第一章
突然、どこまでも暗闇が続く空間に全裸のまま放り出された俺の目に、かすかに光が差しこんできた。小さいが鮮烈な光線が俺のほうにむかってまっしぐらに突進してくる。
背中に食い込む爪だけが、俺の意識を引き戻し、その度に光との間に距離が開くのだが、すぐにまた霞がかかり、気がつくと光の渦は目前に迫り、動くことができない俺を包み込んでいくのだ……。
「くぁぁぁあっ!」
光の濁流の中に沈みこんだ俺の前に、見たことのない景色が広がり、意味のわからない幾何学模様が、やがてズームされて、ぼやけた焦点がゆっくりとあいはじめる。
そこには、全裸で手足を抑えつけられた一人の女が、苦しげに表情を歪め、首に食い込んだヒモのようなものを外そうともがいている。
目の前の光景は、やがてどんどん女に近づき、周囲の様子をも判別できるようになっていった。
そこは、改造したワゴン車の中のようだ。シートを折りたたんで出来た空間に、3人の男と1人の女がひしめいている。
激しく抵抗するスレンダーな女は、後ろから一人の男に腕をねじり上げられ、残る二人に足をこじ開けられて、よく整えられてはいるが、黒々と濃く生え茂った陰毛と、その下にある陰唇を剥き出したまま固定されていた。
それでも首を激しく振って、罵っていた彼女は、男の一人に頬を張られ、急激におびえたように動かなくなった。
その様子を確認した男は、ニヤニヤと笑いながら、仰向けになった彼女の首に手を当て、徐々に力をこめ始めた・・。
やがて、首を締められていた女の瞳孔が開き、悲鳴が小さくなっていく。剥き出しになった陰部から、黄色い液体が力なく滴り、それっきり動かなくなった。
まるで、映画の1シーンのようにカメラは女の身体を舐めるように映しだし、やがて、光のなくなった目を見開いて、ぐったりしている表情を捕らえた。
「!!」
ふと気がつくと、目の前の景色はホテルの一室に戻っていた。
俺は快感に貫かれつつ、肉茎を引きぬくと、噴き出した精液を女の白い肌の上にたたき付けていた。
「くはあぁぁぁっ・・・」
女は焦点のあわない表情で放心したように、俺の精液を腹上へと受け入れたのだが、その表情を見た瞬間、俺は先ほどの光景を思い出していた。
そう、放心して表情のなくなった彼女の顔は、あの白日夢の世界の女とまったく同じ人間だった……。
俺……朧和輝が、現在人気絶頂のグラビアアイドル、宮城恵とあったのは2年ほど前のことだった。
マネージャーに連れられて、編集局に来た彼女は、あどけない表情とはうらはらな肉感的な肢体をもち、さらに視線から非常に強い意思が感じられる、典型的なグラビアアイドルだった。
俺は当時、駆け出しの新聞記者であった。スポーツ記者を目指していたのに、最初に配属されたのが文化芸能部であったことで、腐っていた時期である。そのときのインタビューで、俺を見つめた恵の強い視線に、励まされているような、叱咤されているような、複雑な気がしたものだった。
「将来は、舞台でも通用するような、本格的な女優になりたいです」
「今は、私の胸しか見ていないファンも多いけど、いつか絶対、演技力で人を振り向かせたいんです」
新人グラビアアイドルでありながら、かわいげのない大きな将来の目標を滔々と語る彼女からは、17歳にして将来の大女優を約束されているかのようなオーラを感じたのである。
「じゃあ、オスカーを取ったら独占インタビューさせてくださいね」
「いいですよ!」
そんな会話を交わしつつ、すっかり時間が押してしまったインタビューをあわただしく切り上げた私は、そんな自信のある強い瞳を見て彼女の成功を確信したものだった。
・・・しかし、現実の壁は厚く、彼女の望みはなかなかかなわなかった。
時として才能は夢を壊す・・。
恵もまた、アイドルらしからぬ会話のセンスと順応力を変われ、バラエティ番組のレギュラーが増えてしまい、女優としての活動がままならない状況になっていた。
その感情が2回目に取材したときに暴発したのである。俺のことを覚えていた彼女は、開口一番「なかなかオスカーを狙えなくてすいません」と皮肉っぽい表情で挨拶したのだ。
