錯乱縦割レ横穴式

眞山大知

小説

12,184文字

ガチャで溶かした結婚資金を埋め合わせるため、元男の娘風俗売上一位のエンジニアは一肌脱いだのだった……。ポストポリコレの時代に送るLGBT小説!

わたしはネコである。タチではない。悲しいことにチー牛でもある。

金と行動力と性欲のあるチー牛は必ず女装に手を出すが、わたしも例外ではなく、ツインテのウィッグをかぶり、夢展望でポチったセーター襟でガーリッシュなフリルブラウスをふりふりと揺らしながら水道橋駅の改札を通過すると、ガード下の狭い構内にはアイマスの痛Tシャツを着たオタクたちがたむろしていて、NewDaysの脇に立つ中年警備員はメガホンを持って叫び、オタクたちを東京ドームの方向へ誘導していた。

ちらちらとわたしに視線を向けてくるオタクたちは、神木隆之介だったり本郷奏多だったりの系統の顔である。――顔のいい男だらけである。ポリコレと同時に隕石のように降ってきたルッキズムのせいで、チェックシャツを着てバンダナを頭に巻くような古のオタクは恐竜のように絶滅し、Z世代の若いオタクたちは、同調圧力と相互監視の目が支配するスクールカーストという地獄で自然淘汰されないため、垢抜けせざるを得なくなった。筋トレ。ダイエット。顔やせ。男でも化粧水と乳液をつけまくって、ヘアメイクもばっちり決める。イベント以外で痛Tシャツなんて着ることは絶対にありえない。

オタクたちは、清潔感あふれる顔とは裏腹に目つきだけはねちっこく、その顔自体も、わたしが目を合わせたら一瞬のうちにぽけーっと表情を蕩けさせた。オタクたちの手元のスマホを見る。画面には原神だったりブルアカだったりFGOだったりが映っていた。脳内の童貞スカウターを起動させる。童貞力は五十三万だ。ああ、やらしい。オタクたちの背後から童貞の精子の幻臭が漂ってきて鼻につく。メスガキではないが「くっさ♡」と言いかけそうになった。

逆に言うとこれぐらい清潔感に溢れた男でも童貞が当たり前。令和では男の価値は恐ろしいほどに暴落していて、二十代の四割が童貞である。

だがしかしわたしは性の喜びを知っている。今日はAVの撮影に来たのだ。

オタクたちの群れをかき分けて駅の外に出る。どんよりした梅雨雲だけが空を覆っていて、外堀通りの向こう側の東京ドームシティからはジェットコースターの走行音と、乗客たちの甲高い悲鳴が聞こえた。

遅刻気味だった。急いで外堀通りの横断歩道を渡る。

AVの撮影に使われるホテルはだいたい決まっていて東京ドームホテルはそのひとつだった。東京ドームシティを早足で駆け、ホテルの地下駐車場への坂を降りる。このホテルはフロントの前を通らなくても地下駐車場から客室に入れて、ホテルのスタッフに妙な気遣いをしなくて済むから助かる。

駐車場のエレベーターで指定された二十三階のボタンを押すと扉がすっと閉まる。

上昇するエレベーターの鏡に向かって、笑う練習をする。チー牛は表情筋が硬く、笑うのにも訓練が必要だ。口角を上げる。鏡のなかのわたしはいい笑顔をしていた。

エレベーターが停止。ドアが開くと目の前に女が立っていた。ゆるふわセミロングの黒髪。大きい真珠のイヤリング。目だけは笑ってない微笑み。鷲鼻。甘い香水の匂いはおそらくトムフォード――監督の早希だった。

わたしはお辞儀をして開口一番に謝罪する。

「遅れてごめん」

「もう、遅いんだから。ほら、さっさと行くよ」

早希はわたしの肩をぽんぽんと叩いてきた。いまのAVの現場では女性監督というのも珍しくない。しかも兼業だ。――今回撮るのは同人AV。商業AVと違って、撮影スタッフは別に本業を持っている場合が多い。特に多いのはサラリーマンや公務員で、年収もよく、出世もしている。令和の日本で絶滅寸前の、古きよき中間層。早希もその類だった。時折、本当の上級国民も撮影に参加していて、二回前の撮影のときには実家が御茶ノ水で内科医をしているという竿役に出くわした。

