「転べ!」
僕はタクシーを降りるや否や、そう叫びながら全力で疾走する羽目になった。そうなったわけは、デパートの二階にあるゲームセンターへと続く階段――その階段を利亜夢とモラちゃんが駆け上がって行ったからさ。僕はその二人を追いかけたってわけ(よそさまの子供の子守までなおざりにできないよ、いくらなんでも。子供嫌いの僕といえどもね。「転べ!」とは言ってしまったけれど)。
「亜男、財布ちょうだい」
ゲームセンターの出入り口の前で利亜夢がそう言ったとき、僕はせわしく呼吸していた。なので言うまでもなく、僕は自分の命を優先した。つまり先に呼吸を整えさせてもらった。
ある程度呼吸が安定してきたところで、僕は利亜夢とモラちゃんに小遣いをあげた。一万円ずつ。さすがに財布は渡さなかった。それから僕は二人にこう警告した。彼らのためさ。
「このゲームセンターから一歩でも出たら、国境警備隊に射殺されるものと思え」
大きなゲームセンターだったけど、出入り口はひとつしか見当たらなかった。ゆえに「この出入り口付近にいれば亡命者を撃ち殺せる」と僕はそう思って、出入り口の前にあったベンチに腰掛けた。要するに僕はそのベンチで子供たちの遊戯欲が満たされるのを、「満たされるわけがない」という絶望感を持って待つことにしたってわけさ。あとそれと同時に、買い物を終えたヒカルさんとデートできるかもしれないという希望も同じ手にしっかりと握りしめていたけどね。
僕はそれから二時間くらいゲームセンターの出入り口の前にいた。僕がその二時間なにをしていたのかというと、ずっとiPhoneでオンラインカジノをしていた。もちろんゲームセンターの出入り口のチェックは怠らなかったさ(もちろんですとも!)。あとついでに言っとくと僕はその二時間、頭の奥の物置に押し込んだキスの問題には触れなかった。ゲームセンターから漏れてくる音がやかましくて、そのような大問題と闘える状況じゃなかったんだ。
「子守をほっぽり出してオンラインカジノとはな。男らしいとこあるじゃねえか、亜男。我那覇真子の次に男らしい」
姉にそう言われたのは利亜夢とモラちゃんに小遣いをやったその二時間後のこと、すなわち僕がオンラインカジノの〈クラップス〉によって精神をスクラップにされていたときさ。顔を上げると、姉は僕の傍らに立っていた。その姉の顔を見ると、彼女は自身の巨顔に「不愉快」という文字をこれまた大きく書いていた。
ショッピングバッグを持った姉の背後には同じくショッピングバッグを持ったヒカルさん、そして利亜夢とモラちゃんも立っていた。利亜夢はその風貌がまるで天使のようなフェネックの体長くらいあるバットマンのジョーカー(ヒース・レジャーだ)の首振り人形を抱えていた。その人形がゲームの景品だったことと、ゲームセンターの出入り口がひとつじゃなかったことは無論あとになって分かったことだ。
つづく
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