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ミート・イズ・マーダー

第42回文学フリマ東京原稿募集応募作品

諏訪靖彦

第42回文学フリマ東京応募原稿。

タグ: #ホラー #第42回文学フリマ東京原稿募集

小説

11,111文字

 

スウェーデンでグレタ・トゥーンベリ擁する動物愛護党が政権を取ったのを機に、動物愛護の波は瞬く間にヨーロッパ全土を席巻した。「食肉は殺人」「動物の肉を食うものは人にあらず」といった言説が公然と交わされるようになり、動物愛護を掲げる政党が各国で躍進、EU一次法規に「食肉のための動物飼育を認めない」との条約が組み入れられ畜産業は全滅した。EU諸国は伝統的な食文化を捨てて動物愛護主義を国是としたのである。

イスラエルに操られる形でトランプが起こしたイラン戦争で敗北したアメリカは、当初EUとは距離を置き「肉食モンロー主義」を取っていたが、シオニストにいいように使われたトランプを産んだ反省から共和党を支持する層の大半が次の大統領選で民主党候補を選んだ。民主党が政権を取るとEUとの協調に舵を切り、ほどなくアメリカも動物愛護主義国家となった。

アメリカで起こった政変は当然日本にも波及する。アメリカに言われるがまま、日本でも食肉のための動物飼育が法律で禁止された。しかし、法律を都合よく解釈するのが日本人である。畜産肉は食べることが出来ないが野生動物の肉であれば食べてもよいと解釈し、大ジビエブームが起こった。ジビエが高額で取引されるようになり、今まで狩猟免許を持っているものの大半は狩猟を正業にし、鳥獣保護法に該当しない動物が乱獲された。世間体を気にするのも日本人である。対外的には江戸時代まで続いていた、さくら、もみじ、ぼたん、などといった植物の名称を使いジビエを食していた。

そんな日本の状況に指を咥えてみている世界ではない。国連は「ヒト以外のすべての哺乳類はヒトの手によって殺められてはならない」と、国連憲章に追加した。ヒト以外としたのは当然戦争を考慮してのことである。集団殺害罪に関する条約、所謂ジェノサイド禁止法は存在するが、戦争自体は否定していない。これによって国連加盟国は野生動物の狩猟が全面的に禁止されることになった。

しかし、しかしである。日本人は国連憲章に追加された条約の「ヒト以外」という文言に注目した。ヒトであれば殺めて食肉してもよいと解釈したのである。当然、平時における殺人は犯罪であり、殺めたヒトの肉を食す行為は法規的にも倫理的にも許されない。ヒトの共食いは東南アジアの一部未開部族の間でみられる行為だが、それは死者の魂を自分の中に取り入れるといった宗教的儀式の意味合いが強く、趣向的行為ではない。共食いを行う部族には徐々に認知機能が低下し死に至る風土病がみられる。脳内で異常タンパクが生成され脳組織がスポンジ状に変異するクロイツフェルト・ヤコブ病に似た症状が発症することから、共食いは生物学的にも否定される行為なのである。

ではどのようにこの問題を解決したのか。それは自分自身のクローンを作り、食肉に適するまで成長させたあと、生命活動を停止させ食すといった方法である。自分のクローンを殺めても殺人罪に問われない。他人の肉を食べることによって起こる異常タンパクの生成も起こらない。自分以外の何物にも迷惑を掛けず食肉する解決を日本人は見つけたのであった。

 

 ※

 

長野県と山梨県の県境、「蟹張平かにばりだいらスキー場」から車で十分ほどの距離にあるコテージ「共喰荘ともぐいそう」の大広間に宿泊客が集まっていた。六人掛けテーブルを取り囲むように男女四人が立ち並び、テーブルの中心に置かれたヒトの首、胴体、四肢を眺めている。六つに切断された死体は胴体を下にし、乳房の下と下腹部に足、両足の上に両腕が網目状に置かれ、頂上に髪の長い女性の首が鎮座していた。

諏訪靖彦すわやすひこはバラバラ死体を前に立ち尽くす三人に向かって「とりあえず座らないか?」と言って椅子を引いた。

「諏訪先輩はよく冷静でいられますよね。目の前にバラバラ死体があるんですよ。それもジェンガみたいな死体が」

諏訪は椅子に座ると対面に立つに山川蛭子やまかわひるこを見上げる。

「確かにジェンガみたいだよね。山川君から始めて時計回りで四肢を抜いて行こうか?」

山川は悪趣味な質問には答えずショートボブの黒髪を揺らして諏訪から顔を背けると、小学六年生の息子がスマホで「チクニー」と検索している履歴を見つけた母親のようなため息を吐いた。すると山川の隣で自慢の筋肉を見せびらかしたいがために真冬にもかかわらずタンクトップを着て立つ海野鮒虫うみのふなむしが諏訪に向かって言う。

「ジェンガは三つの木の棒が交互に並べられているからバランスよく抜き取れば倒れませんが、このジェンガは二組の手足で頭を支えているので、一つでも抜くと崩れてしまいます」