天は平気なツラをして二物も三物も与える。

二人で急いで廊下を進む。昼前だったので廊下に頭巾を被った清掃のスタッフがあちこちにいて、わたしたちを訝しげに見つめていた。

「ねえ、売れっ子なんだし、いい加減こっちを本業にしてみれば?」と早希が言ってきた。わたしは「監督だって、知っているでしょ? この業界って競争が激しいって」と間髪入れず言い返す。

男の娘の消費期限は二十代まで。厳しい世界だ。わたしが三十路になるまでの二年で、それこそ一生遊んで暮らせる金を稼げるならいいが、世の中そんなに甘くない。

それに、今回AVに出たのは貯蓄していた結婚資金をガチャで溶かしてしまい、婚約破棄をされそうになっているからだ。埋め合わせができたら、もう男の娘を引退するつもりだった。

撮影現場の部屋の前に到着。早希がドアを開くと、ダブルルームの部屋にはスタッフ数人がひしめいていて、壁際のデスクにはゆうな――私の女装仲間で、AV撮影の話を持ちかけてきた張本人だった――が座っていた。デスクには大きな鏡が置かれていて、ゆうなは隣に立つメイクさんと「ステロ撒き要員はディンルーがいいかカバルドンがいいか」という話をしながら、頬にチークを塗られていた。ポケモンガチ勢は高学歴が多く、メイクさんも早稲田を出ていたが、ゆうなは八王子の山奥のFラン卒だった。

淡いピンクのブラウスフリル、黒髪のストレートのロングヘアのゆうなはわたしへ「遅いよ」と言った。

「ごめんって」とわたしは謝り、撮影前のルーティンを開始した。性病検査結果の提出。下剤の錠剤を飲む。万が一のときの年齢確認書類のコピーの提出。撮影承諾書への署名。お腹が痛くなる。すぐにトイレへ駆けこんで腸内の内容物を出す。全裸になってシャワーを浴びる。バスローブを着たままバスルームから出て、チェアに座る。

鏡にはすっぴんのチー牛が映っていた。我ながらギャザとか遊戯王とかが好きそうな顔をしているなと思っていると、メイクさんが後ろから寄ってきて「今日はインタビューがあるらしいから、何を喋るか考えておいたほうがいいよ」とアドバイスしてくれた。助かる。

令和のタムパ至上主義のせいで昔ながらのインタビューはほとんどなくなっていた。数え切れないほど作品に出てきたが、インタビューを撮るのは初めてだった。

おそらく「どうして女装を始めたの?」と早希から聞かれるのだろう。わたしはメイクをしている間、女装をしようとしたきっかけと自分の人生自体を振り返ることにした。

メイクさんがわたしの長めの地毛にヘアクリップをさして顔に下地を塗っていくと、貧相なチー牛の貧相な肌が滑らかに輝いていった。

 

 

 

 

生まれたところは相模原――右から見たペニスと睾丸のような形の市を、国道一六号が尿道のように貫いていて、その尿道の両側にはイオン、AOKI、オートバックス、ブックオフ、ニトリ、スタバ、マック、ハローマックの成れの果ての東京靴流通センターが建っていた。

