素股の後、得意技であるディープスロートのテクニックをもって口の中でイった後、森田はザーメンをまだ口の中に湛えたまま、器用に「お客さんあんがいと少ないね」、と云ってきた。
当たり前だ。こちとて半日前に大量に出しているのだ。しかし、実に好感が持てる言葉だ。普通のデリヘル嬢、いやすべてのザーメンを絞り出すプロはザーメンの量が少なくても、「(ティッシュにザーメンをだらりと垂らしながら)あ~ん、凄っごーいいっぱい出たー」、と云う。ちんぽが標準より小さくても、「やだ~、凄っい大っきい!」、とか云うのだ。しかし森田は正直なのである。
唇についているザーメンを指で拭い、口の中に入れる。愛くるしい動作だ、そして森田は唐突に口づけをしてきた。
口移しにザーメンが入って来る――
「旨い……旨いじゃないか!」
「そう、お客さんのザーメンめっちゃおいしいよ♡」
「もっと飲ませてくれ!」
「ないよ。だって少ないんだもん」
「チクショーめ! なぜ、なぜこんなに旨いザーメンを高橋にくれてやったのだ!」と言った後に気が付いた。高橋は美食家だったのだ。
世界三大珍味という言葉がある。キャビア、フォアグラ、トリュフであったと思うが、どれか一つ外して……フォアグラは動物虐待同様なのでフォアグラを外してザーメンを入れても良いのではないか? そのことを高橋は知っていたのだ。
しかし、ちょっと待てよ、このザーメンからは栗の花の匂いがしなかった。なぜだ?
「なぜだ?」
「えっ、なに?」
「ザーメンから栗の花のような匂いがしない」
「ああ、それね、たぶんだけど空気にふれていないからだと思うよ」
「そうなのか?」
「顔射やからだに掛けられるとプーンと匂いが漂うよね」、森田の意見には説得力がある。これはあらゆる状況かつ膨大であろうと推測される数を重ねた実験結果から得られた生きたデータなのである(もちろん世の中には死んでるデータもある、いや、ほとんどが机上やコンピューターで計算された死んでるデータである)。
「森田! もう一度ザーメンを出してくれないか! もっと味わいたい!」
「え~、お口疲れちゃった……っていうか森田じゃなくてナノね♡」
「ではどうすれば良いのだ! シ・バ・タ・さ・ん!!」
「じゃあ、する?」
何をだ? 何をするんだ?
「一万でいいよ」
「何をだ?」
「えー、云わせるの? 絶対ナイショだよ、指切りげんまんできる?」
「嘘をついたら針千本だけではなく幸楽と死神を飲むと約束をしよう。ボルシっチ!」
「本番……♡」
「やったメン! おっぱい、ぷるーんぷるん!」と喜びを率直に表しながら財布を取り出して一万円を払おうとするが、なんとしたことか! 財布の中に紙幣が一万二千円しかないではないか! ホテル代もまだ払っていない! 小銭入れを覗くも数百数十円しかない……。郵便局で降ろしておけばよかったと激しく後悔をした。
「ないならしかたないね~」、と森田が云うが、レシートを入れているところに札が入っていないかいろいろと探す。
異様にでかいベッドの横に投げ捨てたデニムのポケットに手を入れてみる。
「んっ?」ポケットの中に何かがある。取り出してみると指の先っちょが三つある。
「森田……これじゃだめか?」今まで生きてきた二十四年間で最もみじめな言葉を放った。
「森田じゃなくてナノね♡ ちょっとまって! なによこれ、どこで手に入れたの?」
「砂浜で……」
「指大好きなの! わたし、集めてるんだ……いいの、貰っても?」
「ああ、いいさ。欲しい人のところに行けばゴツイ野郎も喜ぶと思う」
「ありがとう……スッゴイ嬉しい。いいよ、時間までなにやってもいいよ♡」
暗い部屋の小さな照明のなかに浮かび見える森田の褐色な乳は自然に従うまま少し地に向かって垂れ、乳房に比べると大きいともいえるが、ブツブツがあまりない乳輪はチャーミングであり、またブリリアントでもあって、処理しすぎていない陰毛は健康的でさえある。
そしてうっすらと微笑みを浮かべた森田を見ながら「時よとまれ、君はうつくしい」と言葉を捧げ、ズッコンバッコンした。そして口内発射したザーメンは線状降水帯のようにいつまでも量は変わらないとはいかずに少なかったので残念であったが、またもや口移しでチュッチュッとザーメンを味わう。
森田の口からいくらでも供給される唾液と絡まったザーメンは最高の旨さであった。
残念だったな高橋、おまえはミシュラン一つ星止まりだが、こっちは三ツ星だぞ。
ベッドの上で肌と肌をくっつけ合いながら時を過ごしていると、森田のトートバッグ(中にはイソジンやらローションやらタオルが入っている)の中から「ピロリロリロリン、ピロリロリロリン」、と音がなった。
「十五分まえのアラーム……」
「森田さ、普段はなにやってるの?」
「仕事のはなし?」
「これが本職なのかい?」
「ううん―― ふだんはヴァイオリンやっている」
「音楽教室で教えてるのかい?」
「違う、オーケストラで弾いているの」
「仙台のオーケストラ?」
「大阪」
「次の演奏会に聴きに行ってもいいかな?」
「いいけど……つぎの定期公演はあまり好きな曲じゃないんだ」
「なにをやるの?」
「マーラー、マーラーの三番。二時間休憩なしだからお尻が痛くなって嫌い」
「そうか、じゃあ、好きな曲は?」
「う~ん、いっぱいあるけど……『元禄名槍譜俵星玄蕃』かな?」
森田が云う『げんろくめいそうふたわらぼしげんば』は知らなかったが、知らないと言うのが恥ずかしかったので、「そうか、あれは名曲だからね」と合わせた。
「オーケストラ辞めようか悩んでる」
「どうして、ステキな仕事じゃないか」
「子どものころから夢があったの」
「なんだい? バスケ選手?」
「近い! プロボウラー!」
「プロボウラー?」
「ボウリングのプロ選手」
「じゃあボウリング場に行こう」
「いいの?」
「ああ、いいさ」
森田は一度店に帰らないといけないとらしい。車を停めているパーキングで待っていると告げてホテルを出ようとした。しかし部屋のドアが開かない。
「この機械で清算しないとドア開かないよ」、と云われたので¥8,000―を壁に埋め込んである機械に入れた。
「チャリん、チャリん」と寂しげな音をたてて百円玉が二枚吐き出された。最先端技術でできているラブホテルの外で森田といったん別れて、コインパーキングに向かいながら出てきたラブホテルを振り返り、建物を見て考えた。ひょっとしたら第三新東京市の建物のように事の次第によっては要塞化するかも……と。そして国分町に向かって(ここの住所は国分町ではなく立町と住居表示看板に書いてある)歩いていく森田の後姿を見る。
彼女からなにかしらの淋しさを感じるのはなぜだろう。中学生の時には話したことがなかった。いや話したかったが、森田はヒエラルキーが上のグループにいたために話せる勇気がなかったのだ。しかし今はナノちゃんという仮の名前を持っていたために、森田と話しかけることができた。源氏名という制度の素晴らしさを改めて感じつつ、たしか新青梅街道沿いにボウリング店があったはずだと思い出した。
(6)へ続く
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