九月十三日、茂山の報告を聞くために上野で幹部会議を行った。
「宝生のマスターコードキーでギガストラクチャーのメインサーバに入ることが出来ました」ヘッドセットをつけながら茂山が言った。彼は原発から撤収した後もテロに関する情報工作で大忙しだったが、宝生を捕まえてギガストラクチャーの王座が空席になった今、組織を頭から整理していく仕事もやってもらわなきゃいけなかった。
「まずはなんとしても幹部とその下の情報だ、宝生の次に影響力を持つ命令系統を順番に潰していく」
「了解」
二日後茂山はリストを作って幹部たちに共有した。まだほんの一部ですが、といった彼は疲れ果てた表情をしていた。SUAの幹部たちの名簿とDNAパッチを探知して追跡できるようにした位置情報データだった。SUAの組織は、宝生直下に十二名の女性幹部がおり、政、官、財にそれぞれ影響力を持っていた。彼女たちの配下には何百人もの人間が名を連ねており、ところどころに知った名前を見ることができた。ニシキはとある幹部の配下に経産省の事務次官や、局長級が名前を連ねているのを見つけ、やっぱりか、とため息をついた。
官庁では唯一財務省のみがSUAの毒牙にかかっておらず、それ以外は全滅、と言っても過言ではなかった。特に国土交通省は、大臣と事務次官、事務次官補佐、次長級、局長級すべての上位役職がSUAに染まっていた。与野党の有力な代議士もSUA関係者だらけだった。
「こりゃ金剛があきらめるわけだ、ヘタな動きは一切取れなくなる」ニシキがあきれかえってそう言った。
「予想以上だ、SUAは、立法府と行政府を支配する直前だった、ほんとうに手遅れになるところだった、きわどかった」野村が言った。
俺は皆に、
「よし、茂山は引き続きSUA関係者を洗い出せ、今度は民間企業や海外にも手を伸ばしてほしい、野村は何人使ってもいいから、内需型を脱却して経済を活発化させる施策と法案をニシキと協力して作れ、それと並行して金剛を政権の中枢において、このリストに居るやつらをスムーズに俺たちのシンパへと変えるような政治的シナリオを作ってほしい、無能だとお前が判断したらパージしろ、大変だが頼むぞ、平岩さんは新しい教育方針と大学制度の全面的改革を文科省と一緒に進めてくれ、文科省が渋ったら葛野を呼んでちょっと脅かしてやれ、あと葛野は野村のシナリオで邪魔になる人間の物理的パージをひたすら続けてほしい、ヒットチームの人数を増員する、脅すだけでもいいけど何人か殺した方が見せしめになっていいな、ニシキは若手官僚を選別して各省庁の世代交代を始めろ、できれば五十歳以上の奴はいらないな、実力はともかく、頭が固いからコントロールしにくい、とりあえずは以上だ」俺は指示を終えると、あとすこしだ、と自分に言い聞かせてため息をついた。
だが、なにか引っかかるような気がしていた。SUAのシステムは可用性と冗長性が低すぎる。権限が一か所に集中しすぎていて、のっとってくれと言わんばかりの構造だ。
幹部たちはいつも通り、指令を実行すべく各所に散らばっていった。彼らには、SUAの残党を排除して、日本を牽引するのは自分たちだという自信がみなぎっていた。俺とアオイだけ、彼らに比べると少し温度が低いような気もしていた。
「和泉さん、ニシキさん、ちょっといいですか」ユキオが少あわてた様子ではなしかけてきた。
「SUAが崩壊したという情報は一部海外にも共有されているんです、原発でテロが起きたってことはさすがに漏れていませんが、宝生が捕まって組織が混乱しているってのが既に周知の事実となっています、僕の大学時代の友人から気になる情報が入りました、彼は今イスラエルの民間企業で働いています、もちろん原子力技術者ですが……」
「どういう情報だ」
「軍事とITについて、技術連携を国レベルで日本としようというのがイスラエル政府内で案として出ているそうなんです、おそらくモサドが我々の情報部隊の優秀さに目を付けたんだと思うんですよ、海外から見たら、僕たちがやったのって、いわば無血クーデターですからね、よっぽど情報操作が上手くないと無血クーデターなんてできっこないじゃないですか、公開してないだけで、実際はいっぱい殺してるけど」
「要は敵に回したくないっておもわれてるわけかな」
「そうだとおもいます、あとは技術がほしいんだと」
「いいねぇ」ニシキが口をはさんできた。