典型的なロードサイド。新しい日本の原風景。その景色がわたしの世界のすべてだった。

中学の通学路沿いのマックで、放課後にポテトを買って持ち歩いたが、駐車場とドライブスルーに並ぶ型落ちアルファードの排ガス臭がポテトの芳醇な香りを蹂躙し、当然文化の香りなど嗅げず、入学した相模大野の自称進学校はどうやって入試をくぐり抜けたか理解できない、ようやく二足歩行しだした猿のようなツラのDQNどもが、授業中に発情してこっそりオナニーをしだし、女子はドン引きするどころか逆に面白がって、ストラップをじゃらじゃらつけたガラケーで撮影して、教師はちらちら目線を向けるが注意ひとつすらせず、清く正しく美しくが校訓の高校の教室はザーメンの臭いがいつもうっすらと漂っていた。DQNどもは漫画やアニメをキモオタが読むものと蔑み、わたしのことも当然蔑んだ。クソが! 小田急で新宿へ電車一本で行ける土地でも、地元の十代が遊ぶ場所なんて海老名か本厚木かせいぜい町田で、必然的に町田が世界の果てになった。

高校二年のひどく暑かった夏、あまりにも悪いテストの結果に激怒した両親に、無理矢理河合塾へ行かされることになった。河合塾の校舎があるのは世界の果ての町田だった。夏期講習の帰り、家に帰りたくなく、世界の果てから自転車を漕いで、一六号沿いの、これまたハローマックの成れの果てのブックオフに通いつめ、花火大会の日の夜に百円コーナーの棚で立ち読みしたまりあ†ほりっくの、女装ドS美少年の衹堂鞠也で目覚めてしまい、夏休みが明ける前にはFC2に自撮りオナニーの動画を投稿してしまった――コスプレ女装男子CJDの誕生である。

FC2のコメント欄は優しいお兄さんたちで溢れていた。可愛い。抱きたい。シコれる。オフパコしない? ――世界は思っていたよりはるかに広かった。そうだ。世界の果ての向こう側、文明の光のある都会へ行こう。わたしは一念発起して東京の大学を目指し猛勉強したが、性欲まみれのオナニー中毒になった男子高校生に勉強しろというのは無理な話で、力が足りず、結局埼玉の私立大学にしか行けないのであった。田舎の陰キャは頑張っても田舎の陰キャらしい人生しか選べないのかもしれない。

大学は東大宮にあった。キャンパスのすぐそばへ引っ越して一人暮らしを始め、バイト先は実益と趣味を兼ねて、全国チェーンの男の娘風俗にした。大学で講義が終わるとそのまま大宮駅東口の北銀座に直行し、風俗のキャストとしてカラダを売り、同性同士の風俗は風営法の対象外なので店は近所のマンションの部屋を届け出なくプレイルームにしていて、そのプレイルームの大きなベッドで、わたしは公務員と大企業の社員の多い客たちからなぜか逆AFアナルファックを求められ、「わたしはバリネコなので」と客にキツく言い返して、客のオナホになっていたがそれがドMの客たちをさらに興奮させていたらしく売上は常に店舗一位だった。

FC2でいろいろ規制が厳しくなり逮捕者も出るようになったので、あの当時の男の娘たちは、いまは亡きXtubeぺけつべに映り、オナニー動画や、オフパコ動画を競うようにアップしていった。わたしもいくつか動画をあげていたが、サイト自体が消滅していたので、転載でもされてない限り、二度と観られることはないだろう。

就活では、面接官に本当のガクチカが男の娘風俗のキャストだったことなんてもちろん言えるわけがなく、「アルバイト先の接客業で主体性を発揮し」なんてどんな人間でも考えつく偽装物語カバーストーリーを喋って海老名の複合機メーカーになんとか内定した。真剣にひねりだしたガクチカを喋った友人たちは玉砕して非正規雇用になってしまったり就職留年をしたり、はたまた公務員浪人になったりして、いつのまにか音信不通になってしまった。正直さになんて現代日本では一円の価値もない。それが就活でのいちばんの学びだった。

大学の卒業式の翌日が店での卒業式で、客から両手にシーシャ台とウイスキーのボトルと抱えるほどの花束をもらったがその次の日にはプレイルームの半分ぐらいの広さの社員寮に引っ越した。

