超訳古事記――メイク・タカマノハラ・グレート・アゲイン

第40回文学フリマ東京原稿募集応募作品

諏訪靖彦

小説

13,160文字

古事記の国譲り神話をコミカルに現代語訳しました。

天安河あめのやすかわの川上、天石屋あめのいわやの前で大きな男が四肢を広げ川の水を塞き止めていた。その隣には川砂利の上に腰を下ろし、足を伸ばしてその様子を眺める男がいる。

「なあ親父、いつまで川の水を塞き止めてんの?」

親父と呼ばれた大男は息子を見やる。

「期限なんてものはない。俺が川の水を塞き止めなくては宮の近くまで川が流れ込む。そうなったらこの辺にいる神が誰でも川をつたって宮に行き来できるようになってしまう」

「だったら今親父がいる場所に親父と同じくらい大きな岩を置けばいいんじゃねーの。そしたら親父が水を塞き止めなくても岩に打ち付ける川の水が左右に流れて宮に向かうことはないよ」

「俺は天安河の水をこの大きな身体で塞き止める役目を与えられている。岩で塞き止めたら俺がここにいる意味がなくなる」

大男はそんなこともわからないのか、とでもいうように答えた。

「親父は一生川の水を塞き止め続けるのか?」

「一生だ」

息子は「あほくさ」と呟いて宙を見上げた。すると息子の目に空を飛んでこちらに向かってくるものが見えた。息子は「おい、親父。あれはなんだ」と言って指をさす。

「宮の方から誰かが来たようだ」

大男が言うが早いか、空を飛んで来た者は二人の前に降り立った。そして二人を見比べてから大男に向かって口を開いた。

「我が名は天迦久神あめのかくのかみ天照大御神あまてらすおおみかみの使いとしてやってきた。そなたは伊都之尾羽張神いつのおはばりのかみで相違ないか?」

「確かに私は伊都之尾羽張であり天之尾羽張あめのおはばりだ。何用だ」

宮言葉を使ういけ好かない奴がやって来た。息子は座ったまま聞き耳を立て、天迦久神から天之尾羽張神に何が伝えられるのか見守った。

大御神おおみかみ葦原中国あしはらのなかつくにを我ら天津神あまつかみのものにするため幾柱の神を降ろしたが、どの神も逃げ帰ってくるか戻ってこなかった。最後に降ろした天若日子あめのわかひこに至っては、葦原中国を統べる大国主神おおくにぬしのかみの娘である下照比売したてるひめに惚れて子をもうけ、鏑矢かぶらやを使い矢文を寄越し高天原たかまのはらへは戻らんと伝えてきた。その知らせを受けた宮ににます神々は怒り高木神たかぎのかみが天若日子の寝屋に向けて矢を射ち亡き者とした。そこで神々は合議を開き高天原一の智慧者思金神おもひかねのかみが次に葦原中国に降ろすべきは伊都之尾羽張神が適任であると大御神に進言し了承された。我はそれを伝えに参った次第だ」

天迦久神が天之尾羽張神に勅命として伝えたのは大国主神から葦原中国を奪い取って来いという内容だ。息子は昔、伊邪那岐命いざなぎのみこと伊邪那美命いざなみのみこと含処ほとを焼いて生まれた火之迦具土神ひのかぐつちのかみを、剣に身を変えた親父を使って切り殺したと聞いたことがある。親父は剣の神だ。適任じゃないか。大国主は幾柱の天津神を退けたが、親父ならきっと大国主を討って葦原中国を天津神のものにしてくれる。

「天迦久の言うことは分かった。俺ならば先に降った天津神が成しえなかったこともできるやもしれない。しかし俺にはやらねばならない仕事がある。天安河の水をこの身体で塞き止め川が宮まで続かないよう左右に水が流れるようにしなくてはいけないのだ。大国主から葦原中国を奪い取る仕事は息子の建御雷たけみかづちが適任だと思う」

「えっ?」

突然自分の名前が出てきたことに天之尾羽張神の息子、建御雷之男神たけみかづちのおのかみは驚きの声を上げて立ち上がった。そして天之尾羽張神に向かって声を張り上げる。

「いやいや、ちょっとまて。ちょっと待てよ親父。親父は剣の神だろ? 親父がやった方が良いに決まってる。なんで俺がやらなきゃなんねーんだよ」

「俺には水を塞き止める仕事があるんだ」

「いやいやいや、だからさ、さっき俺が言ったように親父と同じくらいの大きな岩をここに置いて親父が葦原中国に向かえばいいだろ? 親父が大国主と戦ってる間、俺がちゃんと岩が川の水を塞き止め左右に水が流れるか見てるからさ」