「でも、たいした売れっ子ぶりじゃない。今度はクイズ番組の司会がきまったんでしょ?」
「はい。うれしいですし、責任もあるので緊張しています」
そんな当たり障りのないコメントを出す表情からは、はじめて会ったときのあどけなさや純粋さは影を潜め、悪く言うなら業界なれした様子が伺えた。
そんなインタビューが面白いはずもなく、番宣的な会話も話し尽くしたところで、彼女は、ふっと笑いを浮かべた。
「すいません。なんかがっかりさせちゃったみたいで・・・」
「と、とんでもない」
「本当はね、朧さんが、私が最初にインタビューをしてくれた相手だったんですよ。前の取材の後、事務所からかなり怒られちゃって・・」
「そうだったんですか。いや、そうでしょうね・・」
「はい。でも、その部分を記事にしないでくれたから、すっごく感謝しているんです」
複雑だった。
最初のインタビューで、彼女が将来の夢を語ったとき、もちろん俺はそのことを記事にするつもりだった。
だが、取材後すぐに事務所から電話があり、その件は記事にはしないことになってしまったのである。
「だけど、諦めたわけじゃないですから」
俺が苦い思い出に浸っていると、恵は小声でささやいた。
「え?」
「これ、オフレコですけど……私、事務所変わろうかと思っているんですよ」
「え? 本当かい?」
「し~っ。絶対にナイショですよ。今の事務所にいたら、いつまでも便利屋にされちゃいそうで……実は映画の話も来たんですけど、私に無断で断られちゃったんですよ・・」
タレントとして、安定した人気と収入がある彼女に、映画という拘束のきついスケジュールを与えたがらないのは、ある意味当然だろう。
「大変だね。いろいろと・・」
「ええ。大変です・・。だけど、今声をかけてくれている事務所は、私の希望を聞いてくれそうで……」
急に恵の顔が険しくなった。だが、次の瞬間、明るい笑みを浮かべながら、囁くようにこう言った。
「私、今日はこれでオフなんです。朧さん、ごちそうしてくださいよ!」
現役アイドルにそう言われて断わるやつはいないだろう。
俺は、いそいで仕事を片付けると、彼女との待ち合わせのレストランへと急いだのだった。
取材の時には、胸を強調した露出度の高い服を着ていた恵だったが、店の前に立っている彼女は、スリムなジーンズにチェックのシャツという目立たないファッションで、学生街の雑踏に見事に同化していた。今をときめくアイドルとテーブルを挟んでビーフシチューをすする冴えない記者……その姿はおしゃれな街では滑稽にすら映ったかもしれないが、ここでは違和感なく溶け込んでいた。
最初のうちは、お互いに遠慮がちなギクシャクした会話になってしまったのだが、だんだんリラックスしてきた恵は、楽しそうに笑顔をこぼし始めた。
「ワイン、頼んじゃおうか?」
悪戯っぽい笑みを浮かべて、俺に囁く。
「いいのかい? まだ未成年だろ?」
「今時、20歳まで酒を飲まない人間がどこにいるのよ」
そういうと、彼女はウェイターを呼んで、ワインを注文した。もちろん……というか、この店にあるワインは国産の安物なのだが、不思議と高級に感じるのは、彼女の魅力がワインに溶け込んでいるからなのかもしれない。
気がつけば、2本のボトルが空になり、俺たちはいい具合に酔って店を出た。
タクシーを拾い、恵を乗せる。
「それじゃ、また」
「あら、送ってくださいよ。珈琲ぐらい入れますから」
「え? いや、それは……」
「いいから!」
屈託のない、それでいて強い意志を秘めた目でそう言われた俺は、そのままタクシーに乗り込んだ。
「麻布十番まで」
恵はそういうと、シートに深く腰掛け、俺に身体を寄せてきた。
「……?」
よほど疲れているのだろう。無防備に軽い寝息を立てて、身体を預けてくる彼女を支えていると、性欲とか恋愛感情を越えて、守ってやりたい気持ちになってくる。
だが、さりげなく太ももの上におかれた彼女の指が怪しい動きをはじめ、俺の中心部へと近づいてきた。
「……」
軽く、肩を動かして恵の反応を確かめる。
「……すぅ……すぅ……」
彼女は眠ったままだ。意図的なものではないのだろうか?