期待に満ち、社会人として働き出したら絶望した。毎日知らねえおっさんの知らねえちんこでケツを掘られるハードさに比べれば、自我を表に出さなければクビにならない会社員生活なんて生ぬるい。熱情は一気に冷めた。社会人のコスプレをして、キッザニアよりも腑抜けた仕事をするため会社へ行き、3DCADよりも、パワポとエクセルがやけにうまくなるだけで実質的な技術力なんて身につかず、上司のプライドを傷つけないことが会社で生き残る唯一の手段だからと、年上に思ってもないことを言っておだてる毎日を過ごす。

社会は本音など求めていない。本音のような建前を求める。そのギャップに絶望して同期入社のヤツらの数人が、転職先が決まってないのに退職したり、何の計画もなくベンチャー企業へ転職したりしたが、これまた全員音信不通になった。

人生、これでしかなかったのか。大大大大大絶望。

会社の休みの日には虚無感を潰そうと、ツイッターの裏垢で女装男子にDMを送りつけ、毎週末、違う相手と体を重ねていた。虚無感は消えるどころかさらに増した。

夢も希望も無くすと性欲は枯れるもので、ネコほどペニスが大きいのは女装男子の常識だが、勃起時十八センチと大きいわたしのペニスはだんだん勃起しなくなっていった。

表面は陽キャで中身はサイコパスな同期ほど早く結婚して子どもをつくりスピード昇進、真面目で誠実な同期はずっと独身で窓際に追いやられ、世の理不尽さを嘆きながらひとり寝る独身寮の部屋は寒く、趣味にしていた家シーシャも、社員寮が禁煙になったことで吸えなくなり、心寂しくなったわたしは婚活をすることにした。マチアプなんて、ツイッターで男を漁るわたしからすればまったく抵抗がなかった。気がかりだったのはわたしが、ここ十年で優良物件から弱者男性に価値が暴落した理系エンジニアということだった。自称総合商社勤めのアカウントがメーカー勤務の年収を馬鹿にしてくるせいもあり、婚活女子からは相当嫌われる属性だった。ああいう輩は人の価値を学歴と年収でしか測れない可哀そうな人間で、風俗でいちばん厄介で嫌われる客のタイプだった。反吐が出る。

社員寮から出て、マチアプで知りあった愛羅と同棲するようになったのは、ガラケーの時代から慣れ親しんだ青い鳥がツイッターからいなくなり、趣味の悪いエロ動画サイトのロゴのようなXにアイコンが変わったころだった。
愛羅は厚木のMEGAドンキでバイトをしていて、タバコとブランド品のコーナーでレジを打っていた。休日になると、わたしよりガチめの地雷系の服を着だして、推しの地下メンだったり、はたまたなぜかバキ童だったりのライブに行って常に忙しい。ある日の夕方なんて、同棲している2LDKで愛羅が突然荷造りしはじめたので驚いて声をかけたら、推しがバンコクでライブするからいまから羽田へ行って飛行機に乗るらしい。ドンペンのTシャツを着た愛羅はペールパープルのインナーメッシュを入れたツインテールをぶんぶん振って、「推しは推せるうちに推しておけ」と、ウインクしながら親指を立てた。少なくともわたしよりは健全な趣味だろうし、愛羅はわたしの過去を知ってつきあってくれているのだからと何も言わないでおいた。

青い鳥を消したオタクおじさんが新車の開発に行きづまってメンヘラになったのだろう、赤キャップおじいちゃんに一億ドル超のポケットマネーを貢いでから、わたしも仕事に行きづまり、かといって上司に相談しようにも、マインスイーパーとソリティアのスコアを極めることしか能のない上司は「技術的に難しいよねえ」なんて腕組みしながら首を傾け見て見ぬふりをしてきて、同僚たちはみな忙しく、愛羅の家族との顔合わせも控え、ストレスが溜まり、よりによってこの大事な時期にソシャゲにハマりだしたのがわたしの運の尽きだった。

