ざーーーーーーーーーーーー。ばたん。
「オッケー、注文したよピザ」
「雨の日に迷惑だな」
「で、どれぐらい続いたんだっけ?」
「1年半」
「あー、割とだな」
「ああ……」
「重いなー」
「どうすりゃよかったのか、ずっと考えてて」
「わかるけど大学は来いよ。病みすぎ」
「ああ」
「よし、じゃあ話しちゃおう。何きっかけで別れたの?」
「そんな楽しんで聞くもんじゃないだろ」
「俺、人の別れ話聞くの好きなんだよ」
「悪趣味だよ」
「いいから、なんで別れたの?」
「夏休みに旅行にいったんだけどそれで」
「どこ行ったの?」
「四国」
「渋」
「瀬戸内海って良い美術館が多いんだよ。彼女、アートが好きだから」
「ふーん」
「2日目まではよかったんだけど、3日目に問題は起きた」
「うん」
「粟島っていう小さい島に行くために、長い時間鈍行に揺られてたの」
「うん」
「彼女は隣で、端の席で寝ちゃって。昼1時か2時だったけど、俺ら以外、車両に誰もいなかった。あと20駅くらいかかりそうだったんだけど」
「遠いな」
「俺も段々うつらうつらしてたんだけど、ある駅で人が乗ってきたんだよ。それがさ、白いウエディングドレスみたいなのを着た巨体の女性で」
「え?」
「マツコ・デラックスとかそれくらい大きかったと思う。ベールがかかってて顔はよく見えないけど、赤い口紅がべたーって大きな口にひいてある。で、その人、花嫁女が、俺ら以外誰もいないのに、俺の隣に座ったの」
「え、なんで?」
「知らないよ。しかも、俺リュックをひざの上においてたんだけど、リュックのこう肩紐を調節するロープっていうの? 垂れ下がってるやつ。あれをその人がおしりで踏んじゃって」
「うわ」
「全然抜けないの。で、まあ怖いから、千里を起こそうと思って呼びかけるんだけど反応薄いの。だから、しりとり強引にしようとして」
「ああ」
「しりとり、りんご、とかやってたら、隣の花嫁女がゴ、ゴ、ゴ、ゴ、ゴ、ゴって入ってきたの」
「気持ち悪」
「意味わかんないでしょ。だからしりとりやめて、外の風景とか話しかけてたんだけど、なんか隣でぶち、ぶちって音が聞こえるわけ」
「なになに」
「おそるおそるね、目だけで見たら、自分のよ、髪を引き抜いてむしゃむしゃ食べてるの」
「うわうわ」
「しばらくじっとしてたんだけど、俺の髪が急に引っ張られたと思ったらぶちって引き抜かれて、思わず振り返ったらニヤニヤしながら口に髪の毛入れてるのよ」
「まじで?」
「もう耐えられないから、彼女を起こして次の駅で降りようと思ったの」
「まあ、そうなるわな」
「次で降りるっていうとまだでしょっていうんだけど、無理やり準備させるうちに彼女も花嫁女に気づいて。でも降りる必要なくない? とか言うの。全然やばさに気づいてない。でも俺もいつでも出れるようにリュックのロープ引き抜いて。で、引き抜いたらまたさ、ぐーっと俺の方に顔を向けてくるわけ」
「きっつい」
「なんかすえた匂いっていうのかな、そういうのもして。だから彼女立たせて、隣の車両に行って次の駅着いたら降りたわけ。彼女は次の電車来るのずいぶん先だよとか言ってたけど、俺がやばいんだって説明してたら、電車が発車する笛がなったの。で、なんとなしに振り返って電車を見たら……のっそり花嫁女が降りてきたんだ」
「こわ。え? 完全狙われてるじゃん」
「やばと思って出口に行こうとしたら、彼女が乗って! って叫んで引っ張ってくれて、閉まる直前で電車に乗れたの。そしたら花嫁女はホームに取り残されて、なんとか逃げることができたんだよ……」
「……あれ?」
「え?」
「え、今日別れ話聞きに来たんだよね」
「うん」
「ずっと怖い話なんだけど」
「まあ、ここまではね」
「俺怖い話嫌いなんだよ」
「こっからこっから」
「こっからなるの、別れ話」
「なるなる」
「じゃあ続き、早く言ってよ」
「でまあ、危なかったーみたいな話をしたのよ。髪食べてた話とか食べられた話とかしたんだけど、どうも彼女の反応が悪いの」
「なんで?」
「うん、で、彼女が急にさっき出口行っちゃ行けなかったよねと言い出して」
「どういうこと?」
「さっき出口行ったら、次の電車まで1時間は待つし、また電車乗るとき花嫁女に会うかもしれない」
「まあな」
「その判断が引っかかってるっていうの」
「え?」
「だから、とっさの判断で電車にまた乗るっていうのができなかったのが、引っかかる。急に俺についていくのが怖くなったって言ってきたの」
「ついていくってそれ要は」
「要はまあ、この先の人生的な」
「……女、怖!」
「でしょ」
「そういうの、そこで言う? 今いいだろ、逃げられたんだから」
「そうだよなあ」
「これなんだよな女の怖さって。急に覚めるっていうね」
「女の人が皆、そうするわけじゃないだろ」
「はいはい、リベラルリベラル」