だが、一瞬動きを止めた指は、再び動き出すと、パンツ越しに俺のペニスを探り当てた。
「……」
やばい。俺の身体に変化が起こり始める。
うつむいたままなので、表情はわからないが、勃起しはじめたペニスを確認するかのように指を動かす恵の意志がはっきりと伝わってきた。
暗い車内にときおり差し込むネオンやヘッドライトのあかりが、恵の頭部を照らし出す。顔は見えないものの、耳からうなじにかけて、肌を上気させて赤くなってきているのがわかった。
俺は、少し腰を前にずらし、背を倒して恵の肩を抱くようにした。
シャツの隙間からちらりと覗く胸元に汗が浮かんで光るのが見えた。
その間も動きを止めない彼女の指は、やがて勃起したペニスを手のひらで包むかのように力のこもったものになった。
「ごめんなさい・・・」
恵のマンションは、1LDKのこじんまりとしたものだったが、シンプルな必要最低限の調度品しかないこともあって、空間を充分に感じさせるものだった。
タクシーを降りた瞬間から、急に酔いが冷めたらしく、今度は恥ずかしさに顔を真っ赤にした彼女は、視線すら合わせようとはしなくなってしまったが、それでも帰ろうとした俺を引き止めることは忘れなかったのだ。
「ちょっと酔ったみたいで……あんなことは……ごめんなさい・・」
何度も何度も頭を下げる彼女。
「いや……その、気持ちいい酒を飲むとああいう悪戯はしたくなったりするもんだよ。うん」
我ながら間抜けな返答だと思うが、彼女は激しく反応した。
「違います。酔ったからじゃないですよ!」
長い沈黙……。
俺は、あえて彼女が口を開くのを待った。ずるいとは思うが、その先の答えは見えていたからだ。
「朧さんだから……です」
恵は、搾り出すような声でつぶやいた。
「ダメ……?」
最後まで言ったことで、開き直ったのだろう。彼女は緊張した顔に笑みを貼り付けて俺を見た。
ゆっくりとソファから立ち上がって、彼女に近づく。
なんともいえない緊張感は、やわらかい唇の感触で煙のように消えていった。
薄いアルコールの香りが残る口内を、絡みあう舌が洗浄していくように動き回る。
「嬉しい……」
力が抜けたように、全体重を預けてくる恵の胸の感触を感じながら、俺はカーペットの上にしりもちをつくように倒れこんだ。
グラビアアイドルをしているぐらいだから、多少は遊びなれているだろうという先入観はなかったが、それにしても恵の反応はウブなものだった。
唾液を交換するようなキスのあと、シャツのボタンをゆっくりとはずすと、それだけで悲鳴のような吐息を漏らし始めたのだ。
ボタンをはずして、シャツをはだけていくと、むっとする身体の臭いとうっすらとした香水の香りが絶妙のフェロモンとなって、扇情的な刺激を与えた。
「はぁぁ、う……ん」
ブラの上から覗く双丘の谷間に舌を這わすと、恵は早くもビクンと身体を震わせた。さらに締め付けられ歪んだ乳房を舌で味わう。
恵は顔を真っ赤に上気させ、俺の頭を抱きしめて乳房に押し付けた。
甘い香に軽い息苦しさを感じつつも、その柔らかな感触を楽しんだところで、俺は彼女を抱きあげてソファに座らせると、彼女が履いていたジーンズのバックルをはずし、上のボタンに手をかけた。
「あ……」
本能的に身体をよじる恵だったが、それは抵抗というにはあまりにも微弱な反応であった。かまわずジッパーをおろすと、それだけでくっきりと女性器の形が浮き上がるほど染みで濡れた薄手のパンティがあらわになった。
「……」
思わず、その光景に息を呑んだ俺の表情を見て、彼女は泣きそうな声を出した。
「お願い…見ないで……」
だが、目が離せるものではない。俺はその染みの中心部に顔を近づけた。
「ああ…いやぁ……」
ショーツの染みに沿って指を動かす。
「はぁうっ……」
1センチ動くごとに、染みの色は濃くなっていった。
やがて、彼女は自分から腰を浮かせ、ジーンズを脱がせやすい体制になる。
衣擦れの音を立てて、ジーンズを脱がせると、18歳になったグラビアアイドルのはじけるような半裸体が横たわっていた。
「お願い・・じっと見ないで・・・」
恵が甘い声で哀願する。
俺はかまわず、くびれた腰からやわらかそうな胸、そして肉付きはあるのにすらりと引き締まった足を視姦し、やがて自分も横になって、彼女の内腿に手のひらを這わせたのだった。
