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場面転換が多い。あんままとまらなかったです。ソーリー。

タグ: #合評会2026年1月

小説

4,915文字

「芋煮をしたいが場所がない」

「逃げるは恥だが役に立つ、みたいなこと?」

運動部の掛け声や吹奏楽部の音色を背景に、私たちは話す。放課後の教室で自習をしていたはずなのに、私たちはついサボってしまう。

「一文字も合ってないけど」

私がそう言うと萌黄は少し考えるそぶりをした。言いたいことは分からないでもない。何となく語感が似ている。萌黄は考え事をする時にこめかみにひとさし指をあてる癖がある。漫画みたいだ、と思う。

私たちは暗にサボりを容認している。サボりたくなければ、もっとみんなが使っている私語厳禁の自習室や図書室にいけば否が応でも勉強に集中せざるを得なくなる。またサボっちゃったね、なんて言いながら、そうなることを楽しんでいる。

「東北の芋煮ってさ、ショベルカーとか使って、ご近所の人みーんな集まって超デカい鍋で『芋煮会』ってのを開くのが主流なんだって、なんかテレビで見た」

最初に萌黄から言われた時点で、私は「芋煮とは」でググっており、その際に芋煮会も一緒に出てきていたので、想定の半分くらいは驚いた。私の新鮮な驚きをお届けできなくて申し訳ない気持ち。とは言えショベルカーって。正気を疑う。なんか誇張してるんじゃないの?

「ショベルカー? マジで言ってんの?」

「本当だよ。ほら」

萌黄はスマホで開いていた芋煮会の様子を私にこれ見よがしに見せつける。その写真では本当にショベルカーが巨大鍋をかき混ぜていた。衛生的にどうなんだろう。まぁそのへんをクリアしてるから、ここまで大々的にできるのだろう。

「重機の免許とりたいな」

「これのために?」

「うん」

「どうかしてるよ」

「いつものことでしょ?」

いたずらっぽく笑う萌黄。その笑顔をいつまでも見ていられたら良いと思う。もっとそうやって笑ってほしい。

「田舎はバーベキューとかもご近所同士や友人知人を誘い合わせて集まってするのが多くて、それと似たようなもんらしいよ。そういう集まりって憧れる」

「うへぇ、私には無理だ」

有象無象と集まって何が楽しいんだか。

「友達百人作ろうよ」

「嫌です」

だって、私は萌黄さえいれば良い。萌黄以外は別にいらない。友達親戚親兄弟もどうでも良い。萌黄がいたらそれで良い。

「結婚してでっかい家建てて、人望集めまくったらできると思うんだよね。がんばろーっと」

「結婚しなくたってでっかい家建てれるでしょ。お金持ちになったりして。結婚するかどうかは関係ない」

「葵ちゃんは手厳しいなぁ」

「萌黄に突っ込んでいけるのは私だけだから」

私たちは笑った。萌黄のことを萌黄と呼んでいるのは、萌黄がそう望んだからだ。最初に何と呼べばよいか聞いた時、萌黄は「何でも良いよ。苗字でも名前でも」と言った。そのくせ、三十分後には「『萌黄』が良い。『しらみずさん』より、『もえぎ』の方が強そうでしょ。『もえぎ』は唇をくっつけないと発音できないから」と言ってきた。よく考えたらそっちの方が良いと気づいたのだろう。萌黄は考えるより先に口や体が動く。

もえぎ、と発音してみて、確かに、と思った。でも、しらみずさんも唇をくっつけないと発音できない。訂正後の発言も甘い。

だから、別に本気じゃないと思っていた。芋煮会の話だって。よく考えれば別にしたいわけじゃないね、ってなると思ってた。

でも、あの時から萌黄はずっとしたかったんだと思う。芋煮会っていうか、大勢でのお祭り騒ぎ。

私は萌黄さえいれば良かったけど、萌黄はそんなことはなかった。ただ、それだけのこと。

あの時、萌黄は隣にいたけれど、ずいぶん遠くまで来てしまった。私が萌黄を見ている間、萌黄は前しか見ていなかった。私のことなんて、ぜんぜん見ていなかった。萌黄にとって私は有象無象の一人にすぎなかった。

「葵ちゃん」

それは芋煮会というより大勢での鍋パだった。あれから何年も月日が流れた。学校を卒業しても萌黄とは定期的に連絡をとりあっていた。萌黄が結婚して建てた大きな家の、大きな庭で、たくさんの鍋を置いてみんなでつつきあう。萌黄の知人を片っ端から呼んだらしい。パリピかよ、笑った。

