賽は投げられる

I-ZUNA

小説

2,010文字

賭け事、といってもカジノだとか賭博場(とばくじょう)でやるようなものではない。友人同士で、ちょっとした遊びでやるあれだ。

彼女はそういうのが特に好きな性分だった。

何かがあれば「じゃあ、賭けよう」などと言い始める。しかも、すごく強い。

この時も、そういう遊びなんだと思っていた。

この日、私たちは、たまにはどこかに遊びに行こうと、映画を見に行っていた帰り、公園のベンチで一息ついていた。

「ねえ、コーラが飲みたい」

 大抵、彼女は賭け事をするつもりで話す時、そういう願い事を言い始める。

「自販機、すぐそこなんだから、買ってくればいいだろ」

「やだよめんどくさい。買ってきてよ」

「それこそめんどくさい」

「じゃあ、賭けよう。サイコロを振って、奇数が出たら私の勝ち。私が勝ったら、コーラ買ってきて。奢りで」

ほら、始まった。すぐにこれだ。

「やだよ。それに、なんでサイコロなんて持ってんだよ」

「なんでって、すぐに賭けができるじゃん。ツボフリとか、チンコロとか」

「例えが古いわ。それにやらないって」

「やらないは無し。勝てばいいだけでしょう男の子」

「人の性別を勝手に決めるな」

「男の娘」

「皮肉か」

「怒りたかったら勝つんだ。小娘」

「絶対やらない」

私が断固拒否の姿勢を崩さないのを見ても、彼女の目はしっかりと私を見たままだ。

「よし、じゃあこうしよう。私が賭けに勝ったら、賭けをしよう」

「結局私が負けるんじゃん」

「決めつけ良くない。やってみないとわからないぞ。女の子」

彼女の目は、より輝いて見えるほどに私をしっかりと捉えている。黒目の中に私の像が浮かんでいるのが見えるようだ。

「わかったよ。でも、絶対に奢らない」

「よしきた。じゃあやろう。奇数目が私の勝ちね。特に、一が出たら、奢り確定で」

「……一だけだよね。奢り」

「もちろん、一以外は奢りなし。偶数ならむしろ賭けしない」

私は、彼女の円満の笑みに何やら嫌な気持ちを抱えながら、申し出を受けることにした。

「じゃあ、投げるよ。せぇのっ」

彼女の右手からサイコロが飛び出す。ベンチの上で軽い音を立てながらサイコロが転がる。

そして、サイコロはその赤い目で、夕闇に染まった空を見上げる。

「はい、私の勝ち。奢り確定」

「マジかよ……」

 本当に一を出した、これだから、これだから強運持ちというのは……。

「マジも大マジ。男に二言はない」

「男じゃないし……」

「と言うわけで、さっさとコーラが飲みたいので第二回戦いくよ」

私の返答も聞かずに彼女は再びサイコロを構える。

「また、今と同じで。奇数が出たら私の勝ちね」

「絶対に奢らないって言ったじゃん」

「だぁめ、よっ」

彼女がサイコロを放る。再びサイコロがベンチの上を回る。

そして、サイコロはまた一つ目で空を見上げた。

「そんなの無しだ」

「賽は投げられた。勝ちは勝ち」

 彼女がにんまりと笑顔を見せる。

「絶対ズルい。強すぎるもん、二連続で一が出るなんてさ。勝てるわけないじゃん」

そう、彼女に食ってかかる。

「しょうがないなぁ、じゃあもう一回だけやろう。それでまた私が勝ったら、私のお願いを何でも聞いてもらう」

「良いけど、今度はこっちが振るよ」

「どうぞどうぞ、振ってくださいな」

そういって、彼女は私にベンチの上のサイコロを私の掌に置いた。

「じゃあ、行くよ。それっ」

私の手からサイコロが跳ねる。ベンチの上で小さく跳ねて、くるくると躍る。

そうして、サイコロはまた赤く光って私たちを見つめた。

「はい、私の勝ち。今度こそ本当に勝ちですよ。勝ち」

「えぇ……」

「じゃあ、コーラのお金は自分で買ってくる。だから、その代わりに――」

彼女は小さく耳打ちをすると、そのまま走って自販機まで行ってしまった。

遊び、だよね。うん。

私がベンチで俯いたまま座って待っていると、コーラを二つ持った彼女が戻ってきた。

「はい、奢りよ。ありがたく飲むといい」

「……ん、ありがとう」

彼女の手から、コーラを受け取る。アルミ缶からその冷たさが伝わってくる。彼女の手もまた、同じくらい冷たい。

「さっきのサイコロだけどさ」

彼女が、コーラを開けながらつぶやく。

「実は、イカサマした」

「え、本当にイカサマしたの」

驚く私に、彼女が笑いながら答える。

「まあ、サイコロに仕掛けがしてあるとかじゃあないんだけどさ、ずっとサイコロ持ち歩いて振ってるから、その癖っていうかね。どんなふうに投げればどんな目が出やすいってのが分かってくるのよ。だから、絶対に出したい目が出るわけじゃあないんだけど」

「……それで、一を出したってこと」

「そういうこと、まぁ、まさか二連続で出るとは思わなかったけどねぇ」

呆れた、彼女はとんだペテン師だ。

「まぁでも、さ。最後の一投は私が投げたわけじゃあないから」

そう言って彼女はコーラの缶をすぐ隣のゴミ箱に投げながら立ち上がった。

そして、私に振りかえって続けた。

「さっき言ったことは、マジだから。そこんところよろしくオカマ」

「……オカマじゃない」

2012年2月23日公開

© 2012 I-ZUNA

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