痛すぎてなかなか立ちあがれなかった。グエン導師が伸ばしてきた片手を掴み、どうにか立ちあがる。グエン導師はもう片手に編まれてロープのようになっている革が何本も垂れさがった把手(はしゅ)を握っていた。
ふらふらと救いと幸せを求め奥のドアへ向かい、開ける。神がベッドにすらりとした脚を組んで座っていた。
「よく奉仕してくれました。そこに座りなさい」
リンさまが自らの足もとの床を指差す。尻が痛むのを我慢して座った。
「ふふ、もう勃っていますね。よほど救いが欲しかったとみえます」
爪先でおれのちんこを下着越しに形をなぞるようにリンさまが撫でてくる。もどかしくて震える。そう、おれの下着の前は張っていた。
「痛いと普通萎えるのに……」
「救いがあればつらい奉仕も快楽に変わりえます。さ、下着を脱ぎなさい。今宵は足で救ってあげましょう」
急いで下着を脱ぐ。跳ねるように現れたちんこにリンさまが手にしていたピンク色のボトルを傾けて、なかの液体をとろりと垂らす。くちゅり、と濡れた先端にリンさまは爪先で触れてくる。
「んぁっ」
薄い桃色に塗った爪先をリンさまは器用に動かし、筋や尿道を擦ってきた。強い気持ちよさに声が出る。
「ぁっ……ぁっ……」
そのまま親指と人差し指を開いて先端のくびれをはさみ、リンさまは足を小刻みに動かす。くちゅくちゅと手でされるより刺激的に扱かれ、あっという間に限界に達してしまった。
「うあっ……!」
小さくて白くてきれいな足がおれの精液で汚れる。頭がふわふわというより、ぐらぐらしてきた。幸せ――
「いぎっ……」
部屋から出ると子どもの悲鳴が聞こえた。子どもにまたがっているグエン導師の後ろ姿が見えて、様子を覗きにいってみる。まわりの人たちも囲んで見おろしていた。
「よし、貫通したぞ」
おれと一緒にアニメを観た子どもが裸で乳首に針を刺されていた。グエン導師が針を押し進め、抜けそうになる直前で針のお尻にピアスをあてがい、そのまま通す。
「もう片方だ、がんばれ」
ボールをはめてピアスを装着させると、グエン導師はもう片方の乳首に針を当てた。
「ぎっ……」
ぶすりと突き刺していく。子どもは唇を噛み、くぐもった声を漏らす。針が貫通され、同じようにピアスが装着された。
グエン導師がさがり、子どもの脚の間に座る。おわりかと思ったらグエン導師は子どものちんこを掴み、片手に針を手にした。
「ここからが本番だ。乗り越えなさい」
ちんこの先端を針が垂直に突き刺した。
「いっ……! いいいっ、ぃっ、~っっ!」
針が進んでいくと子どもは目を見開き、体をびくびくと跳ねさせる。
「こら、暴れるな。迷い人たちよ、押さえなさい」
まわりにいたおじさんのひとりが子どもの肩を押さえた。ばたばたとさせるからおじさんがもうひとり足も押さえる。針を刺しているところから血が流れていた。
針の先が先端の裏側から出てきてだいぶ進むと、グエン導師は針のお尻に棒が長めのピアスを当てて通す。ボールをはめる。
「あともうひとつだ。その前に煙草を吸って落ち着いたほうがいいな」
「はぁはぁはぁ……」
呼吸の荒い子どもにグエン導師は煙草を取り出しくわえさせ、火を点ける。子どもは深く煙を吸って、吐いた。
「……が、がんばる」
煙草を吸いおえると子どもは涙をにじませながら力なく笑った。グエン導師はまたちんこを掴み、針を構える。
まだちんこに針を刺されるのか? おれはぞっとしつつもこのあとどんな救いが子どもに与えられるのだろうと想像し、なんだか胸がざわっとした。
今度は先端を水平に針が刺した。
「ひっ、ん、……っ、ふ、ふぅっー……」
押さえられている状態で子どもは弱く身をよじり、目を閉じてさっきの張りあげるような悲鳴とはちがいしぼるような声を出した。やがて側面から針が抜け出て、ピアスが装着される。
「よくがんばった。さぁ、行きなさい」
子どもの血まみれのちんこを拭ってあげてから、グエン導師は奥のドアを指差す。
押さえていた手を離し、おじさんふたりは拍手を送った。まわりの人たちも拍手しだす。おれも真似して手を打ちあわせた。
立ちあがってドアへ向かう子どものちんこがやや勃っていて驚く。先端できらりと銀色に光るピアスをきれいだと思った。
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