なぜ母は爆弾なのか。
なぜ母は狂人と罵られるのか。
藤堂の女系は代々、なぜか奇人変人が多い。
母もその大多数の一人だった。
生まれてこの方、母の顔に表情が浮かんだことは皆無。
ずっと能面のような顔で生きていた。
その程度なら、藤堂の男どもも騒ぎはしない。
壊れた一族の女は、見飽きていたから。
だが、運命は母に表情を与えた。
酷い仕打ちで。
母は表情を覚えた。
とても哀しい理由で。
母が爆弾となったXデー。
母が狂人と罵られる「笑顔の仮面」を手に入れた日。
母はこの納屋でレイプされた。
レイプしたのは清彦。
それで「出来た」のがワタシ。
母はレイプのショックで全壊した。
けれど、ワタシの誕生で生まれ変わった。
ワタシに生をあたえた時、母は笑顔の仮面を被った。
それは醜い過去や現在を赦したからではない。
それから逃げるために。
笑顔でいることで、絶大な権力を誇る藤堂一族との摩擦を避けるために。
そして一族や冷酷な世間から、ワタシを守るために……。
一方、一族の人間にとって、このレイプはスキャンダルどころの騒ぎではない。
清彦の父は当時、財務大臣だった。
清彦のレイプが洩れれば、彼の父が失脚するのは自明。
加えて、そのゴシップは一族全体を揺るがす。
公共事業受注を思い通りに操作できなくなるから。
一族にとって、地元県警を操作することは朝飯前。
問題はハイエナ――マスコミども。
この手の醜聞を手ぐすね引いて待っている連中。
知られてはまずい。
では、どう手を打つ?
――当事者達が沈黙を貫けばいい。
清彦は藤堂一族を背負って立つ人材だと、誰もが認めていた。
ビジネスで清彦に敵う者など、藤堂一族にすらいなかった。
そして幼少時から、説明できない力を持っていた。
その力は人外。
一族の最高幹部達は、ついに世界をとれる藤堂直系の跡取りができたと狂喜乱舞。
それがこの醜聞で、清彦はエースの座を追われた。
だが、そのビジネスセンスは一族も捨てきれない。
何より、清彦の人外の力は、いつか一族を守るために利用できる。
そう踏んだ最高幹部達は、清彦を表舞台から隠すことに決めた。
ノンバンク系の金融会社を、清彦にあたえた。
その会社は世間から見れば大会社でも、藤堂から見れば零細企業。
問題は、母。
その人格は壊れている。
だから母自身が、真相を外に発進する心配はない。
だが、弁護士やフェミニスト団体などに嗅ぎつけられたら、厄介極まりなし。
一族は一つ、ミスを犯した。
それは、母の妊娠検査。
ロストヴァージンでも、妊娠する。
一族が気付いた時には、もう手遅れ。
堕胎可能時期は遥か昔。
母の殺害計画も検討された。
だが、一族の女系達が許さなかった。
「殺れば告発する」と、男どもを恫喝した。
誠意ある人間達。
男どもの方が、よほど壊れている。
何にせよ、母の件は解決せねば。
最終的な女系との妥協案。
それは母を結婚させること。
早急に結婚相手探しが行われた。
そして一族のお眼鏡に適ったのが、誠実・実直な父だった。
本人達の意向など、露も考慮されず。
不埒な者と結婚させると、母がストレスから過去の真相を喚き散らす恐れがある。
何より、母の醜聞をダシに一族を攻撃されたら厄介だ。
そんな打算の下で生まれたのが、ワタシ達家族だった。
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