「そういうんじゃないだろ」
「ビールまだある?」
「冷蔵庫に、うん」
どす、どす、どす、どす、どす。ぱたん。
「あのさあ」
「なに?」
「結局、怖い話じゃない?」
「どういうこと?」
「いや、最初怖い話して、次、女が怖いって話して」
「ああ」
「別れ話いつするんだよ!」
「こっからだから」
どす、どす、どす、どす、どす。カチ。
「早くしてくれよ。ビールでごまかしてるからね俺」
「お前が止めるから」
「そうなの? いや、怖いからさ」
「そのあとはなんだろう、ちょっとした口論なって」
「どういう?」
「だから、俺はついていくの怖いっていうけど、なんでも2人で決めたらよくない? って話したら、そういうときは任せたいって千里が言うの。でもそれって男らしく引っ張ってもらいたいってことでしょ、古臭くないって話をして」
「お、やっとケンカっぽくなってきた」
「でも、千里は古臭かろうが自分はそうなんだっていうけど俺は千里に女らしさとか求めてないとか話したら、いやそんなことない、かわいいって思えるわたししか求めてないって話をされて、まあこの辺はいいや、とりあえず口論なりましたと」
「それでそれで?」
「で、俺が花嫁女のところに戻るって話をしたんだよね」
「は? なんで?」
「さっき千里は逃げ方問題にしてたけど、そもそも逃げるのって正しいのかなみたいに思って」
「意味わかんないんだけど」
「多分、病気だと思ってあの人。倫理的に病院に連れていかないといけないんじゃないかと」
「あ、文学の人?」
「え?」
「あなた、文学の人でしたか」
「まあ、文学部だけど」
「役立たないなあ! 何急に」
「彼女も何急にってなって」
「なるわそりゃ」
「わたしも行くの? って聞くから、いや自分一人でいいって言って」
「おいおい」
「じゃあ、わたし置いていくのってなって、先行っててよっていったら、やっぱついて行けないって言われて」
「そりゃ言うわ」
「まあ、そこで? 別れた」
「……お前、怖! 恐ろしいな」
「そんな」
「あれだ、文学の人だからじゃないか。女に助けられたのが悔しくて、やり直そうとしたんでしょ」
「そういうことじゃ」
「なんでもいいわもう! そのあと謝ったの? 彼女に」
「なにを?」
「サイコパスかよ! 傷つけただろ彼女を。お前彼女より花嫁女とったんだぞ」
「そうじゃない。反省して正しいと思ったことをしたんだよ」
「違うね。正しそうなことに逃げたんだよ」
ばしっ。
「痛っ!」
「逃げてない! 向き合ったんだよ!」
「知らないよ、痛ってーな」
「戻ろうとしたんだよ、花嫁女のとこまで」
「え、あ、続き?」
「でも次の駅で降りて、反対の電車乗ってさっき花嫁女が降りた駅まで戻ろうとしたら……なぜか次の駅で花嫁女が乗ってきたんだよ」
「どういうこと? 何人かいるの?」
「わかんない」
「SFホラーなの?」
「で、また隣に座ってきて、なんかぶつぶつ言ってるの。だから思い切ってなんですかって聞いたらさ」
「よく聞くわ」
「『一生、ついていく』って」
ばん、どぼどぼどぼどぼ。
「うわうわ、やっちゃったやっちゃった」
ざ、ざ、ざ。
「ふいてふいて、とりあえず」
「も〜怖すぎなんですけど。それこそ『助けてくださ〜い』じゃん」
「なにそれ」
「なんか、見たことない? 助けてくださ〜いって叫ぶの」
「ない。それ助けてもらえるの?」
「いや、俺もそこがTikTokでこすられてるのしか見てないから」
「へー。で、慌てて隣の車両逃げたけど追ってきて」
「え、まだ続くの?」
「逃げながら警察に電話して、次の駅着いたら駅員のとこ駆け込んだら、いつの間にか花嫁女は消えていたんだ……」
「終わり?」
「いや、終わらないんだよ。東京帰ってきてもついてくる感じがして。なんか障害がある人かなと思ってたけど、2回目変なところから電車乗ってきただろ。だから人間じゃない、何らかの霊なんじゃないかと……」
「もう怖い話やめろよ!」
「え?」
「振り返ると、別れ話2割怖い話8割だったよ」
「そんなこと」
ピンポーン。
「ピザじゃね?」
「ああ、しゃべったら腹減った」
「飲みすぎた。取ってきて」
どす、どす、どす、どす、どす、どす、どす。かちゃ。ざーーーーーーーーーーー。
「…………助けて、ください」
「え、何か言った?」
ぶちぶちぶちぶちぶちぶち。
(了)
曾根崎十三 投稿者 | 2024-05-23 20:19
怖いです。ちゃんとホラーですごいです。
もうピザ頼むの怖くなりますね。やっぱりテイクアウトにすべきですね。料金も安いし。テイクアウトが正義。
髪の毛食べてるとか食べられるとかの嫌~な感じが良いです。さらに、会話の間に挟まる音の演出が不気味で、来るぞ来るぞ……キター!というホラーな感じを際だたせています。
実話なんですか?