期間限定キャラが放出されると「『期間限定』なのがいけない! 『期間限定』なのがいけない!」と心のなかで叫びながらガチャを回し、あっという間に金が溶けた。期間限定キャラが立て続けに放出され、天井までガチャをぐーるぐる回すこと数え切れず、給料はもちろん結婚資金にまで手をつけてしまい、愛羅にバレてキレられ、まだ入籍をしていないのに家庭内別居が始まり、「金を工面できなきゃ婚約自体なかったことにしよう」と言い捨てられ、国道二四六号線沿いのニトリで買ったダブルサイズのベッドを使わせてもらえず、リビングのソファーに一人で寝るのに耐えきれず、「あああああ」と声を出して、ガチャ中毒の忌々しい陰キャ脳を呪いながら、その脳が詰まる頭を抱えていると、ソファーに挟まったスマホが震動した。スマホをソファーの隙間から救出して画面の電源をつける。――男の娘風俗KLEW大宮店で同僚だった、ゆうなからメッセージが届いていた。

『会いたいんだけど』

すぐに返信する。

『いいけど俺はもうセックスしねえぞ』

スマホの画面を消そうとしたらすぐスマホが震え、メッセージが表示された。

『セックスすれば金になるけどいいの? 早希がAVを撮りたいって』

 

 

 

 

夜の新宿はすべて紫と青の混じった色である。

――靖国通りのコメダの前を歩く。ジャケットを羽織った男たちに声をかけられる。「こんばんわ、スマホのバッテリーが切れちゃって」「お姉さんのスマホを借りたいんですが」ここにたどり着くまでにすでに十回は聞いた台詞。途中から数えるのも億劫になった。あのナンパ師にはわたしが女に見えるのだろう。まだわたしの商品価値は下がってないようだった。

わたしは黒いマスクを下にめくってわざと低い声で返事した。

「俺、男なんだけど。ごめんね」

舌を出して見せびらかす。ナンパ師の目はギョッと見開き、一拍遅れて振り返ると気まずそうに去っていった。ナンパ師のやや丸まった背中へ向け、心のなかで中指を突きたてる。

ドンキのある角を曲がるとセントラルロードだった。歩きスマホする通行人が川のように流れる。その川に澪標のようにタツのは居酒屋のキャッチと立ちんぼ。それにストゼロにストローを刺して飲むトー横界隈ども。
路駐する黒塗りの新型アルファード。ベンツ。警察が延々と流す、客引きへの注意喚起アナウンス。年間指名三二〇〇本。仰々しい肩書のホストたちの顔。突きあたりの東宝ビルは夜闇に禍々しく聳えていて、中腹のゴジラヘッドは地上の人間どもを見下ろし、永遠に倒せることがないビルの壁へと手をかけていた。――現実と虚構の入り交じるこの街は、金持ちも貧乏も、疲れた者も重荷を背負う者もすべてを包みこむ。これから会うゆうなは、そういう神のように慈悲深く、それでいて非情な街でしか生きられない人間だった。

ゆうなは風俗店で働くとともにプロダクションと契約して男の娘AVに出演し、収入を得ていたが、二〇二二年、令和四年法律第七八号・通称AV新法が施行され、経済的に苦しくなった。――誰も救わない法律だった。AV出演による被害の防止、被害者の救済を目的にしているのに当事者不在のまま、国会での議論が進んだ。新法賛成派と反対派が激しく対立した。賛成派はもちろん「ポリコレ」を訴える人権派団体。反対派はフェミニストだった。――国が新法を定めるということは、AV自体の存在を国が認めるということになる。当然、フェミニストとして新法の制定は到底許容できないという主張だった。

AV新法の審議中、ゆうなと新宿駅の東口を歩いていたときにAV新法反対派のデモに出くわした。駅前広場を埋めつくす女たちはみな、紫の風船を持って、紫のプラカード――「#AV新法 性売買合法化反対」――を掲げていた。ゆうなはデモの参加者たちへ冷たい目を向けて、ストローでモンスターを飲みながら、「ああいうヤツらは女性の権利向上を訴えているけど、嘘だよ」と言った。

