第2話

マニア(第2話)

じゃじゃ馬ぴえろすたー

小説

11,912文字

夏休みの初デート、君と夕暮れ時の二人乗り。

夏祭りの帰り、僕と麻美ちゃんは付き合うことになった。彼氏が何をすればいいのかなんて分からなかったけど、彼女のあの悲しそうな顔を見ていると、僕はその気持ちに応えなければいけないような気がした。

それから2日後、僕は慎二に呼び出された。

ちょっと話がある。と、メールが来たのだ。何かあったのだろうか。

近くの駄菓子屋で待ち合わせる。

少し早めに待ち合わせ場所に着くと、店の前の青いベンチに慎二が姿があった。

「早いね、どうしたの?慎二」

「まあまあ、お菓子でも買ってきたら」

棒状のゼリーを吸いながら慎二が言う。目線は僕に向いてなかった。

「う、うん」

駄菓子を適当に選び、会計を済ませる。

あきらかにご機嫌斜めだ。表情に出さないようにしてるみたいだけど、全然わかる。口調とか。

慎二の横に座り、お菓子を取り出す。

内心ドキドキだが、僕は話を切り出した。

「買ってきたよ。それでどうしたの?何かあった?」

「うん…、まあなんて言うかさ。夏祭りの日の事なんだけど」

心臓が跳ねて、冷や冷やとする。もしかしたら、キスのことがバレたり…。

「あの日…慎二、天野さんと帰ってたね。楽しかった?」

平静を装って声を出す。バレてるだろうか…。

「いや、ん〜。」

「なに?」動揺。今正直怖くてたまらない。

「渉さ、天野さんのこと祭りに誘ってたのか?」

淡々と話す。でも僕にはそれが物凄い怒りを持ってる気がして、恐怖でしかなかった。

「え、あ。うん、まぁ…」

「なんで?」

一言一言が物凄い威圧的に感じる。

「そ、それはそりゃ、慎二が天野さんのこと好きって言ってたし…」

僕は咄嗟にこんなハッタリを言ってしまった。

「え?」

「だから、慎二が天野さんのこと好きだから、連れてきてびっくりさせようと思ったんだよ…。まあ、美咲ちゃん達もいるからって断られたけど…」

何を言ってるんだ僕は。こんな適当な嘘、バレるに違いない…。慎二の顔が見れない。

「なんだそうだったのかよ〜!」

急に明るい声になった。嘘が通ったのだろうか?

