(2章の1)
塔の湯の集落に入る。
道のでこぼこが均されている。もちろん未舗装のこと、完全な平らというわけではない。ただ、山道のように、えぐられたような窪みも、ごろた石もない。
砂利に、薄く2本のタイヤ跡が延びている。木造家屋は粗末な造りだが、山道にあったそれに比べれば、格段にしっかりしている。
道は暗いが、ちょっと先に看板のようなものを見つけた。首を伸ばして目を凝らすが、せり出した土手が邪魔をしてよく分からない。田舎道というのは、なんとも見通しが悪いものだ。見えなければ気になるもので、わたしは小走りで向かった。
また、カラスの鳴き声。たそがれ時というのは一日の疲れが汗と一緒に体から染み出て、倦怠感に包まれるものだ。しかしそれは、人間たちに限ってのこと。動物たちはなかなか忙しい。日が落ちきってしまえば鳥目で動きが取れなくなってしまうカラスなど、帰巣に慌しいことだろう。
近付くと、やはり看板だった。腿くらいまでの高さほどの、『たばこ』と大書きされた金属製のもの。懐かしさに、わたしは腕組みをしてじっと見る。パイプの枠に縁取られ、風を受ければ風車のように回るようにできている。しかし錆びつき、パイプがひしゃげ、どんな大風を受けようとも回りはしないだろう。もっともこんな寂れた道のこと、派手な動きをしたところで引きつける客はいない。
わたしは店舗に目を向ける。道から一段引っ込む、藁葺きの家屋。その軒下にも、赤い看板。一辺二十センチほどの正方形の、斜めに『たばこ』と書かれている金属板だ。定休日なのか、ガラス戸は固く閉じられ、どこからも明かりがもれていない。プラスチックのビールケースや木製の一升瓶入れが積み重ねられているところを見ると、酒屋だろうか。蒸し暑く、わたしは急に喉の渇きを覚えたが、自動販売機は見当たらない。
『警笛鳴らせ』の紺色の標識。その先には小さな四つ角。電灯が照らしているものの、山道にあったものと同様、光が弱々しい。わたしは子どもの頃に教わったことをふと思い出し、右を見て左を見て、また右を見て、そして手を上げて、ばか丁寧に十字路を渡った。
一軒の駄菓子屋がまだ店を開けているのに、わたしは驚く。駄菓子屋は子ども相手の商売のこと、日が傾けば店を閉めるものだ。下校時刻から夕暮れ前までが稼ぎ時となる商売であるはずだが、ここはまだ開いていた。
これも藁葺きの平屋で、道に面する一角を増築してある。トタン屋根の出っ張る雑な建て増しだが、駄菓子屋ならそれで充分だ。
わたしは店を見つめる。こんな、自宅にちょっと手を加えただけの店が、あちこちにあったものだ。そして近所の子どもたちの社交場になっていた。
屋号はよく分からない。看板は掛かっているが錆びて黒ずみ、暗闇迫る夕方では文字が読み取れない。1文字目は「す」、3文字目は「き」とかろうじて分かった。「すずき屋」だろうか、それとも「すざき屋」だろうか。店名が曖昧なところも懐かしかった。
ガラス戸が半分開いて光が漏れていたことで、かろうじて気付いたほどのおんぼろ店舗。閉まっていたら通りすぎていただろう。せっかくだからと、わたしは足を向けた。
"でぶでよろよろの太陽 (2章 の1)"へのコメント 0件