天迦久神が親子の間に入る。

「確かに伊都之尾羽張神には大切な仕事があるようだ。建御雷之男神、父上の推挙だ、やってはくれぬか。お主は火之迦具土神が斬り殺されたときに飛び散った血から生まれた神だったはずだ。いうなればお主も剣の神だ」

「え、俺も剣の神なの?」

天之尾羽張神と天迦久神は大きくうなずいた。

「だとしても、だとしてもだよ。斬り殺した神と、その神に斬り殺されて飛び散った血から生まれた神では実力差がありすぎるだろ」

「そうなのか?」

天迦久神が言うと天之尾羽張神が首を横に振る。

「そうとは限らん」

「そうとは限らんってそうかもしれないってことだよね?」

「まあそういうこともあるかもしれない」

「ほら、やっぱそうじゃん。俺が親父より強いわけがないんだよ」

「やってみなければわからぬではないか」

天迦久神の言葉にすかさず建御雷之男神が言い返す。

「おい、天迦久。天迦久、おい。葦原中国を征服するために降ろす神をそんな適当に決めていいのか? そんなんだから葦原中国に向かった幾柱の神が逃げ帰ってきたんじゃないのか? 大国主に女を充てがわれて帰ってこなかったんじゃないのか? 宮の神々はいつもこんなに適当で、行き当たりばったりに物事を決めるのか?」

天迦久神は建御雷之男神をじっと見つめる。そして小さくため息を付いた。

「そうか、分かり申した。宮に帰って大御神に勅旨に従わなかったと伝えることにする」

いや、それはさすがにまずい。高天原を統べるメンヘラ女は、弟の須佐之男すさのおが服を織る忌服屋いはたやの棟に登って穴をあけ、そこから皮を剥いだ馬を投げ込んで機織りの仕事をしていた織女おりめが驚いて機具はたぐで含処を突いて死んでしまったり、新嘗にいなめをいただく御殿で罵声を吐きながら糞をまき散らし、酒を呑んでゲロを吐き散らかすのが恐ろしくなって天石屋戸あめのいわやどに隠れてしまった。高天原に光が差ささなくなって困った八百万の神々は天石屋に集まって合議を重ね、思金神が「天石屋戸の前で宴会したら出てくんじゃね?」「天宇受売あめのうずめが乳房を露出し腰布を下げて含処ほとをあらわにした状態で踊り狂えば出てくんじゃね?」と提案し神々は実行した。神々が天石屋戸の外でパーティーを始めると楽しげな雰囲気が洞窟内までに聞こえてきて神々がアッパー系ドラッグを使ってレイヴでもしてるのかしらと様子を見るためにメンヘラ女は天石屋戸を開いた。すると天手力男あめのたじからおがメンヘラ女の手を引いて天石屋戸の外に連れ出し布刀玉ふとたまが天石屋戸を閉めて高天原に光が戻った。その後メンヘラ女は須佐之男に貢物を差し出せば今までの行いを許してやると言って金品をせしめたり、やっぱりそれだけじゃ許すことができないと言って手足の爪を剥いで拷問した挙句、高天原から追放した。そして今度は須佐之男が追放され降りた先、葦原中国を征服したいと言い出した。気分屋が過ぎるだろ。おそらく双極性障害だ。バイポーラⅠ型だ。天迦久が双極女にそんな報告をしたら高天原を追い出されるばかりか俺のことを殺すかもしれない。そんなことになってはたまらないと建御雷之男神は天迦久神を説得することにした。

「ごめん、天迦久ごめん。少しばかり言い過ぎた。でもさ、俺は面倒だとか大国主が怖いとかで行きたくないって言っているわけじゃないんだよ。川の水を塞き止めるなんていくらでも代替が効く作業を、実力も実績も兼ねそろえた親父がやって、葦原中国を征服するなんて大仕事を斬り殺され飛び散った血から生まれただけで、実力も実績も何もない俺に任せていいのか? 川の水塞き止め作業と葦原中国を征服する仕事はどっちが大事なことなのか、二柱ともよく考えてみてくれよ」

天迦久神と天之尾羽張神は顔を見合わせると建御雷之男神に向き直り同時に口を動かした。

「どっちも大事だ」

 

こうして、かつて伊邪那岐命と伊邪那美命が造り、現在は国津神くにつかみである大国主神が治める葦原中国を天津神の元に取り戻すため、建御雷之男神は葦原中国に降り立つことになった。

 

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2025年4月20日公開

© 2025 諏訪靖彦

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