長谷川流星群

ケミカル本多

小説

3,301文字

この辺りでは3日に一度ぐらいの頻度で空から長谷川が降ってくる。長谷川は深海に漂うクラゲのようにゆっくり降ってくる。少女はその長谷川たちを本物か偽物か見分ける仕事をしている。本物と偽物の基準を誰からも教えられていないため、なんとなく判断している。いつから長谷川が降ってきたかいつからこの仕事を始めたか覚えていない。長谷川はベルトコンベアーに乗せられやってくる。長谷川たちは意識が混濁した状態で何も喋らない。しかし彼女にとっては長谷川の意識状態などどうでもいい。自分がやっていることが何であるかも知る必要がない。彼女は長谷川を選別することで生計を立てている。生活するために長谷川を選別している。だから長谷川が降ってきさえすればなんでもいい。長谷川が降ってこなくなったら生活ができなくなるので長谷川にはいつまでも降ってきてほしいと思っている。たまに長谷川が降ってこなくなることや長谷川ではなく山田が降ってきてしまうことを想像すると不安になる。だがそういった不安は一瞬にして消えていく。

長谷川を選別する工場のすぐそばには河川敷がある。彼女が作業場から出ると、河川敷で毎日決まった男がランニングをしている。小さな広場ではいつも子供たちがサッカーをしている。子供たちはいつも同じ会話をしていて、空を飛んでいる鳥が鳴き声を上げる。この河川敷はいつも空が夕暮れ色に染まっている。河川敷の空がいつも変わらずにオレンジ色なのか、彼女自身が決まって夕暮れ時間にいることが多いのかわからない。彼女は朝の河川敷も、夜の河川敷も知らない。夕日が沈んでいく河川敷しか見たことがない。

静かな村に彼女の住まいがある。村は河川敷と違い朝と夜がある。彼女の住まいは木々に囲まれてたくさんの種類の花や植物が育っている。たまに彼女は緑の中を散策するが、入れないところがいくつかある。そこに近づくと体がするっと別方向に向いてしまう。しかし彼女は入れないところには別に興味がない。彼女は自分の生活のこと以外にはあまり興味を示さない。夕食の時間になると彼女は椅子に座りご飯を食べる。しかしいつも気づいたら省略されたかのように食事を終えている。彼女はいつも自分の生活をすることで頭がいっぱいだったが肝心の生活はというとするっと過ぎ去ってしまっているようだった。彼女が起きたら朝になっていて気づいたら工場にいるのだ。

「長谷川が一匹、長谷川が二匹、長谷川が...」

長谷川を選別している時は、長谷川を数えたり、色々な妄想をして過ごす。長谷川が降ってこない世界や、長谷川ではなく山田が降ってくる世界のことなど。そしてこの長谷川たちはどこからきて、どこえ向かうのだろうと考える。だがそんな無意味なことはすぐに忘れていく。彼女にとって生活以外のことはどうでもいいことだ。

工場を出るといつものように空はオレンジ色に染まってる。河川敷の向こう側から男性がランニングしながらこちらに向かってくる。小さな広場で子供たちがサッカーをしながら決まった会話をしている。会話が開始した3秒後に空を飛ぶ鳥が鳴きはじめる。彼女もいつものように彼女の住まいへと向かって行く。

村に太陽が出ているとき、するすると滑って入れなかった場所は、夜になると簡単に入ることができる。その道を進むと星の見える丘があり、そこにはサラという子が座っている。サラはあの工場でベルトコンベアーで流れてくる長谷川を2個ずつに仕分けする仕事をしている。しかしサラとは夜以外に話をしたことがない。夜以外にサラを見たこともない。彼女たちは村のこと、長谷川の工場のこと、別の世界のこと、生活のことなどを真夜中になるまで話す。

また今日も作業場では長谷川が次々と流れてくる。一体どこからこの長谷川は生まれているのだろうか。と彼女は思ったが、無駄だと思い考えるのをやめた。作業場の人たちも同じように思っているのか不思議だった。別の世界からこの長谷川はきていることを彼女は想像した。いろんな世界の長谷川をここに集めて、私たちは何をしているのだろうか。と生活に関係のないことをえんえんと考えてしまった。