「天野さんもそんな感じのこと言ってた。渉が俺のことびっくりさせたいって言ってたよ〜みたいな?」

どうやら、適当についた嘘がたまたま天野さんの言った事と繋がったようだった。ホッとして肩の力が抜ける。

「ごめんね、天野さんにほぼバラすような事しちゃって」

「いいよいいよ、てかむしろありがたい。バレてた方がアタックしやすいじゃん?」

「まあそうだね」慎二は、笑みを浮かべていた。ニコニコと笑って僕の方を見ている。僕も釣られて笑顔になる。

「天野さんが来た時俺もうめっちゃテンション上がってさ〜、それに一緒に帰れるなんて、めっちゃ良い1日だったよ」

「家まで送って行ったの?」

「いや、おばあちゃんの家に泊まるみたいだったから、そこまで送ったよ。」

「そうなんだ」

楽しそうに話してる慎二を見てると、やはり麻美ちゃんの時同様、罪悪感が湧いてくる。

でも、どこかで「勝った」と思っているところもある。僕は天野さんとキスをしたんだ。

天野さんから、僕に、キスを。

「なあ。渉…。天野さんこと、好きとかじゃないよな?」

焦りは見せない…、この質問に僕が言わないといけない答えは、ただ1つだけ。

天野さんのこと……

「別になんとも思ってないよ。僕、麻美ちゃんと付き合うことになったし」

僕はまるで貼り付けたみたいな笑顔で言った。

「え!?マジ!?麻美ちゃんと付き合ったの!?おいおい、マジかよ〜!こりゃ佳祐も呼ばないとな!」

慎二は安心したのか、僕と麻美ちゃんの事を知って面白かったのか。とにかく元気が戻った。良かった。こうやって、これからも上手くやっていけると問題ないんだけど。

元気な時の慎二はとても面白くて、いつも僕を笑わせてくれる。だけど、今日は上手く笑えなかった。

慎二が笑わせようとしてくれても。何故か。

5時頃家に帰って僕はベッドに横になった。

なんだかここ最近。色々あって、疲れた。

携帯を手に取る。麻美ちゃんからメールが届いていた。「やっほー渉くん今何してる?」絵文字もつけられた可愛らしいメール。届いたのは1時間前か…。

圭介たちと遊んでたよ。そっちは何してた??

そう返信して、携帯を胸に置いた。時計の音だけが響く部屋で天井をぼーっと眺めている。

天野さん。慎二と帰ったけど。何かあったかな…。

告ったりしたんだろうか。天野さん、楽しかったのかな。

携帯のバイブ音。麻美ちゃんからメール。

「うちでゴロゴロしてたよ〜。もしよければ電話しません??」

電話…。一体何を話せばいいのだろう。特に話題もないんだけど。

「いいよ」

すぐに電話がかかってきた。

「もしもし」

「もしもし渉くん、何してた〜?」

「ベッドで寝転んでたよ」

「そうなんだ、私もだよ〜。一緒だね」

「わ〜、一緒。以心伝心だ〜」

嬉しそうな麻美ちゃんの声。彼女の声を聞くと確かに元気になるというか、明るい気持ちになれる気がする。天野さんのことを考える時もあるけど、こういうのがカップルの付き合いなのだろうか。

それからは他愛もない話をしてた。あの時渉くんのことこう思ってた〜とか、なんで好きになったかとか。

相手が「なぜ好きになったのか」を言い終わった時点で、何かしら話を変えればよかったと、思った時には既に遅かった。

麻美ちゃんは僕に非常に答えにくい質問してきた。

「ねえ渉くん。私のどこが好き?」

困る。天野さんとどういう関係?とか、天野さんのこと好きとかじゃないよな?とかは正直、何も無いよか、好きではないよなんて事を言えばいいのだが「どこが好き?」と言われると具体的に答えないといけない訳で、もちろん好きは好きだけど明確に麻美ちゃんのここが好き。という所はいまいち分からなかった。

