顔のいい女と付き合いたいとかなんとかのたまっている諸君には絶対に理解してもらえないだろうが、私は、食べ終わったポテトチップスの袋をたたむ彼女が好きなのだ。残りかすを愛おしそうに口の中に流し込んで、唇についた塩粒をぺろりと舐めて、丁寧に折り目を付けて袋をたたみ、ごみ袋へほおり込む。私は、そんな彼女をついつい見てしまうのだ。君たちにこの気持ちは分かるまい。
今日も私は、ポテトチップスを買ってきた。コンソメパンチだ。きっと彼女は喜ぶことだろう。太っちゃうよなんておなかを押さえながら。まったくいじらしいやつめ。私は君の、口の中で上あごを舐めるのを見逃してはいないのだ。溢れる唾液を持て余し、あの、夕食の、どんな献立よりも味の濃いチップスを望んでいるのを私は知っている。彼女よ、ああ彼女よ。早く帰ってきておくれ。私は部屋で待っている。
――いつからだろう、ポテトチップスの袋をたたむ彼女を私が好きになったのは。あれは、ある何でもない日の昼。彼女と二人で午後まで布団の中でもにょもにょと――いや、もそもそか――した日の夜だ。玄関を出ると、日の光が眩しくて、髪の毛が痒くて、ボリボリと掻いたらなんだかフケが出てきて、今からご飯を作るのは面倒くさいねって、お互いの顔を見て笑って、それでコンビニへ向かったんだ。スーパーには行けない。スーパーは、近所の目が怖い。あらまあ、またあの二人、こんな時間にどうしちゃったのかしら、なんて。嫌だ。別に、あれかこれかと揶揄されるのが嫌なわけじゃない。おばちゃんに、想像されるのが嫌なのだ。私たちのもにょもにょを、いやもぞもぞを。いやそれか、彼女がポテトチップスの袋をたたむのを想像されるのが嫌なのだ。待った、そうだった。そのときはまだ、二人でポテトチップスを買ったことがなかったのだった。失敬失敬。――やっぱり、もにょもにょを想像されるのが嫌だったのだ。そうだ、だから私はコンビニに行った。コンビニには、他人のもにょもにょを想像するような人はいない。
というわけで、何の気なしにコンビニで買ったのが、ポテトチップスのコンソメパンチ味だったのだ。私は何を買ってもよかったのだが、まったく、彼女も何を買ってもいいよとか言いながら、既にポテトチップスのコンソメパンチ味に手が伸びていた。彼女が手に取った瞬間、ポテトチップスの袋は、バチバチと音を立てた。良く膨らんだ袋は、良い音が鳴る。しかし、他人にはより一層関心のない――多分、布団の中の温もりを思い出そうとしているのだろう――レジ係の男の子にポテトチップスを渡すと、今度は嫌な音が鳴った。ピッて。あれは金を吸い込む音だ。仕方ない、私は言われるがままに、金を吸い込ませ、ポテトチップスをひったくった。バチバチ。良い音が鳴る。帰ろう、部屋へ。――外はやっぱり眩しかった。
正直、食べていたときのことは覚えていない。ポテトチップスはあっけないのだ。たった一つのジャガイモを、紙のように薄く切っているだけなんだから。食べたときに、パリッと良い音が鳴るが、膨らんだ袋を手に取ったときほどの感慨はない。ただ、誤って口の中に入れてしまったかのように、食べる。彼女は無心にチップスに手を伸ばす。芸人が互いにじゃれあって馴れ合うだけの番組を見ながら、一体彼女は何を考えているんだろう。私も、口の中で、塩を舐めた。
だが、残り少なくなってくると、様子が変わってきた。彼女と私は大きなチップスを避けて、細かいカスを人差し指で拭い取って、舐め始めたときだ。私は、どうぞ、食べてと彼女に言うと、彼女は笑って、そんなこというなんてあなたが食べたいんでしょ、と無茶苦茶なことを言う。いやいや、君の方こそ、目がそちらをちらちらとしていたじゃないかと私が反論すると、じゃあ遠慮なくもらうわねと言って、最後にパリッと音を立てる。嬉しそうなのだ。幸せなのだろう、今の、この時間が。私は、彼女の横顔を肴に、人差し指をしゃぶる。
なんだか私たち、人差し指で袋の中を掃除しているみたいね、と彼女は言った。私は驚いて、なぜ私たちはそんな無駄なことをしてしまっているのだろうと考えたが、それを捨てる段になってようやく合点がいった。寂しいのだ! とめどなく流れる唾液の所在に困って、なんども飲み込む彼女。ダイレクトメールでさえぐちゃぐちゃに丸めるだけで捨ててしまうのに、ゆっくりと、角を合わせてきれいになったポテトチップスの袋を丁寧に織り込んでいく彼女。彼女は、ポテトチップスに別れを惜しんでいたのだ。彼女の視線は、袋の内側の銀色の部分に集中している。テレビの中で芸人が高笑いをしているのに、まるで聞こえていない。頬を高揚させて、ただ眼差しを送る彼女。おお、神よ。エロス神よ。あなたは、彼女に憑依なさったのか。彼女を、美しき乞食にしたのはあなたか。でなければ、布団の中でも見せないような色っぽい表情を、彼女はポテトチップスに送ったりはしないだろう。あなたもいじわるだ。私はあなたのために、ポテトチップスなぞに負けなければいけなかった。
そのとき、彼女が僕にキスをした。あまりに熱烈に、腕を首に回し、何度も唇を重ねた。唇からは、先ほど食べたコンソメパンチ味がした。私もキスをし返した。僕がキスをすればするほど、彼女は体をよじらせた。一方の舌から他方の舌へ、ポテトチップスが渡った。その瞬間、ポテトチップスの循環が、二つの体の中を貫いた。彼女は、既にポテトチップスとなっていた。
ぷは、と唇を離すと、彼女はとろんとした表情で私を見た。彼女は満足しているようすだった。私の唇のポテトチップスを食べるだけで、こんなに気持ちのよさそうな顔をするなんて。彼女は、本当にポテトチップスが好きなのだ。――そのときだった。私の心の奥底で、何か閃いたような心地がしたのだ。ドアがギイと音を立てて開くように。真理の扉が、私の中で開いたのだ。私は、彼女のこの顔が好きなのだ。エロス神にも似た、卑猥なこの顔が、私の最もか細い琴線をコリコリと震わせるのだ。だから私は、次の日もポテトチップスを買ってきた。買ってきては彼女に食べさせた。彼女は決まって、寂しそうな目でポテトチップスの袋をたたむのだ。丁寧に。その度に、私の胸は昂揚した。
――ドアのベルが鳴った。どうやら彼女が帰ってきたみたいだ。私は、ポテトチップスのコンソメパンチ味の膨らんだ袋をバチバチと鳴らしてスタンバイした。果たして、合鍵の刺さる音がした。ふふ、ポテトチップスのコンソメパンチ味はここにあるぞ、彼女よ。その手で、その顔で、今日も食べ終わった袋を綺麗にたたんでおくれ――
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