ショクザイ

永海番陽

小説

2,823文字

貴女がすべてだから、もうやめにしたいの。

ねえ。もう止めにしましょう。
生卵をすするのも、脂をなめるのも、固い飴を噛むのも止めましょう。わたしはそうする。だから貴女もそうしてちょうだい。…………わかってるわよ。急すぎるって。でもわたしだっていろいろ考えたのよ……考えて考えて……やっと貴女に言い出せたのよ……。

…………ううん。全部が美味しかったわよ。わたしの今まででいちばん……でもね、だめなの。好きよあの味が。頭の毒素が抜けてくみたいだったし、感じたこと無いくらいあたたかかったし、何より、生きてるって、貴女がわたしに確かめさせてくれたから。

………………やめて……だめ。決めたの、もう。…………怖い? どうしたらいいか解らない? やだ、泣かないで……やだ……ほら、おいで……。ごめんね。ごめんなさい。…………ええ、泣いてるわよ、わたしも。全然止まらない……。
ちょっとだけ休憩しましょう……。

 

ねえ。最近悪い夢を見たの。…………貴女も? 不思議ね。…………うん、そのまま聴いていて。
綺麗なお昼にね、わたしと貴女がくっついてソファに座って話をしてるの。『もしも私が誰かに殺されたら、どうする?』って、貴女が訊くの。………そう。同じなのね。
わたしは少し笑いながら、『そんなことをした犯人の皮を剥いでやる』って答えたわ。…………ええ、そうよ。そこで場面が切り替わった。
のし掛かるような夜に。重い電気に照らされて、皮を剥がれた貴女がベッドに横たわってた。目の前のことが何なのか、最初わたしには解らなかった。でも、不思議よね。もう理科室の模型みたいになってるのに、それが貴女だってはっきりわかったんだもの。夢だからって言っちゃえばそれまでなんだけどね……。
何が起きたのか、そんな状態の貴女に必死に訊いたの。説明が返ってくるわけないじゃない? それでやっと、“貴女が誰かに殺された”のに気づいたの。酷い手段で殺されたって……。悲しいとか、苦しいとかの感情より先に、怒りと憎しみがわいてきたのに驚いたわ。ボロボロ涙が流れて、全身の筋肉が千切れるくらい叫んで、自分の形が崩れて知らない物体になっていくのを、別のわたしが天井辺りから見下ろしてて…………そう、めちゃくちゃ。めちゃくちゃになったの。それに自覚したとき、ふと、夢の昼間に話したことを思い出したの。
『もしも私が誰かに殺されたら、どうする?』
犯人の皮を剥いでやる――心に大きく爪で引っ掻いて文字を書いたわ。一刻も早くそれが実行できるように。決して躊躇わないように。

……でもね、犯人が誰か、実は復讐の決意が固まってすぐに、確信したのよ。
わたしだったわ。思い出したのよ。
昼と夜の間かしら。貴女をベッドに押し倒して、首を両手で力いっぱい絞めたの。どんどん赤くなる貴女の顔を見てると、お肉を加熱してるみたいで、とっても美味しそうだった。動かなくなった貴女の皮を、わたしは大きな大きなナイフで肉から剥ぎ取っていったわ。夢だからなのかしら、すごく綺麗に取れた。まるで着ぐるみか何かみたいに。
…………それからどうしたか、なんて、もう全部知ってるくせに。
食べたのよ。貴女の可愛い皮を。死ぬほど美味しくて、とろけそうだった……ううん、本当にとけたのよ。ぐちゃぐちゃに。ぐちゃぐちゃに。そしてわたしと貴女がとけ合って、絶妙にいい気持ちになって、気持ちいい味になって、神様の居場所も教えてもらって。貴女をまた心の底から好きになった。
……思い出したあとは、早かったわ。だって、どうするかは貴女と決めちゃってたんだもの。
わたしの手には、大きな大きなナイフがあった。躊躇わなかった。わたしは自分の身体に刃を入れて、皮を剥いでいった。全く痛くなかったの。感覚は服を脱ぐのと変わらなかった。けれど、横たわってる貴女の方がビクンて動いてた。わたしの皮を剥ぐ動きに合わせて、筋肉と骨だけの貴女が、ビクン……ビクン……って動いてた。…………ええ、わたしも素敵だとおもうわ。
わたしの皮も変装グッズみたいにキレイに取れた。でも、死ねなかった。痛みもやっぱり無かった。あるのは、貴女への“好き”って気持ちと、胃袋の空虚さ。罪の意識は部屋を満たして、夜を深夜に変えただけ。もうそれ以上、やることが無くなっちゃった。自分を殺せなかったんだもの。復讐できなかったんだもの。このまま腐るのを待つしかないのかなと考え始めたとき、あることを思い付いたの。
『そうだ。わたしの皮を貴女にあげよう』って。
そうしたら……また生きてくれると思った。貴女を殺したわたしを罵ってくれると思った。そしてできることなら、わたしの肉と骨を食べて欲しかった。それがいちばん叶わない望みなのに。
皮を着せるのは簡単だったわ。貴女の身体のどこがどういう形をしているか、全部知ってるもの。ただ少し、胸の部分は手間取ったわ。他はほとんど一緒でも、そこだけ大きさが違うから。それでもなんとかして着せた。わたしのすべてを貴女に。するとね、ちょっとだけ、貴女の口が動き始めたの。声は聴こえなかった。必死に唇の動きで読み取ろうとしたけど、だめだった。だって、そこで夢から覚めちゃったから。
現実の、強い朝に戻ってきたの。
ベッドで、わたしの隣で、安らかな貴女の顔を見たとき、静かに泣いたわ。そしたら貴女も追い掛けてきてくれたみたいにすぐに目を覚まして……やっぱり泣いてた。赤ちゃんみたいな……声を上げて……。

 

ねえ。どう?…………少し落ち着いた? じゃあ、わたしの言うことわかって…………え?
“私も貴女を食べたかった”……?
どうして……殺したのよ、わたしは。わたしは貴女を殺したのよ!
痛かったでしょう? 今までずっと! 息だって吸えなくて、身体も動かせなくて……! お日様だって痛かったでしょう……? 月も見れなかったでしょう……。
わたしは……そんなふうに貴女を殺して……食べて……美味しいって思ったのよ……。
“あたたかかった”……?
わたしの皮が……?
嘘よ。そんなはず……………………わたしも、あのとき貴女の皮を着ればよかった。そしたらきっと、わたしなんかより、ずっとあたたかいに決まってるもの……。

 

ねえ。もしもわたしを食べたら、貴女は、どんな気持ちになると思う?
…………そう。とろけそうになって、本当にとけるのね。とけあって、美味しいって思うのね。…………そうね。きっと神様の居場所だってわかるわよ。だって、わたしがそうだったんだから。
ねえ。わたし、いいこと思い付いたわ。
貴女、わたしの涙を飲んで。……わたしを食べられなくても、せめて飲んで欲しいの。わたしも貴女の涙を飲むから。そしたら、そしたらきっと……。

 

……ふふ。貴女の、美味しくないわね。
…………わたしのも? でも、今まででいちばん好きな味よ。…………貴女も?
…………ええ。たぶん、同じなのね。やめてもやめなくても。だったらずうっと……“好き”を肌で食べていましょう。

2023年6月5日公開

© 2023 永海番陽

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