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目っこの小太郎

破滅派25号「児童文学」応募作品

大猫

東北の国の物語。
殿様の姫君を好きになってしまった片目の小太郎。
人間扱いされない「河原者」の小太郎が、どうやって姫君と心を通わすようになったのでしょう。

対象年齢 12歳以下

タグ: #時代物 #破滅派25号「児童文学」

小説

12,187文字

一

 

昔々のお話です。

東北の国のあるところに真神川まがみがわという大きな川がありました。

この川は何年かに一度、大きな洪水が起きて、そのたびに周りの街や村にたいへんな被害を出しました。毎年のように川の神様にお供え物をして被害が出ないようにお祈りをするのですが、なかなか洪水はしずまりません。この地方を治めるお殿様が、「お祈りだけではだめだ。川の水を二手に分けて水の勢いを分散させよう。川には堤防を作ろう」と言って、国中の街や村に声をかけました。それにこたえて、たくさんの人々が普請ふしん(工事)のためにやって来ました。何年もかかる大工事です。

 

この真神川の河原に一人の若者が住んでいました。

名前は小太郎ですが、みんなは「コタ」と呼んでいました。片目が見えないので「目っこ」とも呼ばれていました。

なぜ小太郎と呼んでもらえなかったのでしょうか。それは「河原者かわらもの」だったからです。河原者とは、牛や馬が死んだら皮をはいで革製品を作ったり、行き倒れて死んだ人がいたら始末をしたりと、人が嫌がる仕事をする人たちです。人々は、誰かがやらなければならない仕事を河原者に押しつけておきながら、その仕事をする人たちを嫌いました。河原者はひどい差別を受けていました。

「河原者」のくせに「小太郎」などという立派な名前はあつかましいと、「コタ」にされてしまったのです。もちろん街に住むことは許されず、橋の下に住んでいました。着物も麻や木の皮で作ったものしか着てはならない決まりでした。この時代、男はまげを結っていましたが、河原者は髪を結うことも許されませんでした。

 

さて、堤防の普請には大勢の人が参加しました。もちろん小太郎も参加させられます。河原者は一番危険な場所にやられます。水の深い場所まで一人で土や石を運んだり、崖っぷちで岩を削ったり、流れの急な場所で川幅を広げたり。仲間の河原者が川に流されてたくさん死にましたが、気にかけてくれる人もいません。

一日の終わりには食事がふるまわれるのですが、小太郎はもらえません。そんな時は街のお寺へ行きます。お寺の裏で隠れていると、
「コタ、来たか。さあ、おあがり」

お寺の和尚おしょう様の声が聞こえて、小太郎は本堂まで走って行きます。和尚様だけは差別をせずに食べ物を分けてくれます。仲間が死んだ時も、和尚様はお経をあげて、お墓へ埋めてくれました。もちろん普通の人とは別の場所です。

「今日は殿様から、ねぎらいのにぎり飯と酒をいただいた。お前の分を取っておいてやったぞ」
「米の飯かあ?」
「うむ、食うがいい」

小太郎は大喜びです。お米の飯など年に一度、口にできれば良い方なのです。
「うまい、うまい」

と言いながらあっという間ににぎり飯を平らげ、お酒を飲んで小太郎はすっかりいい気持ちです。
「腹がいっぱいになったら、観音様かんのんさまにお礼を言って帰りなさい。明日も早いのだから早く休むがいい」
「はい」

言われるままに本堂横の観音堂へ行って地べたにひれ伏しました。
「観音様、今日はにぎり飯をくれてありがとうございました。できたら明日もください」

祈りながら頭上を見上げますと、お堂の扉はまだ開いており、夕陽が差し込む中、観音菩薩かんのんぼさつの像がぼんやりと見えています。ほっそりとしたお姿で、蓮の花の入った瓶を持って、髪の毛は高く結い上げて宝冠ほうかんを被っておられます。すっきりと整った美しいお顔でくちびるにはかすかに紅をさしています。
「こんな綺麗きれいな女の人がこの世の中にいるのかなあ。いねえだろうなあ、見たことねえ」

観音様にうっとり見とれながらつぶやいていると、どこかで猫がにゃーにゃー鳴く声が聞こえます。カラスが鳴きながらねぐらへ戻って行くのを見て、小太郎も自分のねぐらの橋の下へ帰りました。

 

 

二

 

次の日、小太郎と仲間の河原者たちは、川幅を広げる工事をしていました。すると、誰かが危ない、と叫びました。
「逃げろ、陸おかへ上がれ!」

あわてて岸に上がったその途端、上流から大きな岩が流れ落ちてきました。とがった形の大岩で、人に当たったら大変なことになるところでした。それよりも、せっかく工事をした場所が、大岩のせいでめちゃくちゃになってしまいました。
「あーあ」

と、みんなでがっかりしたのですが、普請の責任者の親方だけは熱心に岩を見ています。
「面白い形の岩だ。中国の山みたいだ。ちょうど殿様の御殿の庭にこんな岩が欲しかったところだ。運ぶぞ」
「ええ~!」

毎日の大変な作業で疲れ果てているのに、こんな大きな岩を運べと言うのです。でも親方の言葉は絶対で、逆らうとその場で殺されるかもしれません。仕方なく運ぶことにしました。御殿はすぐそばなのに、丸太を道に敷いて転がしながら運ぶので、丸一日かかりました。やっとのことで岩を御殿の離れの庭に運び込み、親方の命令した場所に置いた時はもう日が暮れていました。誰もがもう立ち上がれないほどへとへとです。

