彼女のInstagram

FLY HIGH!!(第8話)

山雪翔太

小説

1,322文字

第八話。牛宮楠雄は、西馬琴葉と関係を持つ。

 暫く僕は彼女の安らかな、天使の様な寝顔を見て、水槽の泡が弾ける音を聞いていた。すると、うーんと声を出して、彼女が目を覚ました。

「……おはよう、おにいさん。ちょっと寝ちゃってた」

「……いや、大丈夫だよ」

 僕は彼女の頭を撫で、背中を押してゆっくりと立ち上がらせた。彼女はソファに座り直すと、目を擦りながら、スマホをポケットから取り出した。

「……あ、そうだおにいさん。LINE交換しようよ。後、インスタも」

「……LINEはいいけど……僕はInstagramは持ってないんだよ」

「今ダウンロードしたらいいよ。……どうしても見てもらいたくて」

 そう強く言われたので、僕はLINEを交換するのと同時に、ここのWiFiを使ってInstagramをスマホに入れ、彼女のアカウントが見れる状態にした。

 帰り際、僕は注意深く物々しい玄関の扉を開けて、近くに通行人が居ないかを確認していた。

 沢山の衝撃的な出来事から解放されて、ようやく休める事が出来る。……だがその精神の余裕が、逆に僕の考える力を活性化させた。……後ろめたくなったのだ。

 僕は先程まで社会に反した行為をしていた……これがバレたら会社もクビだろう。社会的地位も失い……僕は再起不能だ。……それが怖くなったのだ。……やはり今ここで言おう。僕は君と付き合えない……と……。

 僕は彼女の方に振り向いた。……彼女は……目を細めて、悲しんでいた。

「……ねえ、おにいさん。また会おうね」

 ……儚げで幼気で……。……無垢な少女の姿をしていた。

 ……ああなんて事だ。……彼女から手を離すのが辛い。……何故だ? 僕は何を迷っている? 彼女に手を出してみろ、お前は犯罪者だ、一生まともな人生は歩めない。

 ……けれど彼女の親はまともに子供の事を考えていなくて、孤独で……。……彼女に手を差し伸べてあげられるのは僕だけだ。……僕が彼女を救わなくては……。

 そんな狭間に葛藤して……。僕は善人なのか悪人なのか、それさえも分からなくなる。

 ……いや、相手は幼き一つの命だ……。僕が……僕が彼女の行く末を見守ってやらなきゃいけない。間違った道は間違っていると教える為に。

 僕はそう決意して……彼女に向かって優しく微笑んだ。

「……また会えるよ」

 ……僕はそうやって、彼女の保護役という名目……いや、免罪符を使って、彼女と関係を持った。

 自宅に戻り、僕は落ち着かない気持ちを沈めようと、滅多に飲まないビールに口を付けていた。……やはり僕には酒は合わなくて、缶一本でソファに寝転がってしまったのだが。……すると、聞き慣れない通知音が聞こえた。……彼女のInstagramが更新されたのだ。

 アプリを開くと、そこには……僕が浴槽内で苦しんでいる写真が載せられていた。それに短い文章が添えられている。

「ボク達がいつか天国に行けます様に」

 それだけだった。……また何とも言えない、不快でも無ければ快でもない気持ちに押し潰されそうになって、スマホの電源を切ると、僕は冷蔵庫の中の二本目のビールに手を付けようと、冷蔵庫の扉を開けた。さっと人工的な冷たい空気が押し寄せて、僕の熱い手を冷ましていた。その感覚にじっと耐えて……僕はまたアルコールを身体に入れて、現実と彼女から逃げていた。

2024年8月1日公開

作品集『FLY HIGH!!』最新話 (全8話)

© 2024 山雪翔太

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