「なんで?」と聞く。ゆうなは「俺の母親が、こういう活動が好きでさ。けど、トランスジェンダーの俺には『まともな祐樹に戻ってほしい』って泣きながら土下座したり、ひきこもりの姉貴には『努力が足りない。根性が足りない』って、薬を飲んで寝こむ姉貴にずっと説教したりして。俺たちに悪霊がついたとか信じちゃってしばらくそういう施設で修行しにいったこともあったっけ。矛盾してるよね。救う価値のあるやつとないやつはお前らが勝手に決めるのかよ」と言い放ち、こっそりデモ隊へと中指を立てた。

新法は結局、たったの三ヶ月の審議で可決された。出演者の人権保護をはかるため、あまりに過酷すぎる規制を事業者に強制した。契約から一ヶ月間の撮影禁止。映像の撮影終了から四ヶ月間の公表禁止。出演者が撮影時に同意していても、公表から一年間は無条件に契約を解除できる。現場は混乱を極めた。仕事が消え、産業が破壊され、そこでしか生きられない女優を文字どおり殺した。ゆうなも仕事が激減し、生きるため、法的な認証を受けていない同人AVへ流れていき、ゆうなもその流れに乗った。そしてわたしも同人AVに出ることにした。

愛羅に誠意を見せるしかなかった。謝罪も言い訳も土下座もダメだ。どこかの野球選手がいったとおり、誠意は言葉ではなく金だ。失った分の金を補填するのだ。溶かした金は総額一一〇万円。ギャラが一本五万円とカウントすれば二十一作品出れば補填できる計算になる。わたしの場合は男の娘風俗元店舗一位という箔がついているからギャラはもっと高くなるだろう。

女装が趣味だということや過去に風俗嬢をしていたことはすでに愛羅に伝えていた。新宿に来る前、アパートで愛羅に向かって「AVに出て金を稼ぐから!」と土下座した。愛羅は戸惑った顔をしてただひとこと、「頑張って」とだけ返してきた。

カラオケまねきねこのある角から路地に入って数回曲がる。コンクリートの無機質な建物があり、その階段を登る。冷たい蛍光灯の光だけが照らす三階の床は魚の鱗のように光り、奥からはトイレのアンモニア臭が漂ってきた。その先に目指す店があった。

銀色の扉を開ける。店内は薄暗く、赤い照明がぼんやりと灯っていた。観葉植物が影を落とし、壁の紫のネオン管は、ヴヴヴ、と死にかけた蠅の羽音のような音を立てていた。――シーシャバーだった。カウンターには店長が煙草をくゆらせながら笑っていた。大宮店で三番目の太客だった。新宿にはKLEWの店舗が四つもあるのに、わざわざ大宮からわたしを出張させて、首絞めプレイを所望した男だ。わたしが引退したあと、店長はシーシャ台と大量のディルドを送りつけてきた。

「いらっしゃい、みつきちゃん。いつもの?」

「今日はパンコーラで」

わたしは注文するとテーブル席に座る。真向かいにはゆうながすでに座っていた。いまは大宮店から新宿歌舞伎町二号店に移籍していた。

ゆうなはなにかのショットグラスをあおっていた。全身から妙に甘い匂いがする。

「仕事明け?」

わたしが聞くとゆうなは頷いた。

「Discordで言っていたあの証券マン。ほら、なんでああいうサラリーマンって数珠のブレスレットを手首に巻いているんだろう。馬鹿みたい。大嫌い。権力っていうのかな、そういうのを簡単に崇める人でさ、ひろゆきをありがたがって。セックスの後に、ひろゆきの書いた本を勧めてきて『ゆうなちゃんももうちょっと勉強したら?』ってニタニタ顔で説教すんの。ふざけてんの? チップ弾んでくれなかったらキンタマを蹴り飛ばそうと思った」

ゆうなはショットグラスをテーブルに叩きつけた。ゆうなは信仰とか崇拝というものが大嫌いだった。それに権力も嫌いだった。ゆうなの地元、愛知県の三河地方は女装男子の一大産地で、ゆうなはトヨタという単語を聞くだけで全身に湿疹が出るぐらいで、レンタカーを借りて遊びに行く時も絶対に日産かホンダにしか乗らない。

