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世相

鷹埜狩月

一疋の野良猫が見たのは、荒れ朽ちた京の様だった。屍体の転がる朱雀大路、偸盗の悲惨な五条大路、そして、生を見つけることに必死な八条大路の幸福人たち──。
処女作。江古田文学賞高校生部門××作

小説

3,608文字

 今の御時世ごじせいになると、京みやこが朽くち果てて了しまって、京という存在ですらなくなって了った。それで人が其処そこら中で飢えて苦しんでいる。だから、幾らねう、ねうと鳴いたって、人っ子一人来やしない。後から人間の話を盗み聞きしたのだが、痘瘡もがさ*とか云いっていたのを記憶している。終日鼠ねずの残飯や痩やせた畑から痩せた馬鈴薯ばれいしょでも盗とって喰う始末だから、頗すこぶる今私が半死半生はんしはんせいの際にいるのがわかるだろう。同類なかまの屍しかばねを見たときは流石に吐き気を堪こらえることはできなかった。

 京の有様ありさまと云ったら酷いものである。牛蒡ごぼうのような腕と、大根よりも細い脚で朱雀大路すざくおおじ*の三叉路さんさろに拡がって、中央を隔てて横たわっている。蝿はえが集たかっているのは云わずもがな。三条さんじょう大路と、東一坊ひがしいちぼう大路は埋まっていた。多分何人かはもう黄泉よみに逝いって了っている。その内何人かは冥土に堕ちて了っている。その内何人かは未いまだ三途の川を渡っている最中であろう(尤もっとも、斯様かようにして斃くたばった者共が、たとえたった六文銭ろくもんせんだとしても、結局は家を失くした故に路傍で死んでいる訳だから、果たして払えるかどうかの話だが)。もし私が三蔵法師さんぞうほうし*のような仏僧であったのなら、立ち止まって一人一人浄土へ渡れるよう数珠じゅずを擦って経を唱えたかもしれないが、私にはそんな民衆を憫あわれれんでいる暇はないので、ただ平然と前を通り過ぎるだけである。暇がないと云ったが、別段私は猫なので職などいう概念はあいにく持ち合わせていない(斯かのように物を書いていることに関しては、私が人に生まれ変わったと、そして前世の記憶を持ち合わせていると、読者は納得すれば好いい)。

 元は私は、京を練り歩く一介の野良猫だった。行く先行く先で、ひと度ねうと鳴けば、子共こども、老婆、時に若人わこうどが寄って集って餌えを与くれた。朱雀門すざくもん*の前まで行ったことがあった。そのときばかりは役人でさえも、厳かな面持おももちを廃よして槍を地に置き、硬くなった掌てを私の頤あごへ差し伸べたものだ。それが滅切めっきり、況ましてや子共なども寄り付かなくなった。役人は、今頃都を離れて故郷へ戻って、父母ふぼ同胞どうほうと暮らしていることだろう。否いや、痘瘡とかいう禍わざわいが降りかかったのならば、京から一歩外れてみたとて一切の景観の変わりはないだろう。

 私が昼の陽光に微睡まどろんでいると、子供等が嗤わらいながら下のような落書らくしょ*を書いて唄っていたのを視たことがある。

 

馬酔木あせび*、梅、藤、八重桜

どれも今では塵芥ちりあくた

花の京は死の京

剥げて丹塗にぬりの鴟尾しび飾かざり*

首こうべは垂れて楊柳かわやなぎ

息絶え絶えの京人みやこびと

喰らう砂礫すなれき馬尿うまいばり ……

 

──子共とは云え能よくできた落書である。何も、間違っちゃいないのだが。

 

 羅城門らじょうもんの屍体したいも大変な量になってきた*。螽斯こおろぎが、朱色の剥げた柱に留まっていたのだが、やがて何処かへ飛んでいった。彌々いよいよ下人が見える次第しだいとなった。「へえとうとう主人に捨てられちまったか。ふう可哀想だね」と私は、若干の軽蔑と自身の生きる楽さに悦んだ(果たして迚とても好い暮らしを送っている訳じゃないが、あの下人と比べれば多少は楽だろう)。羅城門を凝視みつめていたら、楼ろう*に潜り込んでいった筈の下人が、行成いきなり急な梯子はしごを辷すべり下りて、夜の底へ疾って行ったのを視た。その後に、一人の老婆が白髪頭しらがあたまを、羅城門の楼から頭ごと振り下ろして、黒洞々こくとうとうたる夜を覗き込んでいた。そのとき、老婆と私と目が合ったのだが、老婆は依然獣のような面構えで、下人と同じく梯子を駆け下りて、四つん這ばいになって奇声を挙げながら疾って行った(何故か衣きぬを着ていなかった。先刻の下人が抱えていた織物は何であろう)。私は、禍とは此処まで人を自堕落じだらくな、薄穢うすぎたない獣畜じゅうちくにさせるのだと、夜の寒さもあってか黒い毛を震わせた。やがて螽斯は、朱色の、剥げた柱に戻ってきた。

 私が羅城門を訪れる前に、同じ屍体の転がっていた五条大路で、いかにも残念至極たる人間共の容すがたを視たことがある。それは昨年の(京に病が流行ってからもう三年が経っている、)冬のことである。

