「コロロロロ」

椎名 ふう

小説

2,805文字

「涼しくなってきたのかなぁ? すごくしたくなって勃ってしょうがないんだ」彼はそういって真っ白な歯をみせて笑う。

あ、来たんだ。おじゃましますもいわないで勝手に彼のうちに上り込む。彼はくつろぎながらとゆうかくつろぎ過ぎじゃね?とゆう具合でソファーに座り缶ビールを飲んでいた。

うん、遅くなったよ。今日も仕事だったんだ。彼の隣にちょこんと腰おろす。疲れたよまったくこき使いやがってと愚痴をつけ足しながら。

「忙しいんだね。仕事」
特に興味などないだろうに一応聞いとくかみたいな口調で訊いてきたので、うんと頷いたけれどいってしまった会社の愚痴を後悔した。彼はあたしに会社での愚痴をいわないし愚痴どころか何も話してはくれない。ただ、そういえばさ人生の大半は会社で過ごしているんだよなぁと深々と意味深な発言をしたことがある。なのであたしはこういいかえした。じゃあ人生の半分は睡眠なんだねと。彼はクスクスと笑った。まあそうゆうことになるな。お前さいうことがまったくおもしろいよな。といいさらに笑われた。
「あ、そうそう酎ハイ買って来たよ」
飲む? と訊く前からもう酎ハイは彼の手に中に収まっていた。
「サンキュー」と嬉しそうに微笑んでプルトップをあげる。

その指になんとなく目を落とす。

あたしの好きな無骨で不器用な指がそこにある。爪は週に一度点検しあたしが切っている。爪が長い男は彼女がいないかあるいは愛撫を全くしないドM男かどっちかに決まっている。

「お前も飲む?」彼は飲みかけの酎ハイをあたしの顔の前に持ってくる。ううん。いらない。そんなしぐさで首を横にふった。ストロングゼロはねちょっとだけアルコール指数が高いから苦手なんだ。といいながら顔をしかめる。そうかなぁ。彼は半ばアル中なので酒ならなんでもこいという果敢さを持っておりアルコール指数などただの記号にすぎないとでもいいたげだ。
「あれ? 冷房ついてない」
いつもなら緩く冷房がかかっているしそのわりには部屋の中がいやに涼しかったので冷房の点滅を確認したらなにもついてなかった。
「そんなさ、いつまでも夏じゃないからね」

ショートカットのあたしの頭をなぜながら鷹揚な口ぶりで部屋の空気を読むように目をつむる。
「なんかさ、秋って感じがするもん」そのものいいにあたしは彼に抱きつきたくなる。その指で触って欲しくなる。
「そうだね」
同意の言葉は部屋の空気に溶け込んで緩やかに消えてゆく。心地のいい気温のいちいちにあたしはゆっくりまぶたを降ろす。眠たいな、とつぶやきながら。おもての方から秋の虫の声が涼しげに耳に届く。

「コウロギかしら」
特に誰にといっていったわけではなかった。彼はなのでぼんやりとしながらテレビを観ている。本当に観ているだけのように。意識などそこにないように。絵画でも見つめているかのように。
「秋だからね」
つい今しがたのことのこたえだったのか不明だけれど彼は唐突に口にした。さんま、しいたけ、まつたけに。

「あ、くり!」
どうしてだか最後の『栗』だけがいやに大きな声になっていた。
「秋はさ食欲も増すけど、」
そこでいったん言葉をくぎってあたしの背中に腕をまわしてからTシャツの中にあるあたしのおっぱいをのぞく。ワォ。彼は何百回も見ているだろうあたしのおっぱいに対面するたびにいちいち声をあげる。やあ、だとか。お久しぶりです、だとか。あたしはヤダァなんて顔をしかめつつも特にいやではないので見せてやる。たくさん吸われ揉まれているわりは子どものそれのような色素のない色が逆になまめかしいと彼はいいだからそれは彼の気に入りだ。
「せいよくも増す」
へー。あたしは肩をすくめクスクスと笑う。
「発情期じゃん。直人」
へへへ。彼は算数で98点をとってきたような子どもじみた顔で笑った。彼とはもう5年以上付き合っているけれど週末以外は全く合わないし連絡もしなければLINEおよびメールも無論ない。

昭和初期のようなお付き合いだとたまに思うし、付き合って1年目までは文通をしていた。便箋を買い切手を貼って赤いポストの口に入れる。そんな昭和初期なことを。彼は携帯を持っていなかったからだし持っていてもそれは会社の携帯で私情には使えないからと口ごもった。固定電話もない。じゃあ連絡が取れないじゃないのそう鼻息を荒げると文通ならどうかなと文鳥でも買うみたいな口調で言ったのだ。

ぶんつう? 嘘でしょ。笑えない冗談はやめて。あたしは笑えないけれどつい笑ってしまった。俺は基本的に休みは会社に行くかスポーツクラブかゴルフか出張かのどれかだし来たいなら勝手にこればいい。とゆうのが彼の出した結論だったしだからそれに従うことにした途端合鍵を渡された。いやいや違うの。だって最初は毎日でも声が聞きたいでしょ? 会いたいでしょ? 最初の方の恋はなんて甘味なのだろう。普通。

その人で全てが満タンになりすっかり満たされてしまう。

たったひとことの『おやすみ』でも『スキ』でも世界中でいちばんに幸せものじゃないだろうか。と思ったりもする。

いちにちの大半がその人のことで支配されあたしがあたしでなくなっていくあの快感。陶酔。麻薬。恋愛初期はそれに相当するくらい頭の中がおかしなことになっている。
文通は存外楽しかったし、いつもメールやLINEでこと済ましていたので文字を書くとゆうことがなんて難しいんだということを教えてくれた。あと自分の字が下手だったことやたった原稿用紙一枚が鉛筆では全然進まないことに。
彼はおじいちゃんの書くような達筆な筆跡でそれに文章だった。お元気ですか。から始まりかしこ。で終わる。なんだこれ。故意的に? 彼はいや俺まじで真剣に書いてるんだけどね。なんかおかしいところあるかなとそれこそ真剣にいいながら笑った。
その後彼はあたしのゴリ押しでスマホを購入するけれど結局のところ甘味の時間が過ぎ去っていたのでメールなどはしてはいない。
文通時代がきっと2人のピーク時だったのかもしれない。

「したい」
前戯もなにもないだだ異物を穴に挿入するだけの交尾でももうなんとも思わないし彼が望むのならどおってことはない。してもしてもしたりないよ。文通時代に彼はそうも書いてきたことがある。
「もうしたりた? あたしで」
そうだな。お腹がいっぱいだ。そっか。ならよかった。
よくねーよ。とは思わないし彼はもうあたしを支配したから満足したのであってそれは『したりた』のは自分のものになったとゆう自覚があるのだろう。
「好きだよ。直人。好きっていってみて。あたしのこと」
ときには意地悪をいう。
「いやだ」
コオロギの鳴き真似ならしてもいいといいながら真似をしだす。「コロロロロ、コロロロ、」
おもてから秋の夜気とともに流れてくる虫の声はなんとゆうかだんだんと冬を連れてくるような気がしてならない。

コロロロロ、コロロロロ、彼はまだ鳴き真似をするけれど鳴き真似がいやに上手いので制すことが出来ずにあたしは下半身だけ裸のまま尻を出して冷蔵庫に向かう。そうして缶ビールをとりだした。

 

2019年9月25日公開

© 2019 椎名 ふう

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