セックスしたときも、ゆうなの縦割れアナルはルサンチマンの臭いがしたし、ゆうなの竿も白濁液の臭いにも、ルサンチマンの残滓がある。それがまた可愛いかったけど。

ゆうなはシーシャのパイプをすっと差し出した。わたしは黙って受け取り、ポケットからマウスピースを取り出し、パイプへ挿入。吸いこむと頭がクラクラする。

煙が空中へ消える。扉が開く。入ってきた女はまだ十一月の初めなのにふわふわのコートを着た早希だった。会うのは二回目だった。総合商社の総務部で担当は海外駐在員の社宅管理。タワマン文学だとすぐ破滅しそうな女だが現実だとこういう人間ほど幸福に生きる。恵まれた人間は天性の才能がある。どんな危険を回避できる能力だ。だから会社で働きながら同人AVの監督なんて芸当もできる。

早希の右手の薬指に指輪が嵌められていた。

「お、誰かと付き合ってるの? まさか職場恋愛? パワーカップルって羨ましい」

店長が茶化すと早希は目をキッときつくして睨みつけた。

「嫌よ。あいつら、『専業主婦なんて誰でもできるし、ちゃんと自立してほしい。でも俺の海外転勤にはしっかりついてきて俺を立ててくれる女の子がいいな』って。なんで男を立てなきゃいけないの? 店長、焼酎一杯ちょうだい」

九州出身の早希は焼酎しか飲まない。店長が運んできたグラスを早希は一気飲みし、「そういう男尊女卑をかます男が嫌いだから上京してきたのに」とつぶやいた。――LGBTに物見遊山気分で会いたい意識高い系の女か、はたまたポリコレ陣営に巻きこもうというバラモン左翼か、何らかの原因で非モテゆえに、自分より格下と思いこむ、われわれ女装男子へ哀れと蔑みの目線を向けてコンプレックスを解消しようというこじらせ女か。一抹の不安がよぎる。

酒を飲みながら三人でスケジュールを立てる間、わたしは少しも酔えなかった。

 

 

 

 

わたしの不安は外れてくれた。早希は単に女装男子が好きな女だった。

ヒットを連発してくれ、ギャラは一本八万円になり、この八ヶ月で十数作品に出演。本業の仕事が落ち着き、ストレスのかからない部署へ異動させてもらうとガチャを回す手がピタリと止まった。出世コースからは外れたがこれでいいのだろう。不幸に鳴るよりはマシだ。

そして今日のギャラが入れば、ガチャで溶かした金の埋め合わせが終わる。

 

 

 

 

つけまをつけられメイクが終了。鏡のなかに映るわたしは、自分のとは思えないほどゴリゴリに盛れた目で私を見つめ返していた。

服に着替えてカメラの前で早希からわたしとゆうなはインタビューを受ける。当たり障りのない質問だった。女装をいつ始めたの。付き合った人はいるの。初体験は。好きなプレイは。

質問にすべて曖昧な答えを返した。ゆうなも曖昧に返した。「コンプライアンス」と「ポリコレ」という建前があれば大衆が文字どおり死ぬまで追い詰めてくる令和に、野蛮な平成時代の野蛮な出来事をありのままに述べるのは危険なことだった。

インタビューを終え、わたしとゆうなはキングサイズのベッドの上に膝立ちして、スカートをたくしあげている。

一度も穴に突っこんだことのない勃起時十八センチの愚息はショーツからはみでていて、カメラの奥にはスタッフがいて、男性スタッフは全裸で腕組みしてニヤケていた。スタッフはペニスは上向き。よかった。興奮させられているんだ。

ゆうながわたしの隣からゆっくりと抱きついてきた。

うつぶせに寝っ転がる。枕に頭を乗っけて、右を見るとディスプレイがあり、そこにはカメラの映像があり、ゆうながわたしの尻を鷲掴みにしていた。ゆうなが左右に大きく広げる。ゆうながカメラに見せつける。わたしの菊穴は縦に割れていた。縦割れの横穴。

