エレン・ベイカー

ほろほろ落花生

小説

1,808文字

文芸ファイトクラブ BFC6 決勝にて投稿する予定のモノ
予選落ちのため未発表
400字詰め原稿用紙6枚
_07

これはベイカーを描く物語である
金髪翠眼の純然たる鬼、ベイカーのこの物語をなにゆえ私が書く必要があるのか
「信じさせようとする世界」におそらくベイカーは抗ったのであろう
価値や意義やどうたらを注入されるクソ世界、SNSやLGBTなんたらポリコレmetoo文化のごときクソもベイカーにとって論外
ベイカーは独りホンキでいかりキレたのだ
ベイカー自身はボストン在住時代、幼少期より養父母から徹底した性的虐待を受けてきた
養父は重度のオピオイド依存であったが、キッカケは家族を思っての過酷な工場労働による事故で処方されたといったよくある背景
パードュー社から提示された和解金は養父の埋葬費と養母のギャンブルに消え、その養母はアタマがいかれ灼かれぶっ飛んだキリスト教系のセクト加入し失踪
しかし歴史性や家庭事情、繰り返されたカウンセリングやセラピーなぞベイカーに宿る怨念にとってはどうでもよかった
彼女の人生は世間に流布するケアされた「こども」トカ児童福祉的ファンタジー像に昇華転嫁されはしなかった
少なくとも深部では
ベイカーはくろくくらく現実的に個人的にいかっていたのであるから
ALTとして周到に準備し日本においてようやく見出した
安藤咲を
咲は先に海外留学という建前で日本より逃亡した兄、春樹より陰湿な凌辱を受けてきおり、なぜ兄がこうした痴愚に至ったかといえば父からの圧や男性性の発露場所困難問題
咲は己の受けた行為の意味が分からず不確かに傷ついてきたが、柔道で自身をフィジカルに鍛えなおすことで心機一転、欠損したナニカを中学から懸命に取り戻そうとしており、彼女の人間的努力を嗤うことはできない
ここまでが前提

 

一 発端

 

奇縁なのか必然なのか親密になったふたり
咲はたどたどしい英語で自身の来歴を伝えようとするがベイカーは実は既に日本語を完全に習得しており、柔らな笑顔で徐々に接近
ALTにあてがわれた個室に勇を奮っておとなった咲のためらいと赤面と独白「おにいちゃんがあの……ところに」訥々と語る咲に実直にうなずくベイカー
自分が受けてきた行為の意味を悟り崩れ落ちる咲をだきしめるベイカー
完全なる体温的なハグ
人は人を支えられるとの信念に満ちたハグ
少なくとも咲において

 

 

二 受容

 

ベイカーは咲からの細々とした相談に対し都度誠実にこたえ、伊藤光太への淡い恋愛感情についても丁寧であたたかな助言を与える
虐待については自らも当事者の立場にあったと咲に吐露し共感と信頼を完全に勝ちとる

 

三 真実

 

ベイカーは人生を懸けた策動を開始する
即ちベイカーによる性的な蹂躙が咲に対して開始される
人間性トカいうものの徹底的破壊を主軸としてベイカーの孕む狂熱が冷徹に発揮される
「罪がない者ほど罰し甲斐がある」と高らかに宣誓する彼女の透らかな翠眼に宿るは濃緑の業火
責めは凄惨かつ苛烈かつ残忍であり、「むごい」の一言に尽きる
伊藤光太は咲に対する笞刑用として渡された水牛革の一本鞭持ち泣き顔を歪めつつベイカーに哀願、赦しを乞うが無論ベイカーはゆるさない
書き手たる私としても「そこまでしなくていいんじゃない」とアタマを抱えるレベル

 

四 理由

 

興味本位で読み進めてきた市井の良識家たる読者は暗然として正直に戸惑う
「これでもか」「これでもわからんか」とありとある手練手管を用いてベイカーは咲を辱め嬲りぬくのであるがその動因とは?
「生きる必要がないということを少女に叩きこむ。わからせる。粉微塵に捻り潰す」
コレがベイカーの生存理由レゾン・デートルであった
もはやニンゲンであることを放擲したベイカーがこのような動機を形成せざるをえなかった理由は月並みな外的要因にはない
誰にもアリバイはなく世界そのものに責はあったと読者は次第に気づくミステリーであり、怖いという意味ではホラーとして展開

 

 

五 終幕

 

「私は生まれてこなければよかったんだね」と様々な体液に染め抜かれた虹色の柔道着まとい、ぴくりぴくり顫動する咲に対して「YES」と最後に英語で答えるベイカーは落涙しつつ破顔
この発声は力強くかなしく切望のようでいて悲鳴のようであり逡巡でもあり断言でもある

 

※bake
焼く、焼き固める、からからにする
との単語説明が末尾に置かれ、”baker”の名を冠した人物の意味が象徴としてもタイトルとしても暗示される

2024年11月30日公開

© 2024 ほろほろ落花生

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