「そうだなぁ。タレ目で可愛い所とか優しいとことか…。まぁ、一緒にいたいって思えるみたいな…」

え〜、何それ〜。と言ってキャッキャとはしゃいでいる。ぱっと出た割には満足してくれたらしい。

こういう素直で純粋な所は彼女の良いところだ。

30分ほどして電話が終わった。電話を切る前、明日暇ならどっか遊びに行きます?と誘ってみると、え!?いいの!行くー!と言って喜んでくれた。

初デート。楽しめるといいな…。ワクワクして頬が緩む。その日僕は明日に備えて早めに寝る事にした。

次の日。今僕達は駅でお互いを探し合っている。電話でお互いの位置を探り合う。家からちょっとしたとこの駅内集合と、はっきり待ち合わせ場所を決めてなかったのだった。

「今どこいる?」

どこだ…。待ち合わせの駅は広い駅で中にはレストランや、本屋。ファストフード店なども多い。そしてこの日は夏休みということもあってか人も多かった。

「えぇと、ドーナッツ屋さんの前だよ」

電話越しにガヤガヤとした声と混じって麻美ちゃんの声が聞こえる。

「あー、おっけーそこで待ってて」

小走りになる僕。

「うんっ、わかった…、あ!渉くん〜!」

僕を見つけた彼女は元気に手を振った。僕は恥ずかしくなってやめてくれと手で合図する。

「おはよ麻美ちゃん。人前でそんな手振らなくても」

「えへへ、ごめんね」

麻美ちゃんも照れくさそうにもじもじとした。それはとても可愛らしい女の子だった。

「別に謝らなくても大丈夫だよ、それじゃ行こっか」 笑って僕は手を差し出す。彼女は、うんっ。と微笑んで僕の手を握った。

今日は髪を下の方でふたつくくりにして、ふわっと巻いている。オーバーオールに白いシャツ。肩に黒いカバンを下げていた。

元々髪の色素が薄いのか、太陽が眩しいせいか、ほんのりブラウンの髪になっていた。

これが僕の彼女なのか。未だ自分には彼女がいるという実感は薄かったが、少しずつ彼女という存在を意識してきていた。

「今日はどうする?」

「え〜とね、香織ちゃんの誕生日がもうすぐだからプレゼント選べたらいいかな。渉くんは何か行きたいとこある?」

「映画見たいかな〜。でも麻美ちゃんの行きたいとこメインでいいよ」

麻美ちゃんはこちらを見て笑顔で応えた。

「ありがとう!」

今日はモールに行くことになった。

モールに着くと、香織ちゃんのプレゼント選ぶのに付き合って、「これ似合うかな?」と言って何度も持ってくる服見たり、映画見たり、フードコートでご飯食べて。帰りにちょこっとゲーセン寄ってプリクラ撮って…。デートらしいデートを出来たと思う。僕は満足だった。

「家まで送っていくよ」そう言って僕は麻美ちゃんを家まで送った。手を繋ぎ、また彼女の家までの道を歩く。

家の近くまで来た時、麻美ちゃんが突然僕の前にぴょんと出てきた。「ん?」麻美ちゃんは僕の手を両手で優しく取り、照れくさそうに話し始めた。

「今日はありがとね。すっごく楽しかったよ…。」

「いえいえ、こちらこそ。ありがとう」

上目遣いっぽく僕を見つめる。少し沈黙が流れる。耐えかねて僕が口を開いた。

「プレゼント、香織ちゃん喜ぶといいね」

「…あ、うん。そうだね、喜んでくれると思う」笑って問いかけたにも関わらず、麻美ちゃんはぎこちないような笑顔で返してきた。そして何か物欲しそうな目。

…キスだろうか。麻美ちゃんはキスを待っているのだろうか。

小学生とは言え、流石にそれくらいの空気は分かる。その時麻美ちゃんが僕の胸にポンと頭をつけた。

あの祭りの日のことが頭に浮かぶ。

天野さんとのキス。麻美ちゃんの切ない笑顔。

「もっと一緒に居たいなぁ……」

麻美ちゃんが呟いた。

僕は彼女の肩を持った。麻美ちゃんはキョトンとしている。

一瞬の躊躇い。このまま勢いでキスをしてもいいのだろうか。みんなは最初、恋人とどうやってキスをするものなんだ…?

「渉くん…」

麻美ちゃんは潤んだ目で僕を見つめているかと思うと、目をそっと閉じた。

「ん…」

完全に待ってくれている。

僕はゆっくりと顔を近づけ、唇を重ねた。

彼女の身体が一瞬ピクっと跳ねたが、すぐ僕に身を委ねる。

不器用なキス。彼女の唇は柔らかく、それがまた天野さんを思い出させた。

キスが終わり、麻美ちゃんを見てみると目がとろんとしていた。僕は彼女を抱きしめた。

「キスしたの初めて…」さっき話してた時よりも、色っぽい話し方だった。少し間が空いて「僕も」と一言返事をした。

「今日はとてもいい日…」彼女は最後にそう言い、笑顔でその日は別れた。

家へと歩いていく彼女を最後まで見送る。麻美ちゃんも何度か振り返り、その度手を振った。彼女の姿が見えなくなると、僕も自分の家に歩き出した。

今日1日を通して、僕の付き合っている人は麻美ちゃんであって、天野さんではないということがわかった気がする。

でも、キスをした時、僕が本当に好きなのは彼女である麻美ちゃんなのだろうかという疑問も浮かび上がった。

あの時、躊躇いが生まれてしまうというのは一体どこから来る躊躇なのか。

付き合うというのは、どういうものが正しいのだろうか。

夏休みって、割と暇だな。

TVゲームの画面には、もはや何度も見た映像が映っている。あぁ、やめよう…。僕はスイッチを切った。

リビングのソファに座り、携帯を見る。

麻美ちゃんからメールがある。僕はため息をついた。デートした日から1週間経った。それからというもの、彼女からのメールが止まらないのだ。

返しても返しても返信がくる。「おやすみ」と言って寝ても次の日になると、「おはよー」というメールがくる。会話の内容は別に大したことじゃない。今日はあれしたよ〜これしたよ〜。と、麻美ちゃんの日常の話である。

