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1-0. 《名すら無き者》
長い長い時が経った。
《水霊母》が《太陽神》から、
むりやりに産まされた二度目の卵群は
誰からも省みられることなく、
ただ地の熱に蒸されて孵り、
幼いうちからたがいを憎み、
競い争い、食らいあって育ち、
強者が弱者を喰らい、
また犯して産ませ、
産み捨てられ、
いたぶられ、逃げのびて育った。
彼らを呼ぶ者とて他になく、
彼ら自身も
みずから名乗ることがなかった。
1-1. 《 袋を持つもの 》
そうして無知にして無慈悲のままに、何億代かが過ぎた。
生き延びおおせ、
勝ち残るために、
より強くあるために、
彼らは
平たく這いつくばる四ツ足と鱗の姿から、
長く伸びた四肢と
首とくちばしと、
軽く暖かく空気をはらむ、
みごとな羽毛もつ姿に
変化した。
より速く逃げ、より確実にわが仔を護るため、
雌たちは、腹に卵や袋を持った。
1-2. 《コ》族
生きのこるために彼らは学習し、
やがて記憶と知識を持った。
始まりの言葉が生まれ、
語り継がれる物語が生まれた。
仲間と敵の見分けかた、
群れることと護りあうこと、
時に応じて切り捨て裏切り
見捨てて生きのびることを
学んだ。
その中で最強の者らはやがて
自らの仲間を《コ》族と名付けた。
産み増えて地に満ちたが、
心は常に孤独であった。
1-3. 《 神 》
まえの長老の
また前の長老の、
そのまた前の前の
大昔の長老が、
この世の始まりには《 神 》というものがあったと
語り伝えた。
そのような伝え語りすら記憶の闇に隠れるころ、
《コ》族の〈ヘ〉という者がおとぎ話を笑い飛ばした。
「カミなぞおらぬ。この世の最強は、ただ《コ》族のみ。」
1-4. 《 天 雷 》
その時、天が轟き揺らめき、地が裂け割れて、崩れた。
人々は怖じ恐れて、
〈ヘ〉の不敬を罵倒した。
やがて天地が冷え、冷たい雨が〈冷たく白い沙〉に変わった。
草木は枯れ、虫は死に、
人々は飢え、獣も餓えた。
1-5. 《 魔 竜 》
〈冷たき白き沙〉に埋もれた山中より、
火のように熱く焦げた息を吐く、
餓えた巨大な魔竜が現われた。
次々に《コ》族を襲い、
弱った仔どもや孕んだ雌らを喰らった。
人々は噂した。
「あの恐ろしき魔のモノこそが、《 神 》というものに違いない!」
1-6. 《 神 殺 し 》
〈ヘ〉は嗤い飛ばした。
槍を研ぎ、仕掛け弓を張り巡らし、
怯える同族らを叱り飛ばして、
ただひと群れで《 神 》を襲った。
死闘の末、《 神 》は斃された。
斃した神の肉を喰らって、《コ》族は冬を乗り越えた。
1-7. 《 神殺しの智王 》
あまたの同族を率い、策略の限りを用いて
《神》と呼ばれた巨大な魔竜をみごと斃した〈ヘ〉は、
その勲しを讃えられ、
《神殺しのコ族の王》
〈コ・ヘウ・ケ・レンテン〉と呼ばれた。
それまでは強き者らが無秩序に
争いあっていた《コ》族の
全てを束ねる者となり、
やがて手足となる眷属がうまれ、
王族と貴族と呼ばれ、
下つ奴婢民どもと
上つ上長族との、
区別がうまれた。
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