◇
神は無慈悲で浅慮であった。
[重さ]という名の罠をはり、
すべてのものを閉じこめた。
雑にまるめた泥団子の上に。
ひとつの大きな氷精が
[重さ]の罠に捉えられ、
泥団子に墜ちた衝撃で
砕け四散し滴となった。
罠の虜囚の全てのものが
水精たちを犯し喰らった。
さまざまな者に犯されて、
さまざまな子を水は産む。
無力な小さい水の子が、
[空の王]から犯された。
これがわれらの母である。
われらを産んだ母である。
◇
《空の王》から犯されて
《水の娘》が生んだ子は
水気を吸うこと能わずに
ははのなかでは溺れ死ぬ。
母は困って必死になって
泥をこねあげ押し上げて
小さな小さな突起を作り
子たちを水より外に出す。
すると無慈悲な風が来て
子らは今にも乾涸らびる。
母は困って雲靄となって、
ひよわな子らに被さった。
それを見かけた《空の王》
あまりに惨めで見苦しい、
わが子と呼べぬと罵った。
嘲りムチ打ち踏み敷いた。
◇
子らを庇って打擲されて、
泣き叫ぶ母をひきはがし、
マシな子種を仕込もうと、
父は無理矢理連れ去った。
母たる庇護をうしなって、
たちまち干上がる水の島。
母の残したなみだの沼に、
むらがり怯える水の子ら。
熱になぶられ風に曝され、
無力な命は外から消える。
飢えて乾いて塵に帰って、
狂って暴れて泣いても死。
きづいた時にはただ一人。
とり残されたるただ一人。
それが我らの始祖である。
我らの哀しい始祖である。
◇
いちばん弱くて
いちばん小さい
いちばん守られ
いちばん真ん中
いちばん最後に
とりのこされて
いちばん寂しい
いちばん悲しい
うえておびえて
とりのこされて
ないてさけんで
あにあねをよぶ
するとこたえて
いちばん大きい
みはりにでた兄
まだ生きていた!!
◇
あえて嬉しいと、
弟は心底思った。
「その水を寄こせ!」
と、兄は叫んだ。
《いちばん弱い》が守られていた、
《ははのなみだ》のさいごの沼の、
ちいさなからだのちいさなかげの、
さいごにのこったどろみずだまり。
「それを寄こせ!!」と兄は叫んだ。
狂った顔して、突進してきた。
奪られたら死ぬと弟は思った。
怖くてその後、覚えていない。
よろめくからだにつめのないうででくみついて、
さけぶあいてのはなをまだみじかいおでうって、
ひびわれたはだにきばのないくちでかみついて、
くちのなかにしみでたちのあじに歓喜し叫んだ。
「 お い し い 」 ……………… !!!!
◇
そしてきづいたときにはただひとり。
そらは蒼くてくらくてがらんどうで。
すべてのものがにくくて悔しかった。
たべられたほうがましだったはずと。
はやくしにたい。
はやくしにたい。
はやくしにたい。
はやくしにたい。
いちばんよわいはよろぼいあるいた。
ははのなみだにあたいもせぬおのれ。
あにのちのしみからさまよいはなれ。
てんなるちちよはやくきてころせと。
するととおくでひくくうめく声がする。
あにあねのむくろにうもれすすり泣く、
いちばんよわくていちばんあいされて、
かばわれむくろのかげにまもられた牝。
◇
いのなかみをすべてはきもどしてたべさせた。
いのちがけでおしてひいてさいごの母の涙へ。
おおいかぶさり天のにくい光の矢から守ろう。
このめすだけはじぶんよりはやくは死ぬなと。
めすはいのちをふきかえし、
ひびわれたこえで細く言う。
このかゆは姉者の味がする。
このみずは兄者の味がする。
やがてようよう母が戻った。
なぶるに飽いた父の元から、
はらんだ腹で逃げて戻った。
そしてみつけるわが子の姿。
◇
月みちて水の初子の弟らも生まれ、
月みちて水の初子の子らも生まれた。
水の初子の雄はみずからを恥じて死に、
水の初子の雌も子らを遺して後を追う。
◇
水の初子の弟妹は、
やはり水気は吸えねども、
父に良く似た傲慢で、
二足で歩いて広がった。
増えて広がりこれでは狭いと、
埋めよ増やせよ《水の島》。
ならねば母をも呪おうぞ。
憎むと脅して使役する。
水の初子の子どもらは、
いついつまでも悲しんで、
哀しみの泥をはい回り、
やがて母なる海へと還る。
母なる水はもう二度と、
天の子生まぬと決意する。
かなしみひしがれ重さのあまり、
死ぬることさえ奪われた。
これがわれらのはじまりである。
われらの呪いのはじまりである。
◇
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