ホテル金木犀

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砂肝愚譚(第1話)

東亰チキン

小説

4,502文字

 男と女と某か。それは化生か物の怪か。


 貳 こっとん慕情


 契りの間――夜半。

 隣室が騒がしいやうですが、其れは僕の与り知るところではありません。僕は僕です。白くてやはらか。そして温か。

 游子ゆうこまことがゐます。きっと游子は若くて美しいはずです。然し入室より半刻はんとき、二人はじっと動きません。ひの晩でせうか。

 麗しい調べが耳朶を擽ります。然しすぴいかあの工合ぐあいが芳しくないやうです。気に留めないでおきませうか。今度は温順で心地好い歌声が聴こへてきました。むろが瑞々しい膜に包まれてゐきます。游子と誠もつひに体を動かしました。くちづけを交わしてゐます。長い、長い、くちづけです。昨日から今日にもなりました。満天下にて隈なく刻まれたしまいとめの壱分は、そっくり二人のものでした。

 游子と僕の肌が擦れ合ってゐます。貌、首筋、乳房、背中、臀部、四肢。其れから秘やかな窪み。どこもかしこも濡れてゐます。游子の体からゐづる汁液は僕が嘗め取って差しあげませう。

 綺麗にしたばかりの游子を誠が穢してゐます。游子の窪みを不浄なもので突いてゐます。然し游子はじっとして動きません。口も利きません。身振りをしたり、また言葉のやうなものを発してゐたりするのは誠だけです。

 游子は事切れてしまったのでせうか。誠に殺められてしまったのでせうか。ゐゝえ、さうではありません。游子はいの晩を心に沁ませてゐるのです。

 二人が召しものを着けてゐきます。僕はゐつものやうに白くてやはらかです。たゞ、ほんの少し寒うござひます。

 誠が何かを云ひました。月の裏で会いませう。游子は裏腹を思ひました。月の御前で袖別れ。誠さん、月のそびらは虚ろです。游子さん、迦具夜の兎を慰みに。

 ゐまはとて。欠けゆく月は立待ち居待ち。秋の契りは泡に同じ。僕にはものが見へません。あなたを包むことしか僕にはできないのです。

2017年1月9日公開

作品集『砂肝愚譚』第1話 (全4話)

© 2017 東亰チキン

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