カップルというのはこんなにもずっと連絡をしあうものなのだろうか。

着信履歴を開き、天野さんの電話番号を眺める。

天野さん、電話かけないでほしいような雰囲気だったな…。今何してるだろうか。

「天野さん……」

暇だ…。中古の安いゲームでも探しに行こう。

バッグを持って、玄関を出る。自転車を走らせた。

今日も今日とて空は真っ青で、太陽の光が照りつけている。汗が滝のように出てくる。

汗だくの中20分ほど走り、ゲーム屋に着いた。

店内に入ると、クーラーが効いていて、つい「涼しい…」と呟いてしまう。シャツをパタパタさせながらゲームを見てまわった。

「あ。」中古の980円コーナーの所に、僕が前欲しかったゲームが置いてあった。前は1600円だったのに…、ラッキー。僕はそのゲームを手に取り、レジに向かった。

買った後少し店内をうろうろして、新作ゲームなどを一通り見てから店を出た。

自転車にまたがり、早く帰ってゲームをしようと思った時だった。

そういえば、ここから香織ちゃんの家って近いな…。てことは…。

僕は別の場所に自転車を走らせた。

何でもない。ただ、ちょっとこんな所なんだなって、確認したくて。それだけ…。

目的地はもちろん「ひかりマンション」だった。

5分ほどでマンションの入口から少し離れた所に着いた。ボロいマンションってこれだよなぁ。少し距離はあるが、看板が見えてそこに、ひかりマンションと書かれているのが確認できた。6階建ての少し寂れたマンション。

僕の気分は舞い上がり、顔も無意識のうちに笑顔になっていた。でも、その時だった。

自転車を急停止させる。マンションの中から慎二が出てきたのだ。

「慎二…?」

出てきたかと思うともう一度マンションを眺める慎二。

僕は見つからないように物陰に隠れた。

別に隠れる必要もないけど…、もしかしたら天野さんも出てくるかもしれない…。あ、これは違う。あの、佳祐との話題にするためで…。

自分の中でめちゃくちゃ言い訳をする。

しかし天野さんが現れることはなく慎二は駐輪場から自転車を出して、走り去っていった。

何をやってたんだ…、慎二…。もしかして天野さんと遊びに行こうとしてたのだろうか。

でも留守だった…とか。いや、もしかしたら断られたのかも。

疑問を抱きながら僕は家に帰ることにした。

途中、あの夏休み前天野さんと会った公園を抜け道として通る。木々が並ぶ散歩道。

あ〜、セミ取りしたな…。まだいっぱいいる。あの時の天野さんの言動には驚かされた。

あの日の事を振り返りながら自転車を走らせる。

ベンチが見えてきた時、俯いたロングの髪をした女の子の後ろ姿が見えた。

ドキッとして、自転車のスピードを緩める。ゆっくりとベンチ横を通る。

横顔が見えた時、確信した。紛れもなく天野さん本人だ。自転車から降り、早まる鼓動を抑えながら僕は声をかけた。

「あ、天野さん…?」

会わなかった時間は約2週間ほどだろうか。まるでもうずっと会ってなかったような、そんな感覚。とても久しぶりに感じる。

天野さんは顔を上げると立ち上がり僕の腕を掴み、引っ付いてきた。僕は驚き動揺して、ヘラヘラして照れ隠しをしようとした時、天野さんは小さな声で言った。

「飛永くん…、会いたかった……」

何か…、いつもと違う。

いつもはもっと、元気…っていうか、陰がある人ではあるけども、もっとこう余裕があるような雰囲気で、僕を弄ぶような。そんな子なのに。今目の前にいる女の子は、ただただ、か弱い女の子だった。

