私が緑色の彼の話を談義の中に投じることをひどく嫌うという特性を、この会議室に出入りすることができる職員たちなら、重々承知しているだろう? そうさ、私は彼の二枚目のような一重の顔を思い浮かべると、人参のように長く、分厚い皮膚の輪郭までもを破壊したいという衝動がどこからともなく表れて、血流が如く全身を満たすんだ。そうなると私は、目の前の資料とお気に入りの万年筆やマグカップを投げ出してまで、この施設の無駄に大きな階段を降りたり上がったりしなくてはならないんだ。
どうしてそんなことをするのか? 理由は明快。体力の消耗とは、内なる破壊衝動を消し飛ばす近道だからね。
まあ座りたまえよ、君。この会議室は神聖だ。出入り口の前に棒立ちで居るなんて、もったいないだろう?
ところで、君に飲ませたい珈琲があるんだ。ごく普通の豆で作る珈琲なんだが、まだ職員どもには出回っていない特別な豆なんだ。
安心したまえ。この珈琲は毒入りでも、豆の毒見でもないさ。そんなに身構える必要はない。ここでは君の本来の職務や、それに伴う危険思想からは、綺麗さっぱり解放されているからね。この円卓を気取っている会議室はそういう場だし、主任の立場に居る私も、そういう研究者だからね。
何? 自分がここの黒革の椅子に腰かける機会が訪れるとは、思ってもみなかった、と?
はは。それはそうだ。
何せ、私もそうだからね。
ここは神聖な場所さ。さまざまな哺乳類の鮮血の香りで満たされている長方形の白い実験室と比べれば、機械の油も、万年筆専用のインクの残り香も、この珈琲の香りも、全てが心地良いんだ。
ほら、珈琲ができた。君も飲むと良い。さっきも話したがこれは毒でも毒見でもない。純然たる茶会だ。君も見ていただろう? 豆はもちろん、熱湯を作る過程さえ君の視界の中で始まって、君の視界の中で終わった。毒の瓶か、粉末を挟んだ紙を取り出す素振りなんて、一切無かっただろう?
警戒心は溶けたかい?
なら飲むと良い。私と一緒に、同じものをね。
どうだい、美味しいだろう? 先月の発掘調査で、地元の人間から教えてもらったばかりの豆を使っているんだ。良い苦味だろう? 余計な味が無く、ただひたすらに苦いだけ。私はそういうのが好みなんだが、君はどうだろう?
ちなみに今時珍しく、この豆には医学的な遺伝子操作が入っていないんだ。だからこそ、この苦味を作ることができる。君も私も、珈琲は黒だろう? この豆は黒が一番良い。ところで香りを嗅いでみたまえ。医学特有のとろけるような甘味が一切感じられないのが、この豆がいわゆる『天然モノ』であるという何よりの証拠なんだ。
さて、本題に入ろうか。まあ、ただの事実確認に過ぎないがね。
例えば千年ほど前の文明の足跡が、一般歩道に埋められている勤勉なマンホールのような硬さを得たとして、新幹線路線を逆走していたら、どうだろう? 君は母親の自律神経を走らせるその手を、鈍らせてしまうかな?
いいや、勘違いしないでほしい。別に君の体調やら気分やらを案じているわけではないんだ。それに私は魔法を信仰していないからね。山羊の角のような形の学園に籠っている学士どもの顔が嫌いなんだ。円錐と科学で全ての説明を終了へと導くのが主任というものだろう? だから基本的には肉も食らうし、枝豆のような色をした食器棚も普通に使う。ほら、所長もよくおっしゃっているだろう? 研究者の代わりなどいくらでも用意できる。円錐の下になった猛禽類の頭の人間だって、歯車としての利用価値がある。私が今もっとも案じているのは、人間ではない生物の血液を含んだアノマロカリスの身体が、どのような変化を経て、どのような脳細胞の運用方法を採用しているのか、ということだけだ。
とにかく、今の君の身体は早急に検査をする必要がある。場合によっては解剖か、殺処分もあり得るかもしれないね。でもしょうがないよね。君が自分で無煙火薬の志願者リストに、自分のフルネームを入れてしまったのだからね。
ああ、指先が震えているじゃないか。よく見ると、顔も真っ青だ。今の君の顔面だったら、この珈琲も冷たくすることができるかもしれないな。そうだ、せっかくだしやってみるかい? 君はすでにここの職員ではないんだ。デスクは新しい女の主任が使うことになっているよ。さて、私のマグカップを君の頬に押し付けてみよう。これは最後の実験だな。
ほら、どうだい? なるほど、良い冷たさだな。夏にはぴったりだ。
何? いいや、駄目だ。珈琲のおかわりは君には無い。ハマグリの貝殻を粉砕することだけに執着し、翌日の鍛錬で黒帯の称号をわが物にした木製の医院長が、君の肝臓と熱く濃厚な接吻をしたがっているんだからな。
確かについさっき、君の顔面で熱い珈琲を冷たくしたその瞬間、君を『夏専用の珈琲冷ましコーナーとしての再雇用』にあてがうという案が脳によぎったけれどね、しかし私も一応組織の人間だからね。幹部の命令には、一応イエスを出さないといけないんだ。
ところで君、七分の一スケールのフィギュアを七個集めたら、ご本人を召喚することができるって、知ってるかい?
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