「は、そこ? あんたそこに食いつく?」

山川は満員電車の中で痴漢に尻を触られた気の強い女のように眉間にしわを寄せて海野をキッと睨む。海野はなぜ睨まれたのはわかない様子で上半身を屈め、対面に立つ水嶋KAGEROUみずしまKAGEROUに助けを求めた。水嶋は海野の視線には気づかず口を震わせながら「警察を呼ばなくちゃ」と言ってポケットからスマホを取り出し目元が隠れるほど伸びた前髪の前にもっていく。その様子を見て水嶋の隣に座る諏訪が水嶋のチノパンを掴んだ。

「水嶋君、警察に連絡するのは待ってくれないか?」

「どうしてですか? これはどう見ても殺人事件です。早く通報したほうがいいですよ」

「警察に連絡する前に確認したいことがあるんだ」

水嶋は手を止めて「確認したいことって何ですか?」と諏訪に訊く。諏訪は「説明するからみんな座って」とバラバラ死体を前に立ちすく三人に着席を促した。水嶋がスマホをポケットに仕舞ってから椅子に座ると、他の二人もしぶしぶ椅子に座った。諏訪はバラバラ死体越しに三人を見渡したあと、眼鏡の中心を中指でクイッと押し上げてから切り出した。

「これはチャンスだと思うんだ。僕たち五人がミステリ研究会の合宿で訪れた山荘でバラバラ殺人事件が起こった。僕たちは小説の中でしか殺人事件を体験してない頭でっかちなミステリオタクだよね。でもここにバラバラになった死体がテーブルの上に置かれている。僕たちにバラバラ殺人事件を推理する機会が訪れたんだよ。共喰荘は市内の警察署からそう離れた距離にあるわけじゃない。警察に連絡したら十分やそこらで大勢の警察官が来るだろう。そうなれば僕らは個別に事情聴取を受けてこの事件を推理することなんてできなくなる。よく考えてほしい。これから先こんな経験をすることはないじゃないかな? この事件の犯人でもない限りはね」

三人は一様に考え込む。最初に口を開いたのは山川だ。

「確かにこれから先の人生でこんな事件に巻き込まれることはないかもしれません。ですが推理するにあたって実際の殺人事件と小説の中の殺人事件では大きな違いがあります。それは倫理観の問題です。諏訪先輩はベンヤ美奈べんやみなを使って推理ゲームをしようと思っているんですか?」

ネタニヤフ・ベンヤ美奈は山川の親友でありテーブルに鎮座しているバラバラ死体だ。ミステリ研究会はネタニヤフを含め五人、四回生で部長の諏訪と三回生四人で一昨日から合宿と称し貸し切り型のコテージ人喰荘に宿泊していた。合宿と言っても昼は蟹張平スキー場でスキーやスノーボードを楽しみ、夜は酒を呑みながらミステリ談議に花を咲かせる程度だ。その程度のはずだった。

「それの一体何が悪いんだ? ミステリ小説の中だけでなく、世間で起こった実際の殺人事件でも僕たちは推理を楽しんでいるじゃないか。一見不可能に思える殺人を成し遂げるために、犯人が施したトリックを想像しながら推理しているだろ? 殺人事件にかかわった人物になったかのように、わくわくしながら推理しているだろ? 僕たちは実際に起こった猟奇殺人事件を楽しんでいるじゃないか。逆に聞くけどネタニヤフ君は自分を題材に推理されることを嫌がるのかな? 僕がもしこのような状況になったのならば、是非ミス研メンバーに解いてもらいたいけどね。それにネタニヤフ君は良心が欠落しているところがあった。ソシオパスと言うのかな、中東戦争のニュースを見て「イスラエルは早くイランに核ミサイルを打ち込めばいいと思いません?」などと平気で僕に言ってきたことがある。行方不明事件や犯人が捕まっていない殺人事件を部内で推理を披露し合うときに、彼女は決まって犯人や被害者の心情を全く考慮せずに推理を展開していた。ネタニヤフ君は感情なんてものは邪魔でしかないと考えていた節がある。そんな彼女だから僕らに推理されるのを喜んでいると思うんだ」

山川はネタニヤフに思うところがある様子で、地下アイドルがチェキ撮影で中年男性からキスを迫られたときのように口を噤む。暫しの沈黙のあと海野が口を開いた。

「俺は諏訪先輩の提案に賛成です。諏訪先輩の言う通りこれから先の人生で経験出来るとは思えません。KAGEROUもそう思うだろ?」

同意を求められ水嶋は「あ、はい。僕もそれでいいです」と諏訪に向かって言った。

「そういうことだけど、山川君もいいかな?」

山川は「五万円払うからいいでしょ?」と言われた地下アイドルのように無言でコクリと頷いた。諏訪は「それじゃあ推理を始めよう」と言って続ける。

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© 2026 諏訪靖彦 ( 2026年4月13日公開

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