しおりちゃんの懊悩

小雪

小説

2,594文字

好きって何? ちょっと気まぐれでそそっかしい大学生のしおりが、今日もどうしようもないことで苦悩する。女の子はいつだって苦悩する生き物なのだ。

そもそも私は人を好きになんないの。

友達には、彼氏作んないのとか、男の子と一緒に寝てみたくないのとかそんなこと聞かれるんだけど、全然ない。だって彼氏作ったら、一緒に大学行ったり、お弁当一緒に食べたり、授業一緒に出なきゃなんないんでしょ?

男の子と一緒に寝るのだって嫌。だって、汚いもん。汗臭いし。抜け毛ひどいし。触ってくるんだろうしさあ。私、一人で寝たいもん。寝る前に本読んだり、動画見たり、暗いところで一人、かわいい私を妄想しちゃったり! うふふ、寝る前って楽しいよね。あんなに自由で開放された時間が他にあるかしら。そんな時間を誰かに邪魔されたくない。それがたとえ、好きな人だったって。

――好きってなんだろう。あーあー、出た出た。しおりのいつもの悪いくせ。ちょっとわかんないことがあるといつもこうなの。「なんだろう」って聞いちゃう。この前も、友達と喋ってるとき、
「それでさあ、彼氏がウザくってさあ。友達の前で下着の色を大声でさあ!」
「なにそれ、ひどくね? 男って、なんであんなにデリカシーがないんだろうね、ねえしおり」
と、そのとき急に振られてびっくりして、それで、「何?」って聞き返したの。そしたら、
「デリカシーよ、デリカシー。男ってデリカシーないわよね」
「……デリカシーってなに?」

私が聞いたら友達は顔を見合わせて、やれやれってポーズを取ったの。あり得る? あり得ないよね! だって、わかんないものはわかんないじゃない。でも、友達はそんな私の主張を無視して、「これだから、しおりは彼氏ができないのよ」と嘲笑ったの。もう、今思い出してもムカつく!

まったく、なんで友達やってんだろ。……友達ってなんだろう。あ、またやっちゃった。いけないいけない。友達は、友達だから友達なんだもんね。デリカシーってきっと、そうやって自分を納得させて持てるものなんだ。その、下着の色を大声で言ったっていう彼氏は――私は、そんなことやらないわよ――きっと、彼女は、彼女だから彼女なんだもんねって納得してなかったから――つまり、デリカシーがなんなのかわかってなかったから――恥ずかしいこと平気で叫んじゃうんだわ。理解してないから、デリカシーのないこと叫んで、彼女をどうしようもなくからかっちゃうんだよ。からかって、自分と彼女が恋人関係であることを逐一確認したがるの。バッカみたい! 無理無理。キモい、キモいわ!

だから、聞いてみたのよ、私。なんで彼氏にからかわれても付き合ってんだって。そしたら、
「う~ん。それが、わかんないのよね。強いて言うなら、好きだから?」
好きだから! はー、へーへー、ひーひー。好き。好き好き好き。好きってそんなに凄いのか。好きってそんなに特権的なのか。好きなら何でも許されるのか!

全然信じられない。大概だわ。私は、好きだろうが嫌いだろうが何だろうが、下着の色をバラされたら嫌よ。え、何色だって? 言うわけないでしょ! 言ってどうなるの? って気がしなくもないけど、それはデリカシーがないってやつだわ。下着の色をバラされるのは、嫌だから嫌なの。あれ、これでようやく私もデリカシーのある人間になれたってことかしら。ん? でも待って。彼女たちに言わせてみれば、私に彼氏ができないのはデリカシーがないからってことよね。ってことは、もしデリカシーがあれば、彼氏ができる可能性があるってこと? ダメじゃん、危うく騙されるところだった! 彼氏なんていらない。誰かを好きにだってならない。え、下着? そりゃもう、水色よ。
「――しおり」
「ひゃうっ!」

と、私はのけぞった。お母さんが、いつの間にかそばに来て立っていた。
「お母さん、部屋に入るときはノックしてよ」
「ノックも何も、あなた、ドアあけっぴろげて、下着、下着って叫んでたわよ」
と、クスクス笑っている。あっちゃあ……またドア閉め忘れてた。立て付けが悪いから、ちゃんと閉めないとすぐあいちゃうんだよね。
「で、誰かと電話してるの? 彼氏?」と、母。
「彼氏なんかいないよ! で、電話もしてない……」
「電話してないなら、何してたの」

うっ……私は、答えに詰まった。まさか、鏡に、自分自身に向かって喋りかけてたなんて言えない。でも、さっき自分で「電話してない」って言っちゃった……どうしよう。ええい。
「こ、今度書こうと思ってた小説のネタを考えていたのよ」
「へえ! しおり、小説書きたくないって言ってたじゃない」と、母が痛いところを突いてくる。
「今は書きたくなったの!」と、叫ぶと、私は机の上にあったメモ帳を握り取って、玄関へ走った。「ちょっと、外行ってくる!」
「ちょっとしおり。今から? もう八時よ。夜遅いんだから、家でネタを集めなさいよ」と、母が後を追う。
「いいじゃん、もう大学生なんだから。それに、外の方が着想が浮かぶのよ。秋の景色は、夜こそ綺麗なの。月と、雲と、紅葉と。――ってことで行ってきます!」
「あー、もう。ちゃんと電気消していきなさい。ねえ、しおりったら――」
と、私は急いでドアを閉めた。まったく、うるさいお母さん。今日は一人になりたい気分なの。……いつも一人か。ああ、でもせいせいした。――秋の夜は、空気がひんやりとしていて気持ちよかった。

私の家は、マンションの五階のちょうど角部屋だ。エレベーターから一番遠い。マンションには一つしかないから地味に距離がある。早く外に出たかったから、音を立てないようにすり足で走った。

エレベーターは、長い時間誰も使っていなかったのか、電気が消えていた。私が近づくと、「あ、いたんだ」とでも言うかのように、急いで電源が稼働する。まったく、どんだけみんな外でないのよ。あれかな? 彼氏とイチャイチャかな?

中に入り、ボタンを押すと、エレベーターは寂しい音を立てて下に降り始めた。ごおん、ごんごんごんごん……私一人をマンションから追い出すために、こんなに大きな音を立てなきゃだめなんだ。私って、結構存在感あるのかしら、なんてことを考えるとちょっとだけエレベーターのことが好きになった、かもしれない。かもしれないにしておくわ。だって、まだ好きって何か分かんないんだもん。

外に出ると、名前も知らない鳥が、ほー、ほー、ほーと鳴いていた。月は雲に隠れていた。電灯がぽつんと一つ光っている。右手に握ったメモ帳を見た。――今日は書けそうにないわね。でもいいの。これが、小説よ。

2019年10月18日公開

© 2019 小雪

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