「なんか元気無いね」

天野さんは何も言わず、俯いていた。少し震えているのが分かる。

何があったのかはわからないが、こんな所でじっとしてても熱中症になってしまいそうだし、もしも慎二に見られたらどうなるか分からない。

「ま、あの。外じゃ暑いし、良かったらうちおいでよ」

天野さんは頷き、僕の腕から離れた。

自転車を手で押しながら、2人並んで歩く。

彼女は何も話さない。蝉だってこんなに鳴いてるっていうのに。いつもみたいに明るく振る舞う天野さんはどうしてしまったのか。

何て声をかければいいのか分からず、会話の無いまま僕の家に着いた。

家の中へと招く。一体それが何かはわからないが、とにかく彼女が悩んでいるというのに、僕は天野さんが自分の家に来たということに高揚感を覚えていた。

リビングに入る。「適当に座ってて」そう言って僕はジュースを冷蔵庫に取りに行った。天野さんはソファに座り家の中をキョロキョロしている。

「そんな何も無いでしょ。どうぞ。」

天野さんにジュースを渡す。ありがと。と一言。

「綺麗なお家だね。」

「そうかな、ありがとう。って言っても僕が掃除したりしてるわけじゃないんだけど」

「でも…、いいお家。」

ジュースを口にする天野さん。コップのふちには彼女の口の跡が。そして潤いぷくっとした唇。ドキドキする。

「そういえば天野さん、公園で何してたの?」

天野さんは少し黙ってから僕を見ないで言った。

「飛永くんに何回か電話したんだけど、繋がらなくて。」

僕は、えっ。と思い携帯を取り出した。本当だ。着信が4件きてる。

「それで、あの公園にいたら…、飛永くんに会えるかなって。」

天野さんが僕に会いたいと思ってくれてたのかと思うと鼓動がどんどん早くなる。

「ごめん、ゲーム買いに行っててさ…」

「あ、そうだったんだ…」

やはり悲しそうな天野さん。

「あ、その。でも…」

「なに?」

僕の方をゆっくり見る。切ない瞳。祭りの日の麻美ちゃんみたいだった。いや、それよりも陰のある目だ。

「その…、こんなこと言うと、キモいって思われるかもしれないけど…

天野さんは黙って僕を見つめる。

「ゲーム買った帰りにさ。僕、天野さんの家に寄ったんだ…」

「うちに来たの?」

「うん、香織ちゃんのうちの近くに住んでるって聞いたから…。マンションの前までしか行ってないんだけど…」

慎二のことは何も言わなかった。慎二があそこで何をしてたのか、ハッキリわからないし、何となく言いたくなかった。

「そっか…」

気持ち悪いと思われただろうか。だがそんな思いをよそに、天野さんはまた僕に質問した。

「飛永くんも、私と会いたかった…?」

本当は何を考えているのか、僕にはわからない。でも、天野さんのその目に濁りは見えなかった。

僕の彼女は麻美ちゃんであって天野さんじゃない…。だけど…。

「うん…、会いたかった…」

天野さんの表情が柔らかくなる。ニコッと微笑み「嬉しい。」と言って、僕にハグをした。僕も彼女を優しく抱き返す。

最低だった。どうしようもない奴。

2人寄り添い、うちにあったお菓子を食べながら再放送のドラマを見ていた時だった。天野さんが僕に訪ねた。

「ねえ飛永くん、私の家に電話かけた?」

僕はキョトンとする。

「かけたことないよ。天野さん、かけてほしくなさそうだったから」

そう言うと天野さんは少し考え「そっかぁ…、ん〜…」と言った。

「なんで?」

「誰かわかんないけど、男の子から電話あったみたいだから…」

慎二だろうか…。いや多分、慎二だろう。

それでも今日慎二がひかりマンションから出てきたなんて言えなかった。

「福本くんかな…」

「どうだろう…。慎二、天野さんのこと好きみたいだし」

「やっぱそうなんだ。」