「はぁっ……ううう・・・」
恵は足を閉じて俺の手のひらを締め付けてきたが、強引にこじ開けて、徐々に染みの中心へと指をすべらせていった。
「いやぁっ……ふぁぁあっ」
恵の吐息が乱れ、いつしか誘うかのように腰を浮かせはじめた。
さんざん焦らしたところで、パンティの脇から彼女の敏感な場所へと指を移動させた瞬間、
「いいいいぁぁぁああああっ!」
ビクリと身体を振るわせた恵は、驚くほどの粘っこい愛液を漏らし、意識を失ったのだった。
俺は、呆然としながら、ピクピクと痙攣しながら意識を失っている恵をみつめていた。まだ、肉棒どころか、指すら膣内には挿入していないのだ。
だが、汗と愛液で身体をぬらした彼女の寝顔は、思ったよりも幼く、俺はこれ以上のことができそうになかった。
しかたなく、そばにあったタオルで彼女の汗をぬぐい、起こさないようにベッドから持ってきた布団をかける。
「……朧さん……?」
彼女が意識を取り戻したのは、俺が下げかけたズボンをはきなおしたときだった。
「あ、起こしちゃったか。ごめんよ」
「……わ、私……」
急に泣きそうな顔をする。
「今日は疲れているみたいだし、酔いも残っているみたいだから早く寝たほうがいいよ」
「いやっ」
恵は、子供のように強い声で訴えた。
「でもね……」
「そばにいて。今夜だけでもいいから・・」
「……」
「寂しいの。お願い、ちゃんと寝るからぁ」
そういうと、彼女はふらつきながらも立ち上がると、俺の横を通り抜け、玄関に鍵をかけた。
「……だから帰っちゃダメ」
意味のない行為ではあるのだが、彼女のしぐさのかわいらしさに、思わず笑みを浮かべてしまい、俺はこう返事せざるを得なかった。
「わかったよ。それじゃ、シャワーでも使わせてもらおうかな……」
その日は、結局それで終わってしまったのだが、2週間後には俺は恵のマンションの鍵を持ち歩くようになっていた。
彼女はグラビア系のタレントには珍しく、夜遊びも酒もタバコも苦手なインドア派であり、料理の腕は確かだった。
もちろん、SEXのほうも互いの時間が合うのは週に1~2回ではあったが、そのときには、むさぼり合うように身体を求め合った。先のことを考えていなかったわけではない。
人気アイドルと冴えない新聞記者ではあまりに不釣合いだ。
だが、恵の一途な気持ちは毎日のように俺の心に食い込んできた。
そんな感情の中での出来事である。
射精の瞬間、恵が輪姦され、殺される夢をみたのは………。
第二章
『……今日未明、人気タレントの宮城恵さんが、何者かに拉致され、行方不明になっている模様です。関係者の証言によりますと、宮城さんは昨夜12時ごろ、仕事先のスタジオを出たところで、通りかかった白いワゴン車の中から出てきた男数人に拉致されました。同行していたマネージャーは犯人によって殴打され、全治4週間の重症を……』
突然のニュースは、俺が社内で徹夜作業をしているときに飛び込んできた。
その日、俺は連続放火事件の取材に借り出され、警察回りをして帰ってきたのは夜の11時をまわっており、2時半の締め切りまでに原稿をまとめるため泊り込んでいたのである。
やっと原稿を書き上げ、社内の仮眠室に向かおうと腰をあげたときにつけたテレビのニュース速報だった。
呆然とニュース速報を見ながら立ちすくんでいると、頭の中に再び白いもやがかかってきて、あのとき見た夢がフラッシュバックしてくる……。
必死の形相で抵抗する恵を押さえつける男たち。
狭いワゴン車の中、バックミラーにつるされていたキャラクター人形、車窓から見える景色は、倉庫のような広い屋内空間……。
「大丈夫っすか?」
同僚の声で、我に帰った俺は、このことをどう説明するべきか迷った。
当たり前である。誰が信じるというのか……。
不思議そうな顔をしている同僚に「いや、俺、彼女のファンだったからさ……」とだけ言い残し、仮眠室へと向かったのだった。
仮眠室……といっても、4畳程度の物置のような畳部屋に、毛布と座布団がある程度のものなのだが、とにかく部屋に入って寝転んで見る。
不思議と、そのときは悲しみとか寂しさとかは感じなかった。むしろ、白昼夢の内容とか、彼女が拉致されたのは、事務所移籍の話が絡んでいるのではといったことばかりで、目がどんどん冴えてきてしまうのだ。