「やっぱり縦割れだね」

ゆうながつぶやくと早希が「カット!」と叫ぶ。

「やっぱりは余計! 観てる人が集中できない!」

早希はゆうなに注意した。わたしたちは動画のなかではあくまでキャラであり、人間ではない。キャラが人間らしい生々しさを見せたらお客様が萎えてしまうのは目に見えている。

画面に映るゆうなは申し訳無さそうな顔をして、再びわたしの尻をぱっくり広げた。じっと見つめた後、ゆうなはベッドの縁を指さした。水の入ったボウルが置かれていて、そのなかにピンクのディルドがぷかぷかと漂っていた。

「ディルドが土左衛門みたいに浮いているじゃん。ディルドの土左衛門、ディルド左衛門」

ゆうなの言葉にわたしは吹き出してしまった。

早希はまた怒った。

再び撮影が始まる。流れ作業のようにセックスする。キス。フェラ。ディルドが入れられていたのはお湯だった。わたしの縦割れ横穴式のアナルへあったかいディルドが挿入されるとわたしの口から「お゙お゙、んお゙お゙お゙お゙お゙おほぉぉん♡♡♡♡♡♡♡♡」とオホ声が出た。

うねうねディルドで直腸をかき回されたあと、ゆうなはわたしのアナルへペニスを挿入した。腰が激しく打ちつける。快楽で脳がバカになりそうだ。バックで責めるゆうなはわたしの首を絞めてきた。絞めてくる手にはやたら力がこもっていた。あ、これはルサンチマンだ。ゆうなのルサンチマンがわたしの首を絞めてくる。そのゆうなのルサンチマンが溜めこまれた、ゆうなの精子は、わたしのお尻へ注がれようとしているのだ。まあ、どうせ、コンドームに遮られて無駄打ちするんだけどね。

ゆうなが絞めてくる手に一気に力が入ると、ペニスがどくどくと脈を打った。

前立腺快楽縦割レ横穴式肛門絶頂脳内錯乱。

「んほおおおおお゙お゙おお゙お゙~~~????♡♡♡♡♡ ああ゙あ゙♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡」と汚いオホ声をまた晒した。これで一一〇万円の埋め合わせが完了。

意識が朦朧とするなか、ホテルの窓から東京ドームシティの観覧車が見えた。曇り空の裂け目から青空と太陽も見えた。観覧車の丸と太陽の丸。そしてアナルの丸の、三つに重なる円環が、メスイキの快楽でぶっ飛んだわたしの脳裏をぐるぐると駆け巡った。

首にかかる力が抜けた。背中をのけぞらせて振り返るとゆうなのイキ顔があった。ゆうなの絶頂する顔は、気持ちよさそうで、どこか苦しそうで、それでいて、この日本社会と上級国民と自分の人生と、なんだかんだ社会のレールに乗れているわたしへの恨みをコンシーラーのようにべったりとつけたように見えた。

メスイキの強烈な快楽が急にすーっと醒めた。

もう、わたしとゆうなは同じ世界に生きていない。もうしばらく会うことはないかな。ごめんね。

わたしは背中を反らせてゆうなと唇を重ねた。別れのキスだった。

 

 

 

 

打ち上げに参加せず、わたしは駆け込むように水道橋駅の改札に入る。愛羅のインスタを覗くと、今日はソウルにいるはずなのに、誕生日プレゼントに贈ったシーシャのマウスピースを持って、厚木のシーシャバーにいた。

通知音が鳴る。愛羅からメッセージが届いた。

『早く帰ってきてね。待ってるから』

愛羅の左手の薬指には、今まで外していた婚約指輪が嵌められていた。

わたしは、大仕事をやりおえた虚脱感を覚えながら、ポーチから自分の婚約指輪をとりだして嵌め、ホームへと続く階段を登りはじめた。

2025年4月1日公開

© 2025 眞山大知

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