天野さんは特に感心もなさそうに言う。

「そうういえば祭りの日、何で飛永くんと居たの〜って訊かれて適当な嘘ついちゃったんだけど大丈夫だった?」

「あぁ。うん、何とかなったよ。僕が言った嘘と天野さんがついた嘘が同じ感じだったみたいだし」

苦笑いしながら言う。正直あれはとても焦ったのだが…。

「ごめんね。」

僕がそれに笑顔で答えると、天野さんはまた肩に頭を乗せてきた。

僕はずっと聞きたかったことを質問した。

「天野さん、慎二と何かあったの?」

正直聞くのは怖いが、やはり気になっているのは事実で、二人に何があったのか知りたかった。また胸にモヤっとしたものを感じる。

「何も無いよ。全然わかんない」

モヤモヤして頭を掻き回したくなる。何なんだ本当に。

「そうなんだ…」

「うん…、前に席隣になったくらい…。確かに思い返してみるとあの時よく話しかけてくれてたかも。」

ふ〜ん…とその答えにモヤモヤは募るばかりであった。

「天野さんは、慎二のことどう思ってる?」

僕はテレビを眺めていたが、その内容なんて全く入ってなかった。ただ欲しい答えは一つだけ…。そして天野さんは僕の身体に体重を預け、冷めた声で言った。

「全然、どうでもいい…」

心の中にあった靄が晴れていく。そっか。と一言言った僕の顔は最低な微笑を浮かべていた。

それから時間を気にし始めた天野さんは「そろそろ帰らなきゃ」と言った。家の外まで見送る。天野さんがじゃあまたね。と笑って歩いていく。僕は天野さんを呼び止めた。

もう少し、一緒にいたい。そう思った。

「送るよ。」

「ホント?」

「うん」

僕は天野さんを自転車の後ろに乗せた。

夏の夕方。まだ全然明るいけど、昼間みたいな日差しも、蝉のうるさい声も落ち着いている。夕日で赤く染まる道を走る。

天野さんは僕の腰を優しく包むように掴まっている。今が、永遠に続けばいいのに…。

あっという間にマンション近くに着く。

天野さんがぴょこんと自転車から降りる。

「飛永くん、今日はほんとありがと。すごい楽しかったし、会えて嬉しかった」

穢れの見えない純粋な笑顔。

「僕も、嬉しかったよ」

少しの間の後、僕は続けて言った。

「また、会えるよね。」

天野さんは頷く。

「もちろん、私も会いたい。また連絡するね」

やはり、彼女は笑顔だった。

天野さんを送り届けた後、何となく公園に立ち寄った。ベンチに一人で座る。

僕は何をやっているのだろう。麻美ちゃんと付き合っているのに…。

携帯を見る。「早く帰らないと…」僕は自宅へと向かった。

あと1週間と少しで夏休みが終わる。

蝉の声も心做しか少なくなってきてるような気がする。

夏休みの宿題が並んだ机に伏せる。ため息。あれから天野さんから連絡が無い。どうしたんだろうか。

佳祐とは一昨日1度遊んだが、その日慎二は来てなくて、僕もすっかり連絡を取っていなかった。

連絡といえば、麻美ちゃんからのメールの頻度が落ち着いた。

やはり、僕にはメールで話すのは向いていないのだろう。正直なところ、毎日の彼女とのやり取りは面倒くさいと感じていた。

だからこそ天野さんの少しの電話のやり取りがより良く見えてしまったり……。

「ああ…」

これだからいけないんだ…、何でもかんでも天野さんを引き合いに出してしまう……。

それにしても、天野さんから…、連絡来ないな…。

結局、天野さんから連絡も無く夏休みは終わりを迎えた。

始業式。長期休み明けの久しぶりに会うクラスメイトには毎年緊張する。しかしながら実際はそんな緊張もする必要も無いほど、何も変わりはないのだけども。

教室に佳祐と男子数人がいた。

「お〜、渉久しぶり〜!」

「おはよ、佳祐この前遊んだじゃん」