どうせ眠れないのなら……と思い、給湯室に言ってコーヒーを淹れた。
インスタントではあるが、コーヒー独特の苦味と甘味のある香りが鼻を刺激した瞬間、恵が、初めて俺のためにコーヒーを淹れてくれたときのことがよみがえってきた。
「ね、コーヒーでいい?」
「うん。いいよ。コーヒー結構好きだから」
「そうなの? 私も好きなのよ。自分でブレンドまでするんだから……」
「そりゃすごいね」
「ふふっ、バカみたいだけどさ、好きな人と一緒になったとき、翌朝、特上の夜明けのコーヒーを入れてあげるのがいい女の条件なんだって」
照れくさそうに、だが屈託のない笑顔の恵……。
そのとき急に、俺の身体の底から震えるような悲しみと怒りが湧きあがってきた。
そのとき、編集部にいた同僚から、内線電話が入った。
「……はい」
「朧? 今、警察が来ているんだが……」
慌てて編集部に戻ると、濃いグレーのスーツを着た40歳ぐらいの体格のいい男が待っていた。
「ああ、朧さん、どうも」
そう言って挨拶する顔を見ると、取材で警察回りをしたときに顔をみた事のある、杉田という刑事である。
「あ、どうも。何か?」
杉田は、困ったような表情を浮かべて、しばし口ごもった。
なにせ、周囲に人は多い。
「少し、場所変えましょうか?」
気配を察した俺は、彼を人気のない会議室へ誘い、内側から鍵をかけた、
相手がいいたいことは見当がついている。いや、それどころか俺も警察に電話したいと思っていたところなのだ。
「宮城恵さんの事件に関してですか?」
すると、杉田は安心したように吐息をつくと、うなずいた。
「そうです。あなたと彼女は、その……何か特別な関係がありましたか?」
「………ええ。つきあっていた……と、思います。彼女、見つかったんですか?」
「いえ……ご存知ないかと思いまして……」
杉田は、眉をしかめながら答えた。
この時点で警察も足取りがつかめていないということは、危険は増大しているということである。
だが、ありえないような夢の話を信じてもらえるとも思えない……。
俺は、言葉を慎重に選びながら、杉田に説明しようとした。この杉田という男、ベテランであるだけに、他人の言葉を聞く耳は持っている印象を受けるのだ。
「ここじゃ、なんですので署のほうに行きましょうか」
「え?」
杉田ははっきりわかるほど驚きの表情を浮かべてこう言った。
「知っているのか?」
口調が変わっている。
こちらが犯人だと思いこんでいるのだろうか?
「いや……そうじゃないんですが、信じてもらえるかどうか……」
「どういうことだ?」
「ちょっと待ってくださいよ。私を疑っているんですか?」
「いや、そうじゃないですよ。でも、なんでもいいから、思い当たることを話して下さい」
杉田は、ちょっと苦笑しながら続けた。
「いや、自分から署に行こうという人は珍しいので……自首する気かと」
「……そうですね。ただ、自分でも、それが真実かどうかはわからないんで……まあ、でもとりあえずここで済ませましょうか」
そう前置きして、俺はあの白昼夢の内容を話した。
ワゴン車、倉庫のような空間、輪姦され首を締められうつろなまなざしになっていく恵の姿……。
杉田は、真剣にこちらの目を見ながら話を聞いていた。
「なるほど。それは、夢なんですね?」
「……ええ。お話したように、彼女が拉致されたときは、連続放火の取材で警察署にいた訳ですし、その後も会社にずーっと居るわけですから、実際に何があったのかなんてわからない。ただ、先週、恵のマンションにいたときに、そういう夢をみた訳ですから……」
「予知夢……ですか……今までにもあったんですか?」
「いえ、まったく。しかも、夢ではなく……その……射精の瞬間にパっと浮かんだので……」
「うーん」
杉田は頭を抱えるようにしてうなった。2~3分、そのまま考え込んでいたが、急に立ち上がると、電話をかけ、何事かを話はじめた。
やがて、電話を切って俺をみると、彼はこう言った。
「今、署で聞いてみたが、手がかりがまったくないらしい。だから、あんたの言う証言をもとに、捜査を広げることにした。申し訳ないが、一緒に署に来てもらえないか?」
「いいですよ。でも、参考になるのか?」
「わからん。だが、ならないと言えない以上、夢でも嘘でも信じるしかないんだ」