作業場を出ると外は夕暮れだ。彼女は帰る道中でも意味の無いことをえんえん考えた。主に長谷川と無数の世界のことについて考えていた。正面からランニングの男性がこちらに向かってきている。子供たちはサッカーをして決まりきった会話をしている。また同じタイミングで鳥が鳴き声を挙げたような気がする。作業場から帰る道は何から何までいつも同じ風景だ。頭の中の世界は無数に広がっていくのに、この風景には広がりがないと彼女は思った。するととつぜん、オレンジ色の空に亀裂のようなものが入った気がした。しかし生活に何ら関わりのないことだったので彼女は気にも留めなかった。

その日の夜、彼女はサラに会いにいったが、星の見える丘には誰もいない。丘にサラがいないことは今までの夜の中で初めてだった。いままで夜の丘に必ずサラがいたことも不思議なことだと思った。生活とは関係のないことなのでどうでもいいと考えようとしたが、その子も知らぬまに生活の一部になっていたのかもしれない。彼女は生活と生活でないものをどう区切っていたかわからなくなった。長谷川は生活とは関係のないことだと思っていたが長谷川も生活の一部なのだろうか。彼女はふと長谷川が降ってこなくなる世界を想像した。

次の日起きると村の空はオレンジ色になっていた。工場では長谷川が流れてこなくなった。かわりに佐々木や山田、近藤、チンパンジーなどが流れてきた。長谷川以外どう処理していいかわからないかったので彼女は一日中ベルトコンベアーの前で立ち尽くしていた。作業を終え外へ出ると、河川敷の空は青色になっている。ランニングする男性は空を飛んで、サッカーをする子供たちは哲学書を読みふけっていた。すべてがでたらめになったような気になったが、今まで同じ風景を見ていたことが不思議だったのかもしれない。河川敷の向こう側に蜃気楼のようにサラが立っていることに彼女は気づいた。

「あなたは疲れているのよ、十分な睡眠をとっていろんな夢を見るべきよ」

彼女は夜の丘でしか見たことのないサラが河川敷にいたことに驚いた。夜の丘でしか見たことがなかったので、サラは夜の丘の風景と同化していたのかもしれない。丘にある大きな樹が河川敷に瞬間移動したような、そうゆうすごいことが起こっているのだ。彼女にとってベッドの上のふかふかのふとんで寝ることは大切な生活の一部であったがいつも1日から省略されたかのように過ぎ去ってしまう。省略されていた睡眠がサラの助言によって浮き彫りになった。彼女はベッドに入り深い眠りに入っていったことを実感する。足を上げる動作もすべて省略は行われず深い眠りについた。

***

今日はみたいテレビ番組があったので早く帰りたい。同僚のサラちゃんと一緒に今ある仕事を一生懸命取り組んでいる。仕事をしながら私たちはいろんな話をする。でも、いつもふたりとも何を話していたのかわすれてしまうのだ。私たちはそろって上司の長谷川に大事な書類を提出する。長谷川は書類に厳しい目線を向けている。私たちは息を飲んだ。そしてやり直しを命じられた。結局見たいテレビは見れないだろう。私たちは仕事を終わらせることに長いことかかってしまった。帰り道は夜のネオンも行き交う人も同じだったことがない。私たちは仕事の話、主に上司の長谷川のことを話して帰った。長谷川は仕事以外のことを話したことがない。仕事に厳しい長谷川から私たちはあることないことを想像した。でも仲間たちに気遣いを見せてくれるところがある。私たちは、長谷川の愚痴を夢に出てきそうなぐらい話した。羊のかわりに長谷川を数えていたら、と思うと少しおかしな気がした。

その日私は夢を見た。でも夢の中身は覚えていない。私は何かを破りたい、突破したい、なんだかわからないものを跳躍したいという強い思いに駆られていた。ような気がする。でも起きた頃には何も覚えていなくて、何事もなかったかのように仕事へいくのだ。

2012年6月26日公開

© 2012 ケミカル本多

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