「まあそれはそう」

佳祐はいつものように笑って言っていた。

周りを見渡す。美咲ちゃん達の中に麻美ちゃんがいるのが見えた。

麻美ちゃんと目が合う。小さく手を振ってきた。僕も笑顔で手を振り返す。

美咲ちゃんたちもチラっとこっちを見た。

そこで違和感を感じた。美咲ちゃん達の様子がおかしい。麻美ちゃんも元気がなかった。

佳祐に肩を叩かれ、教室の端へ連れていかれる。すると佳祐は小声で「いきなり浮気はやばいぞ〜」とニコニコしながら言った。

心臓が跳ね上がった。背中に冷や汗がつたう。

僕はいかにも「何のこと?」と言わんばかりの態度を示した。

「何か〜、美咲たちに言われたんだけど、香織が渉と天野さんが一緒にいるとこ見たみたいでさ。」

動悸が収まらない。

「いつ?」

「ん〜、わっかんないけど、夏休み中?夏祭り終わってから1、2週間とかって聞いたぞ?」

「そっか…」

どうしよう…、最悪だ。なんて応えよう…。

「天野さんと何かあったのか?」

「何にもないよ…?」

まただ。また嘘。

「ふ〜ん、そっか」

僕のテンションが明らかに下がったのが分かったからか、佳祐は僕の頭をわしゃわしゃした。そして続けて言った。

「まあ別に俺は何でもいいんだけどな〜。渉が誰といたって自由じゃん。」

「うん…」

優しいのか、本当に興味が無いのかわからない。だがその言葉を受けて、少なくとも僕は僅かながらもリラックスすることが出来た。

「こりゃなんかあったな…、何かあったら言えよ〜、相談でもなんでも乗ってやるからさ。」

僕とは違う、嫌味の無い笑顔。こりゃモテる訳だ。

「ありがとう…佳祐。」

「おう、美咲たちには何も言わないし、頑張れよ」

佳祐はそう言って僕の背中をぽんと叩いた。

頑張っていこう…。

頑張る…。

何を…

ランドセルを棚に置き、自分の席に座る。

机に伏せ、目を閉じてため息を出した。

佳祐の「お〜!慎二!」という声が聞こえる。

スタスタと足音がこちらに向かってくる。僕の机の前で止まった。

慎二か…。

頭をつつかれた。顔を上げる。

目の前には慎二ではなく、天野さんが立っていた。

「おはよ。飛永くん」

天野さん…。ダメじゃないか今話しかけちゃ…。前方の右端にある席で集まっている美咲ちゃんたちを一瞬見るとやはりこちらを見ていた。麻美ちゃんもこちらをじっと見ている。

「おはよ。」

素っ気ない風に、自然に返した…つもり。

違和感あっただろうか。

「今学期も、よろしくね。」

ニッコリと笑って見せる天野さん。

久しぶりの天野さん…。

ちょっとやつれた気がするのは気のせいだろうか…。

「ああ…うん……」

天野さんは美咲ちゃんたちを見るように、目だけを横に向けた。そして僕に目線を戻すと笑って「またね」と小声で言った。

何だかしんどそうだったな。天野さん。

美咲ちゃんたちは何か皆で話している。チラチラ僕と天野さんを見てることから、多分陰口を言われているのだと思う。麻美ちゃんは黙って俯いている。

天野さんは机に座ると前みたいに漫画を読み始めた。

そうして間もなく、チャイムが鳴り先生が入ってきて小学校最後の2学期が始まった。

体育館で行われた始業式は、全校生徒の人口密度のせいで熱気に包まれ、サウナ状態だった。みんな汗だくになっている。校長の話も、他の先生からの連絡もどうでもいい。早く終わって欲しいということしか頭に無いのはここにいるみんな一緒だろう。僕ももちろんその1人で、今だけはもう何でもいいから外に出たいと思っていた。

でも、始業式の後。学校終わりに美咲ちゃんたちに呼び出されるなんて知ってたら、あの暑い空間でも、せめて何か上手い言い訳くらいは考えておけば良かったと。後悔しても遅いわけだけど、そう思う。