正直すぎるきらいはあるが、率直な物言いは、好感が持てる。俺は、同僚に事情を話すと、杉田と一緒に自分の車で警察へと向かった。
気がつくと、東の空が白み始めていたが、その色は気味が悪いほど真っ赤な朝焼けとなって車内に飛び込んできた。
「え? 大洗? うん、そうか……」
携帯電話を切った杉田が沈痛な表情を浮かべる。
「見つかったんですか?」
「……最悪の形で……ね」
俺はブレーキを踏み、車を路肩に寄せた。
激情が一気に吹き上がってきて、運転などできなくなったからだ。
「代わろうか?」
杉田が声をかけてくる。
「いや、いい。ちょっとだけ……1分だけ、待っていてください。タバコを吸って来ます」
答えを聞かずに車外に出て、タバコに火をつけ、深呼吸をしながら紫煙を吸い込んだ。
面白いことに……悲しみでも、悔しさでも、ましてや恐怖でもなかった。俺が感じた激情というものは、まったく説明などできない、一種の喪失感というか、思考停止状態だったのだ。
事件の詳細はこうだ。
その日、スタジオでの収録が終わったあと、恵はマネージャーと一緒に帰る途中、事務所移籍を誘われていたプロダクション関係者からの電話を受けた。
「ああ、どうも。先日の件について、ちょっとお話したいんですが」
しかし、彼女は疲れていたせいか、それとも別の理由からか、その誘いを断り、マネージャーと一緒にスタジオを出た。
「恵ちゃん、仕事の件だけど……」
彼女のマネージャーは、恵の女優志望を誰よりも理解しており、恵のために様々な場所に交渉していた、信頼できる女性であった。
実は恵は、俺のほかに彼女にも、別事務所からの引き抜きを打診されていたことをうちあけていたのである。
「実は、連ドラの話が来てはいるんだけど、離島での長期ロケがあるのよ。だから、今回はどうしても見送らざるを得ないのよ」
そんな話をしているときのこと、白いワゴン車が歩道すれすれにとまり、男が3~4人、バラバラ降りてきたかと思うと、悲鳴をあげる間もなく恵を車に押し込んだのだった。
「ちょっと! 誰か……」
大声を出そうとしたマネージャーを、体格のいい男が殴りつけ、彼女はうずくまって気絶してしまう。
恐怖に動転して、硬直してしまった恵を手際よく縛り上げ、猿轡までかませた男たちは、そのまま車を急発進させた。
恵は、車が走り出してからも、硬直したまま動かなかった。もちろん、押さえつけられていたせいもあるが、目の前で展開されたことが、自分の中で消化しきれていなかったのである。
彼女が反応を見せたのは、男の一人が彼女の胸を掴んだ瞬間であった。
「ングッ!」
そのときになって、急激に恐怖を実感した彼女は、下半身が熱く濡れ始めるのを自覚した。
「うわっ、こいつ小便もらしやがった!」
別の男が、怒りとも興奮ともつかない上ずった声で叫ぶが、放尿はとめることができず、ショーツからつたわった熱い液体は、太ももを経由して、パンツと車のシートに大きな染みを作っていった。
「しかたねぇなぁ」
リーダー格の男が、目の底にぎらついた光を宿しながら苦笑いした。
そして、彼女の両足を思い切り引き上げる。
「きゃっ!」
恵の視界が回転し、目の前に自分の脚が入ってきたかと思うと、いきなり尻に生暖かい感触を感じた。
パンティを強引に脱がされたのである。
男たちの目の色が変わった。
「ひひひ……」
下卑た笑みを浮かべ、抵抗ができないまま剥き出しにされた恵の女性自身を覗き込む。
かぁ…と、頭に血が上った恵は、必死で足を閉じようと力をこめるのだが、男たちは、強引にそれをこじ開けてしまう。
「興奮してんのか?」
男の一人が、無造作に胸を揉もうと、襟首から手を挿入した。
「ひっ」
そちらに気を取られて足の力を抜いた瞬間、恵の足は極限まで開かれ、陰毛の下の真っ赤な肉ひだまでが露になってしまった。
「くふふふ……」
誰ともなく、湧き上がる笑い声が、彼女の羞恥心を煽り立てた。
恵は歯を食いしばって、その羞恥に耐えようとした。
「おら、もっと腰を突き出せよ!」
男たちが罵声を浴びせ、胸や花弁を触るが、恵は必死で声をかみ殺した。
「こいつ……」
そんな彼女に腹を立てたのか、リーダー格の男が、自分がはいていたパンツを下ろすと、強引に恵の髪を掴んで、肉茎に引き寄せた。
「しゃぶれよ、オラ!」
「……くっ!」