「ニシキ、イスラエルに知り合いがいたよな、紹介してくれないか」
「ああ、そいつもたぶんモサドだよ、外交官のふりしてるけどな、そいつは日本の潜水艦技術がほしくてたまらないんだ、しつこく接待を受けたことがある、銃もくれたからいいやつだよ」ニシキはヘラヘラしている。
「わかった、まずはそいつと会ってみよう、セッティングを頼むよ、ユキオとハルカも参加しろ、あと外務官僚の中東担当で話のわかるやつもなアサインしてくれ」
「あーあ、おおいそがしだよ」
「その割にうれしそうじゃないか」
「うれしいにきまってるだろ、おまえのおかげだ」
ギガストラクチャー内のすべての電子ロックを開ける権限を手に入れた葛野のヒットチームは、SUA最高幹部十二名と、警備部の部長であり、唯一の男性幹部であった男を同時刻、それぞれ違う場所で殺した。ヒットチームの目の前で自殺した女性幹部も居た。SUAの指示系統は完全に崩壊し、各団体、企業、省庁はバラバラになった。そこを金剛と野村、そしてニシキが連携し、暴力と財力を背景にした圧力でトップを挿げ替え、新たな秩序を提示し、支配を進めた。SUAのサービスコード忠臣の経済を停止して、貨幣中心の市場経済へと戻すべく、野村は法改正を中心にシナリオを慎重に進めていった。とある財務官僚は、今まで生きた心地がしなかった、ありがとう、と言ってニシキと野村をまるで救世主のように扱った。
「私たち東京財務局は、二十年前SUAに国有地を売却しなければいけませんでした、そうです、ギガストラクチャーを建設するには必要だったんです、当時私たちは必死で抵抗しました、国有地は国民の持ち物ですから、当然です、しかしSUAシンパである代議士の圧力でつぶされました、その時点でSUAはほぼ日本とイコールだったんですよ、私は悔しくてしょうがなかった、なぜ宗教上がりの団体に国有地を譲らなければいけないのだと、でも私は敗北して認可の判を押した、そして東京のど真ん中にあのデカいビルが次々と出来上がりました、建築AIを使って恐ろしいスピードでした、それをずっと見ているしかできなかった私は、つい最近まで死のうと思っていました、沖縄を中国に取られても、日本人がアイドルを追っかけるだけのアホしかいないことに対して、責任の一端が私にあるような気がしてならなかったんです、あのビルができなければ、もっと日本人もマシな思考能力を持っていたんじゃないかって後悔しない日はありませんでした、でもあなたたちの様な若い人が出てきてくれてよかった、日本はきっとこれからよくなります」年老いた一官僚は泣いていた。
「そんなバカはいずれ日本に住めなくしますから、安心してください」ニシキは老人を慰めた。その眼差しには憐れみと、ほんのすこしの軽蔑が混じっていた。
俺は葛野が捕らえたテルの処遇を、俺に任せてくれと葛野に言った。別にかまいませんよ、と葛野は承諾してくれた。俺はテルを軽井沢の病院へ監禁した。宝生とは違う部屋で、鍵もかけずに放置した。寝たきりになった宝生を見せると、テルは大げさに泣き崩れたが、俺はこれも演技だと感じていた。この女はきっと生まれてからずっと演技しかしていないのだ。目しか動かせない宝生もテルを一目見ると、一筋の涙を流した。俺はこの愁嘆場が気に食わなかったし、気持ちが悪かった。宝生の残った目を潰してやりたくなった。
俺はその日の夜、テルを犯すことに決めていた。最初から最後まで抵抗し続けていたが、しょせん子供の体力だったのでそこまで苦戦はしなかった。ずっと暗闇の中だった。俺は射精する時の顔を、こんな女に見られたくなかった。俺は彼女を犯しながら、彼女の中の宝生を破壊するべく、徹底的に彼女の尊厳を奪うことにした。お前は見た目は美しいが弱い、なにも自分で考えられない、字も読めないから本を読んで進歩することもできない。今まで生きていけたのは宝生のおかげだ、だが宝生は俺が廃人にした、たかだか宝生の付属物だったおまえが一人前の口を叩くな。俺は生物として人間を見たときに、出産可能な女こそ最も価値があると思っている、なによりの宝であり尊敬の対象だ、しかしおまえは、宝生の作ったシステムの化身であり醜い思考停止のばけものだ、俺は主体を他人にアウトソースして曖昧に生きているおまえを人間とは認めない、女と認めない。