今野和人 投稿者 | 2024-05-24 11:09
コメントありがとうございます!
テイクアウトがいいですね。誰が来るかわかったものじゃないですから。値上げも終わらないですし。
どの辺が実話かは合評会で話しますね。
吉田柚葉 投稿者 | 2024-05-25 18:02
「いや、ありえるよ、電車の中なら!」と思いました。それくらい、現代で「圧倒的な他者」に会える場って電車の中なんだよな、と。抜群に面白い小説なのですが、休日の夕方に一人でドライブしてる最中にラジオドラマとして聞こえてきたら最高かも。
今野和人 投稿者 | 2024-05-27 10:32
コメントありがとうございます。
たしかに電車の中っていろんな人に出会えますよね。別に出会いたくないのに遭遇してしまうというのがまた電車の恐ろしいところです。
眞山大知 投稿者 | 2024-05-24 12:46
ホラーテイストな話が来るとは……。途中途中で挟まる不穏な描写にドキドキしました。
今野和人 投稿者 | 2024-05-27 10:33
コメントありがとうございます。
会話だけだとなんか物足りないなあと思い、差し込みました!
諏訪靖彦 投稿者 | 2024-05-24 20:02
多分みんなすぐにオチに気が付いたと思うんだけど、そこに至る会話劇が面白くて一気に読むことが出来ました。個人的に「文学の人」がツボりました。
今野和人 投稿者 | 2024-05-27 10:35
コメントありがとうございました。
僕も「文学の人」はお気に入りです!
オチに困っているので良い案があればもらいたいなと思っています。
深山 投稿者 | 2024-05-24 23:15
普段ホラー読まないので油断して読み始めてひーとなりました。何を信じていいのか。
小説で嫌悪感書くのも一つの技術だと思うのですがめちゃくちゃキモかったです。どこが実体験なのか早く知りたいような知りたくないような。
今野和人 投稿者 | 2024-05-27 10:37
コメントありがとうございます。
気持ち悪い話が好きなので、キモがってくれて本望です!
大猫 投稿者 | 2024-05-25 12:34
1月の合評会の時もそうでしたが、会話体で読ませるの上手いですね。
会話だからこそ、荒唐無稽な話に説得力を持たせられるのだなととても勉強になります。舞台が列車なのも良いです。何も語らなくても自然と疾走感が出る効果があります。飽きさせないようにところどころで突っ込みが入って、ますます先を読みたくなります。
実はウェディングドレス姿の女性と居酒屋で飲んだことがあります。花嫁でもないのにそれが普段着だと言っていました。アパホテルの社長みたいな風貌の方でした。髪の毛をむしったりはしなかったけど、怖かったです。
ところで文フリの打ち上げの時、合評会で一緒だった「あの今野さん」とは気がつかず、ろくにごあいさつもせず大変失礼しました。
今野和人 投稿者 | 2024-05-27 10:42
ウェディングドレス姿の女性と飲んだことあるとは! それはめでたいというか僥倖というかやっぱり不運ですね笑。
いや、打ち上げのときあいさつしてもらいましたよ! 多分大猫さんが大いに飲んでたので覚えてないのだと思います笑。
春風亭どれみ 投稿者 | 2024-05-26 14:27
ホントに「誰か助けてくださーい」な展開なホラーに意表をつかれました。
蛙化現象っていうんでしたっけ?恐怖体験のまっただなかで将来この人と一緒にいていいかなんて考える彼女も妙にさめてるというかなんというか。
今野和人 投稿者 | 2024-05-27 10:44
コメントありがとうございます。
彼女が怖いというのも書きたかったポイントの1つなので、そこを拾ってもらえて嬉しいです!
河野沢雉 投稿者 | 2024-05-27 09:35
会話のテンポの良さに引き込まれて一息に読んで、面白かったー怖かったーと思ってふと考えてみたらお題との関係が分からなかったでござる。
でも、本当面白い。
今野和人 投稿者 | 2024-05-27 10:48
コメントありがとうございます。
まあ、お題との関係は「助けてくださ―い」の話をしたあと助けてくださいって言う羽目になるってだけですね笑。叫ばせればよかったですけど、恐怖で声もあんま出ないと思うのでああいうセリフになりました。
退会したユーザー ゲスト | 2024-05-27 18:12
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Juan.B 編集者 | 2024-05-27 19:41
会話劇が単調な説明などに終わらず活きていていいなと思った。
助けて、助けられて生きるこの世界。そんな日もある。
今回、ホラー風?の展開の作品が多いような気がする。世界の中心で叫ぶって、やはり世界の中での孤立を感じるのだろうか。
小林TKG 投稿者 | 2024-07-21 22:50
話聞いてくれた方のやつ運悪いなーって思ったんですけども、でも、最初の方で、別れ話聞くの好きとか言ってるんで、別に大丈夫でした。運悪いとかじゃないなと考えを改めました。面白かったです。怖かったです。