歯を食いしばって進入を防ごうとした恵だったが、鼻を抑えられ、苦しくなって口をあけた瞬間に、堅くなったそれが口を被った。
「ぐぅぅっ!」
「へへへ……」
なんともいえない臭気と温もり……もちろん処女ではない恵であったが、不本意なSEXがこれほどの悪寒を伴うものだとは思わなかった。
「舌を使えよ」
「へへ、下のほうも濡れてきたぜ」
男たちの下卑た、しかも勝ち誇ったような声が彼女のプライドを引き裂く。
次の瞬間、
「グギャアっ! このあま……」
リーダー格の男は、悲鳴を上げながら恵を張り倒した。
「……」
かすかな鉄の味がする……恵はなぜか笑みを浮かべた。
「あんたら、アダルトビデオの見すぎなのよ。どこの女が大人しくそんなきたないチンポをしゃぶるのよ!」
しかし、彼女の渾身の一噛みは、悲しいことに相手に致命傷を与えるには及ばなかった。
男は、その性器の表面にこそ傷を受けたものの、とっさに身を引き、彼女を殴り飛ばしたことで、危機を回避することに成功したのである。
だが、肉茎の痛みは男の理性を吹き飛ばすのには充分すぎるほど充分であった。 男は、体勢を立て直し、肉茎の表面に滲んだ血を確認すると、ゆっくりと恵を見た。
妙に冷ややかな、しかしギラついた視線は、あきらかに殺気を帯びていた。
啖呵を切って、優位を保とうとした恵は、次の瞬間、鈍い衝撃と激痛を感じ、後頭部から床に倒れこんだ。
「兄貴、顔はまずいですよ」
と、男の一人が叫んだが、逆上した男は、仰向けに倒れこんだ恵の顔を靴で踏みつけた。
実は、このときに恵は脳震盪を起こしていたらしい。
だが、男たちは、意識を失ってぐったりした彼女を見て、死んだと確信し、あろうことか、ご丁寧に首を締めたのである……
結局、恵の事件はこうして幕を閉じた。
彼女は、大洗港そばにある小さな倉庫の裏手で発見され、残された車のタイヤ跡から、実行犯とそれを指示した人間も逮捕された。
意外なことに、彼女を強姦させたのは、新しく引き抜きを画策していたプロダクションの関係者であった。
演技派女優として認知されたいと考えて彼女だったが、そのプロダクションから打診されたのは、ヌードあり、絡みありのビデオシネマばかりだったのである。
頑なに拒んだ彼女に業を煮やしたその関係者は、ショック療法のつもりで輪姦をしかけたらしいが、それを請け負ったチンピラ達が、抵抗する彼女に腹をたて、その弾みで殺してしまったという。
俺は、簡単な事情聴取を受けただけだったが、彼女の事件は格好のワイドショーネタとなり、連日のように報道された。
「グラビアアイドルの……」
「セクシータレントの……」
彼女が望んだ「女優」ではなく、必ずそんな肩書きで……。
そして、俺もまた、マスコミの人間、しかも彼女に最後にインタビューをした人間として、その肩書きで記事を書かざるを得なかったのだ。
第三章
恵の事件が一段落するころには、街路樹が青さを増し、空もすっかり高くなっていた。
だが、初夏の日差しが降り注ぐようになっても、俺の心は相変わらずモヤモヤとした梅雨模様のままだった。
別に恵のことが忘れられなかったわけではない。
いや、もちろん忘れられなかったのではあるが、それ以上にひっかかっていたのは、あの予知夢のことである。
恵のことを思い出すとき、目の前に現れるのは、現実には見ているはずのない、彼女の輪姦、殺人現場のシーンなのである。
あのとき……SEXのあと、恵にその話をしたときには、彼女は「縁起でもないこと言わないでよ」と一笑に付していたのだが、今になって考えると、もう少し強く言っておけば、あんなことにならなかったのではないかという後悔の念が頭に浮かんでくるのだ。
「おい、朧!」
デスクの声で、あわてて我に返り目を上げる。
「少し休んだほうがいいんじゃないか? まだ、忘れられないのか?」
「……え?」
「え、じゃないよ、警察から聞いたよ。宮城恵とのこと」
日本の警察は優秀だ。
マスコミには完全に隠しとおせた俺と恵の関係だったが、しっかりと抑えられていたのは、あの日、刑事が来社したことでも明らかだった。
もちろん、編集部内にいた人間には、理由をつけて隠蔽したのだが、デスクにだけは隠せなかったのだろう。
「いえ、大丈夫ですよ」
「そうか? まあ、ならいいが……あ、電話入ってるぞ」
「誰からです?」
「三笠とかいう人だ。女だぞ」