「みな、ご苦労だった。ほうびににぎり飯を食わせてやる」

その言葉にみんなは大喜びです。小太郎もにぎり飯と聞いたら急に元気が出てきました。
「この岩は据すえ付けたばかりでまだ不安定だ。十分に埋め込んでおいたが獣にでも荒らされると困る。一晩様子を見ておきたい。おい、目っこ、お前が見張っていろ」
「えっ?」
「ちょっとでも場所がずれたりしたら承知しねえぞ、犬や狐が来たら追い払え」
「コタ、頼むぞ」
「目っこ、さぼるなよ」

言いながら、親方と河原者仲間はぞろぞろと帰って行きました。
「なんてこった。にぎり飯にありつけなくなっちまった」

悔しくて泣きたい気分ですが、親方の言葉は絶対だし、河原者では一番若いので逆らうことは許されません。仕方なく庭に置いたばかりの岩を見張ります。

日が暮れて月明りの下で岩を見ていますが、獣どころか虫さえも寄って来ません。岩は堂々とそびえ立ってびくともしません。ばかばかしくなって岩にもたれて座りますと、疲れが一気に出たのか、小太郎はそのまま眠り込んでしまいました。

 

どのくらい眠ったのか、ふと、小太郎は目を覚ましました。もう日が高く上がっているようです。しまった、寝過ごした、と慌てて起き上がろうとすると、すぐ目の前に誰かがいます。

その人と目が合って、小太郎は魂を抜かれる思いがしました。それはまだ若い女の人で、とても良い匂いがします。豊かな長い黒髪に白い顔、くっきりと黒い二つの目、鼻筋がすっきりと通って、小さな赤い唇に笑みが浮かんでいます。着ている物はとても豪華で、佇んだ姿はすらりと清々しく気品があります。

「あなたは誰?」

鈴を振るように綺麗な声です。小太郎はあわてふためいてこう言いました。
「俺は、小太郎だ」
「小太郎?」
「みんなは目っこと言う」
「目っことは何?」
「左の目がつぶれてるからだ」
「どうして左の目がつぶれているの?」
「船から落ちて、蘆あしの茎に刺さった」

女の人はかすかに顔をしかめます。
「そうか、可哀想に、痛かったでしょう」
「小っこい頃だから覚えてねえ」

女の人はちょっと笑いました。両方のほっぺに可愛らしいえくぼが見えました。

その時、
「姫君! いけません」

と悲鳴が聞こえました。
「その者に近づいてはなりません!」

言いながら、年取った女の人が駆け寄ってきました。
「話をしてはいけません。河原者です」
「河原者?」

不思議がるお姫様を、年寄りが無理やり連れて行きました。
「そなた、ここで何をしておる。殺されたくなければさっさと去いね!」

どなられて、小太郎はようやく我に返って出て行こうとしました。ふと、足元に赤いものが落ちているのを見つけて拾い上げますと、それは赤い錦にしきに金糸銀糸で刺繍ししゅうをした匂い袋でした。匂い袋とは香りを付けた布の小さな袋で、着物の袖に入れて香りを楽しむものです。もちろん小太郎は匂い袋など知りませんし、錦など見たこともありません。でもさっきのお姫様と同じ、とても良い匂いがするので、ついそのまま持って帰ってしまいました。

 

 

三

 

それからというもの、小太郎は本当に魂がどこかへ行ってしまったようで、何も手につかず、貧しい食事さえ喉を通らぬありさまです。普請の現場ではぼんやりしていて仕事にならず、毎日のように親方に叱られ殴られます。でも小太郎は殴られるのには慣れていて、やっぱりぼんやりしたままです。とうとう親方は顔を真っ赤にしてこう言いました。
「この役立たずめ! ぶち殺してやりたいところだが、大事な普請を血で汚すわけにはいかん。どこへなりと消え失せろ。二度とこの街に顔を見せるな!」

 

そんなことを言われても、ここは小太郎が生まれて育った街です。いくら河原者として差別されていても、他に行くところなどありません。そこで、和尚様に相談しようとお寺へやってきました。

「親方にはわしからも取りなしてやろう」

と和尚様は言ってくれました。
「それにしてもどうしたわけじゃ? お前は若くて力もあるし、すばしっこいから役に立つ者だと親方が言っておったのだが。病やまいにでもかかったのか?」
「観音様に会った」
「えっ?」
「いや、観音様より綺麗だった」

殿様の御殿で美しい姫に会ったことを話すと、和尚様は大笑いしました。
「コタや、それは恋わずらいと申すのじゃ」
「こいわずらい?」
「うむ、これは大変な病で、どんな偉い侍も王様もこの病には勝てぬと申す」
「それは大変だ」

青くなった小太郎に、和尚様は真面目な顔をして、ゆっくりと諭さとすように言いました。
「治す方法は一つだけ。忘れることじゃ。お前が見たのは殿様の姫君で、お前などがお目にかかれるような方ではない。そのような方に恋わずらいなど、ネズミが月をほしがるようなもの。よいか、忘れられるよう観音様にお祈りをするがよい」

そこで小太郎は観音堂へ行って祈りを捧ささげました。
「どうか病を治してください」

観音様は相変わらずすらりとした美しいお姿で、小太郎を見下ろしています。
「姫君のことを忘れさせてください。どうか病気を治してください」

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© 2026 大猫 ( 2026年9月21日公開 )

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