お次のお客様の

しーなねこ

小説

1,208文字

普段の生活から出てくる妄想

店の回転率を上げるために、食べたなら早く出て行ってくれと、やんわりと客に告げる言葉「お済みのお皿お下げします」。テーブルの上が食後の皿でごちゃごちゃしているので片付けます、という親切にも聞こえるので、トゲトゲした空気にはならない。しかし、食べ終わった直後、箸なりスプーンをテーブルに置く瞬間に、まるで背後から監視していたかのようにやってきて、「お済みのお皿お下げします」と言うのは早すぎる。もしかしたら、まだ済んでいないかもしれない。私の知るインドカレー屋のインド人は、あるときから、「これ、お下げしてよろしいですか?」と必ず聞くようになった。それまでは、「お済みのお皿お下げします」と、食べ終えたら一分もかからず片づけていた。もしかすると、客のだれかに指摘されたのかもしれない。「早いよ、まだ食べてるでしょ」。店員は最後のひとすくいのカレーを、うっかり見落としたのかもしれない。そういう場面を想像することは容易にできた。それくらい早かった。

しかし、「お済みのお皿お下げします」は過去のフレーズになろうとしている。状況を変えるきっかけとなったのが、オペレーションの効率化を極限まで進めることで台頭してきたファミリーレストラン最大手のマスト。全国に一四〇〇店舗を構えるマストが、一斉に次のフレーズを用いるようにしたのだ。

「お次のお客様のお食事お持ちしました」

このフレーズは、客の食事が終盤に差し掛かったと店側が判断したときに発せられる。言葉の通り、次の客の料理が運ばれてくる。そして、横に置かれる。テーブルの上にスペースがあればそこに置かれるが、たいていテーブルが狭くできており、目いっぱい皿が載っているので、自分が食べているドリアなどの皿がぐいぐいと押され、次の客のあらびきビーフハンバーグがテーブルにぎりぎり載る形となる。次の客の料理には、プラスチック製の半透明のドームが被せてあり、「次客」と書かれた札が付いている。現客が誤って食べてしまわないようにするための配慮である。

お一人様の客が食べているところに、「お次のお客様のお食事お持ちしました」が入る。お子様ランチセットを含む家族連れの料理が矢継ぎ早に運ばれてくる。テーブルの上は、次の客の料理で溢れかえり、もはや自分の席ではないという心理になってくる。さらに、ドームの中にうっすら見えるお子様ランチが、長居をすればするほど冷めていくのだという罪悪感を膨らませる。父親が飲むのであろうビールの泡が弾けて消えていく。入口を見ると、待ち行列の中にファミリーがいる。

そして、客はそそくさと席を立つ。マストはこのフレーズを使うようになり、ひと月で混雑時の回転率を平均で十五ポイントも改善することに成功した。すると、マストに次いで、業界二位三位の、パイゼリア、ジョイプルも使うようになり、いまでは全国的に「お次のお客様のお食事お持ちしました」を耳にするようになりつつある。

2019年5月1日公開 (初出 突き抜け12)

© 2019 しーなねこ

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