このデスク、人間的にはいいのだが、ときどきデリカシーが欠如する。
「何番?」
ぶっきらぼうに聞く俺に、いたずらっぽい目で謝罪しながら内線番号を告げた。
「はい、朧ですが」
「あ、私、三笠といいます。朧さんですね。あの……ちょっとお時間頂きたいのですが?」
電話の声は、なるほど若い女のものだった。
はきはきとした、物怖じしない声だ。
「なんでしょう? 先物取引にも新興宗教にも興味はないのですが」
「……違いますよ。恵の件で、ちょっと」
「え?」
少し腹立ちまぎれな声を出した俺だったが、意表をついた反応に思わず声がつまった。
「宮城恵ちゃんのことでって言ったんです。わかります?」
「…は、はい・・。あの、あなたは?」
「三笠って言ったでしょ。三笠千鶴。あなた本当に芸能記者さん?」
「え? あ、ああ!」
思い出した。
三笠千鶴といえば、恵と同じ時期にレースクイーンから女優に転進、さらにズケズケと本音トークをぶちかます毒舌アイドルとして、いまや飛ぶ鳥を落とす勢いと呼ばれるアイドル女優じゃないか。
「じゃあね、明日私オフだから、そっちの都合のいい時間を教えて」
しばし考える。
明日は、落ち目の演歌歌手の離婚会見があるぐらいで、現在のところ他の予定はないはずだ。
「午後なら大丈夫ですが」
「あ、そう。じゃあ、2時ぐらいにしましょう。朧さん、家はどこ?」
「家?」
「そう。当たり前でしょ。のこのこ新聞社に行けるわけないでしょ」
「あ、じゃあ喫茶店とか……」
「いや。ちょっとゆっくり話したいの。ホテルとかも人目があるから、あなたの家に行くわ」
「あ、いや……」
「迷惑かけちゃうのは申し訳ないけど、私もどうしても話がしたいの。お願い」
そういわれると断ることもできない。
俺は、自分が住んでいるアパートの住所と携帯の番号を教えたのだった。
「ふうん。思ったよりも綺麗にしているのね」
薄いカーディガンを脱ぎながら、三笠千鶴は部屋を見渡した。
薄手のノースリーブのワンピースから見える、鎖骨が妙に生々しくエロティックな肢体を主張している。
「そうかな?」
「新聞記者とか、ライターの部屋って雑然としているイメージがあるのよね」
「……ふぅん」
そりゃまた随分な偏見だとは思いつつ、なんとなく彼女の失礼な物言いに、不思議な好意が湧いてくる自分を自覚していた。
ギャルっぽいイメージが強い彼女だが、目鼻立ちが通った顔つき、スレンダーながら出るところは出ている身体つきは、服装次第では正統派の美人にもなりそうな恵まれた外見をしている。
また、彼女から吐き出される挑発的な言葉も、どこかあどけなさを感じる笑顔と一緒だと、不快感は感じないのである。
だが、彼女は、俺の沈黙を誤解して、別のことを言い始めた。
「あ、少なくとも私が前に付き合ってた人はね。あなたのことじゃないのよ」
「え? ライターと付き合っていたの?」
「そうそう。もっともライターっていっても、放送作家だけどね。ラジオの」
「ふーん、結構オープンな性格だねぇ」
「当たり前でしょ。隠す必要なんかないわ。今時処女なんて流行らないし……」
と、そこまで話したところで、急に我に帰り、いきなり俺の肩を叩いた。
「もー、なんでそんなこと言わすのよ」
「え? べ、別に聞いてないよ。君が勝手にしゃべったのさ」
「意地悪ね。よく恵が落とせたものだわ」
と、そこで初めて、神妙な落ち込んだ顔を見せる千鶴だった。
俺は、改めて彼女に聞いた。
「で、恵のことって言ってたよね?」
「ええ」
「どうして、俺たちのこと知っているの?」
俺の知識では、ほぼ同期デビューの千鶴と恵だが、早くから女優として活躍を始めた千鶴に対し、器用貧乏な恵は、同じ番組に出ることもまれだった上、恵がどちらかといえば新興の事務所であるのに対し、千鶴は最大手のプロダクションに所属していたこともあって、ほとんど接点がないように思われていたのだ。
「恵とは中学の同級生だったの。だから、この世界でも一番の親友よ。もちろん。あなたとのことはずっと聞いていたわ。それに……」
ここで、少し彼女の眉間に皺がよった。
目が鋭くなる。
「あなたの夢のことも……」
「え?」
「正直に言って。あの事件、あなたは本当に無関係なの?」
「……」
"『逝き予知夢』~芸能記者・朧和輝~"へのコメント 0件