 その年紀としの冬は──その年紀と云っても、景観は相も変わらぬのだが、特に喰い物の、酷く乏しい冬であった。あらまし想像に難くないのだが、やっぱり盗人ぬすっと共が出入りした。屍体の衣から何でもかんでも盗っていくのである。この時流であるから私は仕方のないことだと思っているのだが、併しかし、平然として偸盗ちゅうとうを行っているのは、元来麻あさ*や芋麻いもあさ*を纏った民衆である。私は驚愕した。羅城門でも視た人間の堕ちた醜態ざまは幾度となく視てきた。だが仏道の鎮護国家ちんごこっか*として成立したこの京の民として、十悪じゅうあく*に混じるような行動を起こすことは、安易に勘案かんあんすることはできなかったからである。人間の、生きるためならばという行動力は、ときに吾々われわれを驚かす物である。

 中でも私が、酷く環境を哀れんだのは、その悪行に子供が含まれざるを得ないことである。その光景は驚愕というよりかは惨憺さんたんたる情に近い。あのなんとも、襤褸ぼろを纏った傷ましい、それも子共とて感情を失ったような顔を見ると、良い意味で蔑視べっしして了うのである。私は斯このとき、人は自身が生き残るためならば、他者を殺めるような行為に陥って了うのだと云う見解に至った。たとえ子共であろうとも、自らが生きるために、手を汚す。これは一種の傲慢ごうまんであると、人は自らに降る禍に寄って一変するのだと知った(それとて今の私は人間なのだが)。

 右京うきょうの八条大路は未だ、若干の活気が残っているようだった(故郷へ戻った人は少なからず居るのだが、斯の頃は賊が出回っているらしいので、帰りたくとも帰れないと云うのが現状である)。屍体の庫くらとなった三条大路や東一坊大路とは違って、私は漸ようやく人の笑った姿というものを視た。もしやと思ってその群衆ぐんしゅの中に歩み寄ってみれば、思った通りに、子等は兎とも角かく、その肉親まで私を抱いて持ち上げて来たのである。

 人々の暮らしというのはこういったものである──先ず朝になると、親より先んじて子等が襤褸な家を飛び出して、速攻して路を疾はしり廻っている。誰一人として暗々たる表情を浮かべる者はいない。だが、彼等の生活は困窮そのものである。第一毎日飯は喰わない。どちらかというと、喰えないの方が適かなっているだろう。早いときで三日に一遍いっぺん、大体は五日ないし七日に一遍が妥当だとうである。それとて稗ひえや粟でもなく、時折やって来る商人あきゅうどの売る数疋の雑魚ざこくらいであった。その商人から出来るだけ多く買い占めて(商人の性質たちはそれはそれは悪いもので、平生へいぜいより高い値段で売るのであるから堪ったものではない。私は一度だけ、商人の売る雑魚を二疋盗ったことがある、)傭えておくのである。親は自分たちよりも子等を優先して喰い物を譲る。後先短い大人よりも、この先を長く生きていく子共に自らの生を削って与れるのである。

 嗚ああ、大変悦よろこばしい。幾ら親が身を削って子に生を与えたとて、それでも大変悦ばしい。私があの三条大路の悲惨を視てきたから云える訳でもない。亦また、五条大路の偸盗を視たからでもない。ここに居る者たちは決して金持ちではない(そもそもこの京に金持ちという概念は消え去った)。偸盗に堕ちた者共と完く同じ身分である。のみならず、彼等の方が襤褸の程度が酷い。彼等は状況の捉え方が違うのである。確かに、京が零落おちぶれたのは不運なものであるが、併し、それとて彼等の感じないほどに、幸福を見つけることに必死になっているのである。つまりはこの、子共等も親等も、偸盗になることを避けて、亦屍体に成り下がることを避けている──どれだけの苦難があろうとも。

 この京の民は皆表うわべは人である。人であるにも、人であろうとしない五条大路の偸盗と、成なる可べく人であろうとして生きる八条大路の民。困窮を極めたその先にあるのは、二つの人間の途である。生残のため人でなくなるか、ほんの少しの幸福がために人となって窮苦きゅうくを堪え新たなる幸福を探しながら生きるか。……

 この二つの途とは限らず、別途があることは無論だが、いずれ私がその途を知って、憫然びんぜんたる情に掩われるか、喜悦きえつたる感が湧くかで分かつことができよう。ただ私が久しく感動に浸ったのは、少なからず子等の笑い声と、近くに侍っている親との和ましい光福こうふくの景観が、人間性の善よき一面を意味していたからである。尤も、偸盗である彼等が果たして幸福かどうかは知らないが、一度で好いから、八条大路に盗みに行く序ついでに(夜も更けて了っては誰もいないだろうが、)人様を視てみれば、寸分の幸福がために人として生き続ける悦びというのが解せるようになるのかもしれない。勿論八条大路の民等は幸福人である。五条の盗人も、自らの行為に幸福を感じるのならば私は駐とめないが、堕ちた人に二つの途が与えられるのならば、苦難の途を択えらんで笑いを生じさせた方が、一体幸福だと云えるのではないか。毎晩腐った屍からこの先用いるか如何どうかも解らぬ物を持ち去って、それにひもじい暮らしをするよりかは、私は八条大路の民等のような生き様を、大いに、激しく尊ぶのだが。……

© 2026 鷹埜狩月 ( 2026年10月1日公開 )

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