とある景色をもたらした。濃い緑色の煙によって形成された顔面は、すぐに消えてゆく……。天井にぶら下がっている雫が油の虹色を映していた。おれは入浴をしていただけのはずなのに、知らないうちに床が動いているような感覚に落ちている。天井に足を付けて着席をしている。おれの浴槽には椅子はないはずなのに。
シャワーを浴びると、それだけで天井が壁になってしまったような気がしてくる。脳がゆで卵の黄身のように硬く沸騰している。黒色にゆで卵が浮かんでいるイメージがある。おれは倒れそうな体に熱を回す。血管を回っていくのがわかる。よろけて洗濯機に手をつく。そのままバスマットを睨みながら、全身が冷却されてゆく感覚と共に深呼吸をする……。
床にある窓から猫が覗いている……。おれは風呂場に居る。煙はいつものように青色を振りまいている。シャワーを止めて猫を睨みつけると、すぐ窓がパタンと閉じてしまう。猫は黒色と茶色を回転させていた。おれは炎が本来は黄色であることを考慮した上で、路上の猫に近づくように、慎重に歩く真似をする。シャワーがいつの間にか起動していた。紫色の水がおれの皮膚の上で飛び跳ねる……。
飛び出ている喉仏で猫の鳴き声を真似る。タイルで座っている猫は、足跡を舐めながら雑木林の中を歩く。二本脚で歩く。木製の床がきしむ音が、針のように足裏に張り付く。
おれは軽い悲鳴を上げながら進む。キッチンの棚を開けると、緑色のいつもの錠剤を発見する。
「常薬、発見!」
おれは洗濯機に寄りかかりながら錠剤を五粒だけ飲み込む。パンイチの担当医の警告が脳の中で反響している。「これは強力な栄養剤なので、一日に飲む個数は十粒までです。それ以上飲むと、あなたの役割は最後の死だけになりますから」
おれはいつでも脳震盪を起こしている。
硬い錠剤を飲み込んで、天井。おれの瞳は必ず天井を映す。
「……なあ先生、おれはあんたのほうがおかしいと思うよ。だって、捕まえた昆虫に片っ端から脳震盪って名前をつけて、さらに専用名札をパスタでくくりつけるなんて……お母さんが見たら、きっと悲しむよ……」錠剤の残りカスを奥歯の間に見つける。舌の先端で掬い出し、そのまま舌を口から出す。桃色の破片が見える。おれはそれを、そのまま飲み込む。
「それと、家族写真のような建築基準法をシャンプーとして試してみたけれど、あれは粘り気が精液のようで、昔に少年とそういう遊びをしたことを思い出してしまうよ」
おれは喋りかけてくる洗濯機を、友人のように脳に迎え入れている。
「そうなのかい? 今日中に全てを使うつもりだったのに!」
「過去に落第をした経験があればいいけれど、風俗街にすら足を運んだことの無い人間だったら、すぐに倒れてしまうかもね」
「なら全てを返品させないと!」
新鮮な水が落ちる音の中、強烈な酸を被ったと錯覚する。慌てて目を開くが、映るのはシャワーヘッドと、そこから落ちてくる橙色の水だけ。
そこでおれはくねくねと歩く、黒い衣服の男に出会ったんだ……。
老人が立ちふさがった。何本ものシワが額から唇にまで流れている。
「お前らもどうせ、ゲーム屋に行きたいんだろ?」
「まてよ。おれは確かに新作の昆虫採取ゲームが欲しいけれど、あれは必ず近所のゲーム・ショップで買うって決めてるんだ……」
おれは見知った診察室に居た……。
「大丈夫かい? 顔色がナスみたいだけど」
「いいや……おれはすでに入浴を終えて……」しかし体が熱湯を通った感覚はなかった。灰色皮膚にはいつもの硬さがある。
「そろそろ、この前からの薬も効いてこなくなってくるかな」目の前の医者は顎をこすりながらおれのカルテを見ている。「もう緑を使うしかないなね」
「先生……? おれは洗濯機……? あんたは?」
「だめだな。眼球も地球儀みたいに四六時中回ってるんだろ?」
視界が時折くねくねしていることを医者に伝える。医者は紫のフレームの丸眼鏡に親指を触れさせ、そのままクイッとやる。そして指を離した瞬間に、フレームは赤色になった。
医者は驚きで腰を浮かすおれを制しながら引き出しを開く。
「キミはいずれ未来すらも超えるよ。ほら、この錠剤を飲むんだ」
「どれくらい?」
「ああ、ええと……」医者は取り出した小瓶を机に置く。下敷きになったおれのカルテの白色が濃くなってゆく。
「せんせ……」
「これは強力な精神安定剤なので、一日に飲む個数は三粒までです。それ以上飲むと、あなたの役割は最後の死だけになりますから」
「常薬、発見!」
おれにはそれが濃い緑色の錠剤に見えた……。
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