面白い催しだ、と皆喜んでいた。さすがに巨大鍋とショベルカーは用意できなかったらしい。それすらも寂しいことのように感じる。萌黄はどうかしなくなってしまって、現実的な妥協ラインを受け入れるようになってしまった。

「どう? 楽しんでる?」

「楽しいよ」

嘘をついた。喉の奥が重い。石が入っているみたいだ。

「ショベルカーは用意しなかったんだね」

「それはさすがに無理だよ」

萌黄は変わらない顔で笑った。あの時より年を取った。私も萌黄も。でもちゃんと萌黄は萌黄の形をしていた。極端に醜くなったり、美しくなったりすることもなくただ萌黄の延長としての姿をしていた。

「久しぶりに会えた人もいるんじゃない?」

それは萌黄で、萌黄以外人じゃないし。でも、誰かの名前をあげないといけない気がして、私は考える。考えても誰も出てこない。

「ああ、たしかに」

知らない人がいっぱいいる。同窓会も兼ねて開催しているので、きっと知っている人だっているはずだ。でも私にとって萌黄以外があまりにも「その他」でしかなさすぎて、覚えてすらいなかった。きっと挨拶や会話をしたこともある人もいるはずだ。ない頭を振り絞って記憶をたどる。内容物のない胃から嘔吐するような感覚。

「ママこれ見て」

萌黄の娘が走ってくる。萌黄は私を置いてそちらに行く。そちらには、ママ友らしき人たちもいて、他の子供たちも嬌声をあげている。

萌黄は遠くへ行ってしまった。人の親になってしまった。人の妻になってしまった。社会の一員になってしまった。私だけが未だにあの放課後の教室にいる。

萌黄が私の傷に触れてくれたあの時から、萌黄が私の中心だった。萌黄が軸になった。萌黄だけか現実で、それ以外どうでも良かった。

「この傷どうしたの」

そう。あの時の萌黄の声が蘇る。

あれだって放課後の教室だった。たしかまたサボって手相の話をしていた時に、私の手首に残るうっすらとした傷跡に萌黄は気付いた。色のないミミズ腫れのようなそれは、まじまじと見なければ気付かない程度のものにはなっていた。

「ああ、これ?」

どきっとしたのを気付かれないように平静を装った。

「果物ナイフが刺さったんだよね」

厳密には刺された。事故だけど。

「ええ、こわ! 痛そう」

萌黄は驚きながら、私の傷を撫でた。何だかどきどきした。

「痛かったよ」

痛くてたまらなかった。あの時は。いろんなところが。駄目だ。いろいろ思い出してしまう。

「大丈夫だったの?」

「うん。ちゃんと処置できたからね」

私が頑張ったので。そう。あの時の気持ちが出てきそうになる。

「死んじゃうところだったんじゃない?」

「まぁちゃんと処置できてなかったらそれもあり得たかも」

あの時一人で歩いた道を思い出す。昼間なのに暗かった。何曜日だったっけ。でも病院は開いていた。

「生きてて良かった」

傷を撫でながら萌黄が微笑んだ。

時が止まったような気がした。私が、全部の私が、過去から今まで連続しているあの時も私も今の私も、すべての私がぶち抜かれた。すべての私がハッとなった。

たまらなく嬉しかった。

私、ここにいて良かったんだ。

泣きそうになるのを欠伸のふりで誤魔化して、私は「そろそろサボりの時間は終わりだよ」なんて言ってノートに向き直った。ぽたぽた、涙が文字をにじませた。いやいや、泣くな。泣いたらおかしい。不自然だ。ここで私は萌黄に人生を乗っ取られてしまった。ぶち抜かれた。あの時悲しくて泣いていた私は、嬉しくて泣いた。こんなことで泣いているなんて気持ち悪いから、絶対にばれないように、何度も呼吸を整えた。

萌黄が現れるまではママが私の中心だった。

あの時、ママはまたヒステリーを起こしていた。いつものことだった。いつものことだったので耐えれば終わると思っていた。

「ママなんかいらないんでしょ」

ママは金切声をあげながら、台所に置いてあった果物ナイフを握りしめた。そして腕をまくる。まだ子供の私でもそれが何を意味するかは分かった。以前から、ママは針金のハンガーの先や工作ばさみで自分の腕をひっかくことがあった。それをすると私が悲しむのを分かっていてやる。私が悲しんでいるのを確認するための作業なのだ。そうやってママは私がママを愛しているかどうか試していたように思う。これは随分後になってから気付いたことだけど。

「嫌いなママがいなくなって良かったね」

そう言って、ママが自分の腕に果物ナイフを振り下ろそうとした。私は、間髪入れずにママに突進した。ナイフは、私の手首に刺さった。血がふきだす。血が付いた果物ナイフが落ちる。

台所にかかったタオルで傷口を抑える。冷や汗が出た。痛いとかより怖かった。出血が多くて。死ぬかもしれない。たすけて。ママ。

「葵ちゃん」

さっきのヒステリックな声とは違う声だった。でも落ち着いたママではなかった。っていうか落ち着いたママの時っていつだ?

