ホテル金木犀

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砂肝愚譚(第1話)

東亰チキン

小説

4,502文字

 男と女と某か。それは化生か物の怪か。


 参 鞘心


 空の間――残夜。

「健さん、これ食べて」
「いつも悪ぃな。ウチのがチャコの作る料理は最高に旨いってさ」
「ダメ~、アタシは健さんにだけ食べて欲しいの。秋茄子は嫁に食わすなっていうでしょ」

 聡明で美しい私は、その言葉の意味するところが少しばかり違うことを知っている。

「健さんとこうなれる日を、イチニチチアキの思いで待ってたんだから」
「イチ……なんだって?」

 チャコとやら。それをいうなら一日千秋だ。さっきから血の巡りが悪いにも程がある。男の胸元からは倶利伽羅くりから模様が覗いていた。ふん、社会のダニめ。

 チャコから衣服を乱暴に剥ぎ取った健とかいうダニは、自らの下半身も露わにした。いきり勃つ二本のファルス。孕む恐れのない性交であれば、もはや私の出る幕ではない。高みの見物と洒落込む。

「おっと、忘れるとこだったぜ」

 ダニ健が私の体を掴み上げ、裸にした。よせ。何をする。私の本分は男女の営みに安寧をもたらすことだ。貴様らのような禍々まがまがしい輩の情交に使役などされてたまるか! 下がれ、汚らわしい。

「おい、どうだ? チャコ」

 通常のそれよりオクターブほど低い艶声。私はそれをチャコの肛門管、ならびに直腸で聞いている。

「いゝ……いゝ」

 ダニ健の一物を包む私を、得もいわれぬ蠢動で締めつけてくるチャコの括約筋は、私の知るどの女陰よりもしなやかで融通が利いた。もっともチャコのそれは本来性交を行う部位ではないのだから、それらと同列に扱って然るべきものではない。しかし現実として粘膜の伸縮をこれほどまで自在に操れるそれが、果たして他に存在するだろうか――いや、チャコのそれに優る神秘など、この世に二つとあるまい。

「最高だ……チャコ」

 熱を帯びた声でダニ健がいう。私も同じ気持ちだった。

「ああん、もっとしっかり抱いて」チャコが身をくねらせ、切なさを訴える。「そうじゃないとアタシ……あゝ」
「ん? そうじゃねえとなんだ」
「アタシ、他の男好きに……なっちゃうよ。あ……」
「そんなこと、絶対に許さねぇ」
「じゃあ強く抱いて! 骨まで愛して! アタシを壊して!」
「こうか!」
「もっとよ! 女心は変わりやすいの! あゝゝ」

 秋の空に同じといわれている女人の胸裡。私にはその気持ちがよくわかった。肌の温もりほど確かなものはない。それはどんな愛の言葉よりも雄弁で、誠実で、具体的だ。それがないと女は忽ち駄目になる。

「変わりやすいって、おめえ……女じゃねえだろうが!?」

 愚問だった。女かそうじゃないか。そんなことはどうだっていいのだ。体の性がそのまま心の性へと繋がっているわけではない。

 私はチャコのことが心底愛おしくなった。

2017年1月9日公開

作品集『砂肝愚譚』第1話 (全4話)

© 2017 東亰チキン

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