何度でもいう、おまえは人間じゃない、ましてや存在自体が美しい動物でもない、心から軽蔑している、逃げ出すことだってできたはずだ、宝生のもとからだ、がそれもしなかった、楽だったんだろう、疑問を感じることもなかった。セックスは合意の上においては快楽だけど、非合意の上においては強姦だ、暴力なんだ。親に殴られるという行為も、タイミングの違いによって愛情表現にもなり、ただの暴力にもなる、その差はなんだとおもう、愛情という名の、中脳腹側被蓋野から放出されるドーパミンの有無か、ドラッグを使った場合とどんな違いが、今の状況はなんだとおもう、おまえは今まで自分の置かれている状況を正当化してきた、これもうまいこと正当化できるか、答えろ。答えろ。
テルは抵抗をやめないが、俺にはねじ伏せることができる腕力がある。泣き、叫び、部屋を逃げ出そうとするが、俺は許さない。
「答えろ」正常位でめちゃくちゃに膣内をかき回しながら、俺はテルの耳元で叫ぶ。エネルギーの放出と運動が直接的な快楽を俺にもたらす。
「死ね、死ね、クズ」と言って醜く顔を歪ませている。だが俺には暗くて表情がよく見えない。俺のテルの長い髪の毛をつかみながら上体を起こし、片手で彼女の細い喉を思い切り締め上げた。彼女の全身が固くなり、生物というか只の物体みたいな感じだった。連動して膣の中もよく締まった。死の恐怖が彼女を襲っている。
「答えになっていない、頭が悪すぎる」俺はそう言ってテルの腹にに片方の膝を立ててのしかかった。徐々に体重をかける。苦しそうに彼女がやめろ、やめろよ、と金切り声をあげながら俺の背中に爪を立ててひっかく。
弱い個体は殺され、犯されて尊厳を奪われるんだ。
宝生はそんなあたりまえのことを歪ませた、俺はテルを時折殴りながら、犯し続けた。
葛野だって俺のマウントからは逃げられなかったのだ、こんなガキの力では脱出は無理だ。美しい女の顔を殴るのは、雄としての本能がブレーキを掛けようとする、それを理性で押し込めて殴る。テルの裸は美しいだろうが、俺は暗闇の中で視覚に頼らず、彼女の声と肌の感触を頼りに興奮していた。彼女の精神は幼い子供そのものだ。理解したり、共感することはまったくもって無駄だと感じていた。彼女は宝生に成長を止められたこどもだった。俺は清王朝の時代にあった、纏足の文化をおもいだした。流れる血は人を興奮させる視覚効果があるらしいが、彼女が血を流している事は暗闇の中でも、匂いと手触りで分かった。テルは血と汗でべちょべちょになりながら、甲高い声で俺を罵倒する。その声は波となり、俺の両耳から脳を刺激して、電気信号に変換され脊髄を通り、陰茎内部の海綿体への血流量を増加させる。俺はおたがいがだいきらいで傷つけあう関係、これこそが男女の本来のかたちではないのか、とさえおもった。現代の倫理観ではおたがいが理解しているふりをして、性交でさえ形式ばった手順を踏む。それに俺はずっと違和感をおぼえていた。しょせん他人だ。コミュニケーションという潤滑油があったところで、合わないものは合わない。合わなければ、たたかいが起きなければならない。勝者と敗者がいなければならない。
俺はテルの膣内に二回射精した後、ひさしぶりに酒が飲みたくなって部屋を出た。
振り返ると暗闇の中ですすり泣くテルの嗚咽が聞こえ、汗と血の匂いが部屋の中に充満していた。いかなる酷い犯し方をしたところで、この女は自殺しないと直感していた。そんなことを考える高級な自意識が、彼女には無いと感じていた。
俺は宝生の部屋へ行き、テルをめちゃくちゃに犯してやった、良かったから明日もやるつもりだ、死ぬまで続ける、という報告を簡単に済ませた後、たまたま軽井沢に来ていた葛野と平岩で酒を飲んだ。チョコレートと葛野の仕事上の報告をつまみにバランタインをストレートでちびちび飲んだ。全身の血管がアルコールによって一気に広がって心地よかった。平岩もこの日はとても酔っていた。今現在も、葛野の配下たちが、SUA配下たちを、脅したり殺したりしているはずだった。
俺はテルを手始めに、これから日本人に敗戦以上の悪夢を見せることになるだろう。俺がプロデュースする悪夢は、宝生の巧妙に仕組まれた現実逃避のシステムを凌駕して、真の自由による恐怖を民衆に与えるだろう。それは日本人を、ただされるがまま、外国から強姦されるだけの状態から抜け出すきっかけとなるかもしれない。
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