小学校の校舎の端。滅多に人なんて来ない陰ってる場所。

「ねえ。本当なの?天野さんと一緒に居たって、香織が言ってるんだけど。」

美咲ちゃんが眉をひそめ、苛立ちを表に出して言う。

「知らない…」

「じゃあ、香織の見間違えってこと?」

「そうじゃないかな…、多分」

美咲ちゃんが深くため息をつく。

「あのさ、多分って自分の事じゃん。ホントは何か隠してるんじゃないの」

うんうんと、周りの取り巻きも頷く。麻美ちゃんは相変わらず下の方を向いている。

「今日の朝だって、天野さんと話してたよね。」

「別に、ただの挨拶だよ。」

僕はヘラヘラ笑って、ただこの時間が早く終わることだけを考えていた。さっきの始業式よりも面倒だ…。

「何で急に天野さんが渉くんに挨拶するの」

「そんなの僕だって知らないよ。」

すると後ろから風ちゃんが「祭りの日も何だかおかしかったもん。どうして天野さんが突然あそこに現れるわけ?しかも渉くんの所にさ〜」と嫌味ったらしく言った。

「あれは…慎二が天野さんのこと好きだって言ったから……」

「だからって、佳祐も知らなかったみたいだし。ホントは渉くんが天野さんのこと好きなんじゃないの。そんなんだったら最初から麻美に手出さないでよ」

僕はその言葉に怒りを覚えた。

美咲ちゃん…いや佐藤。もうこんな奴らどうだっていい。僕は佐藤をじっと睨んだ。

「なに?何かあるなら言えばいいじゃん」

何なんだ。なんで僕がこんなに言われなくちゃならないんだ。どこの立場から佐藤たちはこんなことを言っているんだ。

こんなに言われるなら…。

いっそ、本当のことを言ってしまおうか。

あの日、夏祭りの帰り、麻美ちゃんが悲しそうな顔をしたから僕が告白したって。

実際麻美ちゃんの好きなところなんて、顔が可愛いとか、性格が優しいとか浅いもので、もっとこう核心に迫るような所なんてハッキリ出てこないし、麻美ちゃんが僕のどこを好きなのかも全然わからない。

ただの好きと、恋愛感情の好きの境目だって全く理解できないし、彼氏が何をすべきでカップルはどういう存在であればいいのかなんて、さっぱりわからなくて正直しんどいって思ってたって。

そうだ、どうせ中学にあがったらこいつらなんてもう関わるつもりなんてないんだ。佳祐といるから一緒にいただけで、とくに佐藤はギャーギャーうるさくて嫌いだったんだ。

拳を握りしめる。

男女の付き合いなんて、まるで理解できない。

「早く言いたいことあるなら言ってよ。」

佐藤が僕を煽る。そして僕がいよいよ切り出した。

「あのさ僕は…」

「もう!!やめにしよ!!」

声を出したのは麻美ちゃんだった。

僕はもちろん、みんなも驚いて麻美ちゃんを見る。

「渉くんは天野さんとは何も無かった。香織が見たのは間違いだった。これでいいじゃん…」

麻美ちゃんの目には涙が溜まっている。

「ごめんね渉くん…。気悪くしたよね…ごめん」

今にも泣きそうな震える声で言う。

「い、いや…」

僕はまた曖昧な返事をするばかりだった。

「なんで麻美が謝るの?なんも悪いことしてないじゃん」佐藤が言う。

「いいの!!もう大丈夫だから…。」

「麻美……」

みんな、呆然と立ち尽くすだけだった。

「今日は、一旦帰る…。またね渉くん…。みんなもごめんね。ありがと…」

そう言うと麻美ちゃんは校門の方へ歩き出し、周りも後に続いた。佐藤は恨めしそうに僕を睨みつけて、麻美ちゃん達のあとを追った。

その場に座り込み頭を抱える。

「……くそ…」

悪いのは…、僕なのに…

2019年4月18日公開

作品集『マニア』第2話 (全5話)

© 2019 じゃじゃ馬ぴえろすたー

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