「お願い死なないで」

ママは泣いてるだけだった。子供みたいだった。早く何とかしてくれよ。早くたすけて。泣いてないで。でも、ママは子供なんだと思う。私よりも。だから私は私で何とかしないといけなくて。タオルがみるみる赤くなる。救急車を呼ぶためには傷口から手を離さないといけない。それが怖かった。私は、ママを置いて外に飛び出した。

病院は近い。歩いて五分、いや三分でいける。どんどんタオルが赤く染まる。見ると余計に血の気が引くから。足が震えるのは出血で貧血だからなのか、血を見て恐怖を感じているからなのか、分からなかったけど考えないようにした。死んじゃうかもしれない。でも、死んだって、誰がちゃんと悲しんでくれるんだろう。ママは? ママは悲しんでくれるかもしれない。いや、どうだろう。ママは「娘を失った可哀相な自分」が可哀相で泣くんじゃないかと思う。私のためじゃなくて。じゃあいっそ死んじゃえば。このままどんどん力が入らなくなって死ねばママの一生の傷には少なくともなれる。人生の汚点にはなれる。

私は結局、子供の頃から何も変わっていない。刺された時から何も成長していない。ただ、依存先を変えただけ。それはママも同じで、ママは彼氏を作って、そっちに夢中になるようになった。私が萌黄に出会った時と同じくらいだった。似たもの親子だ。今もたまに会うけれど再婚はしていないらしい。

「萌黄」

放り出された私は心細くって、小さく呼んでみた。当然そんな声は萌黄には聞こえない。萌黄は数メートル先で子供たちと話している。あの時と同じ笑顔で。あの笑顔が私以外のものになってしまった。いや、私のものだったことなんてなかった。ずっと。ただ、そう思っていただけだった。

私の人生で私が中心だったことなんて一度もなかったのに、いまさら放り出されたって、どうすれば良いかわからないよ。違う。放り出されたんじゃない。私が勝手に依存して、勝手に依存先を失っただけだ。萌黄は関係ない。悲しいことに。勝手に崇拝して、勝手に恨んで。全部私の中の話。ママに切られた時と同じ。じゃあ、次は誰に救ってもらえばいい? そんな人はいない。いつか現れるかもしれないし、一生いないかもしれない。少なくとも今はまだ私には萌黄しかいなかった。

もしも私が暴れたらどうなるだろう。暴れるとは?

何だろう。例えば、この鍋を全部ひっくり返して叫んでから逃走するとかだろうか。キチガイだ。キチガイなんだろう。実行したらキチガイだ。実行できるのはキチガイだ。

君の人生に傷を残したい。君の人生の傷になりたい。萌黄が私に刻まれているように、私も萌黄に何かを刻みつけたかった。人生の汚点でも良かった。いっそ萌黄だってヒステリックに果物ナイフを振り回してくれれば。でも、萌黄がそんなことをしないのは分かっている。

トイレに行くふりをして裏口に回る。私はそのまま萌黄の家を後にした。

どうかしていない萌黄とどうかしている私は同じ場所にはいられなくて。でも、私はキチガイにもなれなくて。

喧騒を後ろに一人で歩くこの道は、傷口を押さえながら歩いたあの時の道と同じ道の気がした。

© 2026 曾根崎十三 ( 2026年1月22日公開

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"傷"へのコメント 2

  • 投稿者 | 2026-01-23 00:33

    自分は相手に依存しているのに、相手は自分に全然依存していない。何かの責任を感じている素振りも見せない母親。歪な世界に取り残された主人公の焦燥と諦め。大勢で鍋を囲むハッピーなイベントが、主人公のいる世界の対極にあるものとして置かれていて、それがとても痛ましくて心を抉りました。

  • 投稿者 | 2026-01-23 07:10

    パリピな萌黄と対比させることで葵の孤独がよりはっきりと表現されていてかなり心が苦しくなる作品でした。芋煮のことをテレビでしか知らないのに自分の家で芋煮会をしようとする萌黄の行動力は単純にすごいなと……👀

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